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No.407 豪雨


 ツナたち4人が加入して少し。

 最初は色々と問題があったりしたものの、ツナたちも多少はアサイラムという組織に慣れてきた。

 パーティーとしては一度解体し、ゴロワーズとJKのパーティーに4人を加入させる形で仮同盟は解消。クランとなったことで【パンドラの箱】と【ノアの方舟】から身内判定を受け、4人はチェインテンパーメントの能力でもはや簡単に脱退できなくなった。

 また、正式な加入こそしたがノートは今の所4人をPKに関わらせる気はないと宣言した。4人は隠し札。そして探索に於いてもメインはノートからJKまでで、4人はあくまで助っ人という立ち位置になってもらう事を説明した。

 

 これに対して4人は特に問題なく合意。「10人」というのが探索に於いて1つの枠組みであることは既に多くのプレイヤーに知られていることで、それは街から離れて過ごしていた4人も知っていた。10人は1つのパーティーの最大人数。この人数を超えた瞬間に魔物の強さが跳ね上がることは有名だ。4人としても元々10人で活動しているところに後から参加するのだからスタメンの座を寄越せなどという気はなかった。

 そもそもアサイラムのスタメン全員が暇なわけではない。常人よりも忙しいというわけではないが、少し不規則なスケジュールで動くことが多い。10人全員が揃うことは余程頑張って予定を合わせない限りほぼないので4人が常にカヤの外になる事態は発生しないと言えた。

 そう、これはあくまで「その状況になったらゴメンね」というだけの話だ。

 シナリオボス戦では皆が予定を合わせて動くことも多いが、その時は普通に参加してもらえばいいので人数を気にする必要はない。

 こうしてテストという名目で4人が稼いだCPがごそっとアサイラムに流れ込む。


 そんなこんなで4人の新規装備が仕上がりノート自らが支給を行った頃、それを見計らったようにクリスマスイベントの新規アナウンスが発生した。





「ツリー持ち個体ねぇ」


 ハロウィンではHeoritが次々と投入されていたが、クリスマスでは最初の一度きりでMfSの供給は止まっていた。そうなると後半戦にかけてプレイヤー達は残りのMfSをかけて争ったりかなり遠出してMfSを捕獲する計画を立てる。

 だが争うな焦るなと言わんばかりにALLFOはドカッとお代わりを投入してきた。しかも変化球を混ぜて。


 今までのMfSはなんだかんだフィールドにいる魔物と争うことはなかった、というよりMfS側が上手く逃げていた。MfS側がプレイヤー側に攻撃できないように、プレイヤー側もMfSにダメージを与える事ができない。それは魔物も同じで、ダメージを与えられないと気づくと魔物も恨めしそうに諦めるケースが既に目撃されていた。


 だが、追加で出現した「ツリー持ち個体」はそんなMfSの仕様を逆手に取った様な存在だった。

 見た目はクリスマスのコスプレに、電飾されてぴかぴか光る小さなツリーを抱えたクリスマス限定っぽいデザインのMfSだ。本家でも既にクリスマス仕様は実装されている。見た目は可愛らしく、新たに放流されたMfSの中にはこのツリー持ち個体が一定数混ざっている。ツリー持ち個体は目立つ割に軒並み通常より非常に捕獲ポイントが高額に設定されており、追い上げや逆転を狙うプレイヤーとしては嬉しい存在だ。

 それが単なるクリスマス仮装をしているだけのMfSなら。


 このMfSはとある特性を持っている。それは“ヘイト誘引”。それだけだ。しかしそれが致命的だ。

 MfSがALLFO世界の存在にダメージを与えない。一方でMfSはダメージを受けない。そしてMfSは魔物を見ると逃げる。

 この特性にヘイト誘引が組み合わさると何が起きるのか。

 

 それは無敵無尽のトレインだ。魔物を引き付けるMfSは無敵で、その上追いかけてくる魔物をMfS自身で減らせない。そんなはた迷惑なトレインメイカーがフィールド上を無秩序に移動すると何が起きるのか。


「Wow〜!めちゃくちゃやなあ〜!」

「見たことない魔物も混じってなぁい?」

「地獄絵図だなこりゃ」


 確かに「ツリー持ち個体だけ」に限れば捕獲難易度は高くない。そこらのMfSより足が速い程度。サンタの仮装をして光るツリーを持っている分見つけやすいので一定のスピードさえ出せるならむしろ捕獲難易度は低いと言える。

 だが、彼らが周囲の魔物をトレインしている状態だと話は異なる。

 ALLFOのプレイヤー達は“どこかのはた迷惑な連中”のお陰でトレインの怖さをよく知っている。群れた魔物はそれだけで強く、群れは更に周囲から魔物を引き付けてしまう。先頭のツリー持ち個体だけを捕獲する事も出来なくはないが、そうすると捕獲したMfSの稼いだヘイトがそっくりそのままプレイヤーに擦り付けられる。そうすれば第二の地獄(トレイン)の始まりだ。


