No.373 触らぬ神に
「これどこから入るべきかなぁ?ボクは飛んで入れるけど…………」
「大きな門があるけれど、跳ね橋が上がってしまっているわね」
広大なカーディナルレッドの宮殿。近くで見れば見るほど、寺院や神殿とも違う様相。城壁のように宮殿周りに展開する壁。その周りには大きな堀があり、堀の中には何かの塊が大量に蠢いていた。
「堀があるという事は、この遺跡は城下町と考えるべきなのでしょうか?壁で隔てられた別の区域があることからも、戦争状態だったのかもしれません」
「Ah, I see! 考えたことなかったな~、そんな視点で!ノートさん達、かなりALLFOをリアルの視点で見てるんだね~!」
「ALLFOはかなりリアルの歴史に基づいた物が多いぞ。色んな視点から謎は解けるってことだ。例えば、あの刑務所擬き。モデルは察しが付いてるんだろ?」
「Indeed, that's right.…………」
直接的な言及こそ避けているが、ノート達はなんとなく刑務所擬きのモデルは察しが付いていた。ノートが鑑定で見たことを説明したことで、その予想は裏付けられた。最初こそ地雷職業と言われていた鑑定師だが、シナリオ考察をする上では必須級の職業であることは今はノート達以外にも広く知られているところだ。
無論、鑑定をしなくてもシナリオは進められる。ただ、技能が有ればシナリオの攻略が楽になるのだ。
「堀に落ちたら、あの様子からして多分アウトよね。まるで地獄に繋がる裂けめのようだわ」
「イタチ、なかなかいい例えするね!覗き込んでるとぞわぞわするよ!」
「こちらに手を伸ばしてくるのが不気味だねぇ。顔みたいなモノもジーッとこっち見てるし」
「爆弾でも落として、強さを測ってみますか?」
「ネオンは大分染まったな…………それもやってみたいけど、先に探索をしてみよう。蜂の巣に石を投げこむこともない」
「触らぬ神に祟りなし、ですね」
ノート達はどこかに入り口はないかと宮殿の周りを歩いて進む。
刑務所と違って、宮殿の周りにはむしろ多くのアンデッドがうろついていた。強さも今まで遭遇したアンデッドより遥かに上。寺院の中ボスクラスの強さはあった。
「刑務所の金仮面は憲兵的な感じがしたけど、宮殿周りは憲兵と神官が混ざってる感じだね」
「みんな仮面を付けているのはなんなんだろうねぇ。流行り?じゃないよね?」
「鑑定してみたけど、仮面自体に特に効果がある感じでも無し、重要なアイテムでもないからログも全く辿れなかった。家の中に隠れているアンデッドに仮面が付けている個体が居ないことから考えて、一定以上の身分についていた人物は仮面を付ける決まりだったとか、あるいは…………」
仮面には文化的に色々な意味を持つ為に、断定をするのが難しい。身分を隠す為。変装の為。色々な理由がある。かと言って、仮面自体はかなり武骨だ。何か過剰に飾っている雰囲気ではない。素材こそ何種類かあるが、仮面そのものを弄った様子は少ない。本当に顔を隠すことだけを目的としたように見える仮面だった。
「宮殿も、見れば見るほど、城塞にも見えてきますね。日本の城にも通づる構造を取っている気がします。輪郭式、と言ったはずです。あの宮殿の天辺まで登れば、この都を広く見渡すことができそうです」
「目標地点が明確化されているのはありがたいな。ユリンなら外からショートカットできそう」
「ノート兄、天守閣の代わりにお寺を乗せたみたいなあの天辺周りに飛びまくってるゴーストの量を見ていってる?」
「貴方なら避け切れるんじゃないのかしら?」
「無理だってあの量はぁ。この翼は鳥みたいに動いてるわけじゃないんだからさぁ」
