No.314 暴走族爆音バイク
「アレ?ここって…………」
「キャンプ地みてぇだなっ!」
ひと際大きく豪奢な装飾が壁に在り、なにかボス戦でもあるのかと明るい部屋に飛び込んだ探索組。
しかしそこはボス戦ではなく、そこからは少し予想できないほど広い中立エリアだった。
中立エリア、と言ってもフィールドとフィールドを区切る例のアレほど強固ではない。どちらかと言えば、シナリオボス討伐戦中のキャンプ地に近い『キャンプ地』と呼称すべき区間だった。尚、ノート達はこの『キャンプ地』をわかりやすくするために『キャンプ地』と呼称している。
この『中立エリア』と『キャンプ地』は似ているようで全く違う。
まず、『中立エリア』は街のそれと近い。内部で戦闘を行うことが出来ない代わりに、そのエリアの中に魔物が湧くことは無いし、魔物が中に侵入してくることも、攻撃が飛んでくる事も無い。外からの襲撃やフレンドリーファイアに怯えることなく、ゆっくりと過ごせる安住の地だ。中立エリアは見ただけでもうっすらと壁が展開しているエフェクトでわかるし、夜でもわかりやすいようにするためか発光する物体でラインが示されている。
ただ、その『中立エリア』にて特定のアクションを取ることで一部結界が揺らぎ、何らかの厄災が起きることは既にプレイヤーにも知られている。ノート達も初期にプレイヤーから鹵獲した装備を中立エリアを流れる清流にポイ捨てした結果大変な目に合った。アレから半年の間、やはりどこにも同じような事をする馬鹿をいる物で、ノート達の様に回避できなかった分「大変な目に合って」どころではない状態になり、その恐ろしさが知れ渡った。
一方、『キャンプ地』は区域の中でも戦闘行為が可能だ。内部の出入りが緩く、外から魔物も侵入できるし、攻撃が普通に通過する。では何が通常のフィールドと違うのか。端的に言えば『敵が積極的に近づくことを避け』尚且つ『区域内に敵が湧くことが無く』、そして『ワイプ(フィールド状況リセット)が発生しても設置物が撤去されない』という性質がある。それだけだ。実は今の殆どのプレイヤーだと認識すらできていないので知られていないが『フィールド属性が中立・無になっている』などと言うほかにも幾つかの特性があるのだがここでは割愛する。一番大事なのは『ワイプの対象外』と言う特性。つまり内部で壁を作ったり売店を置いたりと割と好き勝手できるようになるのだ。
余談だが、キャンプ地内部は攻撃的行動が可能なために人様のテントやミニホームを攻撃することもできる。万夫不当の英雄もログアウト中は無防備だ。一方的に攻撃できる。ただし、相手がログアウト中の攻撃は基本的に不正と見なされており、例え相手が賞金首だとしてもログアウト中の攻撃は討伐した扱いにならない。勿論、起き抜けを狙ってもダメ。賞金首は通常の戦闘フィールドで堂々と狩らないとバウンティーハンターは成果として認めない。それどころか、キャンプ地の中での攻撃やテントなどの拠点破壊は非常に大きな悪と見なされ、懸賞金がかけられるし性質も悪へ一気に落ちる危険な行為とされている。ALLFOはキャンプ地内部でのPvPを完全に禁止はしていないが、その代わり非常に大きなペナルティを付けているのだ。
この『中立エリア』と『キャンプ地』には少々謎がある。
例えばフィールドの仕切りとしても機能している『中立エリア』だが、形状は線になっている。一方でノート達は例外も知っている。それは赤月の都の中立エリア。アレは抜け道を出た先から始まり、街の中心と思しき場所から円状に境界性が展開している。ノート達の予想通りであればあの境界線は一周して完全に円を描き、街だけを隔離しているような状態になる。このようなエリアは今の所ノート達だけしか発見していないのか、掲示板でも報告がない。
また、一般的なプレイヤーには基本的にシナリオボス討伐イベント中だけの限定フィールドと思われている『キャンプ地』だが、この区域をノート達は赤月の都に至るための道半ばにある『アラクネ・ラミアの巣』の中や、水晶洞窟内部でも発見している。そう。別にボス戦に限った話ではなく、一定規模のエリアで尚且つ中立エリアからも離れた場所の中では偶にこうして戦場の中の空白地帯、中間ポイントの様に『キャンプ地』が置かれていたりする。
『キャンプ地』は多くのプレイヤーが休憩場所にすることが想定されている為かかなり広い。今回の場合だと、横にではなく縦にも広い。
