盤外編:Pail Pilot++++ ヌコォのターン
倍プッシュだ(錯乱)
1・1砲はこれでラスト
「あの人どこいっちゃったんだ?」
「あ~、あのグレムリンの人?」
「そうそう。あの人いねぇと武器強化が捗らなくてだるいんだけど」
「てか全体的に押され始めたなぁ、どうするよこれ」
前線基地はゾンビアタックに近い側面も強く、お互いの武器を奪い合っては熾烈な戦いを続けていた。戦闘の代謝が非常に高く、プレイヤーの入れ替わりも激しい。それはつまり、一度決壊するとフォローがかなり難しいということでもああった。
「後方基地から戦闘機か戦車でも引っ張ってくるか?」
「それぐらいしないとなぁ。でもここで人が抜けるのは余計に辛いぞ。下手にマザーシステム落とされたら終わりだ」
「だよなぁ~」
場所はブルーフラッグチーム最前線基地。もっと戦闘が過激なところで、落ち目と見たかレッドフラッグ、パープルフラッグも示し合わせたようにブルーへの攻撃を強めていた。
「さっきの試合で誰かがやってたんだけどさ、飛行機型の大型戦闘機で敵基地にカミカゼアタックして、どさくさに紛れてマザーシステムでも落とせば戦況は変わりそうだよな」
「いやアレは奇跡だって。人が少なったタイミングを狙ってギリギリで突っ込み、相手が混乱してるうちに誰にも見つからないようにマザーシステムまで到達するって相当の腕だぞ」
装備を整えながらだべる前線組。敗戦濃厚の空気が漂っているせいかやる気もなく、のんきにおしゃべりを始めていた。
「せめてあのグレムリン戻ってこないかなぁ。腕も良くてかわいくて前線の癒しだったのに」
「お前達がそうやって群がるからいなくなったんじゃねぇの?」
「あ゛?」
「は?」
「いや喧嘩すんなって」
ファイナルに突入したのに敗戦の空気が漂い、やる気が低下すると、今度はギスギスした空気が漂い始める。誰が悪い。誰のせいだ。不毛な事を言い争う。こんな状態になった時、空気をいい方向に変えるにはよほどの変化が必要だ。絶対に勝てると思わせるだけの何かが。
『前線基地の野郎共~!待たせたなぁ~!』
唐突に、外からスピーカーで拡声された男の声が聞こえた。なんだなんだと前線基地で湧き直した連中が外に出てみると、そこには言葉を失うような巨大な兵器があった。
「なんだありゃ…………」
「あんな兵器あったか?」
そこにあったのは、50mくらいの大きさの巨大な戦車だった。戦艦にキャタピラを付けたように多数の銃座と砲門を取り付けたロマンの塊みたいな超大型装甲車には、少なくない数のプレイヤーも乗っていた。
本来であれば、必要な武器を保持しつつ、死んだときの為の控えの装備も持ち、弾や回復薬、食料など必須アイテムも持ち、そこに更に個人的に持ち帰りたいアイテムも保持していると、アイテムストック枠はあっという間に満杯。兵器を大幅に改造するための貴重なアイテムはどうしても後回しになりがちになる。
そんな時役に立つのが並外れたストック枠を持つのが【大宝輜重兵】。自分では持ちたくないけど後で使うかもしれないアイテムを【大宝輜重兵】に預けておいて、それを使って【機戯工兵】が大規模改造を施す。
ノートが後方で集めたプレイヤー達の多くは強い兵科どころかアイテムの取捨選択すらおぼつかなく、中には【大宝輜重兵】も【機戯工兵】も居て、普段なら優先純度の低いアイテムも持っていた。
それを回収したノートは一度みんなで基地に戻り、戦車や戦闘機をバラシて一つの兵器をクラフトした。最初に作ろうとしていた超電磁誘導砲と多弾頭自動追尾弾を積んだ超大型装甲車である。