ハードな戦闘をこなしながらも、同時に遠足のような気楽さで城の周りを歩くノート達。ティアも頭のCPUが幼女な為にまだまだ覚束ない感じではあるが、ノートからの指示を受ければ魔法を適切なタイミングで使えるようになってきた。そのティアに城への侵入経路や城について詳しい事を聞いてみたが、ティアはぬいぐるみを頭に乗せると「わかんなーい!」と手をバッテンにしていた。喋れるようになったみたいが、ティアが相変わらず無口な事にはかわりなく、その代わりにノート達が教えたジェスチャーを喜んで使っていた。
ぬいぐるみも相変わらず大事にしており、猫のぬいぐるみとアンビちゃんぬいぐるみを抱いているとかなりモフモフしている。流石にどっちか一つにしなさいとノート達に言われてなくなくアンビちゃんぬいぐるみはミニホームに置いているが、ミニホームに帰れば真っ先に抱き着いている
『(´・ω・`)いりぐちみつからない』
「グレゴリでもダメか…………どうしたもんかな。てかクッソ広いなこの宮殿。どうなってんだ」
どうやら、ティアが機能するのはやはりユニーククエストが発生するまでらしい。城に関しては本当に知らないようで、代わりにグレゴリが探しているが成果は上がっていなかった。
結局半周し、後門の方まで回り込んでも突破口は無し。度々堀をのぞき込んだりもしてみたが、何かが有りそうな痕跡はなかった。
探索を得意とするヌコォも居ない。今日はこのまま引き下がり刑務所のダンジョン探索を進めようか。そんな話がボチボチ出始めたころ、ティアの透明な手がクイクイッとノートのローブを引っ張った。
「どうした?…………まさか、しまった!全員走れ!“ヤツ”だ!」
もともとゴーストの為に顔色などあってない様なものだが、ティアの顔は急に青ざめて、ぬいぐるみを抱きしめる手は震えていた。
“ソレ”が姿を現す時、周囲は妙に静まり返る。アンデッドとの遭遇率が急激に下がる。赤月の都の黒騎士が現れる前触れのように、嵐の前の静けさのように、先に静けさがやってくる。
ノートはザバニヤを召喚し、ザバニヤに変身を命じる。ザバニヤの体が霧に包まれると、霧の中から真っ黒な巨狼が現れる。これがザバニヤのクロキュウ由来の変身能力。JKはもはや慣れた様子でザバニヤに跨った。重い鎧を付けて動くJKは、どうしても移動スピードが遅い。かといってペットに跨っても尚遅い。ノートの本召喚死霊くらいでもないと、歩くだけで大きな音がするJKを乗せて走れないのだ。
ノート達は走り出す。後ろを振り返ると、遠くに黄色い点が見えた。赤銅の遺跡の中で、遠くても黄色い点は目立つ。その黄色の点がフッと消えると、先ほどよりも近い位置に黄色のモノが見えた。
「走れ走れ走れ!」
ノート達はノートの召喚した死霊に跨って、堀周りの道から逸れて入り組んだ遺跡の中に逃げ込んでいく道を目指して走る。“ソレ”から逃げるには、大通りのような直線は非常に危険なのだ。とにかく視界を切れる様な入り組んだ場所をガムシャラに走り、適当なところで屋内に逃げ込むしかないのだ。
また黄色の点が消えて、今度はずっと近くに姿を現した。
「このっ!」
ノートはデコイとして死霊を召喚するが、黄色の点は、『黄土色の影』はゆっくりと、しずしずと歩いてくる。戦うでもなく、ただゆっくりと歩いてくるだけだ。それだけで接近した死霊達がボロボロになって崩れ落ちる。
「どういう仕掛けなんだそれ!!」
黒騎士とも、文字化けとも違う、まさしく無敵。道理や理屈を飛び越えた力は、まさしく日本のホラー映画の怨霊のよう。西洋の怪異のように物理的に対抗できる存在ではなく、ただ『呪い』という概念が動いているような化物。
しかし、その怨霊には奇妙な神秘性がある。
叫ぶわけでも、走ってくるわけでもない。消失と出現を繰り返し、ゆっくりと歩いてくる。歩いてきて、求めるように手を伸ばす。それだけで立ちはだかる者全てが破壊される。
これがユニーククエスト受注以降、ノート達を苦しめる『黄土色の影』。
影はゆっくりと、しかし、どこまでも追跡してくる。




