No.300ex 獅子身中 Side:W
「遅れてすまなかったね。急用が入ってしまったもので。いつも待機してくれていてありがとう大越闘くん」
「先生にもリアルがありますからね、仕方ないですよ」
討伐イベント開始から18時間経過。上位陣はNPC達の言動などから最終日に何かしらのイベントがあるとは予測しリアルのスケジュールを調整していたが、だからといって完璧にリアル側を調整することは難しい。上位のプレイヤーと言えど、ニートでない限りリアルからの縛りから逃れられないのだ。
場所は第4章シナリオエリアの街『カルコッサス』。現在の日本サーバーの最前線都市であり、生産組組合の攻略組と、スキルや魔法の性能を検証を主体とする検証組の武闘派団体が根城にしている場所でもある。
街と街の間の教会を利用したワープ移動はそれぞれの街の価値を大きく変えた。
一応ワープできる街は一度自らの足で到達した街に限られるため、新参がいきなり最前線まで飛ぶことはできないが、逆に進んでいたプレイヤー達は気軽に前の街に戻れるようになった。そうなることで物資は簡単に行き来をするようになり、生産組の価値が高まった。今まで生産組はもはや拠点をどこに置いても良くなったのだ。同時に戦闘組も各地にいる腕利きの生産組プレイヤーに依頼をしやすくなった。
米国、中国の混乱を見ていた日本は、というより生産組組合は、ワープゲートの開通を知ってから密かに開通に備えていた。故に開通後の動きは極めて迅速だった。瞬く間にナンバーズシティは生産関係プレイヤーと初心者達の楽園になると同時に海外プレイヤー達の防波堤に、競馬町にイベント関係の物が移動し、それ以外は事前に振り分けた通りに各地に散る。棲み分けは的確に、速やかに行われ、一切の波乱も混乱も起こさなかった。
決闘後の動きに関しても生産組組合の動きは圧倒的に速かった。
決闘後、全ての上位層と呼べる団体は威信をかけてロストモラルの討伐に参加したが、蓋を開けてみれば全滅。全滅判定に付きメイン装備がランダムで一つ剥奪され、一体誰がこの不始末の責任を取るのかと言う責任の押し付け合い。旧ロストモラル、現アサイラムが台頭するたびにチームがばらける癖がついていた上位陣は例の如く一部がばらけその再編に手間取った。
そんな隙を見せている間に生産組組合の一部は検証組武闘派団体と組んで動き出し、速攻で4章シナリオの街に到着。いの一番にギルドと教会にコンタクトをとって自分たちのエリアを築き上げて主導権を取った。
ノートが嫌がらせを兼ねて錬金術など生産関係に纏わるいくつかの重要なノウハウをプレイヤーに向けて無料で公開するという奇策を打ってきたがその混乱によるダメージでさえも最低限に抑えきった。割を食ったプレイヤーも居たが黙殺した。今の日本サーバーにとって波乱は無用なのだ。そんなパワープレイができるだけの組織力が今の生産組組合には存在している。
そんな最中のハロウィンイベント開催は、自分たちから目を逸らしておきたいアサイラム連合だけでなく生産組組合にとっても極めて都合の良いイベントだった。
元より日本は生産特化にシフトさせる予定なので、生産力も多く試されるハロウィンイベントは生産組にとっては持ってこいのイベント。世界にも日本の生産組の強さをアピールできる。更にイベントと同時並行して追加プレイヤー枠もまた解放されたので新規を圧倒的に引き込みやすい。
加えて、ランキングと言う形で明確に結果出るため、ハロウィンイベントは現在どこが戦闘におけるトップ層なのかという問題に関してもキッチリとトップが示される事でひとまずの解決が望めそうないいイベントだった。ここで結果を残せば残す程、日本サーバーに生産組組合アリと日本に、全世界に客観的な形で示すことが出来るのだ。今回のイベントに対し最も熱量を持って取り組んでいたのは間違いなく生産組組合だった。
生産組組合はいち早くイベントの構造を理解すると人海戦術で一時的に4章の街『カルコッサス』を占領。遠回しに圧をかけて他の団体を追い出した。
ノート達の街のHeorit達が強かったように、街の周囲のランクに応じてHeorit達の出現数と強度は変化する。最前線の街の『カルコッサス』周辺に現れるHeorit達は当然強く、完全解放前のエリアの為音声通話が使えないという縛りがある分、ポイント査定における若干のボーナスが付く。それに一つの街の生産組組合でほぼ占領したために他の街よりも圧倒的に統制が取れており難しい指示でも簡単に伝達できる。軍隊の様に統制が取れているからこそ、生産組組合にとって音声通話ができないことは致命的なデメリットになり得ないのだ。
