No.332 刑務所入り
「…………うーん」
ノートは刑務所を前に、ティアをジッと見つめていた。
ノートは迷っていた。もしかしたらこれは罠なのではないかと。
保護されたフリをして、ある程度プレイヤーと仲良くなったところで刑務所に誘導。そのままプレイヤー達を閉じ込めようとしているのでは、と。
ティアはやたら街の構造に詳しく、アンデッドの避け方や弱点も把握している。泣き虫の少女の姿はプレイヤーを油断させるのに非常に便利だ。疑い始めたら色々と不穏な点ばかりが目に付く。そもそも、少女の亡霊がこんな刑務所に何の用事があるというのか。
だが、一方でティアはシステム上明らかに味方。パーティーメンバー扱いである。それなのに盛大に裏切るなんて展開があり得るのか。あり得たクソゲーに心当たりがあるせいでノートはいまいちティアを信頼できない。できないが、こんな面白い物を無視できるわけがない。罠と言うなら覚悟の上で飛び込むまでだ。それでこそゲームである。それはそれとして、単純に罠にかかるのはアホのすることなので疑いはする。
「ティア。ティアはあそこにいって何がしたいんだ?」
『………ァ…ァ……ァ』
『 (✽◕∇◕)わかんないけどあそこ行きたいんだって』
「分からんときたかぁ」
これには思わずノート達も顔を見合わせる。見た目からして明らかに今までの寺院とは破格にならない危険性を有しているだろう刑務所へ連れてこられて、このまま突撃すべきなのか。なにか意味があるならまだしも本人もなんとなくここに行きたいと言っている。今までは寺院でも避けてきたティアらしからぬ意思だ。ノート達のようにALLFOの意地の悪い部分を見てこなかったプレイヤー達でもこのシチュエーションに於いてティアを一切疑わないのはあまりに能天気かアホかグレゴリの様に人を疑うという事の無い純真な存在の何れかである。
「どうします?キャップ」
「オレはこのまま突っ込んでいいと思うぜっ。外から眺めててもなんもわからねぇしよっ」
「けど、今まで以上の難易度であることは間違いないわね。ライフルを解禁した方が良さそうなレベルよ」
「音がキツイんすよねぇ、銃。あっしの弓がプリズン内のアンデッド相手でも通じるならいいんすけど」
「短弓、ここのアンデッド相手だと結構強いよねぇ」
銃は強力だが、兎に角煩い。雷鳴の様に轟く音が静かなこの地に響き渡れば否応なく敵を引き付けてしまう。ALLFOに於いて音の影響力はかなり高いので拳銃の音がなかなか馬鹿にできない。その点、弓は静かだ。威力と射程は銃に大きく劣るが、ギミック系のアンデッド相手ならギミックを処理するのにも応用の効く弓はかなり役に立つし、弱点部位を攻撃するなら短弓の威力でも十分大きなダメージを与えられるのだ。
顔を突き合わせてどうするかひそひそと話し合うノート達。
グレゴリが通訳しているお陰でかなり精度でノート達は意思疎通出来ているが、使う言葉にずれがある以上、ティアたちもノートが何を言っているかはイマイチわからない。ティアにはノート達が何を話し合っているのか理解できない。しかし、不穏な空気であることは察しているのか、モジモジしながら不安げにノート達を見ていた。
如何にも庇護欲を誘う態度だ。グレゴリと鎌鼬のスポッターであるワラシが慰めている姿を見ると、本当に無害に見える。クラゲを頭から被ったような幼女のゴーストであるワラシとセットでいるとまるで姉妹のようだ。これがもしトラップだとしたら、ティアは主演女優賞レベルの演技派である。
「行こう。とりあえず突撃する。死んだところで取り返しのつかない展開にはならんだろう。ティアが味方が敵かはここに入れば簡単に判明するさ」
ノートも色々な可能性を考慮はしたが、結論はシンプルだ。考えても判らない。わからないのならイベントフラグだと思われる場所には素直に突撃する。そこで白黒ハッキリつければいいのだ。
「そんでティアに聞きたいんだが、まさかこの鋼鉄の門をぶち抜いて真正面からこの刑務所に侵入しろってことじゃないよね?」
ノートの問いかけをグレゴリが翻訳する。対するティアの答えは、肯定だった。
◆
普通であれば、このような刑務所の様な施設に侵入するとなれば。誰かに成りすましたり裏道から侵入したりと工夫をするもので、真っ向から突撃するのはアホのやる事である。スパイモノの主人公は実にスマートに難攻不落の刑務所を出し抜くのだ。
もしここに、忍者系技能全振りのプレイヤーが居たら少しは話が変わっていたのかもしれない。しかし、現実は甘くない。ここはALLFOで、案内NPCのティアは脳筋突破をしろと命じてくる。
ネオンが居たら最悪魔法をぶっ放して門を破壊する手もある。騒音に目を瞑ればそれが一番簡単な侵入方法だ。
気になるのは、この刑務所周りのフィールド。門の手前の道は通常の倍以上の広さで、門の向こうにもかなり広い広場がある。広場には変な石像が幾つも並べられていて、その奥に大きな刑務所がある。実に戦闘がしやすいフィールドになっているのだ。
さぁ戦いなさいと言わんばかりのロケーションである。
さて、どうしたものか。色々と想定しうる事態について話し合いたノート達。1番初めに採用された案はいつも如くノートの死霊偵察だった。
召喚可能位置限界で召喚されたなんの変哲もないゾンビ。ゾンビはノートの指示を受けてフラフラと門の方まで歩いていき、ゾンビ映画よろしく門をバンバン叩き始めた。
変化は劇的だった。監視塔から顔は人間だが、ギョロリとした目と胴はカメレオンの様な人面カメレオン型死霊が姿を表し、石畳の隙間からぬるりと蛞蝓の様な人型死霊達が這い出てくる。そして広大な広場を飾っていた前衛芸術的な石像がボロボロと崩れ、中から化物が出てきた。
「あーめんどくさい奴だこれ」
原型は非常に大きな牛。頭は異様に大きくその頭には鉄仮面。筋骨隆々の牛の体は蚯蚓腫れのような跡とボルトの様な物が幾つか刺さっている。さながらフランケン牛と言うべきか。その上には同じように鉄仮面を付けた大男のゾンビが跨って鞭と槌を振り回している。ドドッドドッドドッと地鳴りのような足音を響かせながらフランケン牛は走る。走って走って、そのまま鉄の門をぶち抜き門をたたいていたゾンビを轢き殺した。
「ええ……過剰防衛…………」
刑務所に近づいてきた不届き者を絶対に殺すために強くなった結果、あまりにイカれたパワーで突っ込んできたフランケン牛。どうやって侵入しようか悩んでいたノート達を唖然とさせる答えをALLFOは示してきた。パワーこそ力だと。
「とりまコイツら全員皆殺しだ。いくぞ!全員殺して堂々と刑務所入りだ!」
予想外の演出でプランが崩壊したことにより、ノート達もパワーで応えることにした。
建物の影に召喚していたキサラギ馬車がノートの命を受けてスタート。同じように壁をぶち破ってフランケン牛を迎え撃った。
ルジェルジェしてきた




