No.334 鍵穴
先陣を切ったのは一発の弾丸。
キサラギ馬車の上に乗り、狙撃銃を構えた鎌鼬が窓から見える影の頭を撃ち抜いた。
弾丸は鉄格子の隙間をギリギリですり抜け、窓を盛大に割り、綺麗にヒットした。
同時に刑務所の中にいる影の数が一気に増えた。まるで亡霊たちが部外者を感知したように。刑務所の中は更に暗くなり、バンバンバンバンと血の手形が窓ガラスにべっとりと付く。あまりにベタな演出だが、それがこの刑務所がどんな場所なのかを示していた。
「レッツゴー――!」
同時にノート達は遂に刑務所の敷地の中に足を踏み入れた。
ノート達は刑務所広場で戦闘していたが、頑なに門の向こう側、敷地の中には入らず、道での戦闘に徹していた。
変化は劇的だった。刑務所の上を浮遊していた鉄仮面のゴースト達が叫ぶと、サイレンのような音が刑務所に響き渡る。そのサイレンがトリガーとなり、刑務所の窓を割り、鉄格子を壊しながら次々とアンデッド達が落ちてきた。
「ここのアンデッドおバカだろ!」
鉄の門も、鉄格子も、何故か自分たちの手で破壊するアンデッド。アンデッドは確かにアホだ。敵と見た対象に最短距離で突撃しようとする。しかし、それにしても殺意の衝動に支配されるているせいかその動きはあまりに脳筋だった。
走るノート達。分身したレクイエムがサイレンゴーストに対抗する叫びヘイトを引き付け、魔法で敵を倒しながら遂には正面扉に到達する。
「早く開けろ早く!」
「ちょ、待ってろっ!」
先頭を走ったスピリタスが鍵を持ち、正面扉を開けようとする。その間にも窓からは次々とアンデッドがボドボドど落ちてきた。
「開かねぇんだけどっ!てか、鍵穴が“5つ”あるんだがっ!?」
「嘘だろ!?」
ここにきてALLFO君渾身の裏切り。ノート達が珍しく誘導に沿って動いていたのにも関わらず、ここがALLFOの裏ルートだと忘れたのか?と言わんばかりのトラップである。ノートの脳内に現れたALLFOちゃんが柱の後ろからコソッとこちらを覗き、ニチャァと厭らしい笑みを浮かべていた。
ゾンビ映画の様に押し寄せてくるアンデッド達。その数とパワーによる押し切りは赤月の都のアンデッド達を連想させる。ノート達が直ぐにスピリタスを守る陣形を取り、鎌鼬が狙撃で援護をするが、敵が湧いてくるスピードの方が速かった。
試しにスピリタスは一通り鍵穴に鍵を刺したが、どれも上手く回らない。鍵と扉に何かの仕掛けを示唆するような記号が刻まれていたが、ゾンビ映画のクライマックスみたいな状況でのんきに謎解きをやっている暇はなかった。
「クソがぁ!開けよこの野郎ッ!」
やけっぱちになったスピリタスが渾身のハイキックを門に行う。一発では少しへこんだだけだが、Heorit戦で更に鍛えられた筋力で強引に門を壊していく。そして遂に門がひしゃげた。門と言うより壁に亀裂が入った。謎解き?知らない子ですね。扉をパワーで突破できることは既に廃村で証明されている。故にスピリタスは壊せる余地はあると判断した。
「よし、このままっ!なっ!?」
しかし、スピリタスの攻撃は続かなかった。
アンデッドはどこからでも押し寄せている。窓から落ちてくるアンデッドが順番になっている程度には多いのだ。正門の両面扉に亀裂が入ると、その亀裂からズルりと黒いヘドロの様な物が漏れ出して人の形を取り始めた。ヘドロは留まることなく溢れ出し、門への亀裂がトリガーとなったのか今度は逆にミシミシとスピリタス側に門がひしゃげ始めていた。
「攻略は失敗!全員、死ぬ覚悟で一人でも多くアンデッドを道連れにしてやれ!」
ノートが闇魔法を連発して窓から落ちてくるアンデッドに向けて魔法を連発する。アンデッド相手には相性の悪い闇属性の魔法だが、ノートの場合は称号の効果でアンデッド特攻が付く。ノートの闇魔法を避けられる事も無くアンデッドに直撃。このパターンだと黄土雲の都のアンデッドはダメージが入らないパターンが殆どなのだが、この刑務所の黒いヘドロの様なアンデッドは魔法が直撃するとその部分が吹き飛んで赤いポリゴン片が同時に微かに飛び散った。