イベント初日から最終日の今に至るまで、最も難易度的には一番高いのにも関わらず『カルコッサス』の防衛率は圧倒的な高さを誇り他の追随を許さない。人数と多くの者に素早く指示を伝える伝達システム、そして多くの者を柔軟に動かす頭脳とそれを支える指揮系統が完全に確立されているのだ。
確かに組合長が生産組組合のトップであり頭脳の核なのだが、組合長はリアルが色々と忙しいのでログイン率が低い。トップ層のプレイヤーと言う点で見れば驚くほど低い。それでも生産組組合がばらばらにならないように手は打ってある。昔から育ててきた頭脳達が組合長の大まかな方針を受けて適切な指示を導き出して巨大な組合という組織を率いているのだ。生産組組合はトップにおんぶにだっこな組織ではない。だからこそ、波乱がなく恐ろしい安定感を保っているのだ。
「偵察チームは上手くいったかね?それと、ランキングに関しても聞きたいね」
「偵察チームの結果は、そうですね、全くダメです。想定内ではありますけど。ただ、それ以上にランキングに関しては、その、分析チームですら首を傾げている感じでして」
「ふむ、聞かせてくれたまえ」
故に今までのトップ層は気づかぬうちに生産組組合に抜かされていた。彼らは単純なゲームとしてALLFOで戦っていない。ストラテジーゲームとして最初から動き続けているのだ。ただ強いプレイヤーの多いクランが頭を張るなどという古臭くて前時代的な慣習に終止符を打つべく生産組組合は総合的な強さを高め続けていたのだ。今までの流れは『先生』にとって概ね最初に今回はこのように遊んでみようと思った時に思い描いた物の想定の中にある。
例外があるとすれば、自分の持つ駒の中でも竜王、竜馬クラスの大駒が更に厄介な力を身に着けて自分の手から離れて敵対している状態にあること。しかしそれもまた一興。自分の育てた雛たちが龍になって自分に噛みついてくるなど楽しくて仕方がない。お互いの手の内がある程度分かっている状態で新しく駒を揃えてぶつけ合う知的な遊びこそ『先生』にとってはなによりも楽しいのだ。
そしてその大駒達が集まった団体がたった少数で絶対的な安定感を誇る『生産組組合』の牙城を崩そうとしている。例えプライバシーモードで名前を隠していようとランキングの動き方から誰がどのランキングに居るかを正確に予想することすら『先生』にとっては難し事ではなかった。
「まず偵察チームですが、前回アサイラムに侵攻を阻まれた『深霊禁山』への侵入に成功。流石に予測通りイベント中は手薄だったようですね。しかし、『深霊禁山』というフィールドは今までのフィールドとは一線を画す奇妙なフィールドなようでしてアサイラムの痕跡を探す余裕すらなかったそうです」
「奇妙、とね」
「巨大な猪や狼などのモブなどが発見されましたがこちらのスクショからわかる通り神聖な感じでして、行動もノンアクティブ寄りだそうです。この性質は海外の裏ルートの第三領域にも見られる性質でして何かしらの意味があると思われます。面白いのは攻撃する意思がないというよりは、我慢しているという感じだそうですね。こちらから攻撃すると即座に攻撃に移るそうです。また、それらのモブ以外にも攻撃的な小型のモブが多く対処に困ったそうですね。詳しい偵察結果はこちらの資料を参照してください」
「ふむ。後程確認しよう」
以前、珍しくアサイラムが情報を開示した際は深霊禁山の見え方が異なる事が示唆されていた。一度自分自身で深霊禁山を調べてみようか、そんな事を考えながら『先生』は資料を後で読むファイルに入れた。
「それで、ランキングはどうだね?」
今1番大事なのは自分の好奇心では無くイベント。物事の優先順位を考えて動きなさいと弟子達に指導したのは自分自身だ。老父は自分の知的好奇心を抑える術も十分に知り尽くしていた。
「白銀個体出現以降、推定アサイラムに纏わる戦闘系のランキングの多くが下がったのはご存知ですよね?」
「そうだね。マンパワーに頼れない彼ら自分達が防衛する街に出現した白銀個体を使う方針に直ぐ切り替えた。私でも同じ判断をしただろう。万人級のイベントを十やそこらの人数で凌ぐのは、決闘での動きを見る限り可能なのかもしれない。しかし、最大限最悪を想定しても14日間ずっとあの調子は無理なんじゃないかと私も予想している」
