No.417 焼き討ち
この裏路地にいるアンデッドは面倒だが、倒し方をしっかりと心得ていれば簡単に倒せる場合もある。まさにソロのトライ&エラー向きな戦場だろう。グループで押し切ろうとすると必ず立ちふさがるようなアンデッドが現れるところも含めて棲み分けが徹底されていた。
「そういえばシルクが進化しそうなんだっけ?」
「ボスドロップを偶に食べさせてたらステータスが伸びてきた。偶にゴヴニュの鍛冶部屋などから廃材もくすねて食べていると聞く」
「お前ホント雑食だな。いや、もう雑食ってレベルじゃないな」
『M゜?』
「惚けてもダメだからな。食いすぎ。ティア、邪魔するんじゃない。コイツは甘やかすとダメなパターンのペットなんだ」
ノートの召喚師型の使い魔とヌコォの調教師型の使い魔の進化は少しプロセスが異なる。
召喚師型の使い魔は成長があまりない一方で進化で大きく跳ねる。ただし進化には大きな追加コストが必要となる。また、進化のタイミングは召喚師にほぼ委ねられている。流石に進化した直後に続けてともう一度進化、となると難しいが、理論上進化させた翌日に次の進化をやる事も可能だ(と言ってもそんな事すれば大していい結果は得られないが)。
一方で調教師型の使い魔は使えば使うだけプレイヤーと同じ様に成長をする。成長の方向性もプレイヤーがどの様に接してどの様に運用したかで定まっていく。召喚師型の使い魔より確実に手間がかかるが進化時にコストを必要としない。また、進化のタイミングに関しては基本的にプレイヤー側で選ぶことができない。手間暇かけて育てていると使い魔側からなんらかのアプローチが発生する。するとシステム上で進化を実行するかの選択肢が出るので問題なければ進化を実行すればいい。
進化タイミングは厳密には進化条件を満たした後はプレイヤー側で自由に調整できる。その進化実行の際にユニーク化チケットなどを使えば次の進化の結果を変化させることもできる。
シルクはまだ第一進化も遂げていない使い魔。進化時期としては平均的ではあるが、問題はシルクは銀卵からの使い魔でありながら悪魔系のリソースを突っ込んでいるせいで並みの使い魔より圧倒的なポテンシャルを持っているという事。大げさに言えばタナトス達に対してのレクイエムの様な存在。生まれながらにして数段階進化している強さを持っているような存在なのだ。
なのにもう既に一回目の進化が近づいている。勿論、他の調教師の使い魔に比べてハードな運用をされているために成長が早まることは不思議ではないのだが、それに加えて相当の資材を食いだめしている証でもあるのだ。それがシルクの特性の一つ。食べた物から性質を取り込む特異体質。その代わり単に戦闘するだけでなく高品質な餌を必要とするというデメリットを併せ持つ使い魔だ。故に普通の使い魔より進化が大きく遅れる方が普通なのだ。
「この駄猫め。幾つボスドロップを食べたんだ。可愛ければ許されると思ったら大間違いだぞ。てかなんか太ってないか?ダイエットさせるぞ」
『S゜yyyy~!』
飼い主と似たのかよく伸びるシルクの頬をつまんで引っ張るノート。最初の様に噛みついてこそ来ないがシルクは牙を剥いてノートを威嚇していた。そんなノートの顔にぬいぐるみを押し付けてやめてよーとティアは妨害をする。生きた時代も人種も世界すらも違うが美醜感覚に大きな違いはないようで、ティアは妙にシルクの事を可愛がっていた。
シルクは見た目だけは可愛い。持っている能力はかなり危険だがそれを使う機会が今の所あまりないので愛玩動物の様に勘違いしても仕方ない。そんなシルクであってもノートは容赦なく躾けてきたのだがシルクの異様な図太さはそのままだった。
この野郎、とプニプニとシルクの頬を突くノート。遊んでいる主人の上ではザバニヤが牽制の光属性魔法を放ち飛び出してきたアンデッドを鎌の振り下ろしで撃破していた。
「サンキューザバニヤ。大分慣れてきたな。ヌコォ、何かピンときたか?」
「…………こっち?」
「OK。とりあえずそっちに行ってみよう」
裏路地の倒す手段さえ間違えなければいい。人間ならいずれミスをするが、無尽蔵のスタミナを持ち単純作業を得意とする死霊は的確に処理してくれる。ザバニヤも対処方法を覚えたのかノートが少し遊んでいても勝手にアンデッドを処理してくれる。
