No.330 ビビり
人面ケルベロス撃破から数日後。ノートがログインしていない間も入れ替わり立ち代わり皆で探索を進め、臨時で匿った存在に関する分析を進め、判明したことが纏められた情報を見ながらノートはログインした。
「泣き虫ちゃんは元気か?」
「グレゴリと仲良くしてるぜ。オレたちにはまだ完全に心を開いてねぇなっ。あ、ユリンとは少し仲良くなった気はすんな」
ミニホームの外に出て中立エリアにノートが顔を出すと真っ先に反応したのはスピリタス。
続いて空を飛んでグレゴリとゴーストを追いかけていた堕天使が軌道を変えて滑空。ノートの広げた腕の中に飛び込んだ。
「泣き虫ちゃんと仲良くなったらしいな」
「う~ん、仲良くなったというか、少し大人の遊び相手って感じなのかぁ?見た目通り情緒も子供に近いんだよねぇ」
鬼が居なくなったことに気づいたのか、グレゴリと件のゴーストがユリンに文句を言いにやってくる。
グレゴリと遊んでいたのはノート達が人面ケルベロスから救出した泣き虫のゴーストだ。
見た目、サイズ感は原型はおそらく6、7歳前後の少女のマネキンか。肌の質感や全体的なボディはクリオネに近く、一見うっすらと青い半透明のレインコートを被っているようにも見える。特徴的なのは頭の部分。微かに人っぽい顔の凹凸の上にメンダコの様な帽子をかぶったような変な見た目をしている。
この地にいる見ただけでSAN値を削ってくるクリーチャー系アンデッドから考えると、一般的にはクリーチャー系に分類されるこのゴーストも随分可愛らしく見える。動きも生物的で無邪気な子供のようだ。現に地味にコミュ強なグレゴリと仲良くなり一緒に遊んでいる様子はアンデッドと言うより子供そのものだ。
「こんにちは」
ノートが泣き虫ゴーストに挨拶すると、泣き虫ゴーストはびっくりしたようにビクッと動き、グレゴリの後ろに隠れてしまう。グレゴリのサイズ的に全然隠れられてないのだが、本人的には隠れているつもりらしい。少し怖がられている。ノートが糸で捕まえて問答無用でキサラギ馬車の中に押し込まれたのが随分怖かったらしい。中立エリアまできて馬車から出してあげた時の泣き虫ゴーストの怯えようと泣きようはノートでもほんの少し罪悪感を感じるレベルだった。
そこからなんとか自分たちは害意のある危険な存在ではないことを伝え、お菓子を上げたりおもちゃを見せてご機嫌を取ったりしてなんとか宥めた。まさか人面ケルベロスを倒すよりNPCを宥める方が難しいとはノートも予想していなかった。
が、それでもまだちょっと怖いようだ。と言っても深刻なレベルではない。半分くらい人見知りだ。ノートからすればたったの数日だが、ALLFOの時間は2.2倍速。倍の時間が経過している。それに、大人の数日と子供の数日は体感が違う。泣き虫ゴーストからすれば保護されて以来結構久しぶりに見る怖いお兄さんなのだ。
ノートがお布施のようにインベントリからパンを取り出してヒラヒラと振ると、泣き虫ゴーストはグレゴリの後ろからチラッと顔を出した。
シナモンの香りが微かにする砂糖をたっぷりと使ったパンで、レシピの提供者は笹の民。ヤーキッマ達の好物でお祭りなどだけに出される特別な物らしい。子供の拳くらいの小さな形に丸めて幾つも作るのが特徴で、その一つの中に当たりである果実を入れておくのが定番だ。
悪属性でないと食べられない呪物だが、品質自体はアサイラムで生産されている現状最高級に類する小麦と砂糖を使ったパンだ。味は保証されており、魔法で清めた後に食べたヤーキッマ達も太鼓判を押すクオリティである。
「ほーら出ておいで~」
車の下に潜り込んでしまった子猫を餌でつり出すようにパンをちらつかせていると、恐る恐るグレゴリの後ろから泣き虫ゴーストが出てきて、片腕を伸ばしてそろりとパンを受け取り、ちぎって半分をグレゴリに渡した。そして半分は自分で食べた。口らしきクボミにパンを添えると、スライムに吸い込まれていくようにパンが中へ飲み込まれていく。
このゴースト、幽霊の癖に一応食べ物を食べる事ができる。と言っても普通の食べ物ではダメだ。ノート達が普段口にしている呪物化した食べ物ではないと食べられない、というかうまく物を掴めない。
食べ物を食べるのも変だったが、この泣き虫ゴーストの不思議な点はそれ以外にもある。