『先生』にとって、聖女をぶつけたのは一つの賭けだった。とあるルートに入ったことで『先生』は教会とギルドの実状に関して他のプレイヤーよりも正確に把握にしている。情報があればあとは大体の聖女の強さも推定できる。聖女の強さは現環境のプレイヤーよりも遥かに強い。何かしらの制約が存在しているということは知っているが、それでも強い。
その聖女相手に現段階でプレイヤーがタイマンできるというのは、その上実質的に勝利するというのは、公式チートと呼ばれている初期限定特典を持っていると仮定しても些か異常すぎる。
最初こそ『街に入れない』というデメリットがかなり足を引っ張っていたために猛威を振るうを事はなかったが、反船を機に『初期限定特典』という物に再度注目が集まったことで世界でも徐々にその実態が明かされつつある。
どうやら初期限定特典は基本的にPK指向の性能をしている。
俺、実は抽選当たったけどまともに使える様な性能をしていなかったよ。
○○の強いPKクランの中に、実は初期限定特典持ちが居る。
月面サーバーの初期限定特典持ちは一般的なプレイヤー側に付いた。
チェインテンパーメントという不思議な特性を持つ初期特が幾つもある。
初期特を持っているプレイヤーはプレイヤースキルも高い傾向がある。
初期特を持っているプレイヤーは盗賊NPCと共闘体制になっている場合が多い。
皮肉にもアサイラムが名を轟かせるほど初期限定特典の脅威は注目され、世界の中でも一部の物好きがその情報を集めていた。
もはや初期限定特典は忘れ去れたALLFOの初期の黒歴史ではない。なにか明確な目的な持って作られたものではないかと推定され、研究すべき対象であると気づくプレイヤーも現れ始めた。
報告の中で、初期特リタイア組が口を揃えて言うのは、やはり街に入れないという制約が初動に於いて凄まじく足を引っ張ってくる事。初期特の中には限定装備も最初から付属しているが耐久値が無限と言う事ではない。どこかしらで装備を調整したりアップデートしていかないと辛くなってくる。最初は無双できてもいずれは物資不足で動きが鈍くなっていく。
一方、現在でも活動している初期特持ちは、何かしらの生産関係の力を手にしているか、早い段階で拠点に類するものを獲得していた事が共通していた。やはり戦闘では強くても生産を完全に無視はできない。それにいち早く気づいて動いた初期特持ちは今でも活動を続けており、大きな集団を形成するケースも少なくないようだ。
というより、初期特を今現在も持っているプレイヤーの特徴として、並外れてプレイヤースキルが高かったり、練習程度では身に付かない天性のリーダー適性を持つプレイヤーが多いのではないか、という推測が上がっている。単なる偶然にしては少し多すぎるくらいに。と言っても意図的と言うよりは、そうでなければ生き残れず、それ以外がリタイアしていったのではないか、という意見の方が今の所は大きい。
そうなるように、開発も手配したのだ。ノート達の様に選ばれて配られた者達と、ネオンたちの様にランダムで配られた者達。確かに開発からするとリタイア勢は想定より多かったが、大本命の多くは初期限定特典を使いこなし始めている。故に、実態を知らないと「使いこなせた者だけが生き残った」ように見えるわけだ。
「(が、ノート君とユリン君の二人が両方初期限定特典を引き当てたというのは偶然にしてはなかなかできすぎた話なんだが…………)」
しかし、初期特持ちが知り合いの為に『先生』はその見方に違和感を持っていた。
生産組組合の中で、その2人が初期限定特典持ちなのは確定している。ノートは自分自身が初期限定特典持ちであることを自白しており、ユリンは言及こそないが明らかに通常のプレイヤーではありえない翼を生やしているのが目撃されている。顔を隠していてもプレイヤースキルを見れば昔からの知り合いならわかる。
