No.335ex Stuck
「推しの子」初回82分…………?映画かぁ?
OPのアイドル(YOASOBI)が変態曲過ぎて好き
「きっついな~このフィールド。火力が足りないかも。少しずつランク上げを頑張るしかないなぁ」
攻略を開始してから数週間。彼女の攻略はあまり進んでいなかった。
一方、アメリカなど世界では色々な動きがあった。
アメリカでは最前線組がダンジョン攻略を進めている間、追い抜きを測った団体が遂に4章のシナリオボスを発見。プレイヤーがそれぞれバラバラに動いていた最中の急な発見だったのでアメリカサーバーはかなり混乱したらしく、アメリカサーバーに流れ込んだ日本サーバーや中国サーバーなど色々な国のプレイヤーが絡んで秩序が機能していなかったらしい。それに続くように中国でも4章シナリオボスが発見されたことも混乱に拍車をかけた。
また、ここ数週間で色々な大サーバーが3章シナリオボスを撃破。Heorit撃退の勢いに乗じて大サーバーの80%が開通した。大聖堂の転移門が次々と機能をし始め、ナショナルシティの大聖堂の地下はまるで地下鉄の様な様相になっていてALLFOは空前のプチ旅行ブームとなっている。
同時にハロウィンイベントのアップデートによりPKペナルティが強化された結果、PKプレイヤーの中でも動きがあったらしい。弱小のPK団体がアメリカや中国、日本に渡り、それぞれで非常に大きなPK団体ができつつあるようだ。
各国の4章エリアで未発見の広大な街が複数見つかったようで、それがPK団体の根城になりつつあるらしい。
ハロウィンイベントから続き、サーバーの開通、そしてハロウィンイベントに纏わる大型アップデート。この3つが組み合わさったことでALLFOは嘗てないサービススタート時を感じさせるレベルの盛況となっていた。
「(アタシは進展なしなんだよね~。一人で寺院攻略は流石に無茶っぽい)」
お隣にあるとされる赤銅の都では色々と話が進んでいた。
まず複数の寺院の攻略。寺院の中には中ボスが存在し、イベントが進んだり、何かしらの攻略アイテムと思わしきアイテムが発見されていた。
特に一番大きいのはストーリーテラーと思わしきNPCの発見。アンデッドだらけでどこがゴールなのかもよくわからないこのフィールドに於いて、方針を示してくれそうなNPCが見つかるのは重要な進展だ。
一方、彼女もベビーブルーの遺跡の中を彷徨い幾つか寺院を発見した。実際に攻略もチャレンジした。だが、1つを除き攻略は失敗した。ランクこそ上がったが歯が立たなかったという印象である。攻略できた寺院もタイプ相性が非常に良かったからで、その上正規の攻略とは程遠いゴリ押しで4時間チクチク叩き続けて倒したのだ。前向きで明るい彼女でも二度と同じことをしたくないと思う程度には地味で一切面白みのない攻略だった。当然、倒してもランクは上がらなかったので徒労感も激しかった。手に入った日誌のようなものが解読できなかっただけになおさら何のために頑張ったか分からなかった。
なお、彼女もNPCが居た寺院は見つけていた。しかし、どの寺院よりも攻略が困難で、千日手状態に陥ったので攻略を諦めた。
「(火力と手数が兎に角足りない。ガチャで卵を当てて育てた方がまだ現実的かも…………)」
今までだましだまし、なんとか攻略を続けてきた。彼女の能力は防御に特化している為、ソロよりも誰かと組んだ方が効率的。それは自分でもわかっていた。それでもなんとかプレイヤースキルで火力の低さを補いながら攻略を進めていたのだが、このフィールドでは遂にそれも通じなくなった。
「(Mm-mm, what am I gonna do?刑務所も見つかってないしな~)」
何か。何か貢献したい。有用な情報を協力者から沢山もらえているのに、自分はここ最近何も返せていない。新発見がない。ゲーマーにとっては少し辛い状況だ。彼女はそんな状況を打破したくて、半ばやけっぱちになりながら通路を歩いていた。
どれくらいやけになっているかと言えば、目を瞑って壁に手を付いて歩いているレベルである。
進むのは表の道からそれた裏道。暗く陰鬱な空気を放つ貧民街の様な空気を放つ場所を通り、時に適当に家の中に入って見て、裏口が合ったら積極的に通ってみる。それでも変化がなくて、遂には目を瞑って歩く。歩いて歩いて壁に沿って曲がる。時に敵にぶつかり殴り合う。いつもならギミックで処理しているところだが、丁度良く歯ごたえのある敵に飢えていた彼女にはちょうど良かった。
