No.380 ヒラケゴマー
ハァ… 困ったなァ
バカみたいな大雨で
公共交通機関がないないして
もう疲れちゃって 全然動けなくてェ…
「よーやく終わったな。ドロップ品もある。みんなにもあるか?」
「ええ。私の方にもドロップ品があるわね」
「アタシもあるよ!」
「ボクは鍵?をドロップしたよ」
「私は杖を手に入れました」
天使モドキを殺しきり、魔法を解除してクリフを種子に戻し、疲労感から大の字になって寝転がるノート。その上にユリンがよろよろと歩いてきて倒れ込んだ。
「もはやポリゴン片じゃなく、ドロップ品を確認するまで死んだかどうかわからなくなっちまったな。まあ今回のボスが例外的だと思うけどさ…………」
普通であれば、ポリゴン片は『死』の証。そこから復活することは無い。そんなノート達、いや、全プレイヤーの定説がひっくり返された。天使モドキは、明らかに一度死んでから蘇っていた。人面ケルベロスのように致命傷を受けても回復したのとは別だ。完全に撃破された状態からポリゴン片が再び集まり、別の物として生き返った。
「今回はティアが大活躍だったな。いや、ティアがいる前提のボスだったのか?どのみちティアにはかなり助けられたな」
なんとかツッキーにもオリジナルスキルにも頼らず、そんな不気味な難敵を削り切ったノート達。
最近の検証で、シナリオボス以外にも敵性MOBは基本的に人数差によるパラメータ補正があるために『プレイヤーが多い』=『攻略に於いて有利』ではないと実証されたが、それでもスピリタス達が居ない状態でボスに勝ったのは全員の努力と高い連携力あってこそだ。
ノートに手放しでほめられ、皆からも褒められたティアは、恥ずかしそうにぬいぐるみで顔を隠していた。
「のんびりしたいところだけど、そろそろ継続ログイン時間がヤバい。ユリンの鍵ってのがどこで使えるか試してみたいが…………」
このような探査の時に役に立つのがヌコォなのだが、ヌコォは所用でログインできない。仕方ないのでノートはグレゴリとアテナを召喚した。
「グレゴリ、アテナ。この聖堂に何か隠し通路みたいな物がないか探してほしい」
『承知しまシタ』
『(。-`ω-)bまかせたまえ』
ルジェの館の秘密を即座に解き明かした実績を持つ絡繰り殺しのアテナと色々な物を探査し、物の座標に関する高い見地を持つグレゴリの組み合わせは探査に於いて最強のコンビに近い。グレゴリが現代の精密機器にも通ずるセンサーなら、アテナは絡繰り解体のプロフェッショナルだ。
「食べるかしら?ほら、口をあけて」
「あー」
「ふふ、情けない格好ね」
減った体力分を食事で補うノート達。寝ころんだノートに鎌鼬がポテチを食べさせたり、便乗したネオンがおっかなびっくりクッキーを食べさせている一方で、アテナは聖堂を行ったり来たりして聖堂を調べていた。
「見てティアちゃん、ハーレムだよ。ティアちゃんはああいうダメな人につかまっちゃダメだからね」
『かの男の人は無用なる人なる?』
そんなノートを見ながらティアに情操教育を行うJK。こんな時に限って何か気まずいのか人形で顔を隠しながらティアは答える。
「なーんも否定できん」
「でしょうね」
「ゆ、ユリンさんもたべます?」
「…………あー」
ノートの上に同じく寝転がるユリンにも餌付けするネオン。何気ないやり取りではあったが、それはまるで一向に人に懐かない野良犬に対し、素朴な少女が遂に心を通わせることができた歴史的瞬間であった。
「ネオンさんと随分仲良くなったのね」
「がぅ!」
「ちょっと。私の指ごと齧ろうとしないでちょうだい」
鎌鼬もユリンにポテチを差し出すが、ユリンは照れ隠し交じりで鎌鼬の指ごとポテチに噛みつこうとする。鎌鼬からすれば、ユリンは友達であり同時に手のかかる弟の様な子だ。ユリンの額をピシッとデコピンして軽くあしらう。
そんなやり取りをオロチを置物の様に抱えて『不思議な関係だな~』と眺めるJK。オロチは『いやだ~離して~』とジタバタしているが、ノート達への攻撃を禁止されているために抵抗ができずにいた。
当事者であるノート達自身も歪で不自然で不思議な関係だと自覚している。そんな関係を傍から見れば、余計に変に見えるのは当たり前だった。
