盤外編:文化祭+++ ユリンのターン
「おっ、思ったよりか評判いいじゃん、リントのクラス」
「そうなの?」
駅前の店と提携し、水泳部が売っていたキャラメル加工済みのカスタードたい焼きを食いながら電子パンフレットを見るノートとリント。
電子パンフレットは入校許可証とリンクしており、どのブースが混んでいるか大体わかるようになっている。トイレ待ちなどの混雑や休憩室の混雑状況、体育館で行っているライブ関係のタイムスケジュールも常に表示されており、自分がどう動けばいいか分かりやすい。
更に、参加者たちは自分が参加した出しものに対して評価をすることができ、リアルタイムでレビューや点数が表示される。この仕組みが生徒たちの文化祭に向ける熱を上げる要因となっているのだが、参加者としてはとてもありがたい機能だ。
試しにその機能を使ってノートがリントのクラスを見てみると、他の目立つクラスよりは多少劣れども、内容に対して実際に見に行った人たちの評価は高かった。
「この時間なら今からいけば見れるんじゃねぇの?」
「タイムスケジュール的には見れるねぇ。え、見るの?」
「嫌か?」
「あとでにぃにの事聞かれそうでダルいんだけど。去年も酷かったし」
「そこはもう諦めたらどうだ?散々2人で校内歩いてるし」
「まぁ、そっか」
他の生徒たちに比べてリントはやはり目立つ。小柄な男子生徒というよりも男装しているとしか見えない可愛らしい生徒で、ダボッとした制服がもはやトレードマーク。更に、学校全体が部活動に対しても熱心で、尚且つ日本大会優勝などをしていれば学校でも宣伝したり表彰もする。リントの校内の知名度は異常に高い。どこでどんなことをしていてもリントに対して誰かしらが視線を向けている。リントはもう慣れているからいいものの、常人ならばウンザリするレベルだ。
2人でたい焼きを食べながらリントの教室に行ってみると、そろそろ次のライブタイム。ちょうどいい時間だ。黒板の方に仮ステージがあり、廃材を楽器に改造したものが並べられ、その手前にはダンス用の開けた場所。後方には座席があって、出入りはかなり緩いようだ。
だが、妙にステージ側が騒がしい。そろそろスタートにも関わらず誰もステージに上がっていない。
「トラブルか?」
「かなぁ?」
だが、見た感じ楽器類に問題はない。右往左往し、何かを小声で怒鳴り合うクラススタッフの腕章を付けた生徒たち。困ったようにキョロキョロとしていた生徒の視線がリントに向いたところで顔をパーッと輝かせた。
「にぃに、どっか行こ」
「あっ、ちょ、今目あったでしょ!遊佐さんまてぇ!!」
昔から色々な人に振り回されることが多いリントは、経験則でヤバい空気を感じ取ってすぐに立ち去ろうとする。軽やかに人の波を乗り越え、ノートを半ばデコイに先に教室から脱出を試みたリントだが、スタッフの女の子の必死さが勝った。教室の廊下側の窓を華麗に飛び越え客を飛び越えるとリントをギリギリで捕まえる。
「遊佐さん、とてもいい所にいたね!」
「は?離してくんない。誰?」
目をギラギラしながらリントの制服を握りしめて詰め寄るスタッフの女の子。一方リントは絶対零度の態度で対応する。誰、などと失礼な事を言っているがクラスメイトである。
しかしリントの塩対応はいつものこと。文化祭の熱に浮かされた女の子は止まらない。
「ダンス担当の子がケガしちゃったらしくて踊れる人が居ないの!曲自体は体育のダンスでやったヤツだし、特待組なら踊れるんだけど、ぜひ遊佐さんにお願いしたくて!」
「他のダンス部呼べば?」
「連絡つかない!あるいは分かってて無視されてるかも!」
「じゃあ体育でやったダンスならスタッフの誰かが踊れば?それこそ貴方が」
「ダンス部のクオリティは無理!できないから私達裏方なんだよ?」
「とにかく知らない。僕関係ないから。早く離して。制服にシワが付く」
「え、同じクラスでしょ!?関係あるって!」
取りつく島もなく冷たくあしらうリントと、文化祭の熱気に当てられ頑なにリントに迫るスタッフの女の子。
