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No.Ex 第八章補完話/銀桜之女帝と老師

感想で夏休みの期間であることに思い至る



 某日。

 基本的に他の国の大きな同盟と一切協定を結ばない鎖国体制を敷くロシアサーバーに、とあるプレイヤー達が現れた。


 彼らが訪れたのはロシアサーバーの中核を為すトップクランが所有するホーム。転移門からすぐそばという非常に立地の良い場所にある世界でも指折りの豪奢なホームだ。


「メールなどでは連絡を取っているが、こうして顔を合わせるのは久しいね、ジア君」


「ご無沙汰してます先生。最近は色々と立て込んでおりまして。ALLFO外でも遊べると良いんですけどね、こっちが楽しくて。抜刀斎さん達もお久しぶりです」


 その一団は生産方面で暗躍を繰り返す日本サーバーのトップクラン『生産組組合』の大幹部級メンバー。多くのクランが手を結びたいと考えているクランだ。そのクランを迎えたのはロシアトップクランの一角である『Cеребристый сакура』を束ねるクラン長、桜吹雪。

 人呼んで白銀の聖騎士だ。

 このクラン長の執務室にいるのは桜吹雪(ジア)と『生産組組合』の面々のみ。完全非公式の会合だ。


『生産組組合』の大幹部級には黄金世代の面々が多く、ジアからしても10年来の付き合いとなるメンバーが少なくない。特にそのリーダーである“先生”はジアにとっても師に当たる。

 しかし笑顔の仮面をつけて向き合うジアと先生の間には強い歪みがあった。間に入ったら人1人簡単に押し潰してしまいそうな圧があった。


 師匠であろうと、師匠であるからこそ、ジアの目付きは非常に鋭い。

 ジアもノートと同様に先生の指導力に関しては尊敬しているが、ノートの様に慕ってはいない。むしろ自分と同じレベルかそれ以上に想い人に影響を与えられる人物として先生に敵意めいた物すら持っていた。

 それは先生も理解している。しかしその敵意を安易な逆恨みにせず対抗心として昇華しているので先生は放置していた。対抗心は正しく使えば人を成長させる原動力になると先生は理解しているが故に放置していた。


「しかし珍しいですね。チャットツールを使えば済む話なのに、わざわざこうして対面で話をしようとは。先生は随分“多忙”とお聞きしていますが」


 そんなジアは目付きを鋭くさせながら初手に軽く嫌味を混ぜたジャブ。ノートと話す時の様に緩めで訛りのある日本語は使わず母国語の冷徹な口調で詰めていく。

 ジアが先生に対して当たりが強いのはもう一つ理由がある。それは彼氏が『先生案件』という面倒な仕事をやらされては疲弊しているからだ。ウチの彼に面倒な案件を投げやがって、という嫌味を込めての『多忙』という表現をジアは用いた。

 無論先生がノートに仕事を投げて楽をしているわけでも、ノートをいい様に利用しているわけでもない事は知っているが、それでも先生の取り扱っている案件がどれくらいハードな仕事か知っているだけに嫌味の1つくらい言いたくなるのだ。


 ただ、この嫌味はジアにとって信頼の裏返しでもある。ジアは当たり障りの無い対応をする事にかけてはノートよりも圧倒的に上手い。面倒事を水に流し見ないふりをして上手く波風のたたない関係を築く事など造作もない。その為に自分の思いを抑え込む事だってできる。彼女はノートに出会うまでずっとその様に人間関係を構築していたのだ。難しい話ではない。

 故にジアが嫌味を吐くのも自分の思いを強く抑えなくて良いと思っている相手になる。相手に対する信頼があっての嫌味だ。そんな捻くれ方をしている点に関してはノートとジアはよく似ていた。


「そうだね、人をより深く理解する為の方法を日々研究する毎日だ。しかしいくら歳を取っても研鑽の時は楽しいものだ。頼りになる後進もいる。私は幸せ者だ。中には一つの国の動向に関与できるほどの傑物も育っている。素晴らしい事だ」


「ええ、そうでしょうね。自分の生み出した最高傑作が敵として暴れているのを見るのは先生からすればさぞかし面白いでしょう。張り合いのある相手ができて生き生きとしている様に見えます」


 表向きは聖人の様に扱われている先生だが、その実態は弟子を相手に思考合戦を楽しんでいる愉快犯だ。そうであってなお一般には一切その素振りを見せないのは彼の立ち回りの上手さを証明していた。