そんなノート達はかなり無軌道に裏路地を進んでいた。勿論適当というわけではない。ヌコォの第三職業『探索者』の力を使っての探索である。盗賊の要素を内包しており、探索者は罠や生物の探知などにも優れる。そしてその探知は単に物体だけを対象とせず、『概念』をも対象に取れる。この探知が強奪と組み合わさると恐ろしいことになるのだが、今はその探知能力を分析能力と併用して遺物の探索に使っていた。
なお、この手の『進路を定める』力は神官系の才能を持っている必要があることが多い。JKの副職業である【方舟占師】も単に天候予想や土地の性質を見定めるなどの能力を持つだけでなく、進路を定める力も持ち合わせている。
ノート達は裏通りを進むだけでなく、時に建物の中にも入る。建物の中は更に入り組んでおり厄介なアンデッドがいる場合もあるが裏口から別の通路にも入れるので無視はできない。
「酷い環境」
「そうだな。衛生的とは言えない」
ティアのぬいぐるみのパーツが散らばっていた刑務所擬きにも絶望と死が煮詰まっていたが、この裏路地に満ちる絶望はもっと日常的で、退廃的で、諦観に満ちていた。その点で言えば赤銅の遺跡はまだ全体的に衛生的だった。ここはまるで「見たくないモノ」を隅に寄せ集めて押し込んだような雰囲気があった。
建物の強度に関してもかなり不安定だ。もしネオンがここで魔法を放ったら建物がドミノ倒しになってしまいそうだ。建築系の学問を大学で学んできたヌコォからしても、この街は本当に歪だと感じる。整理された表と押し込められた裏通り。裏通りはまるで秩序がない。もしここで火を放てば裏路地に押し込められたもの全てが焼け落ちるだろう。
そう、これは設計ミスではない。
「何か問題があれば焼いて全て消してしまえばいい」。そんな都市設計者の意図が込められているようにヌコォは感じた。
なので本当に簡単に裏路地を突破したいなら業火で焼き尽くせばいい。一定時間でワイプが入り復活はするだろうが、焼いてからアンデッドが集まりその後に1区画全てが焼け落ちてアンデッドが散った後に通るぐらいの時間はあるだろう。
ただ、それをやれば何が起きるか。少なくともティアは『絶対やってはダメ』と恐ろしい発想をナチュラルにしたノートを止めた。焼き討ちはダメらしい。むしろ廃村などで焼き討ち騒ぎを起こして大きなデメリットを被らなかった今までがラッキーと考えるというべきか。
いくつかの路地を取り、建物を通り抜ける。表通りに出たところで次の裏路地に移る。何度かそれを繰り返しているとユリン&VM$からとある報告が届く。その報告に返信をしながら歩いているとノートは変な気配を感じた。
「…………これなんなんだろうな。常時発動スキルの効果か?こっちだな」
怨嗟と苦渋、その中に微かに混じる希望の空気。声が微かに聞こえた。何かがノートには見えた気がした。
それはノートが職業を死煉誨師に進化させた辺りから少しずつ感じ始めた謎の感覚。地に残る死の痕跡を感じ取るアクティブスキルによる効果なのか。同時に死の感情が微かに流れ込んでノートに訴えてくる。
ある意味それは死者と心を通わし使役する死霊術師としての原点回帰か。ノートからするとALLFOの死霊術師は死体から集めたパーツと魂を搔き集めて新しいアンデッドを作り出す職業だが、それは本来の死霊術師かと言われると誰もが首を傾げるだろう。職業が進化したことでようやく本来の死霊術師のイメージに近い力をノートは得ていた。
最初は微弱すぎてノートも気のせいかと思っていたのだが、都市全体が死んでいる遺跡の中では死者の声がハッキリと聞こえるようになりつつあった。特に赤銅の遺跡の女王を撃破した後は明確に声を聴きとる力が増しているようにノートは感じた。
ヌコォの案内で進み、途中からノートの先導に代わる。よりベビーブルーの遺跡の奥へと進む。そしてノート達は少し開けた場所に辿り着いた。
「………………赤銅の遺跡の刑務所ポジか?」
「明らかに普通の屋敷ではない」
目の前に現れたのは宮殿テイストの建物。大まかな形状は正面に門がありコの字型に建物が立つ。飾りが豪奢なお陰で豪奢ではあるが形状も大きさも例の刑務所擬きによく似ていた。
刑務所擬きとは比較に値しないほど美麗な屋敷。だがその宮殿からはノートは膨大な憎悪がこの地に蜷局を巻いているのを幻視した。