そして、遂に。
「"I'm totally lost, ugh…………」
薄暗く、建築法に違反したように建物を上乗せしたように小さな建物をより集めたようなスラム街は薄暗く、辺りを一切見渡すことが出来ない。最近実装された出発位置を指し示す特殊な方位磁石の課金アイテムを使ってみたが、針がプルプル震えていて帰り道が定まらなかった。これは不具合ではないかとGMコールしたところ「仕様です( ◠‿◠ ) 」と返される始末である。
「What the heck, where the hell am I!?」
やけっぱちになって、さ迷って、挙句に課金アイテムが役立たず。踏んだり蹴ったりとはこの事か。彼女らしからぬ苛立ち交じりの無謀な行動によって彼女自身が追い込まれていた。
ここどこ~?と泣き言を漏らしながら彼女は彷徨い続ける。ここ数週間である程度土地勘が付いたつもりだったのだが、現在のいるエリアは一度見れば忘れないであろうとゴテゴテと入り組んだ場所なのに全く見覚えがないという嫌な場所だった。
歩いて歩いて、アンデッドすら見当たらず、妙な不安感だけが増えていく。鬱陶しく怖かったアンデッドが居なくて不安になるとは彼女も思いもしなかった。
「(またこの花のマークが書いてある。これなんだっけ?)」
そうしてゴテゴテとした貧民街の狭い通路を通り続けていると、いつしか壁に変な落書きがされていることに気づく。真ん中の小さな花弁が集まって上を向き、その外周に大きな花弁がベロンと下に向けて広がっている独特の形の花。その花をひっくり返したような落書きが地面スレスレに描かれていた。
「(もしかして、ここらへんループしているのかな?)」
ゴテゴテとしている狭い通路はどこを見ても同じに見える。だからこそループしている事にも気づかない。黄土雲の都の空は時間間隔を感じられる要素が無いので空を見ても、ALLFO内の時間も、自分がどの方向を向いているかもわからない。課金アイテムが役に立たず、それなのにGMからの返答が仕様であるということは、ある種のヒントでもあったのだ。
「Stuck in a loop………!」
目を瞑って歩いている間にいつの間にか変な場所に迷い込んだらしい。普通であれば焦ったり、めんどくさいと思う場面だろう。だが、彼女は喜んだ。動きが止まった攻略にようやく動きがあったからだ。少なくともこんなループに巻き込まれたのは初めてのことであり、赤銅の遺跡側でもループ空間に迷い込んだなどと言う報告は聞いていない。明らかな新発見だった。
迷って迷って、時に目を瞑って歩いたり、窓から強引に住居の中を通ってみたりした。魔法を撃ってみたり、自分で落書きをしてみたりした。何が功を奏したのか。結局彼女自身でもわからなかった。だが、いつの間にか彼女がループを抜けて、少し開けた場所に出ていた。
「(なんだろうここ。刑務所とは違うけど、寺院とも違う…………)」
そこは貧民街の中心の様な場所だった。円形に住居が並び、どこからも通路が繋がっていない。なんの変哲もない貧民街の小屋の裏口からだけ入れる不思議なエリアだった。そう、まるでそれは住居によって隠された秘密のエリアだった。その住居の真ん中には更に八角形の建物が建っている。貧民街の建物の中で、その八角形の建物だけがかなり立派だった。
そのフィールドに足を踏み入れると、なにか空気が変わるのを彼女は感じた。
貧民街の中に隠された不思議なエリア。その中央にある建物は、彼女には何かの砦の様な建物に見えた。
その砦から、何かが飛び降りてきた。
ジャランという重い金属音が響く。鎖の音だ。そのアンデッドの体には棘のある大きな鎖が痛々しく巻き付いていた。身長3mオーバー。幾つものクリーチャーを縫い合わせたような化物。原型はオークの様なゾンビか。頭は小さく、肩は広く、腕は胴よりも太い。体に多くの髑髏が埋め込まれ、その髑髏から黒い血の涙がこぼれていた。
それが3匹。3匹だ。背中から伸びたひと際大きな鎖が3匹のオークゾンビのを繋げていた。1匹は藁で出来た人形を持ち、1匹は枯れ木の杖を、1匹はレンガのハンマーを持っていた。
『『『B゛BOOOOOOOOOOOOO!!』』』
豚の咆哮が響き、到達にボス戦が始まった。
◆
「God damn it!F*ck you all!」
枯れ木の杖を持つ豚巨人が杖を振るうと、纏った風の輪が解き放たれて地面を滑りながら突っ込んでくる。その風の輪を盾で受け止めるが、ノックバックが大きく彼女の巨体が浮かされる。