自分のクラスなのに他人事なリントも酷いが、リントの言っていることも正しい。ダンス自体は体育でもやったものだから一応クラスの誰でも踊れる。わざわざシフト外のリントを巻き込む理由はない。なのに彼女がリントに固執するのは、リントの身体能力が並外れていてダンスが栄えるのもあるが、リントのネームブランド自体がクラスを盛り上げてくれると確信しているのだ。外部にも評価が公表されるこの形式に於いて、せっかくのジョーカーであるリントが一切クラス展示に関わってくれないことを彼女は元々すごく歯がゆく思っていた。
故に振ってわいたチャンスを逃す気にならなかった。
窓枠を飛び越えリントに追いつく脚力と運動神経を見て『なかなかいい動きだな』など考えつつも、一触即発の空気になっていた2人の間にノートは割って入った。
「はいはいストップ。ほら、みんな見てるから。あ、俺リントのツレね。まずスタッフちゃんは事情を待ってる人たちに説明するのが先なんじゃないか?」
「あ、そうですね、すみません!遊佐さん絶対いなくならないでね!」
彼女にとって高校最後の文化祭。特待枠で入学した生徒にとってこの時期には既に進路が完全に確定しており、現実を見てプロの道を諦めている子も少なくない。そんな生徒たちにとっては、この文化祭が有り余るエネルギー全てをぶつけられる最後の場なのだ。夢を諦めた悲しさを誤魔化すために殊更別の事に熱を向ける。客観的な評価がでるだけにより気合が入る。結果、本人が思ったよりもヒートアップしてしまう。
根は悪い子ではないのだろう。部外者に声をかけられたことでやや正気に戻ったのか、すぐにスタッフの子は教室に戻ると観客に事情を説明し始めた。
「ダンスは絶対いや?」
「めんどくさい」
「ふーん…………」
スタッフの子を見送りながら、ノートはむすっとした表情のリントに声をかける。お互い、非常に長く、一切隠し事なく付き合ってきた仲だ。何を考えているかくらい大体わかる。
『嫌』と『めんどくさい』の微妙なニュアンスの違いもノートは理解している。
「俺リントのカッコいい写真撮りたいけどな~」
「別に、家でもできるし」
「学校の特別感が欲しいなぁ」
「着てほしいって言ってた服着て踊ってあげる」
「ぐっ、卑怯な。いやでも、ここ恩を売っておくのも、後々の学生生活に於いて重要だと俺は思うけどなぁ」
「……………………」
「……………………」
説明をしながらもチラチラとこちらを見るスタッフの女の子。他のクラスメイトもすがるような目をリントに向けている。
「…………見たい?」
「ダンス部をビビらせるダンスをしてくれるって期待してる」
「……………………焼肉」
「わかった」
「前こごみと三人で行った奴ね。タンとホルモンが超おいしかったとこ」
「あのたっかいやつ?マジかぁ。しょーがねーなー」
本気の本気でリントが嫌がるなら、ノートも無理強いはしない。同時に、ノートはリントができるだけ学校でも平穏に過ごせるように祈っている。自分が少し金を払うだけで前向きになってくれるならノートはいくらでも金を払える。皆に馴染むことを拒絶することが当たり前。だからその拒絶に抗うには理由が必要で、その理由がリントの中にあればいい。自分のオーダーがリントの理由になり得るのなら、ノートは嫌な役回りだって担うことを厭う気はない。
ノートに乗せられて深いため息を吐くリント。脱いだブレザーをノートに預け、Yシャツを腕まくりし、丈の余ったズボンもまくり上げる。
「ぶっつけ本番でいけるか?」
「一回体育でやってるし、リハも見てるから余裕」
スタッフの女の子が飛び出してきた窓を飛び越えて教室に乱入するリント。スタッフの女の子が驚いて見つめる中、それを無視してリントは自分が躍ることを宣言。窓を華麗に飛び越えたリントの動きを見るだけで観客の期待値は上がり、歓声が上がる。
その歓声に合わせて、後ろでずっと待機していた楽器組が自家製ドラムを鳴らし始めた。
なんでも無理を聞いてくれるリントチャン




