No.Ex 第七章補完話/The White Snake of Wall Street Side:W
やっく・ざ・ろっく
「うむ。この討伐イベントは実にいい」
その報せは彼の想定通りだった。
ハロウィンイベント、アフターパーティー。その5日後、アメリカサーバーで第4章シナリオボスが発見の報告が為された。攻略組トップ層が新発見のダンジョン攻略に本腰を入れていた一方での急な展開。多くのプレイヤーが世界中から流れ込んでいたアメリカサーバーはその報告と共に他国サーバープレイヤーの大移動が発生した。
転移門は一度自力で到達した街の門しか使えない。なのでナショナルシティに転移した直後からいきなり4章シナリオボスの近くの街へ一気に転移はできない。ではその間にアメリカサーバーのプレイヤーだけで攻略を進めよう。そう考えたプレイヤー達もいたが、上手く行かなかった。立ちはだかったのは討伐イベント開始の為のエントリー人数。今までは1万人、2万人、4万人と2倍ずつふえていたエントリー人数が、一気に16万人に増えた。16万人がエントリーしないとイベントがそもそも始まらない。一方でアメリカサーバーはどのように攻略を進めていくかで完全に意見が割れてしまっており、抜け駆けの様に4章シナリオボスが見つかったことで全体の足並みが大いに乱れた。
結果、アメリカサーバーだけで話は完結せず、他国から乗り込んできたプレイヤーが集団で一気に移動。3日後に討伐イベントが開始した。開始時点のエントリーメンバーの内、アメリカサーバーのプレイヤーは50%。残り50%が他国から流れ込んできたプレイヤー。日が進むたびにアメリカサーバーのプレイヤーも続々と到着したが、対比6:4を超えることは無かった。
様々な国のプレイヤーがいるという事は、その数だけ国ごとに自然と定まったルールがある。結果、4章キャンプ地は場所取りの問題などでトラブルだらけ。生産系プレイヤーの売るアイテムも国ごとにレートが違い、当然のように人気のあるところと人気のない所ができる。
そんな中、大きな存在感を示したのが日本サーバーの『生産組組合』。『生産組組合』は周囲の団体と比べて圧倒的な資産を持っており、どのサーバーのプレイヤー達よりも安価で品質の高いアイテムを組織的に販売。それぞれの国のレートにもある程度対応しておりサービスの面でも日本の質の高さを見せ付けた。かつてない広大なキャンプ地故に比例して大きくなる防壁建設でも『生産組組合』が中心に建設した場所は他の壁に対して非常に堅固であり、凄まじい量で押し寄せてきたスタンピードも一切抜かれることなく耐久。
更に、銃器の量産に漕ぎつけたことにより鉄砲部隊を編成し、壁の上に並んでの一斉掃射は周囲からも非常に目立った。
どうしてここまで日本サーバーが、『生産組組合』が効率よく組織的な行動を可能としたのか。
当然だ。想定よりも遥かに早く発見された4章シナリオボス。その裏には『生産組組合』の暗躍があった。トップ層の関心が完全にダンジョンに向いている間にシナリオボス討伐イベントを起こせばアメリカサーバーは指導者不在のまま展開していく。その間に他のどこよりも早く移動を開始していた『生産組組合』が資材を大量に用意してキャンプ地に根を張れば、その影響力は絶対に無視できない。自分たちの強さを誇示できる。
『生産組組合』だけが、ハロウィンイベント、そしてアフターパーティーで世界が沸く中、静かにシナリオボス討伐戦に向けて備えていたのだ。個人単位の売買では決して敵うことは無い。
これにより、生産組組合は多くの国のプレイヤー相手にまるで公式店の様なシェア率で市場を展開。同時に、日本で“とある伝説の情報屋”がやってのけたように、情報を対価に取引を行うことで世界中の情報を集めた。色々なアイテムを集めた。『生産組組合』の設けたレートがキャンプ地の中で自然と共通のレートに成り代わっていった。
交易に於いてもっと強いのは誰か。その答えは幾つかあるが、その一つはレートを設定できる人物だ。
喜び勇んで商売をしようと各国の生産系プレイヤーもキャンプ地を訪れたが、『生産組組合』が市場を支配したために想定通りにはいかない。さて持て余したこのアイテムをどうしようか。困り顔の商人たちが生産組組合に対抗して泣く泣く値段を下げると、それを『生産組組合』に全部巻き上げられる。あるいはこのまま赤字になるよりは、と堂々と自分から『生産組組合』に取引を持ち掛けた強かな商人もいた。