「お墓?ぼちぼち?なーんか怪しいキャンプ地ちゃんですねぇ」
住居跡内部のキャンプ地は、壺の様な形状をした空間だった。下から段上になって徐々に上へ広がり、天井付近では閉じて大体底の同じサイズの円になっている。1つ1つの段差は大きく、壁には黒い穴があり、穴と穴の間を仕切る内壁には腕をクロスし光る宝石を抱えた骸骨が取り付けられ異様な雰囲気を放っている。どうやらこのエリアが明るいのは骸骨の持つ明かりのお陰らしい。そしてこの明かりがホラータイプ達を近づけさせないようだ。ゴロワーズがこのエリアを墓地と感じたのは、壁にずらりと円状に並ぶこの骸骨を見たからである。実際、骸骨の壁で仕切られた穴は大きな石棺を幾つも並べられそうなくらいに広い。テントを張るのにも余裕があるかなり広い空間だ。言い方は不吉な感じだが、空き屋だらけの立体墓地マンションとでの名付けられそうなキャンプ地だった。
「テント張っちゃってもいいんじゃない?あ、でもノート兄たちが合流した後にした方がリスポン位置分断されるリスクが低いかぁ」
「この遺跡、転移門からそこそこの距離がある。キサラギ馬車を使えば途上の魔物達も蹴散らして進めるけど、逆にキサラギ馬車無しでこちらから帰還しようとしたら相当手間。兄さんと分断されない様に立ち回るべき」
「ん~、とりあえずのっくんの判断をあおいでみよっか~。こっちに来てもらえそうかな?」
「わっかんねぇなぁ。途中でノートの張り上げた声が割と響いてやがったし、ありゃ結構ハードな戦闘してる時の声だったぜ。ここは迷路みたいだから引き返すのも手間だぞ」
「雨によって低体温気味なのかスタミナ回復もスローリーっすよね。戦闘がハードで休む暇がなかったし、すぐに引き返すのもムズイと思うっす」
「ひとまず休憩は可能だと判断する。ログイン時間が長くなっているので、交代でログアウトして一度時間をリセットすべき。あとJKからの返信があったので確認したい。ノート兄さんたちへはグレゴリを使って私がしておく」
「うぃ~~ヌコォちんに異議な~し」
『(`・ω・´)マカセロ!』
◆
一方そのころ。依然としてハードな戦闘が続く殿組。ネオンの魔法が解き放たれ、岩芋虫の群れが竜巻に飲み込まれて吹き飛んでいった。
『(`・ω・´)連絡!』
『(≧▽≦)キャンプ地発見!』
『(^ΦωΦ^)先に休んでログイン時間リセットする 』
『(^ΦωΦ^)兄さんの判断を待つ byぬこぉ』
『(`・ω・´)以上!』
「ねぇ、キャンプ地相当のエリアが見つかったそうよ」
「それはいいニュースだな!ただ、鎌鼬は弾丸足りてるか!?ネオンも大丈夫か!?」
「正直、対アンデッド用の弾丸は其処まで持ち込んでないのよね。かといってネオンさんの魔法弾はもったいないと思うの」
「私もこの雨の中では一番火力の出る炎系統が半減してしまうので、このままだと触媒が足りないです!」
何が彼らをそうさせるのか。魔物達は元気にノート達に攻撃を続けている。
それもそのはず。数々の騒動を経て、ノート達の基礎ヘイト値はとんでもないことになっている。
今のノート達はどれくらいの誘引能力があるのか。通常のプレイヤーのヘイト値の場合だと目視する、あるいは何かしらの感覚器官で明確に察知した場合、敵性MOBは逃走か攻撃のどちらかを選択する。その攻撃も、最初からプレイヤー絶対殺すマンモードではなく、義務的に攻撃している感じが少しある。
普通のNPCのヘイト率を真っ暗闇の中で蛍光ワッペンをたすき掛けしていて歩いている無臭の人物程度だとしよう。モンスター達の感知能力を照明だとすると、照明の当たり蛍光ワッペンが光るのでちょっと目立つ。かなり遠くから光が当たったら、気のせいか少し迷うくらいの100均の蛍光ワッペンだ。
これが一般的なプレイヤーの場合だと懐中電灯を持っている感じになる。暗闇の中ではそこそこ目立つ。おまけにタバコを少し吸いながら歩ている感じなので、少し残り香がある。足音も聞き取れるだろ。
で、タンクのヘイト引付役がヘイト集中を使った場合は、まるでロケットランチャーの様な大電灯を持って、夏の燃えるゴミ置き場くらいの匂いを放っている感じ。大電灯の明かりは周囲の懐中電灯の明かりなどかき消し強すぎる明かりで目つぶしをしてくる。タバコのにおいなど夏の生ごみの腐敗臭の前には全くの無力。更には目覚まし時計までつけて目立つことに余念がない。
