No.352 一丁
だが、それでも届かない。
捕縛網には随伴したレクイエムの分身が突撃。網の判定がレクイエムの分身に吸われるが、レクイエムが分身を消したことで完全に捕縛が不発する。
「それ没収ね」
「おぁ!?」
次の瞬間、超スピードで接近したユリンが金のバズーカ砲を撃ったプレイヤーに接近。腕を切り落としてバズーカ砲を強引に奪い取る。続けて即座に自分のインベントリにバズーカ砲を入れてしまい、更に双剣を振るい首を切り飛ばす。
先に殺してしまうと、システム上死んだときの装備は原則保存されるので武器の強奪はできない。しかし、殺す前に先にアイテムを奪ってイベントリにいれて所有権を自分に移してしまえば完全にアイテムを強奪できる。ただし、強奪判定を成功させるのはかなり難しい。戦闘フィールドで、相手から完全にアイテムが離れた状態で、尚且つ相手が死んでいない状態で、奪われた瞬間にそのプレイヤーが装備切り替えでその装備を回収してしまう前、という条件下で強奪が可能になる。以上の条件を満たした状態でインベントリに入れれば所有権が移るのだ。
インベントリの仕様に関してはノート達はずっと研究をしていた。特に【銃】という簡単に奪われたくないアイテムを装備しているノート達は、銃を奪われるリスクがないか研究していた。特に、ノート達の中には盗みに特化した初期限定特典を持つヌコォがいる。どのような状況下でどのように条件を満たすと相手のアイテムを奪えるか。その研究においては世界でも最前線と言えた。
結論から言うと、武器なら奪い方は簡単(当社比)だった。相手の両腕を破壊し、尚且つ相手が武器を触れていない状態を作り出して即座にアイテムを奪う。重要なのは腕に対して完全な部位破壊判定を取る事。所有権を中立状態にするには、そのプレイヤーがアイテムを完全に放棄したとみえる状況を作るしかない。
「それ、リロードが長ぇなっ!」
「ぐぁ!?」
レールガンの一撃を半ば勘で回避するスピリタス。カウンターの様にボイスカノン撃ってそのプレイヤーを吹っ飛ばし気絶判定を取ると、瞬間移動と見紛うスピードで接近しケイラクを突いて両肩を破壊。
ノート達ならこの時点で武器奪取を恐れて武装解除をするが、相当対人慣れしていて、尚且つ『強奪』のシステムを知っていないと即座にその発想にはならない。スピリタスもプレイヤーが落としたレールガンソードを回収し、インベントリに入れながら後ろ廻し蹴りで側頭部を蹴りぬいて一撃でプレイヤーを殺す。レールガンソードの一番の欠点は、本体が脆弱な事だ。普段銃をバカスカ撃ってくる鎌鼬やヌコォ相手に対人戦をしているスピリタスにはレールガンを躱すことは難しくない。何度も何度も飛び道具を相手にしていた経験がランク50で反映されている為、スピリタスに潜在的に蓄積される対飛び道具モーションは本人の才覚と相まって完全にアニメの挙動をしている。そこからランク50にて習得した歩法系スキルで距離を詰めればチェックだ。スピリタスに接近を許してしまった時点でほぼゲームオーバーである。
「君とは決着を付けたいと思ってたんだよね~」
飛び掛かってきた白銀Heoritのミニ版に対応したのはトン2。アイテムの使用者のランクは29。出現したHeoritの推奨難易度はプラス15されてランク44相当。パラメータ上はトン2よりも下だ。だが、Heoritは金属の外殻と特殊な武装を装備している。その実体は推奨ランクよりも遥かに強い。強い、はずなのだ。
「オリジナルより弱~い」
銃弾を躱し、短く持った薙刀でパリィ。更にカウンターで拳銃を一発。ありとあらゆる武器を使えるトン2にとっては飛び道具も要領さえつかめば人並み以上に使える。使えないから使わないのと、使えるけど使わないには天と地の差がある。拳銃とて練習してある。トン2の怖いところは戦闘に於いて真面目にやればその時の最善手を直感で判断できるところだ。特定の武器しか使っていない時は舐めプに近い。
