盤外編 水清ければ ネオンのターン+
「(なるほどね。アグちゃんが時々朝音の事を妙に推したり、朝音と仲がかなり良かったのは、召喚主であると同時に本当に姉妹の様に接していたからか)」
運のいいことに、本当に今日の河川の状況、天候の状況は非常に良かった。
ノートが話に気を取られていても釣りができる程度には。
「アグちゃんとなんの話をしたの?」
「え、えっと、アグちゃんは――――――――」
朝音から聞いた話は、ノートからしても非常に興味深い話だった。
朝音は顔を真っ赤にして、まるで以前の様にどもりながら、壊れたラジオのようにただただ事実を話し続けた。
そう、朝音はテンパっていた。生まれて初めての彼氏。生まれて初めてのデート。緊張しないわけがない。もともとプレッシャーには強くない性格なのだ。川釣りを選んだのも、潜在的に自分の馴染み深い自然の多いフィールドだからだ。それが寝不足でたまにノートが陥るようなナチュラルハイになり、奇妙な精神状態が朝音の強い緊張を上手く緩和していた。
が、ここでバランスゲームの様な奇跡的な均衡を保っていた精神バランスが崩壊した。アグちゃんに恋愛相談をしていたことは、特に後ろめたい事でもなんでもない。だが、生真面目で、隠し事自体を負債だと思ってしまう損な性格をしている朝音は、その全てを話すことで精神的なバランスを保とうとした。
緊張して、どもっていても、説明としてはきちんと成り立っている所は朝音の地のスペックの高さを感じさせた。
「(聞いていると、アグちゃんは言い回しこそ過激だけどカウンセラーとして通用するな。SOPHIAにはメンタルケアのプログラムでも組まれてたのか?既にカウンセリング用のAIが存在しているんだから、技術的には可能だろうけど)」
カウンセリングは釣りに通ずるところがある。
カウンセリングが必要な人物は迷える魚だ。川は濁っていて、魚自身も進むべき道を見失っている。そして魚は傷だらけで非常に気難しい。最適なポイントに、最適な餌、最適なルアーを用意して、何とか釣りあげる。
釣り上げた後は水槽で一時的に保護する。これがカウンセリングの段階。整った環境で健康を取り戻すまでゆっくりと傷をいやしていく。傷を癒して、自力でまた泳げるようになったら放流する。これがカウンセリングだ。
問題は、この最初の釣り上げる段階だ。
「そこのおねーちゃん、魚かかってるよ~」
「うぇっ!?わっ!わっ!」
「ちょちょちょ、落ち着け朝音!」
大物がかかったリールがしなる。通りがかった子供が声をかけたことで再起動した朝音の脳が現実に追いつき慌てて釣り上げようとするが、足を滑らせて転びそうになる。それを見て慌ててノートが朝音をキャッチする。
「おにーさん、リール持ってかれてるよ」
「え゛!?ごめん捕まえといてくれる!?」
「わかった!魚くれる!?」
「あげるあげる!あげるからリールを頼む!それ借りもんだから!」
この川は特に苦労をしなくても、少しリールを揺らせば初心者でも魚を食いつかせることが出来る。魚が川の中でどのように動いているかも見て取れる。
「朝音、慎重に、慎重にな。落ち着け」
「お、思ったよりち、力が!わ、わたし、足腰には自信がありますけど、上半身は!」
ただ、それでも人間の感情と言うのは簡単に制御できるものではない。初心者用の穏やかなでクリアボトムな川に居る魚とて、釣り上げようとしても振り回されてしまう事もあるように。
「おにーさん釣れたよ~。網いる?」
「欲しい!てか俺の方もう釣れたの?君上手いな!」
「おにーさん達のリールの動かし方がへたくそなんだよ」
これが足場の悪い場所で、濁流の中、勘だけで手負いの魚を釣り上げようとするなら、それは無謀な事だとは誰でも理解できる。その無謀な事にチャレンジできる才能と、自分も流れに巻き込まれず踏ん張る足腰を持つ者が国家公認カウンセラーになれる。ただ、ハードな仕事ゆえ、朝音の様に足を滑らせ川の中に引きずり込まれてしまうこともある。ミイラ取りがミイラになる。釣り人が気づけば魚になっている。
「この魚貰っていいんだよね?」
「いいよ!持ってって!リール確保してくれありがとう!」
「ねぇ、手伝う?折角のいいリールなのにおにーさんたちが下手すぎてリールが泣いてるよ?」
「無垢な言葉が胸に刺さるなぁ!」
時に、対峙する魚とは別方向からの予想外な攻撃を受ける事もある。
