No.324ex Anyway Side:J
「OMG, what the hell is this? So freaky~」
その地にある建造物は、全て青みがかった壁だった。泥と藁で作った壁だ。
空には黄土雲。相変わらず太陽も月も見えない。ここ数日、拠点を完全にこの地に移したが、毎日の様にログインしていても、彼女が見上げた空を気が滅入るくらいいつも雲で覆われていた。
が、今現在彼女が見ているのは、ぶ厚い黄土雲でも、この地をうろつく厄介なアンデッドでも、青みがかった滅びた中東風の遺跡でもない。いや、厳密には遺跡ではあるか。結界沿いを歩いて歩いて、恐らく地続きになっている赤色のエリアを探したが、彼女の前には高い高い壁が立ちはだかっていた。その壁は結界を跨ぐように存在し、結界に取り込まれているせいでバグっているのか半透明になって揺らいでる。そのせいで干渉もできない。中立エリアの中なので攻撃もできない。上ることもできない。飛べば乗り越えられそうにも見えるが、バグった壁は縦にも横にもバグっている。安全圏を歩いてショートカットできると思ったら大間違いだ、と言わんばかりにその壁は立ちはだかっていた。
壁は中立エリアを『円』と仮定すると、中心点と思われる場所に真っすぐ壁が展開されている、円の間仕切りの様に。この壁の向こう側に何があるのか。彼女は考える。現状彼女がもつ情報だけで推理するなら、この壁の向こうには赤いエリアが広がっている。赤と青。対照的に並べられやすい色であり、円がそこで真っ二つになっているのも納得できる。
「But like,どうして街の中に壁なんかあるんだろう?やっぱり変!」
ナンバーズシティの様に、外敵から身を守るために外に向けて壁を築くのはまだわかる。万里の長城も元は外の国からの侵入を防ぐために築かれた壁だった。
しかし、都市が隣接していると思われる場所に壁を作ったとなると理由は複雑化する。世界史を少し齧っていれば、都市と都市を隔てる壁はベルリンの壁を始めとして例外なく歪んだ歴史が詰まっている。血塗られた歴史が。多くの悲劇と怨恨の詰まった歴史が。
アンデッドとは呪われた存在だ。過去の妄執に囚われた、過去に呪われた、歪んだ欲望の果てに生まれた存在だ。吸血鬼の様な源流不明のアンデッドこそいないが、この地のアンデッドはどれも人の要素をどこかに持ち、悍ましい見た目をしていた。赤い遺跡では目立たなかったが、この青のフィールドでは錆色の汚れはよく目立ち、破壊の痕跡を多く残っていた。この地には確かに何かがあったのだ。大量のアンデッドが生まれるだけの怨恨が煮詰まっているのだ。
「Anyway,壁を超えてみないと本当に赤い遺跡があるかわからないよね!」
だが、仮説はいくら積み上げても真実を上回る事はない。最後は自分の目で見なくては真実は確定しないのだ。彼女は大きな青い壁に沿って街の中央へと移動を開始した。
◆
「(いりくんでてちょっと通りにくいなぁ~!)」
ただ単に、壁沿いを歩けたのなら非常に楽だっただろう。しかし壁沿いに国道でも走っているような都合の良いフィールドでも無く、壁ギリギリにも幾つもの建物が立ち並ぶせいで思うように真っすぐ進めない。かと言って建物の上を通ろうとどうなるか、は彼女自身も試したし、赤の遺跡を探検している協力者たちからもさらに詳しく報告が寄せられている。
結論から言えば、蜂の巣だ。偵察型死霊の様にギリギリのラインをコッソリ浮遊できるわけでもない限り、屋根伝いで移動しようとすると浮遊しているタイプのアンデッド達が一斉に襲いかかってくるのだ。中にはサイレン死霊級の絶叫を行うゴーストも存在し、ソイツにバレた瞬間詰みだ。サイレン級の絶叫で周囲からアンデッドを引き付けて袋叩きにされる。その殺意の高さにはクソみたいな安直な攻略は意地でも許さないという開発の強い意地と熱意を感じた。