まず、ノート達と敵対していない。まだ少し怖がっているが、グレゴリや他の死霊にはいくらか懐いている。鎌鼬のスポッターを務めているゴーストともかなり仲良くなったようだ。
次に、ノート達と敵対しない反面、普通のアンデッドとは敵対していた。敵対、というには一方的な敵意だが、兎に角アンデッド達は泣き虫ゴーストを自分たちの同類と見なしていない。敵とみなして普通に攻撃をしてくる。
見た目こそはゴースト。だが扱い的には完全にNPC。事実、敵性MOBが絶対に侵入できない中立エリアにも泣き虫ゴーストは当たり前のように入っていた。普通なら入ることはできない。しかし人面ケルベロスを倒し、扉の開いた寺院から命辛々脱出すると、ノート達にとあるシステムメッセージが届いた。なんと泣き虫ゴーストのクラン加入の通知である。
加入と言っても正式な加入ではない。NPC専用の特殊な処理で、疑似的にクランに属している状態。カテゴリー的に言えばヌコォに対するシルク。アサイラムというクランに対しての使い魔として泣き虫ゴーストは存在している。
その為、テイムされたモンスターが中立エリアに入れるようになるように泣き虫ゴーストも中立エリアに入れるようになっていた。
「そういえば君には名前を付けたんだったか。確か、涙だったよな」
名付け親はヌコォ。泣き虫から連想した名前だ。
すすり泣く声が聞こえたように、泣き虫ゴーストは、ティアは、声を出すことが出来るのタイプのゴーストだ。しかし、意味のある音を殆ど出すことが出来ない。ただ意思疎通自体は難航していない。アサイラムには相手の意思を読み取ってくれるグレゴリと言うチートゴーストが居るからだ。ティアは見た目通り中身も子供らしく受け答えも簡単な事しかできないし、色々と難しいことを聞くとすぐに拒否反応のように泣いてしまうのだが、とりあえず保護した時は自分の名前すら分かっていなかったことは既に判明している。
「ティアはビビりだけど、いざ探索を開始すると追従してくるんだっけか」
「ああ。オレも怖がってるからここで待っててもいいんだっぜって言ったんだけどよ、なんだかんだ付いてくんだよ」
ティアはどうしてアンデッドになっても強い自我を持っているのか。
なぜあの寺院に居たのか。
この地について何を知っているのか。
どうして自分たちに付いてきたがるのか。
聞きたいことは山ほどある。なのにティアは問い詰めると泣いてしまう。どうやら好感度が足りないらしい。その為、ティアを保護して以降、アサイラムはできるだけティアの好きなようにさせてやる方針を取っていた。実質護衛系クエストみたいな状態だったが、ティアは戦闘の邪魔にならないように立ち回ることに長けていたので戦闘に於いて足を引っ張ることは殆どなかった。それどころか、明確なメリットも存在していた。
「ティアは都市の構造を理解している可能性が高い、ねぇ」
攻撃力は一切ないが、ティアには幾つかの能力があった。
1つは都市に対する理解。ティアはどの道が危険か、どの道が行き止まりか、どこに向かえば安全かをよく知っていた。土地勘が無く、危険なアンデッドがウヨウヨするこの都市は探索するのにリスクがある。それに同じような道が続くので迷いがちだ。そんな時、ティアに聞けば大体の事はざっくり教えてくれる。
2つ目は姿を隠す能力。擬態能力と言えばいいのか。戦闘が始まると壁に張り付いてできるだけ気配を消して邪魔にならないようにする。
3つ目は弱点の推定。この地にいるアンデッドはどこが弱点なのか分かりにくい。無論、ギミック系なのでいきなり弱点が分かってもそれだけでは倒せないが、フィニッシュの時に何処を攻撃すればいいのかが判明するのは大きなアドバンテージだ。ティアはその弱点を理解していて、アンデッドに遭遇するとその位置を指さしたりして教えてくれる。
4つ目はヘイト値減少。ティアには気配を薄める力が存在するらしく、ティアが随伴しているだけでアンデッドとのエンカウント率、被発見率が明らかに下がる。最初は気のせいかと思ったが、カるタが数値化して比較した結果、やはり明らかに遭遇確率が下がっていたのだ。
それらの情報をふまえた上で、ノートは改めてティアとのコミュニケーションを試みた。