さて、そろそろ自分達も調査をしようか。スタミナが回復しノート達が起き上がったところで、ガコン!と大きな音がした。
『動きまシタ』
『\(゜∀゜)/ヒラケゴマー!』
壁や柱に付けられた鉄仮面の目の穴から油の様な液体が勢いよく噴き出す。同時に天井に吊り下げられていた照明が落ちてきた。その落ちてきた照明代わりの赤い玉をグレゴリが影の手でキャッチし、アテナが糸を大量に操り爆発しないように絡め取って回収する。
同時に、ステージの上の説教台がゴゴゴゴゴゴゴッと音を立てながら沈み、ステージも少しずつ変形していった。
「これ今すごい危ないトラップだったよな?」
「ギミックを動かすことで油がホールに広がり、衝撃を与えると発火する照明が天井から落ちてくる。気づかなければ油が大炎上して私達は焼き殺されていたかもしれないわね」
正規の手段を取らないと謎に挑んだ者を焼き殺すあまりに殺意の高いトラップ。アテナはこれを逆手に取るように逆にトラップを発動させる前提でギミックを動かし、グレゴリがトラップを無効化したのだ。
「ありがとな。いつも助かる」
『いえ、当然のことをしたまでデス。実に面白い仕掛けでシタ。この程度であればいくらでも喜んでやらせていただきマス』
アテナの召喚を解除し、ステージに上るノート。床が沈んだことで地下に繋がるような階段が出来上がり、説教台の上にはちょうど地下扉のある形状になっていた。
「この鍵を開ければいいのかなぁ?」
ユリンはドロップした燃える鍵を差し込む。すると、扉が燃えて消えた。
「Wow!地下空洞だー!」
扉の先は真っ暗な空間だった。通路は下に伸びており、半壊した梯子が下へ伸びていた。ノートが発光苔を試しに落とすと、苔は抵抗も無く下に落ちていき、8mほど落ちたところで止まった。続いてアンデッドを召喚して落下。一応異状は見受けられない。
「これ降りたら基本的に帰れないようなギミックだな」
ノートがそんな穴にためらいなく飛び降りると、そこには小さめのホールが広がっていた。
10m飛び降りても死なないのはランク50の丈夫さ故だが、死霊をクッションにしても膝に変な衝撃が走る。
「ヒャッホー!」
「腰が!」
続いてユリンが飛び降り先に降りていたノートは抱き留めるが、腰に変な衝撃が走る。
「よくこの高さを飛び降りれるわね…………」
「ザバニヤに抱きかかえてもらうかー?」
「へ~ビビりでやんの~」
「…………降りれるわよ」
続けてユリンに煽られた鎌鼬が飛び降りる。ゲーム内の為に死にはしないと理解はしているが、普通は10mの高さを、しかも先が良く見えない暗闇の中へ飛び降りるのは怖い。ノートとユリンみたいに恐怖を司る部分が半分麻痺していて普通に飛び降りれる方が人間としては危険だ。
目を閉じて丸まって落ちてきた鎌鼬の体内を嫌な浮遊感が襲うが、すぐに柔らかい物が「ぐえっ」と情けない声を出しながら下敷きになってノーダメージに終わる。
「いや、違くて、ユリンが軽すぎるし翼で一応減衰してたからさっきは受け止められただけなんで。ね?」
鎌鼬を抱き止めようとして下敷きになったノートはちょっと不機嫌になった鎌鼬に釈明。
七世代機器はプレイヤーのデータを精密に読み取っている。顔や体格がコピーできるなら、体重も大体推定され、再現されている。小さくて華奢なユリンはかなり軽いが、鎌鼬は平均的成人女性より身長が高い。スレンダーの為に体重こそ軽めだが、ユリンと比べたら重い。装備も鎌鼬の方が重めなので、ノートが悪いわけでも、鎌鼬が太っているわけでもない。鎌鼬が太っている判定なら世の80%の女性は肥満判定になる。
それでも納得がいかないのが女心。ノートに宥められている間、ネオンは怖くて飛べなかったのでザバニヤに抱きかかえてもらって普通に降りてきた。
「Let’s GOOOOOOOOOOO!!」
最後に飛び降りたのはオロチを抱えて飛びおりたJK。ズドーン!という隕石が落ちたような凄まじい音と共にJKは落下し、軽い地鳴りがした。それでもノーダメージなのだからノアの方舟の耐久力は伊達ではない。
ホールの中を眺めて、雰囲気的にまだまだ続きそうだと察したノート達はテントの中に入ってログアウトした。




