No.309 統計マジック
「おっ、お?うーん、中立エリアっぽいな。とりあえず警戒を解いていいぞ」
「ただ、少し暗いわね」
「見渡す限り……少し変な立地ですね」
「イメージとして近いのはグランドキャニオン?」
「にしちゃぁ暗くねぇかっ?夜の暗さとは違うぞ。おっ、こりゃ雨が降ってんのか?」
イベント結果発表当日。色々な物を受け取ったノート達はアイテム整理をそこそこに、メンバーが全員揃っている状態なので遂に起動した転移門を潜った。
ノート達は一応即時戦闘になることも想定しガチガチの戦闘用装備で門を潜ったが、抜けた先は中立エリア。いきなり魔物達に襲いかかられるような事は無かった。
しかし、ネオンの言う通りこの中立エリアは少し変だった。今までの中立エリアはエリアとエリアの境界線を兼ねている事が多く、その全て線上に展開していた。しかしこの中立エリアは毛色が違うのか、まず門の周りに昔の遺跡と思われる石造りの何かが円形に展開しており、一番外の壁が境界線の目印になっていた。
その中立エリア境界線を兼ねる遺跡の周りには大きくなだらかな岩肌がせりたって広がっている。夜という事を加味しても非常に薄暗く、どことなく小雨が霧を作り出しており寒気がする。
長い時間をかけて出来上がった峡谷なのだろう。岩壁は何層にも重なり独特の縞模様を作り出す。もっと明るいところで見れば綺麗に見えたことだろう。
「確かに、グランドキャニオンをモデルにした感じがするな。グランドキャニオンは砂漠気候寄りだ。夜は寒いだろうさ」
人の手が入ってない自然あふれる渓谷。そこには神秘性があるが、神秘性と恐怖は表裏一体でもある。転移門の様な重要な物があるにも関わらず、人の気配が全くない場所に何故こんな物があるのか。不思議は多い。
「俺達がやってきた地下帝国じゃみんなが元気に活動してた。ってことは青の時間は昼間ってことだ。けどこっちの時刻は夜。惑星が、いや、と言うよりは…………」
「プラネットの裏側ちゃん、なんですかねぇ~?」
ノートが見上げた夜空には黒い雲が覆っており、月も星も見えない。全く違う惑星という事でもないとは思うが、昼夜が逆転してるという事は経度的に真反対の可能性があるのだ。そうであるならばこの転移門は相当な距離の間を繋ぐ門と言うことになる。
「推奨難度は50以降。プエブレスヴァ峡谷、か。珍しく名前と推奨難易度が見えるな」
「推奨難度あてになったことなくなぁい?」
「確かに」
ALLFOは基本的に正規の手段で足を踏み入れる事が出来ていればエリアの攻略は不可能では無い。推奨難易度こそ提示されているが、それは「統計上の難易度」だ。例えばAというエリアを1㎥で区切る。そのエリアに出現する魔物達の強さをポップ率と組み合わせて大まかな難易度を設定する。それを全て合計して“平均値で提示した物”がALLFOに於ける推奨難易度だ。そしてエリアと言うのはプレイヤー達が歩き回っている地表のみならず、上空から地底まで全てが含まれている。それを全て計算して平均値で表示している。
しかし、統計学をほんの少しでも齧っていると平均値は全くアテにならない数値だと知る。その為に人々は中央値だの四分位数だの最小値だの最大値だのを参照する。
さて、この数値を参照しないと何が起きるか。
例えば、推奨ランク10と表示されたエリアがあるとしよう。普通のゲームであれば「このエリアはランク10相当のプレイヤーなら攻略できるエリアなんだな」という認識になる。
しかしALLFOだとその裏にはクソみたいな実態がある。極端な話だが、エリア単位で平均値をとるので例えば推奨ランク0の1㎥のエリアが999個あり、1つのエリアだけに例えば推奨ランク10000のクソボスがいるブロックが1つだけあるとしよう。これを平均値(合計推奨ランク値(10000)を合計ブロック数(1000)で割る)で計算すると『推奨ランク10』というとんでもない詐欺表示ができる。政治で良く行われる統計マジックと言う奴だ。
しかし、これを中央値で見ると割と実態が見える。中央値とは標本の数値を最小値から最大値へ並べ直しその中央を取る数字。今回の例だと5000番目と5001番目のエリアの間の数字なので0。『推奨ランク0』と計測できる。おや、これはおかしい。10000もある標本の平均が10なのに中間の数が0。ここで変だと思わない人は絶望的に数学センスがない。そこで最大値を試しに参照すると、推奨ランク10000なんて馬鹿げた数値が計測される。ああこりゃとんだ詐欺エリアだと馬鹿でも気づく。
なので、あくまで、あくまで極論だが、ALLFOの世界では推奨ランク10と表示されたエリアの地下に推奨ランク10000クラスの化物が地下で囚われているという馬鹿げた状態になっていても不思議ではないのだ。逆もまた然り。推奨ランク不明のエリアでも、実は裏世界にいた推奨ランク100000級の存在が単体で推奨ランクを上げていただけで、その様な外れ値を除いて再計算してみると実は推奨ランクが40くらいに収まっている孤島があったりもするわけだ。