2人は一蓮托生の様に動いている。もしどちらかが初期限定特典を持っていなかったら2人は初期限定特典を放棄していた確率が高いだろう。そうなれば日本サーバーは今とは変わった構図だったはずだ。2人を知っているプレイヤー達からすると、よりによってあの2人が初期限定特典を持っていったか、と言う感じである。そしてそれ以外の初期特持ちを早期の段階で確保していたのも少し頭の痛い問題だ。日本サーバーは数あるサーバーの中でもライトサイドの初期特持ちが1人も存在していないどころか完全にダークサイドの首魁になっているサーバーなのである。いくら初期限定特典の傾向がPK寄りと言えどかなり珍しいサーバーなのだ。だからこそ情報収集が極端に遅れたという面もある。
だが、今はもう情報で遅れはなくなった。なくなったからこそ、世界的に見てもアサイラムは異常な強さを持っていることが分かっている。
「(恐らくかなり彼らもなんらかの手段で生産関係を整えているな。しかも通常のプレイヤーすらも超える様なレベルだ)」
その根拠はアサイラムが行ったアイテムばら撒き。ヘイト調整下げの為に行われたと考えられるアイテムばら撒きだが、明らかにプレイヤーが人工的に調整したと思われる『米』やら、明らかに新しく作られた『武具』やらと生産関係の力なくして調達できない物を撒いている。反船の時に目撃された時の格好と、ギガスピで現れた時、決闘で現れた時と仮面以外はデザインが変わっていることから明らかに街に入れなくても装備面に関しての問題をクリアする手段を有していることが推測できる。
「(今回のランキングに置いて、上位にいる生産系はほぼ全て生産組組合の息がかかっている。そもそも生産関係のプレイヤーが名前を隠すメリットが無い。このようなイベントは生産関係にとって自分の名前を売る最大の機会だ。あまり目立ちたがらない子でも実力のある子は我々が保護している。その条件下で名前を隠してランキング上位に食い込む。その上で戦闘系のランキング上位にも同時に名を連ねている。だんだん実態が見えて来たな、ノート君)」
僅かな情報からでも推理はいくらでもできる。相手の頭脳の実態と戦略が見えていれば猶更だ。多くのゲームで生産組組合上層部の表の頭を張ってきたのはノートである。生産組組合上層部は最もノート達の手の内を理解していると言っても過言ではない。
「(トントンくんとスネコスリくんを逃したのは手痛いが、あの子は我々か彼かを選べと言われたら一切の迷いもなく彼を選ぶ子達だ。ゴロワーズ君もそれ故に見送った。最悪彼女達は引き入れても内通者になっていただろう。そう思うと獅子身中の虫を抱えるよりはやはり素直に見送るべきだったか。後悔しても仕方のないことだな)」
無論、今の生産組組合の上層も全員が今の『先生』の方針に同意しているわけではない。今まで渡り歩いてきたゲームでは基本的にPK寄りで動いていたが、今回はちょっと非PKサイドで進めてみないか、という誘いに乗っただけだ。場合によっては寝返ったり、機会さえあればノート側に付きたがっている者も0ではない。身内で固めるからこそ揺らぎがないと思われている上層部と言えど、実は完璧に意思統一されているわけではないのだ。それは相手側も理解している。しているうえでノートはまだ盤外戦術という搦手を使って内部を崩そうとする動きを見せていない。少なくとも、『先生』が見ている限りでは。
「(彼にとっても私が日本サーバーを支配している状態は今後の動きをある程度予想できるためにある意味都合がいいのだろう。そのために見逃している)」
警察が暴力団を完全に撲滅させなかったように、無秩序に、不安定に暴れられるよりは、ある程度敵も集団で動いてもらっていた方が対処がしやすい。これも『先生』自身がノートに教えた戦略だ。所謂「見えない小さな敵が無数にあるより、見えている大きな敵の方が制御しやすい」という統治論の一つの考え方である。
現状はどちらが組織的に有利かは判断しにくい。
大きくて圧倒的なマンパワーもあるが、一部離反の可能性や情報漏洩発生のリスクを抱えた生産組組合。
対して団結力と個々の性能は世界最高クラスで固まっているが恐らくマンパワーが足りていないアサイラム。
少数精鋭は非常に強いが、その分一人の欠けが大きく響く。一方で組織が大きいと内部崩壊のリスクは高まるが誰かしらが抜けてもフォローが効きやすい。このバランスが組織運営に置いて最も難しいポイントだ。特にゲームは義務感が薄いため従来の会社経営論的な考え方が通用しにくい。大きくなればなるほど管理が難しくなる。
故にこそ、このハロウィンイベントは生産組組合、アサイラムの組織力の強さが如実に出るイベントでもあった。




