No.320 ちっさいはたけ
「この先から泣き声が聞こえるんだが…………」
「ボス戦、ですよね?」
数々のアンデッド達を適切に処理、あるいは戦闘を回避しつつノートは達は街の中を静かに進む。ヌコォとグレゴリの感知能力などがあればフィールドを俯瞰で見てアンデッドをできるだけ避けるルートだって見つけられる。空を飛んでいるタイプのアンデッドは危険だが、グレゴリもすぐにノートの影に逃げるので致命傷を負うことはなくなった。
このフィールドは道も入り組んでおり、建物も似ている。モデルの都市に近い作りなのか泥と藁で作ったと思われる壁は均一ですぐに迷いそうになってしまう。そんな最中でフラッとアンデッドが歩いている状態。それがこの黄土雲の都の現状だ。迷うし気は休まらないし散々だ。
建物の中まできちんと実装されており、セーフティゾーンとして使えるし、中に残された生活の痕跡は生々しさを感じる。ただ、ここも赤月の都と同様に荒らされた形跡があった。一方、この建物はセーフティーゾーンだけでなく、アンデッド達の潜伏場所にもなっている。油断しているといつの間にか後を付けられたり、襲いかかられたりする。
今回はネオンの大火力もあまりに役にたたない。この狭い街中でぶっ放せば自分たちも確実に死ぬからだ。代わりにネオンは付与魔法を主体に盾とメイスを装備している。ユリン達とのタイマンで盾も鍛えられたし、近接戦闘も手段に数えられる程度には鍛えた。ポンコツだが練習を積むほど成長する長期学習マシーンの努力がようやく実用に足るレベルに達していた。
といっても、あくまで護身用だ。無いよりはマシと言う奴である。装備スロットはパンドラの箱に占有されているネオンにとって、メイスも盾もシステム上は武器ではなく道具を只手にしているだけ。スキルも発動効率は非常に悪く、モーション補正は0に近い。それでも無駄ではない。ネオンが自分でも身を護る意識を持っているだけで他のメンバーも格段に動きやすくなる。もうあの頃のおんぶにだっこのネオンではない。アサイラムの一員として、ノート達と肩を並べていた。
そんなネオンからパッとボス戦というワードが出てくるのも、この半年間の成長を感じる。右も左もわからないゲーム初心者も今や立派にゲーマーだ。
入り組んだ通路を抜け、時にスニークをしながら泣き声を辿ると、その先には小規模な寺院の様な物があった。明らかに普通の住居ではない。四隅に太くて短い塔があり、塔を角に厚く少し高めの壁が広がる。大きさ的には50×50の2500㎡。赤い泥で作られているため元々エリア的に赤銅色に近い建物ばかりだった。しかし、その寺院は珊瑚朱色の鮮やかな色で、昔はかなり綺麗な絵が描かれていたと思われる痕跡も残っていた。劣化して何かが飛び散ったような嫌な跡も残っているが、それでも昔の美しさを想像できる物だった。
その壁を閉じている大きな木製の門はボロボロで、外れかかっている。外側から何らかの力をかけらたような感じの壊れ具合だ。まだ壁にくっ付いてるだけかなり耐えていたと言える。その破壊された門の奥、階段を上がった先に寺院がある。
雰囲気的にはアラビア、或いは中東の系の寺院。寺院の重い扉も完全に開け放たれている。
しかし、その奥は真っ暗で何も見えない。妙な熱い空気が脚元を吹き抜けて、泣き声が微かに響いていた。
「泣き声の正体はボスだったのでしょうか?」
「うーん、でもただのボスならさぁ、ノート兄が凄く遠くからその声を聞き取ったってのはちょっと変じゃなぁい?」
「同感。考えられるのは、普通のボス戦ではない事。それもギミック」
寺院の近くまでくると、ノート以外にも泣き声は聞こえた。すすり泣くような女の泣き声がくぐもって響いていた。
「とりあえず戦ってみよう。ここまで来たんだ。手ぶらで帰るのは性に合わない」
グダグダしているとこのエリアは次のアンデッドがやってくる。ボスエリアのせいか今のところ近くにはいないがノート達は敵性MOBの引き寄せ体質だ。視界も遮ることが出来てない場所で無駄に立ち止まるのは非常によろしくない。
とりあえずタナトス特性スムージーを各自一気飲みしてスタミナを満タンに。各種バフも発動させる。
更にネオンやノートもバフを発動させ、十分に用意を整える。全員初期特持ちの異例なメンバー。パーティーバランスは微妙だが、その程度で揺らぐほどの戦力でも連携力でもない。
足音を殺し、木の門の間をすり抜ける。まだ寺院の中は暗い。まるで魔物の口の様に開いている。熱い風が吹き抜けてノート達の髪を揺らした。
「グレゴリ、一応再確認だが、寺院の裏手に別の通路があるとか攻略に使えそうな物が有ったりはしなかったよな?」
『(´・ω・`)ちっさいはたけだけしかないよ』
『(´・ω・`)隠しつうろもたぶんないとおもうの』
『(´・ω・`)しょぼん』
『(`・ω・´)ねもねえちゃんならたがやしてくれるよ!』
壁の中にある寺院は外壁より1周りくらい小さかった。小さかったが、一つの建物と考えるなら十分に大きかった。その為に周辺をグレゴリに調べさせたがギミックは見つからなかったらしい。普通なら寺院で戦わせといて寺院の外にギミックを置くなどアホの所業なのだが、ノートはそんなゲームに心当たりがある不幸なゲーム遍歴の為につい疑ってしまった。
「…………流石に、寺院の上にイザナミ戦艦召喚させて圧死させたら怒られるよな」
「寺院に残ってる結界で弾かれるとか、むしろボスが強くなっちゃうとか、ALLFOなら
自由度が高い分色々と想定してるだろうし、流石に駄目じゃなぁい?」
「あるいは、閉所であることを生かしてネオンの魔法を中に撃ってみるとか。崩落も同時に狙える」
ALLFOは真正面から戦うことは当然として、それ以外のルートだって存在する。廃村でキサラギ馬車を使って鍵の付いた扉を吹っ飛ばしたり、鏡の通路を自家製パンジャンドラムで走り抜けることが規定ルートのゲームではない。工夫によって敵を倒すことも十分偉業として認められる。
「おそらく、寺院ごと壊すと周囲の敵が押し寄せて、結局は…………」
明らかに面倒な空気を放っている寺院を前にノート達はギミック担当憤死案件の意見を言い合うが、ネオンが一番現実的な未来を予言する。この静かな都で寺院を崩落させたら相当の音が出るだろう。そして始まるのは地獄のタワーディフェンスバトル級のレイド戦だ。ノート達は一度感知された瞬間から時間が経過するほどヘイト値はメーターがぶっ壊れたようなスピードで跳ね上がる。より多くの者に認識されるほど勢いは増し、静かな黄土雲の都に瞬く間にライトアップしたうんとかツリーが瞬く間におったち、落雷の如き音を響かせるが如く「俺はここにいるぞおおおおおおおおおお!!」と本人の意思に関わらずその存在感がアンデッド達に誇示される。イザナミ戦艦を使っても死ぬ。それはわかり切ったことだった。
「中はグレゴリも見えないってことは、ボス部屋は空間的な隔離されてるのかね。そんじゃ用意はいいな?行くぞ」
グダグダ言いながらも、ノート達は遂に寺院に足を踏み入れた。