トン2が銃で撃ったのはHeoritではない。召喚して勝った気になって勝利のぼっ立ちを決めていたアホだ。パリィをしながらの姿勢からの強引の射撃だったその攻撃はしっかりプレイヤーにヒット。ここで無視してHeoritが突撃してくればそのまま対処したのだが、Heoritは従者扱いの為に召喚主が攻撃されたことで召喚主を守る方へ動きを変えてしまった。普通ならプレイヤーの為の熱い演出だ。しかし、相手が悪かった。
Heoritがプレイヤーを庇う動きを取った瞬間、紫色の禍々しいオーラを纏った薙刀をトン2が振り下ろす。そこから大きな斬撃が飛び、召喚主を庇ったHeoritを切裂いた。
「脆いな~。よっと、こうして、ハイ終わり~」
トン2から牽制込みの一撃だったのだが、思ったよりダメージが入った。ただでさえ強化されているのにピエロマスクの効果で武器の出力が上がっている。妖刀の能力を引き継いだ薙刀から放たれた黒騎士の飛ぶ斬撃を模したスキルは凄まじい火力を発揮した。
そこからは一瞬だった。武器を特殊な短槍に切り替え。その短槍には多くの呪いが積んであり、更に槍の先には大量の棘が生えている。相手を絶対に傷つけてやるという強い意思を感じる短槍だ。棘は釣り針の様な“返し”の様になっており一度刺さると簡単に抜けない。トン2はHeoritの牽制攻撃を全て凌ぐと、関節のフレームとフレームの隙間に槍を刺し、身動きを取れないようにし、首の関節部分から薙刀を刺して心臓のコアを破壊した。その勢いそのままジャックオランタンを抱えてもう一度Heoritを召喚しようとした愚か者の腕を切り落とし金のジャックオランタンを回収。更に薙刀を回転させて首を切り落として決着した。
「守備型の天使ね」
天使に対応したのは鎌鼬。この勝負は一番酷い勝負だった。
まず、【天使図鑑】に関してはネオンが引き当てているので、ノート達は天使のカタログスペックをよく知っている。この図鑑は攻撃、守備、支援の3種の天使の中からどれか一つがランダムで出現する。
召喚したプレイヤーのランクは38。出現した天使のランクは48。十分。その上防御に特化しているために非常にめんどくさい。この天使を中心に周囲のプレイヤーが連携をして攻撃すれば安定した戦線を展開できたかもしれない。
だが、鎌鼬は無慈悲だった。まず狙撃銃で天使の頭をヘッドショット。新型の狙撃銃は安定した火力を以て天使を射抜く。だが、これでも守備型は死なない。このしぶとさがランク補整をひっくり返しかねない強さなのだ。こと防御力だけなら更にランク5以上の補正があると言っても過言ではない。
頭を蘇生しながらメイスを構えて鎌鼬に突進する守備型天使。狙撃銃は強い分、まだ連発ができない。丁寧なリロードが必要だ。かと言って拳銃だと守備型天使を完全に牽制するのは難しい。アンデッドの如きタフネスで強引に押し切ってメイスで殴りに来る。
「今だ!やれーー!!」
銃の見た目的には完全に狙撃銃。素人が見ても連発出来ない代物だ。今なら勝てる。そう思い、召喚したプレイヤーは攻撃を命令した。その判断は正しい。チャンスを逃さないことは対人戦に於いて大事な事だ。
狙撃銃が、一丁だけだったら。
「次、次、次」
一発撃ったらリロードせずに次の狙撃銃へ切り替え。ワラシのサポートを受けながら即座に構えて狙撃。撃ったら次の狙撃銃へ。この動きをまるで機械の様に綺麗な動きで繰り返し次々と化物銃を連発する。あまりに脳筋な解決方法だが、シンプルで事故がない。更に今のユリン達には光・聖・善特攻の加護が付いている。単なる狙撃銃より対天使向けの能力持っている。頭を撃ち、首の付け根、胸、腹と致命判定の取れる場所を次々と撃ち抜き天使を一瞬で殺し、最後には愕然とした表情の召喚主を拳銃でヘッドショットしてフィニッシュだ。