バチャバチャを荒れる水面。初動を完全に失敗したことでリールがあっちこっち引っ張られるが、ノートが加わったことで次第に安定する。技術も何もない、2人がかりの力技で引っ張り、最後は少年が網で掬い上げてくれた。
「うわぁ~、すっげぇデカイ。大当たりだよコレ!とぉさーん!かぁさーん!みてみてこれ凄いよ~!」
一人では方法を誤ることもある。故に、カウンセラー同士は結束する。お互いを支え合う。誰かが川に引きずり込まれそうになった時、ノートの様に誰かが助けに入るのだ。
釣り方をシェアする。釣り方を一緒に考える。そうしなければ、いつか体力切れを起こし引きずり込まれてしまう。
故に、時に命綱を用意する事もある。自分の周りに多くの人を置いて、心の戻れる場所を作るのだ。人に興味を持てない人間は、孤独な人間は、カウンセラーにはなれない。
「確かにこりゃ凄い当たりだな。朝音はやっぱなんかそういう星の元に生まれてるんだな」
用意されたバケツの中を悠々と泳ぐ魚。それは素人が見ても当たりだと判断できるサイズであり、少年の声に釣られてどうもどうもと頭を下げながら人の良さそうな男性が小さな男の子を片腕に抱きながらやってきた。
「ほら、みてとーさん。これすっごいデッカイよ!」
「お~。こりゃ確かにデカいなぁ」
「ここのヌシかな?」
「父さんも割と長い事ここを愛用してるけど、こんな大きいのは見たことないなぁ。いや~凄いですねぇ。お兄さんたちは、ここは初めてですか?」
少年の年齢は小学校中学年くらいか。抱っこされた子供は5才前後。父親は40半ばと言う感じで、羊のように人畜無害そうな人物だった。
「そーなんですよ。釣りも真面にやるのはこれが初めてで。ゲームではやったんですけどね。息子さんにも助けてもらっちゃって、ほんとありがたかったです」
「あ~いやいや。息子が役に立ったようで何よりです。お二人は…………お付きあいされてるんですか?私達、良くここに来るんですけど若い男女で来る方は多くないんですよ」
「はい。ゲームで知り合ったんですけど、そこで釣りとか色々やって楽しかったので、それならリアルでもやってみようという話になりまして」
「ほ~、それはいいですね!いいでしょう、リアルの釣り!」
大分メンタル的な改善はなされてきたが、心構えの出来ていない時の接触には動揺したらしく朝音は人見知り全開でノートの後ろにこそっと隠れる。ノートに彼女と紹介されたことで改めてその実感が湧いたのか顔は真っ赤だ。
そんな朝音の代わりにノートが男性に対応し、朝音をさりげなく自分の後ろに置くように立ち位置を変える。だが、男の子の声はこの川ではよく通ったのか、デカイ魚と見て興味を持った別の子供たちがなんだなんだと近寄ってき朝音の安全圏が消える。
「これおねーちゃんが釣ったの?すっげ~」
「あ、は、はい」」
「顔真っ赤だけど熱あんの?かぜ?」
「あ、えと、熱では無くて、その…………」
「おねーちゃん水切りできる?俺うまいんだぜ!」
「そう、なんですか?」
「ボクも水切りできるよ。あのね、こういう平べったい石をね――――――」
朝音、図らずも大人気。人畜無害そうで癖のないオーラと程よく整った顔だち、加えて妙に場慣れしていない雰囲気。なのにデカイ魚を釣り上げたというブランドが子供たちの関心を引き付ける。まるで可愛い教育実習生が小学校に来たような盛り上がりである。
一方、社交性スイッチが入ったノートは一見すれば好青年だ。若い人が訪れる事も相まって大人達が色々と話しかけてくる。
「はいはい、少年たち~。このおねーちゃんは俺のだから連れてかないで。水切りは一緒にやるからさ」
その最中、子供たちが水切りを見せたいだの、俺の釣った魚を見て欲しいだの、朝音を引っ張って連れて行こうとしたのですぐにカットイン。朝音を抱き寄せてこれは俺のもんだとノートはアピールする。
「おにーさんたちやっぱり付き合ってんの?」
「そうだぞ。いいだろ~」
ノートに抱き寄せられた朝音はされるがまま。キャパ限界を超えたのか顔を真っ赤にしたままノートの胸に顔をうずめる。
「ちょっとお父さん!邪魔しちゃダメでしょ!もーごめんないねほんとーに」
そんな状態を見かねてか、ノートと話していた男性たちの奥さんたちが各々旦那を回収し子供たちにも注意をする。
「いえいえ、大丈夫ですよ。色々とアドバイスも聞けてありがたいです」
その後、ノート達は子供たちに魚を見せてもらったり、川で捕まえられる生き物を見せてもらったり、水きりの仕方を教わったり、一緒に釣りをしたりと、当初の想定とは裏腹に結構にぎやかに釣りを楽しむのであった。