「ダメージ入るのか?」
カるタが弓を放ち、ユリンが聖属性の魔法を唱え、スピリタスは湧いた先からアンデッドを殴って潰し、ゴロワーズは支援に徹する。ノート達の魔法は相手の数が多いので撃てば撃った分だけヒットし、アンデッドもかなり脆いのか次々と黒い泥になって飛び散っていく。
だが、アンデッドの数は予想以上で増えていく。ダメージは入っているように見えるのに赤いポリゴン片はあまり散っていない。外見上受けているダメージに対して実際に受けているダメージが釣りあてないように見えるのだ。
前からもアンデッド。後ろからもアンデッド。何かしらのギミックを見逃したと判断せざるを得ない勢いで攻め立てられ、ノート達はそのまま圧死させられた。
◆
「クソゲー過ぎない?」
「凄かったわよ。アンデッドの上にアンデッドが更に覆いいかぶさり、貴方達を覆いつくす光景は。巣に侵入してきた敵を殺すミツバチの様だったわ」
「うへぇ。パニックムービーじゃんこれぇ」
ノート達がミニホームでリスポーンしてリビングで愚痴り始めると、少し遅れて1人別の場所から狙撃をしていた為に圧死から逃れた鎌鼬がやってきた。一々戻るのがめんどくさくて自害してきたらしい。狙撃をしながら戦闘中の光景を撮影していたようで、それを見たノート達は思わず顔を顰めた。
なお、ティアもクランに加入している状態のせいか、鎌鼬が自害がしたことで一緒にリビングにリスポーンしていた。1人フィールドに取り残されるという最悪の展開は避けられた。ALLFOもそこまでイジワルではなかったらしい。
「アンデッドに気づかれるとOUTって感じがすんな」
「あるいは、あの程度のアンデッドは簡単に倒せるレベルの力がないと探索は難しいってことっすかねぇ」
「倒せるんだったら無双ゲーだよねぇ。アイツら特に何か能力を持っていたわけじゃない。粘着質で、変形出来て、捕食行動を取り、首を切っても真っ二つにしても致命判定とれなくて、別個体同士とくっ付いて包囲してくるってだけで」
「ユリンくん、それは十分特殊アビリティもちって判定だとあたちは思うんですがそれは」
刑務所の中から湧き出た黒いタールのアンデッドは真っ当なゾンビらしさがあり、斬っても撃っても殴っても形こそ変われど殆どダメージらしいダメージを受けていなかった。それどころか別のタールゾンビと癒着して大きくなり、ノート達を圧死させた。1体1体の動きは凡そ知性らしさがなく機械的だが、全体の動きを見ると非常に効率的なのだ。
「アレは、もしかすると大量のアンデッドが居たわけじゃなく、レクイエムみたいに分身していたものが集まったのか?数体は確実に倒したのに、該当する魂も見当たらないんだよな」
「私もその線を考えたわ。ダメージに対しての手ごたえの無さが、レクイエムを相手にしている時か、グレゴリの影を撃っている時に非常に似ていたのよ」
「ギミックにしてもそれっぽいところないよなぁ」
鎌鼬の映像を見てもやはりタールアンデッド達に指示を出している存在や、ギミックらしいものは見受けられない。一つ気になる点があるとすれば、このタールアンデッド達はどの個体も鉄仮面を付けていなかった。
「よし、わかった。暫くランク上げしよう。あの刑務所を攻略するにはマジで全員の平均ランク50くらいが欲しい。今まで格上の推奨ランクや、不明のエリアもなんだかんだ攻略していたが、ダメだ。今回はマジで通用してない印象がある。禁忌菜園よりマシな程度だ。刑務所は後回しだな」
ずっと最前線を走り続けていたノート達。しかし推奨ランクに偽りなしのこのフィールドは、そのノート達の足を遂に止めさせた。
( ´^ิ益^ิ`)ニチャァ………