ストックが難しい弾丸も複数の【大宝輜重兵】が弾持ち役を兼ね、スナイパーたちが各兵装を操作し、その他のプレイヤー達が装甲車を守り抜く。一度流れができればあとは雪だるま式で強くなる。複数のNPC基地をごり押しで轢き潰し、貴重なアイテムを鹵獲して改造を施しつつ後衛軍自体の装備もレベルアップさせる。現在クラフト可能と目されている兵器としては規格外の兵器に、単体でも戦況をひっくり返す規格外の兵装を幾つも積み、ノートに率いられた後衛反抗軍が遂に前線まで到達した。
『前線組に通達する。我々はこのまま当兵装を持ってレッドフラッグ軍を蹂躙する。前衛組はパープルフラッグへの全ての戦力を傾けるべし。以上』
NPC相手にファームを繰り返したノート達の装備は既に前衛にも劣らぬ兵装。それどころか複数の【大宝輜重兵】と【機戯工兵】を擁する事で装備面では前衛よりも充実しているとも言えた。
全体的な指揮に関しても発揮人であるノートがそれぞれの兵科の正しい動き方を教え、ヌコォがサポートをし、グレちゃんがチアガールの様に士気を上昇させる。ガラクタの寄せ集めは、強力な指導者に率いられることで一つの強大な魔物へと成長を遂げていた。
◆
「ブルーまだ落とせないの?」
「無駄に粘んなぁ、早く落ちろよぉ」
三つ巴からファイナルステージに突入し崩れたブルーフラッグ軍。レッドとパープルは今こそ勝機だとどちらともなくお互いへの攻撃を和らげてブルーへの攻撃を強めていた。
しかし、試合終了まで半分の時間が経過してもまだブルーの基地が落ちた通知が来ない。前線より少し後ろにいてちょっとさぼっていたプレイヤー達は無責任な事を言っていた。
もうすでに戦勝ムードで、勝った後に持ち越すアイテムを吟味しているしている始末。このアイテムを持ち帰れるという要素がジレンマとなり、勝負の行方をわからなくさせる。勝てると思い自分だけはより多くの恩恵を得ようと手を抜く奴が出る一方で、負けたら意味が無いので死ぬ気で奮闘する負けてるチーム。勝ってるチームが慢心しなければいいものの、誰かは自分だけなら手を抜いてもバレないと考える勝ってるチーム。今このレッドフラッグ軍基地でのプレイヤー達の態度はまさに其れだった。
だからこそ、次に届いた通知に慌てることになる。
「お、ようやく通知だ」
「おせーよ前線組。てかブルーが粘りすぎか」
「いや待て待て!違う!堕ちたのはブルーの前線基地じゃなくてウチの前線基地だ!」
「はぁ!?」
その声に蜂の巣を突いたような騒ぎになるレッドフラッグ中衛基地。波乱はない展開まで持ち込んだはずなのに何故かひっくり返された前線。一体何が起きたのか誰も状況を理解できず、リポップした前線組の話を聞いてようやく状況を理解する。
「アイツらとんでもない兵器を作ってやがった!さっさと備えないとここもぶっ潰され」
前衛組が説明している最中、雷光が一瞬走り抜けたかと思うと強烈な衝撃波と共にレッドフラッグ中衛基地の屋根が纏めて吹き飛ぶ。
『ハロー、赤旗野郎共。楽しいパーティーの時間だぞ!』
風通しの大変よくなった天井から降り注ぐのは対空部隊の一斉曲射。超大型装甲車自体の車高が高いので、圧倒的なリーチを獲得した対空部隊の射撃がガッツリ刺さる。
そして追い打ちをかけるように襲来したのはドローン軍団。アイテムストック力と改造力にかまけて大量に持ち込まれたドローンが一斉に飛行を開始し、てんやわんやするプレイヤー達に爆撃を開始する。
『オラオラどけよ赤ダニどもぉ!引き潰すぞ!』
スピーカーで叫びながら一手にヘイトを集めるノート。
その混乱に紛れ降り立つのは少数先鋭部隊。ドローンを上手く使いながら対抗できるだけの力を持ってそうなプレイヤーを次々とキルし、マザーシステムのある地下まで食い込んでいき、遂にはマザーシステムの陥落を知らせる通知が発生する。
『よっしゃ勝ったぁ!敗残兵を狩りつくせ!アイテムを全部鹵獲しろ!勝てば勝つだけこのモンスター装甲車は怪物になるぞ!』