 その点で言えばジアは今回先生の真似をしているだけだ。コンプレックスのある相手を真似せざるを得ないというのは非常に悔しい事なのだ。

 故にこそジアは尚更攻撃性が表に出る。


「ロシアは近々シナリオボスに挑むとの事だが、どうだね。プレイヤーの制御は順調かね?」


「それを私に聞かれても。あくまで私たちは皆で大まかな動きを決めているとは言え、所詮は同じプレイヤーです。強制力はありません」


 “軽い挨拶”もそこそこに、続いて先生が話を切り出す。一見世間話に見せかけた本題の布石。それを理解しつつジアもはぐらかす。


「他の国との交流を極力抑えるロシアの方針は実に興味深い。確かに他のサーバーでは転移門の開通を機にプレイヤー達が他国に散らばったせいでサーバーの攻略が停滞しているサーバーも見受けられるし、MONの取引などでトラブルも多く発生している。そんな諸問題を鑑みてロシアは有力な攻略組を中心に緩やかな鎖国体制をとった」


 結果は上々。自サーバーの力を損なう事なく、カジノという観光資源を元手に他国のプレイヤーから資源を巻き上げ、PKプレイヤーなどに関しては早期の段階で目をつけて問題行動を起こしたら即座に対処する体制を整えた。

 この様な体制は他サーバーでも真似ていることが多く、ロシアサーバーは鎖国体制系の成功モデルとして今は広く知られている。


「だが、最近は少しずつ綻びが見え始めている。4章シナリオボス、アレは自国プレイヤーだけでのクリアは難しい難易度に設定されている。丁寧に言えば、転移門を開通させ、他国のプレイヤーとも協力する前提という事だ」


 シナリオボス戦は、シナリオボスの周回とキャンプ地防衛の2本柱で構成されている。シナリオボスは周回できるが、周回する度にシナリオボスは強くなるのでどこかのラインで妥協して防衛戦に回る。防衛戦の方も最初はその場にいるメンバーでチマチマ削っている程度で済むが、時間経過とボスの討伐数に応じてフェーズが進み徐々に多くのプレイヤーが防衛戦に加わる必要がある。

 ただ、多くのプレイヤーは後半になるにつれ周回限界で防衛戦側に回っていくので然程調整をしなくても帳尻合わせが為される。


 しかしそれは“3章までの事”。4章以降は別サーバーのプレイヤーが参入できるのでシナリオボス自体の難易度も高ければ討伐ノルマ数も大きく跳ね上がっている。一方で防衛戦の難易度も大きく上昇している。討伐ノルマ数が多いという事はそれだけ防衛戦が長引くという事だが、防衛戦は長引くほど難易度が上がる。つまり出来るだけ多くのプレイヤーが参加して討伐ノルマ数を一気に稼いで最終防衛フェーズを可能な限り短めにしなければならない。

 しかも第4章防衛戦は時間帯に変わらず常に魔物が押し寄せてくる。24時間体制でしっかりと防衛戦をしなければならない。そうなるとより多くの国のプレイヤーが参加している事が望ましい。国が変われば時差が発生し、対して努力しなくても24時間どこかの国のプレイヤー達が多く活動している事になる。

 VRはログイン時間制限があるために廃人が24時間張り付いているわけにもいかないので、自然と他国との連携が必要になるのだ。


 故に鎖国体制を選択したロシアサーバーは今かなり難しい選択を迫られている。

 国力を高める為にはシナリオ攻略を進めねばならない。

 一方で攻略を進めるには他国との協力が必要であり、ロシアプレイヤー側からも他国での活動を求める声も小さくない。


「…………どうして私と?構成人数で言えば私たちは最小ですよ。それに積極的に発言はしていません」


「しかしギルドと強固な関係を結びカジノを経営する事でMONの価格に最も強い影響力を保持しているのは君だ」


 側から聞いていると話が急に飛んだ様に聞こえるが、ジアと先生の間ではお互いに言葉少なくとも何を言いたいか理解している。

 それはお互いに現状と方針を理解しているからこそだ。


「リスクが高いのでは?」


「いや、逆だ。君と手を組むのが最もリスクが低い。孫子曰く、『友を近くに置け。敵はもっと近くに置け』だそうだ。なかなか理にかなっている」

 

 誰もそうとは言っていないが、先生はジアとノートが組んでいる前提で話を展開している。

 ユニーククエストを複数クリアしている白銀の騎士の名はもはやロシアサーバーだけでなく他のサーバーですら詳しい人なら知っているレベルのプレイヤーだ。先生は、生産組組合の中核は白銀の騎士の正体を知っているので驚きはないがユニーククエストはプレイヤースキルだけでクリア出来るものでもなく、単なる運で片付けるのも難しい。運ではないのなら、それを為すだけの“何か”があるのだ。