こうして全体の数パーセントでも生産組組合に迎合する生産プレイヤーが生まれると、あとは雪だるま式だ。生産系プレイヤーは資本主義の原則として過度に対抗しあっても共倒れになりかねないため、どこかで妥協が必要になる。多くのサーバーのプレイヤーが居れば妥協点のすり合わせは困難になるが、その妥協点として『生産組組合』が機能したことで、キャンプ地限定の『生産組組合』を中心とした商人、生産系プレイヤーの集まりができる。
ここまで来たら後は特に苦労する必要もない。キャンプ地内のレートは思うがまま。MONも、世界各地のアイテムも、情報も、全てが『生産組組合』に集まっていく。
「分析チームには申し訳ないが暫く徹夜になりそうなレベルだね」
「はっはっはっ、『先生』も御人が悪いのぉ。このやり方、アレだろぉ?ギガうんとかで、『坊』がやったあれじゃないか」
「アレの戦術の原型は私と彼ともう一人の弟子を交えて『架空の市場』をテーマに思考ゲームを行った時に作り出された机上の空論に近い基礎戦術の1つでね、ある意味共同制作の戦術の様な物だよ。今回の場合は即興で周囲のプレイヤーを使うより、身内の中で完結できるだけの人数が揃っているために今の状況の方がこの戦術においての理想形に近いのかな」
「ふむ。そのもう一人の弟子は、桜吹雪の嬢ちゃんじゃな。ロシアで随分とすごい事になっているようだと聞いているよ」
「ああ。実にいい子だ。もし彼が初期限定特典を有していなかったら、あのようになっていたのかもしれない。ただ、彼女は猫を被っているだけだ。そして被っているだけの理由があるはずで、彼女が自分のスタイルを封印し、聖人君子の様に振舞うだけの理由があるとすれば、それはノート君だ」
先生が彼の名を呼ぶと、その場にいた生産組組合の頭脳達がニヤニヤと笑う。年は先生と同年代、或いは少し上か。見た目こそ年を感じさせるが目の奥には現役から変わりない賢さを感じる輝きを秘めている。彼らにとってはゲームは道楽。程よく肩から力を抜いて取り組むことができ、そして積んできた人生経験が並の人間には備わらない肝の太さを作り出す。彼らにとってみれば、ノートも、桜吹雪も、可愛い孫の様な物だ。
「坊は罪作りな男じゃな。いつか本当に刺されるのではないか?」
「うーむ。トントンの嬢ちゃんとスネコスリの嬢ちゃんとも付き合っていると聞いているぞ。女に刺されるだけでなく、世間にバレたら男からも刺されるのじゃろうな」
「それだけではないぞ。アサイラムに関わっていると確定している格闘家の嬢ちゃん。アレもえらい綺麗だった。しかも知る人なら確実に知っているレベルの名家の出身ときた」
「女性僧侶を率いておった子はどうなのだ?」
「アレは男の子らしいぞ」
「男の娘という奴か?」
激動の時代を駆け抜けてきた彼らにとってみれば、孫の様な男の色恋沙汰もちょうどいい茶請けだ。
くだらない話を交えながら送られてきたデータを精査して算盤を弾きレートを調整する。彼らがやっているのはゲームだが、その頭の中には実際のビジネスで培ってきたノウハウがある。人が増え、世界にリアリティが増せば、ゲームの中と言えどその中には社会が出来上がる。経済が成立する。ならば現実の経営戦略とて通用するのだ。
ゲームの世界だ。現実と違って練習すれば若者と遜色なく機敏に動ける。しかし年を取るほど反射神経は付いてこないし、咄嗟の判断に曇りが生じる。新たな事を覚えるのに少し時間がかかる。だが積み上げていた物までは簡単には失われない。何度も何度も失敗し、修正し、研ぎ澄ませてきた感覚は衰えない。彼らにとってはALLFOはファンタジーRPGではなく、リアルタイム経営戦略シミュレーションゲームなのだ。
世界的な財閥になりつつある『生産組組合』の経営はこの様に隠居した経営者たちによって行われいる。言わば、経営のプロフェッショナルが雁首揃えて裏で糸を引いているのだ。故に破綻なく、確実に利益を出し、巨万の富を築き上げる事ができる。
「VRはいいな。細かい資料を見ても目を細めたり、紙を遠ざけたりする必要がない」
「老眼はやじゃなぁ~。あの動きは妙にじじ臭い」
「手術でもすればいいじゃろうが。あるいはグラフィックシールの眼鏡をかけるなど対策はできるじゃろう。お前も金はあるじゃろうが」
「余計にじじ臭くないか?」
「プライドで生活は満たされぬぞ。先生もそう思うだろう?」
人脈は人生における強力な武器になる。
年老いても失われない黄金の積み重ねだ。
前哨戦では引き分け。単純な数では対抗できないことは証明された。ならば知恵を増やす。質をあげて対抗する。厳選を行う。貪欲に自陣を強化する。
「ええ。使える物は使った方が私は良いと思いますよ」
歯車は廻る。初老の男の打った一手がまた世界の進行方向を変更した。