結果、地道に土地勘のない入り組んだ街を歩いていくしかなくなる。何が嫌って、中立エリア伝いに歩いてから街の中に歩いていくことを見越したように、壁の周りは特に入り組んでいてアンデッドの密度も高く、それを避けていると自然に壁から遠のいてしまう。音さえ出なければ、アンデッドさえいなければ、遺跡をぶっ壊したくながら進みたくなるくらい綺麗に遠回りをさせられるのだ。
誰もは山などを登った事などがあれば一度は経験した事があるだろう。目的地は、山頂は見えている。故にどちらかに進むべきか方向はアホでも理解できる。しかし目の前に広がる道の方向がてんで違う。この池を、この崖を突っ切れたら、絶対に早いのに。そう思いながら目的地から遠のくルートをぐるっと回って目指すのだ。
入り組んだ道を進むと方向感覚が鈍ってくる。壁の高い住宅街の中を通り始めると絶妙に目的地の大壁が見えなくなり始める。定期的に頑張って見える角度を確保し自分の現在地をざっと確認するが、いつまで信頼できるかわからない。
ここ数日の探索で彼女はこのエリアは見た目よりかなり面倒な仕様になっていると気付いていた。例えるなら、このフィールドは意図的に環境の描画範囲が狭められていた。普通に空から見ればこのフィールドはなんの変哲もない似た様な建物が立ち並ぶ自然に作り出された人工的な迷宮。遠くには仄かに黄土色の霧が見える。
しかし、一定上の距離に近づくと遠くからは見えなかった物が急に現れ始める。描画が追いついた様にオブジェクトが出現する。彼女が見つけた大青壁は“最初にそちらを見た時は絶対に無かった”。
中立エリアにいる事に気づき、少し遺跡の中を歩いて地図ありきでも迷いそうな場所だと認識すると彼女は直ぐに引き下がり、中立エリアの中で持ち込んだ物を積み上げて少し上の方向からこの遺跡群がどこまで広がっているのか確認していた。その時に巨大な大青壁を見逃す訳がない。しかし大青壁は近づかなければ見る事が出来なかった。
協力者も似たような報告をしていた。彼らの場合は偵察極振りの死霊がいる為に遠くまで正しく認識できる様だが、一定距離以上はやはり黄土色の霧で見えないらしい。
かと言って近距離ならば問題ないかと言うと、そうとは言えない。
「(……………Calm down, Calm down)」
視界の隅で黒い影が動いた気がして静かに振り向くが、何も居ない。
度重なるアンデッドの出現による疑心暗鬼で妙に心がざわつくのかと彼女も最初は思ったがどうにも違う。このフィールドには人の心を惑わす何かがある。見えない物が見えて、聞こえない物が聞こえてくる。ホラー映画の様に正気をジワジワと削ってくる。
と思って幻覚幻聴を無視しているといつの間にか真後ろに本当に怪物が立っていたりする物だから心臓に悪い。
「(大丈夫。怖くない)」
独りだと尚更不安は増す。ホラー映画で真っ先に死ぬのはしけ込もうと勝手に居なくなったカップルか、嫌味なヤツで怪物をバカにして単独行動を取るナードだ。
単独行動は主人公補正が無いとホラーとTRPGでは死を意味する。
けど今は1人ではない。彼女の握りしめた天球儀錫杖が仄かに光り這い寄る闇を祓う。遠くない場所に親友が絶対にいる。確実に同じ空の下にいるのだ。
天球儀錫杖に付けられた能力は強力だが、同時に不思議な力もある。その不思議な力がどうして必要だったのかは、洞窟都市の歴史を遡り祭司達の苦難を知らねばならない。
心の闇を和らげる力が、祭祀には必要だったのだろう。絶対的なトップは寄りかかる場所を知らず自らで心を律した。その為に自分が闇に囚われぬ様に常に身に付ける物に自分の正気を保たせる力を与えた。
孤独には慣れている。幼少期、病弱だった彼女にはゲームだけがあった。それが彼女の才能を開花させ未来に飯のタネになるとは思っていなかったが、昔はずっと1人だった。この孤独を和らげるには、前を向くしかないのだ。
「(Just wait and see, my dear puppy……)」
ガシン、ガシン、と重い音を響かせながら、彼女は一歩ずつ歩みを進めた。