 その“何か”に先生達は強い心当たりがある。


 アサイラムと生産組組合は表向きは完全に敵対している、事になっている。

 むしろ対アサイラム路線で様々な組織に協調を求めている。対アサイラム組織のリーダーだ。アサイラムが日本サーバーで暴れている組織なのである種当然の話の流れといえよう。

 なら、そのアサイラムと裏では強く繋がっているトップが率いる組織とどうして手を組むのか。先生にとって自分の動向が筒抜けになるリスクがあるのにどうして手を組むのか。

 ジアは先生の狙いを理解しつつもそう返すが、先生の返答はジアの予想通りだった。


 ジアはアサイラムと手を組んでいる。ならアサイラムはジアには手を出さない。ジアを自陣側に引き込めばある程度の安全圏を生産組組合は作り出せるし、協定を組む事でジア側の動きを監視、制御する事ができる。

 更に、国家間のMON価格差の問題を解消しようと動く生産組組合としてはロシア側のMON価格に大きな影響力を持つジアの組織と手を結ぶ事は問題解決において非常に理に適っている。しかもお互いのトップの思考や立場、方針が分かっている。面倒な腹の探り合いをせずに話を進める事ができる。

 生産組組合の方がリスクは少ないのだ。

 

 一方で、ジアとしては非常に難しい判断となる。

 本来であれば、鎖国体制の緩和を考えているロシアサーバーにとって多くの強力なサーバーに根を張り強力な勢力圏を形成している生産組組合と手を結べるのは大きなメリットだ。むしろ本来であればロシア側から手を結ぼうと声をかける立場なのである。

 ジアとしては監視が付くので動きづらくなるが、組織としては非常に素晴らしい提案。トップ自らが声をかけるというのも通常であれば大きな誠意として受け取られるだろう。それを勝手にリーダーの判断だけで断ったとなれば、ジアの立場でも流石に非難の声が発生する事になるのは簡単に予想できる。


「腹芸が上手になったな」


「なんの事でしょう?」


 先生の提案に対し、必死に考えを巡らせている様な表情をするジア。そんなジアを見て先生は面白がる様な笑みを浮かべる。


「キミとノート君がこの状態になる事を予想していないとは思えない。そして本当に生産組組合と手を結ぶ気がないのなら、キミの性格だと最も色々と策を講じているはずだ。それにしては動きが小さい。これはキミの弱点だね。物事の先が見えると最小限の手で攻めようとする。無駄を嫌う。効率的であるが故に見え易い。行動を決める時はノイズを作れと教えたはずだ」


 先生に指摘されるとジアの顔から表情が抜け落ちる。先程まで軽い焦燥感と動揺を滲ませ、それを知恵で抑えようとしていた女性はいない。続いて見るものを怯ませる様な不気味な笑みをニタァと浮かべる。


「では私達と生産組組合が手を結ぶという事でいいですか?私が主導でロシアサーバーの門戸を開け、生産組組合が我々ロシアサーバーの治安維持に協力するという事で。その代わりとしてロシアサーバーの経済圏、生産関係に関与すると」


 狐と狸の化かし合いは、タヌキがロシアの白キツネの化けの皮を剥がす事で終わる。

 しかしキツネは化けの皮を剥がされても狼狽える事なく、むしろイキイキとしていた。


「その笑みは良くない笑みだ」


「この笑顔も含めて愛してくれる人がいるので」


 お互いに真の目的を隠しつつ笑顔を仮面を被る。

 先生が立ち上がって手を差し出すと、ジアは握手で返した。


 身内だが敵という複雑な関係を隠しつつ、こうしてロシアサーバーの経済を大きく支配する『Cеребристый сакура』と世界全体に根を伸ばし生産関係のトップ組織へと成長し続ける『生産組組合』の協定が成立。

 この事実はロシアサーバーから世界へと広がり、ロシアサーバーはなし崩し的に鎖国体制の緩和を決定するのだった。



私は偶にラジオ体操を1~3と自衛隊体操を運動がてらやります。

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― 新着の感想 ―
[一言] もうなんでこんなに面白いんですか? ワクワクがとまらねェ!
[気になる点] ミ≠ゴはここにいたのですか?いたら色々な意味で大変そう。 [一言] ジアみたいなキャラ好きです。ジアみたいなキャラって小説で扱う難易度高そうですけど、扱えるとすごく面白くなるイメージが…
[気になる点] 最初の会話で『ジア』になるハズの場所が『JK』になってる場所がありました [一言] 発売まで後一月 例のトレーラーでワクワクが上限突破してますが例の如く発売延期とかになったら憤死出来…
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