 ツリー持ち個体の捕獲ポイントが破格なのは何も後半戦を盛り上げるだけのボーナスではない。特典相応に面倒なのだ。デスペナルティ覚悟で確保するのもアリだがそのプレイヤーが死んでも魔物自体は残る。その団子状態の魔物が追跡対象を失えば何が起きるのか。他のトレインにくっつくか、或いは無秩序に周囲のプレイヤーを襲い始めるか。結果はあまり考えたくない。


 或いはトレインされた魔物と戦闘せず街まで逃げる手もある。

 街の結界は無敵だ。あらゆる魔物をブロックしてくれる。ただし出入り口付近に魔物が溢れかえる自体にはなるが。だが自分以外の誰かが犠牲になれば自分は確実に高得点が手に入る。1匹1匹せこせこ捕まえるよりツリー個体1匹捕まえれば一気にランキングも上がる。

 と、1人でもそう考えると治安は瞬く間に悪化する。出入口に魔物があふれかえれば他のプレイヤー達が出るのに苦労するし、一度団子ができるとすぐに駆除しないと他の魔物まで引き寄せかねない。


 ALLFOはクリスマスイベントの名を被ったマネーゲームだけでなく、同時にプレイヤーの民度チェックゲームまで仕掛けてきたという訳だ。


 このツリー個体出没により死霊と悪魔達による自動捕獲体制にも若干の狂いが出始める。これは余裕ぶってる場合ではないとノート達も沸き直しが発生した峡谷に行ってみれば、そこでは大変な事になっていた。


 峡谷は広い。そして走りやすい。

 それだけなら多くの街周りも同じ様な状態だろう。問題は峡谷の見晴らしの良さと音の伝播性。少し対処を遅らせただけで仮同盟組が凄い量の魔物に集られていたように峡谷は魔物の数も多ければ魔物の追跡能力や索敵能力にも優れている。そんな場でトレインをしたら何が起きるかは考えるまでもない。


「乱戦状態にしてぶっ潰すぞ。グレゴリは監視開始。ユリン、ヌコォ、ツナ、エロマ、ザバニヤは打ち合わせ通り。逃げるコースを間違えるなよ。スタートはツナから。ネオンとケバプは準備開始」


 上空から峡谷を見渡すグレゴリの視界からは峡谷の複数のポイントで筋の様な物が確認できる。一瞬それは峡谷の写真の上に誤ってペンで何か適当に線を引いてしまった様に見えるがその正体はツリー個体を追いかけ回す魔物の群れだ。そんな線が幾つも確認できる。できてしまう。


 今回のメンバーはノート、ユリン、ヌコォ、ネオンの初期メンバーに新規のツナ、エロマンガ、ケバプを入れた7人。メンバーが増えた事で大きめの作戦行動がとりやすくなるメリットが分かりやすい形で現れていた。


 ノートの指示を受けて1番最初にスタートを切ったのはツナ。サーフボードタイプのサメを召喚するとジェット機能で走行を開始する。小さな起伏が少なく植物の少ない峡谷はツナからしても移動に適したエリアだ。サメのジェットサーフボードはキサラギ馬車レベルのスピードを持っており、簡易ではなく主召喚だけあって安定性も抜群。旋回性能はキサラギ馬車を圧倒する。ツナは見事なバランス感覚でサーフサメを操りグレゴリの視界にて確認したツリー個体に向けて接近を開始する。

 

 続けて空を飛翔するユリンとザバニヤ、キサラギ馬車の車体の上に陣取るヌコォ、通常移動が爆速走行のエロマがスタート。それぞれが目標となるツリー個体に向けてハイスピードで移動を開始する。


「ザバニヤ担当のMfSが規定ポイント内に入った。ザバニヤはMfSを確保。そのまま規定ポイントへ移動開始。ツナ、ツリー個体確保開始。以後10カウント後に各自ツリー個体確保。トレインを引き継ぎ規定ポイントαへ。エロマはペースダウン、ユリンはペースアップしていい。目標時間まで残り120秒。誤差は±3秒圏内が望ましい。コース取りは失敗するなよ」


 これからノート達が行おうとしている事は「理論上出来れば望ましい」という机上の空論に近いプランだ。だがその馬鹿げたプランを初期限定特典持ち7枚という馬鹿げた編成が強引に成す。


 ノートがやろうとしているのは非常に子供じみた解決方法だ。バケモノにはバケモノをぶつける、もとい、トレインにはトレインをぶつける。魔物ヘイト誘引率がある程度固定化されているのなら、初期限定特典が通常よりも大きなヘイト誘引率を持っているのなら、このプランは成立する。

 

 やる事は文章にすれば簡単だ。それぞれが魔物をトレインし、とある一点で交差するように真っすぐに逃げる。逃避するコースを重ねる事で魔物の群れをクロスさせて大混乱を引き起こすのだ。

 

 肝心なところでポカする確率の高いツナを先頭にする事でタイミングに関しては周囲が合わせるようにすることで失敗の確率を減らす。

 走って走って目標地点に対し真っすぐになるように調整したところでツナがラストスパートをかけていく。それに合わせてゴール地点に向けてユリン達も角度を調整する。


 まずツナが目標地点を通過。続けてツナのコースから60度程度の角度を付けてヌコォとエロマがクロスするように通過。三つの魔物の列がクロスして大事故を起こす。そこに更に60度の角度を付けてユリンとザバニヤが突撃を敢行。魔物達が大混戦を起こしている所に更に突撃をするのは大分無茶があるのだが、ユリンとザバニヤは空を飛べる。クロスするところに突撃するギリギリで飛行し逃げる。