そしてこの推奨値が割と正しくても一般的な「推奨」の意味とは違う事も察する。推奨と言うのは平均推奨値ではなく、最低推奨値であること。推奨ランク50というのは「ランク50なら十分攻略可能です」と言うわけではない。「最低でもランク50は無いと一般の方はお話しになりません」と言う意味だ。
「赤月の都や菜園のダンジョンであった『不繋圏外』のバッドステータスも無いですね」
「アレあたし嫌~い」
「強制的に縛りプレイを強いてくるような物よね、アレは」
本来、オンラインゲームには二つの要素が存在している事が多い。
1つはレベル制限。ゲームスタートから一気に先発組が無制限にレベルを上げ続けたら後発は永久に追いつかない。その為にシーズンごとに、シナリオの進行に応じてあげられるレベルに制限をかけておく。
2つ目はエリア制限。制限と言うより、実装されていなので物理的に進めない、というのが本当の話だが、これもレベルと同じ。先発組が後発置いてきぼりでどんどん先へ先へ進み続けたら追い付けない。ゲーム内の格差は永遠に縮まらない。それでは後発組が面白くない。故に最大レベルと連動してプレイヤーが探索可能なエリアに制限を設ける。
しかし、ALLFOにはその当たり前の様に存在しているそのシステムが存在しない。何故か。それにはALLFOが経験値制ではなく『ランク制』を取っている事、そしてノート達が赤月の都で苦しめられた『不繋圏外』というシステムが代替しているからだ。
経験値制と違ってランク制は時間をかければ無制限に成長できるわけではない。
成長の為に乗り越えるべき難行が必要なのだ。乗り越える壁が用意されないと次の段階へ進めない。そして『何を偉業と認定するか』がALLFO側に委ねられているのだ。極論、裏から幾らでもプレイヤーの進行度を調整できてしまう。
ではエリアの探索は。プレイヤー達はナショナルシティを中心に行動をしているといずれ気づく。一定距離を超えると『不繋圏外』と言う謎のバッドステータスが発生し全パラメータが問答無用で下がる事を。それを無視して街から離れれば離れるほどステータスはさらに下がっていく。まるで電波の届かない山の奥深くへ進んでいくようにアンテナが小さくなっていき、どんどんできることが制限されていく。ではその状態なら相対的に攻略難易度が上がるのでランク上げしやすいのでは?と思われるかもしれないが、ランク上げにも『不繋圏外』は悪影響を及ぼす。例えランクを上げたとしてもスキルも魔法も何も使えない状態じゃ熟練値が上がらないので結局成長率的には損。
となると、どうあがいてもプレイヤー達は『シナリオボス』の攻略から逃れらない。そしてこのシナリオボス討伐には規定人数のエントリーが必要。否が応でも最前線組はプレイヤー達の平均が上がらないと先に進めない。そのエントリー数はシナリオが進むごとに、アップデートで人が増える度に連動して増えており、そのシナリオボスは後発にとって自分たちの強さに合わせてハードルの高さを調整してくれるいわば絶好のランク上げの相手になる。
このような形でALLFOは遠回しに制限をかけてプレイヤー達のランクが大きく乖離しない様に調整している。
その例外がシナリオボスとは真反対の裏ルートを選択するルート。ノート達はキサラギ馬車のお陰で真反対の場所でも直ぐに駆けつけられるが、普通はあり得ない。裏ルート方面で街を見つけるのは困難なので物資の供給も厳しく、ランク上げに最適なシナリオボス討伐イベントにも参加できない。そうなると、『転移門が開通して物資調達と移動が楽になるまでは』裏ルートを熱心に攻略するのは相当な物好きという事になる。そう、例えば普通のプレイヤーと絡んでもデメリットが大きい初期限定特典持ちなどだ。そしてその初期限定特典持ちと同盟関係を結びやすい悪性系の野盗たちNPCが裏ルートには多く配置されている。ノート達の場合は殺し回っていたが、本来は共闘すべき存在だったのだ。
「『不繋圏外』でもなく、推奨ランクも表示してあるし、名前も黒塗りされてない。真っ当なエリア過ぎて逆に怖いな」
つまり、どんな経緯で足を踏み入れたエリアでも一部特例を除き『不繋圏外』のバッドステータスになっていない限りはシナリオ進行上探検しても問題ないという事。明確な形で探索可能な箇所に境界線が設けられていないALLFOだが、『不繋圏外』を基準にすればそのエリアが今現在でも探索可能なエリアであるか判断可能という事だ。
しかし散々今まで数値詐欺をやられてきたノート達は、この真っ当そうな顔をしているエリアに不信感を感じていた。故に殊更慎重にならざるを得ないのだ。
今日はエイプリルフール話を投稿します