ノートの指示をうけて「うぇーい!」と一斉に車を飛び出していくブルーフラッグ軍。勝てる試合は楽しく、それに自分が直接かかわれたらなお楽しい。序盤は何をしたらいいか分からず右往左往していただけに、前線を自分の手で押し上げられるのは何よりも楽しい。
そして、その楽しさを齎したノートに無意識に信頼を寄せる。
オンラインゲームはただ効率を求めてれば勝てるゲームではない。指揮をするものはついていきたいと思わせるだけの楽しみも提供する必要がある。
逆にこの人についていけば面白いと思わせることが出来れば、多くの人間を一気に率いることもできる。
今のブルーフラッグ軍後衛部隊は、ノートという指揮官に率いられた中隊として機能していた。
「(いくら努力しても、これだけは真似できない…………)」
後衛で燻っていたはずの寄せ集めが、一人の男に率いられることで勢いに任せて次々と格上を撃破していく上等兵へと変身する。本来赤の他人からあれこれ指示出されると揶揄したり反抗したりするゲーマー達が、ノートの指示には喜んで従う。いや、指示に従っているつもりも薄いのだろう。彼らのやりたいことと、ノートが指示したいことをノートが絶妙にすり合わせているのだ。
装甲車の奥、戦闘機の運転室を改造した運転席で兵装のクールダウンなどを管理していたヌコォは、その隣でスピーカー越しに檄を飛ばすノートを見て思わず見惚れる。
「…………ほんまに大好きなんやね」
「…………」
同じく運転席にサポートとして詰めていたグレちゃんが、その様子を見てポツリと呟く。今までのからかい交じりの感じだったり、煽るような感じでもない。落ち着いた感じの、本音の声音だった。
「あかんな~。マジでちょい好きになってしまいそうやわぁ。手ぇ出したらヤバいタイプの人ってわかってんのにな~。なんでウチって昔からヤバいって分かってる男の人が気になってまうんやろう。マゾなんかな?」
「貴方の男の好みとかマゾかどうかには一切興味ないけど、ふざけ半分で兄さんに近づくのならやめた方がいい」
「なら本気でアプローチしてええんか?」
「……ダメ」
ノートの好みとは全く違う女性ならヌコォも勝手にしたらいいと突き放した。だが、グレちゃんは同じ女性であるヌコォから見ても確かに男性からモテそうな人物であり、なまじ才能が有るのでノートの琴線に触れそうで嫌だった。あまりハッキリと嫉妬が表出しないヌコォだが、グレちゃん相手には妙に対抗心が沸き上がった。
「キュウビちゃんさぁ、素性はウチと近いんとちゃう?」
「素性とは何を指すのかわからない」
「ただのゲーマーじゃないって言うたらええ?あとファフさんも。2人ってその手の繋がりの人やとウチは睨んどるけど。だから連絡先交換しときたいんやけどなぁ。もちろんキュウビちゃんもやけど。どや、スカウト受けてみぃひん?」
「断る。資金面など条件を詳しく聞けるなら交渉自体は受け付けるけど、今の口約束にしかならない状態で真面目に話を聞く気にはならないし、事務所にも対しても不義理になる」
「ふーん、残念やなぁ。振られてもうたわ。でもその口ぶりっちゅうことは、ファフさんは別ってことか?」
「勝手に話す気はない」
ジーッと、フルフェイスマスクの調光シールド越しにうっすらと見えるヌコォの目を見つめるグレちゃん。まるで目を見れば相手の心情が見えるかのように、熱心にヌコォの瞳を見つめる。
一方、ヌコォも睨むようにグレちゃんの蕩けたようでいて冴えた目を見つめた。
FPSに於いては、ノートの中では自分が一番である。その自負が揺らがせるような存在にムキになってしまっていると理解していても、ヌコォは張り合う事を止めなかった。
「まぁ、気が向いたら声かけてや。勧誘は本気やし。ウチは待遇わるないで」
パチっとウインクしてその場を離れるグレちゃん。ついでに投げられたフレンド申請を少々悩んだ末にヌコォは受諾した。
今年も一年よろしくお願いいたします<(_ _)>