 本来であれば魔物達もここまでバカではない。しかしここで本来はプレイヤーにとって不利になるヘイト誘引を利用できる。ギガ・スタンピードで示されているようにトレイン化した魔物は通常の思考ロジックとは違う動きを見せる。まるでそれを強制されているように。強いられているように。

 愚直にトレインの先頭と定めた相手を追跡する状態になっているからこそ、魔物達は避けずにただただ突っ込んでいく。その結果がトレインがクロスしたことによる大事故だ。

 いわば高速道路を捻じ曲げていきなり多叉路交差点にさせたような感じだ。そこら中で激突が発生しこの状態になると魔物達も流石にトレインの呪縛から解かれる。

 

 時間は夕暮れ。雲のない橙色の鮮やかな夕焼けが峡谷を照らす。 

 その神聖さすら感じる光は魔物達を照らす、はずだ。

 しかし雲一つないはずの空をいつの間にか暗雲が覆っていた。ぽつぽつと雨が降り始め、そしてそれが豪雨となる。異常事態に魔物達が空を見上げる。混乱する魔物達の群れの塊を覆うように雲が広がっていく。

  

「《ジャムェ・フェ・シヴァ・ハォウル》」 

 

 その雲に対して魔法をチャージしていたネオンが詠唱をする。大きな魔法陣と暗雲が重なる。雨でぬれた地面が凍り付いていき、霧がかかり、降り注ぐ雨が凍り黒き呪いの刃となる。ネオンが第二ギガ・スタンピードを乗り越えて習得した呪いの魔法だ。 

 この魔法はエリアの属性が闇に寄っているほど威力を増す。また、天候条件が【豪雨】であることで本来の効果を発揮する。これは単なる魔法ではなく、天候を利用した魔法。既にある物を利用するからこそ無駄がなく大きな効果を引き出せる。

 

 凍える豪雨が体温を奪い体を凍らせ、降り注ぐ氷の刃が呪いを刻みながら体を砕き、切り裂き、身を蝕んでいく。目を開けてられないほどの豪雨だ。逃げようにも他の魔物達と激突し、雨にあたれば当たるほど多くの呪いがぶつかりそれだけレジスト試行回数が増大する。1つ2つはレジストできてもそれが連続となればどれかは貫通する。どれかが貫通すれば芋づる式で呪いが積み重なっていく。

 ネオンはその馬鹿げた広範囲高威力の殲滅力に着目されがちだが、真に恐ろしいのは付属する【呪い】だ。呪いは呪いを呼び積み重なる。強き魔物も呪いだらけになれば動きからその精彩を失う。


「上出来だ」 

  

 何匹かの魔物は激突をギリギリ避けて更にユリン達を追跡するが、ユリン達は死霊と悪魔達が待機している場所で合流し、追跡してきた魔物達を迎え撃つ。呪いに晒された魔物達にケバプが矢を放ち、ノートが突撃させたメギド率いる死霊達が魔物達を薙ぎ払っていく。

 そこには動物型の死霊に跨ったノート本人もおり、鞭にしたクリフを振り回して暴れている。追跡してきた魔物達を倒したユリン達も合流し瞬く間に呪い濡れで大きく弱体化した峡谷の魔物達を蹴散らしていく。

 

「よし、悪くはないな。全員無事なままツリー個体5体を確保できた」


「Yay!ランクあがったっちゃーーー!」

「私もランクが上がったぞ」

「自分もランクが上がりましたねぇ」


 ツリー個体を確保に成功しながら乱戦を突破。それが偉業と認められたのか3人のランクが上がる。文句なしの成果だ。


「次は落とし穴を用意してもいいと思う」

「そうだねぇ。罠も沢山あるしもっと効率化できそうだよねぇ」

「数が多いですけどなんとかなりますね」


「そうだな。ただこれから渓谷は夜になる。出現する魔物も変わり難易度も上がる。油断はするなよ」

  

 斯くして小手調べて行われた新規メンバーを含めたツリー個体捕獲は成功のうちに終わるのだった。       


   


宝が遠回しに殴ってくるタイプの宝探し

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういやこの四人が出てから、でかした先生が言った世界規模の人材の取り合いが本格化というか現実味を帯びてきましたね、jkの時はまあ元々知り合いですし両方とも合流を目指していたのであんま実…
2023/10/07 01:54 初めまして
[一言] >>10人は1つのパーティーの最大人数。この人数を超えた瞬間に魔物の強さが跳ね上がることは有名だ。 魔物の強さが上がるって称号もあったけどほんとに不思議ですよね。何故?
[一言] はた迷惑な連中のせいで日本サーバーが変な状況に慣れてしまっている…… 自分の周りに罠を仕掛けてくるタイプの宝箱
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