体勢を崩しかけた彼女に向けて一番ガタイのいい豚巨人がレンガの大槌を振り下ろす。それを彼女はギリギリで回避しカウンターの魔法を放つ。だが、その魔法は途中で割り込んできた藁人形が受け止めた。
ソロ戦闘に苦しむ彼女に対して、3匹の豚巨人は憎たらしいほど相性が悪かった。
藁の人形を持つ豚巨人は3匹の中では小柄で猫背。少し内気なように見える。役職はサモナーとデバッファー。藁人形が杖の役割を担っており、豚巨人は次々と藁人形を作り出し、彼女の攻撃を妨害させたり、纏わりつかせて足止めさせたり、更には藁人形に呪いを含ませてデバフを与えてくる。
枯れ木の杖を持つ豚巨人は少し痩せてて背が高い。役職は魔法使い。風を操り、味方に飛び道具を防御させるバフ魔法も使える。杖の周りに風のリングを作り出し、この杖を下に振るうことで風の輪がプレイヤーを切断しようとしてくる。よしんばガードしてもノックバックが大きくガード崩しの効果も持っている。
そこでガードを崩されたプレイヤーを叩き潰すのが一番ガタイの良い豚巨人。手に持つ武器はレンガの様な素材で作られた大きなハンマー。役職は言うまでも無く近接職で、煉瓦で出来た大きな盾も持っている。
近接、遠距離、サポート。この3人が上手くコンビネーションを組み、彼女を着実に追いつめてくる。更に体に巻き付いた棘付き鎖自体が一種の鎧の様になっており、ダメージがなかなか入らない。
一方、彼女も彼女で普通のプレイヤーなら真っ二つになる風の輪もガードできる。ダメージすら受けない。しかし、問題はガードを崩された状態で、藁人形の呪いが発動し、思いきりレンガの槌を振り下ろされたら彼女と言えどダメージを受ける。
その戦闘の最中、ゴォンと変な音が聞こえた。
「ぐぅっ」
振り下ろされた槌を強引にパリィ。横へシールドバッシュ。大槌の豚巨人が姿勢を崩す。絶好の攻撃チャンス。だが、そこへ風の輪が幾つも飛んできた。アンデッドらしからぬ絶妙なフォローだ。まるで、背中に繋がれた鎖を通して神経が通じているように神業的な連携を披露する。
かといって逃げ回りたくても藁人形が立ちはだかる。直接攻撃をしてこない分、藁人形の豚巨人は地味だ。地味だが、彼女はこの豚巨人こそが一番厄介な存在だと気づいていた。しかし藁人形の豚巨人に攻撃をしようとすると当然の様に藁人形たちが立ちはだかり、大槌の豚巨人と杖の豚巨人が割り込んでくる。
また変な鈍い金属音が聞こえたが、彼女はその音の発生源を気にかける暇もない。
「手数が足りない!」
1体1でも同格、或いは少し格上か。それが3体。その三体が緻密な連携を組んで格下を徹底して追いつめてくる。このアンデッドには遊びがない。理性のある強い殺意で彼女を殺そうとしていた。
逃げ道はない。どこが逃げ道なのかもわからない。
また自害をするのか。ようやく新要素を見つけたのに。この砦は絶対に何か大事な物なのに。普通なら諦めるべきラインだ。3匹の豚巨人を相手するには火力も手数も足りていないことは少し戦えばすぐにわかる事だった。
では無視して砦に突っ込むか。それは豚巨人を絶対に許さない。状況は動かない。しかし諦められなかった。これ以上の黒星は面白くないから。
また大きな金属音が響いた。まるで彼女を応援するように。
「アタシは、諦めない!」
自分を鼓舞するように気合を入れる。皆の重いの詰まった天球儀錫杖を掲げる。自分に更にバフを重ねて足掻くだけ足掻く長期戦の構えを取る。
『BUUUUUUU!』
「よっと!」
今まで受け止めていた魔法を飛び越える。今までより低めの風の輪をチャンスと見て、自分で同じように風魔法をぶつけて起きた爆風を利用し乗り越える。
『BU!?』
今までとは違うパターン。焦った素振りを見せる杖の豚巨人。
今までより一つ成長。違うパターン。だが、それはフェイク。豚巨人はニヤリと笑うと風の輪を纏わせた杖でそのまま彼女に殴りかかってきた。予想外のパターン。彼女は無理な体勢のままなんとか盾で受け止めるが、杖の周りの輪が炸裂し大きなノックバック。
彼女の体が壁に叩き付けられる。そこを待ってましたと言わんばかりに大槌を振り上げる大槌の豚巨人。最悪の位置だ。
「Shit!」
普段は滅多に口にしない汚い言葉も独りだから吐き出せる。やはり一人では対処しきれない。彼女が死を受けいれてぐったりとうなだれると、唐突に砦が爆発した。