故に魔物達は優先的にこの盾役を狙うようになる。なんせ外が目に入らないくらい存在感がありすぎるからだ。
なお比較対象として、初期限定特典持ちを例えると、初めからクソデカ電灯にクリスマスのイルミネーションを付けた暴走族爆音バイクくらいの目立ち具合を誇る。よって初期のネオンみたいに凄い勢いで追いかけまわされたりするわけだ。
では、今のノート達の場合は魔物から見るとどうなっているのか。この中で一番基礎ヘイト値が高いノートを基準に比較する。
ノートの場合はさて、どれくらい目立っているのか。蛍光ワッペン?電灯?大電灯?スタジアムのクソまぶしいライト?そんなレベルじゃない。それはマックスレベルでライトアップした巨大な電波塔だ。おまけに先端が灯台の様になっていて遠くまで照らしまくる。かなり遠くからでも異様に目立つ。おまけに凄まじい匂いを放っている。臭気処理を一切していない歩くゴミ処理場だ。えげつない悪臭が嫌でも鼻に刺さる。
そして極めつけは爆音。授業妨害をしてくる選挙カー?田舎の夜に響くヤンキーの煩いバイク?そんなレベルじゃない。ちょっとした落雷である。煩いとかそんな次元を超えている。
これが姿を隠そうともせずに外を練り歩いてたらどんなにとぼけた老人でも流石に気づく。それも、非常に遠くからだとしてもだ。キサラギ馬車の隠蔽状態で隠して尚、強烈過ぎるヘイトのせいで若干位置が分かってしまう。そのレベルだ。ノート単体でこれなので、アサイラム全体で集まるとそのヘイト率は一般より高いなどと言う領域を超える。袋叩きだ。あらゆる敵性MOBが親の仇を見つけたと言わんばかりに全力で殺しに来る。その結果がプレイヤー同様魔物達も活動率が下がるはずの夜間暴風雨と言うクソ乱数を引いて尚、辺り一帯の魔物全部が襲いかかってきているような状態である。
実はランクが上がることも基礎ヘイト率は上昇し、そのエリアに他のプレイヤーが存在する場合相対ランクで湧き数などが調整されるのだが現在このエリアに居るのはノート達だけ。よって全てのしわ寄せがくる。おまけにヘイト上昇のデメリットを持つ骸獄を【シンボル】に据えているせいで余計にヘイトが上がりやすい。
ノートは思う。ツッキーを使いたい。オリジナルスキルを使いたい。だが、使えない。なぜならコストがかかったり、リスクがあるから。神寵故遺器の真に怖いところはここに或る。神寵故遺器は非常に強力だ。一つの戦場をひっくり返すだけのポテンシャルがある。これを使えば窮地だろうが逆転も夢ではない。窮地を乗り越えれば、見事難行達成。ランクアップだ。
しかし、このランクアップがネックになる。そのランクアップは神寵故遺器ありきのランクアップ。難行を乗り越える際に神寵故遺器に頼れば頼っているほど、能力の成長より先にランクアップが来てしまう。無論、恒久的に神寵故遺器が使えるなら問題は無い。神寵故遺器ありきで評価されていたところで、いつも装備している物だからむしろ当たり前と言える。
だが、現実は違う。神寵故遺器にはコストがかかる。一応決闘で多くの魂などを徴収しているのでツッキーを使っていても黒字だったのだが、バルバリッチャが進化の為にゴッソリ徴収していった。更にはハロウィンイベント。あれだけ苦労して倒しまくってもHeorit達は『魂』にならない。ツッキーのコスト収支で言えばあのイベントは過去最悪のレベルの超大赤字だったのだ。もしこれがゲームではなく、魂の数を管理している財務大臣が居たとしたら、あまりの浪費に顔を真っ青にしてストレスで禿げ散らかす程度には凄い勢いで減った。
それはカるタとゴロワーズのオリジナルスキルも同じ。スピリタス達のオリジナルスキルと違いリスクが低い分カるタ達のオリジナルスキルはコストがデカい。乱発厳禁なのだ。
そう、今のアサイラムは生贄財政が結構カツカツなのだ。
こうなると神寵故遺器でありきで評価されたツケがジワジワと効いてくる。常識外の力に頼る事が0リスクな訳がない。便利な道具だが、道具に使われだしたらお終いだ。故にツッキーも警告した。自分を乱用するなと。そしてバルバリッチャもノートが埒外の力を乱用しない様にイベントでのピエロマスクの使用を禁じ、決闘で溜まった膨大な魂をも取り上げた。そこでついでに進化してる辺りは大悪魔の要領の良さが現れている。
故にこそ、ノート達は素の力で、統計マジック無しの格上相手の集団に素の力で挑まなければならないのだ。