「ウォー―しねぇ--!」
一番悲惨だったのは、ユリン達の引き連れていた死霊達に突撃したプレイヤーだ。天使の力を宿し、光・聖・善を大強化し闇・呪・悪特攻能力を持つ。パラメータも大きくアップしている。
これだけの効果があれば単なるPK相手なら単騎で倒せてしまう。英雄願望を持ったプレイヤーにとってはこれ以上ないアイテムだ。
『ア゛ア゛ア゛アァァァ!!』
そんなプレイヤーを出迎えたのが分身レクイエムのデバフコーラス。分身達の攻撃の為に致命的な物ではなかったが、気圧されて走りを緩めてしまったのが悪かった。
グレゴリ経由で上空からその存在を認識したノートは死霊達に命令を下す。死霊達は即座にフォーメーションを取り天使宿しのプレイヤーを包囲。そのプレイヤーは天使モードで使える光魔法を死霊達に向けて放ったが、本来死霊に大ダメージを与えるその魔法全てが無効化される。
「な、なんでだ!?どうして!?」
ネクロノミコンの加護を受けたノート達の死霊は単純な光・聖属性を完全に無効化する。逆に死霊達は攻撃を受けた分怒りを増し、天使宿しのプレイヤーに向けて一斉にデバフ魔法と闇魔法を放つ。放ちながら他のプレイヤーが介入してくる前に皆で一気に距離を詰める。八方を囲まれ惑うプレイヤー。死霊達が抵抗する天使宿しの手足を掴んで引っ張る。上級死霊の力は伊達ではない。PK・悪特攻の力を宿しただけの格下など敵ではない。
それはまるで八つ裂きの刑だった。
「や、やめろーー!」
手足を引っ張られて破壊され、まるで見世物の様に掲げられる天使宿しのプレイヤー。トドメにレクイエムの分身が群がり、寄生して繁殖。プレイヤーを食い殺した。属性反転の力を持つレクイエムには悪特攻も無意味。一時的に属性を善に反転すれば天使の防御膜も強引に食い破る。
これらの惨状が起きてから終わるまでにかかった時間は僅か10秒。10秒だ。無双モードのユリン達を10秒でもその場に足止めできたことはある意味評価すべきである。ではその惨劇を周囲のプレイヤー達がボーっと見ていただけだったのか。そうではない。5人を主体に鉄砲持ちが援護するはずだった。だが、一定距離を近づいたヤツから、銃を構えたヤツから首がゴロンとおちるものだから燃え上がる勇気の心には勢い冷水が浴びせられ、全員の足が止まる。止まってしまう。
まさかその場に姿を消した高速の暗殺者がいるとは誰も思わない。ユリン達のセンセーショナルな行動に完全に意識を向けたらアウトなのだ。低空を飛ぶ暗殺天使ザバニヤには足跡すらない。音もない。鎌を振るって次々とバカの首を狩って援護を一切許さない。
何がズルいって、ザバニヤは分裂しても空を飛べることだろう。致命攻撃に特化したザバニヤは吸血鬼の能力で体を半分霧状にしてプレイヤーの間を縫うように音もなく移動できる。チートも大概にしろという性能を持ているのだ。練度次第では感知系技能で一応存在は感知できなくもないが、注意を逸らしたらその時点でザバニヤは暗殺条件は成立してしまう。知覚したらずっとその存在を意識し魔法の弾幕を張るしか通常のプレイヤー達には対処方法がない。
ただ、そんな間抜けな事をしていると鎌鼬が容赦なくヘッドショットを決めてくるので、霞の様な見えないザバニヤの存在を意識しながら鎌鼬を始めとした怪物達にも意識を集中しなければならない。とんだクソゲーである。
プレイヤー達の決死の反撃策は、その全てを真っ向から全て粉砕され、重要アイテムを3つ鹵獲されるという最悪の結末を迎えた。
世紀末ALLFO




