No.Ex 第六章余話/Heel×Heal3
No.Ex 第六章補完話/Heel×Heal3
『あーしは、まだカるタっちが裏切ったとか信じらない』
決闘騒ぎから2日後、誰もがより多くの真実を見つけ出そうと必死になっていた最中。生産組組合主体で行われたライブ配信は、その日脅威の同接数を叩き出した。
カイチョーは敢えて台本は用意しなかった。質問内容も事前に伝えなかった。女性僧侶組の生の反応を求めた。質問に対して誰が答えてもいい。打ち合わせも何もしてないので時には女性僧侶組内でも意見が割れる事もあった。質問にちゃんと答えられていない時もあったし、沈黙が続く事もあった。
だが、そこは上手くカイチョーがフォローしながら司会をし、彼女達が伝えたい事がしっかりと皆にも分かるように心がけた。
カイチョーの予想通り、彼女達は正直だった。敢えて用意した失礼な質問には真っ向から噛み付いたし、わからない事はわからないと答えた。何より媚びる感じがなかった。顔を晒し、正直に回答し、自分たちは悪い事はしていないと訴えた。
配信の反応はかなり割れていたが、時間が経つにつれ徐々にコメントの荒れ具合も少し収まっていった。
彼女達の質疑応答が終わった後は、アフターケアとして生産組組合が客観的に事実に基づき、彼女達の今までの動向や証言などを元に、彼女らがロストモラル側である可能性は極めて低いと説明し、生産組組合は全面的に彼女達を支持すると明言した。バッグに付くだけなら、多少は誤魔化しようはあるかもしれない。しかし、ライブ配信で、数十万人が視聴している前でハッキリと生産組組合が支持すると明言するのはかなりリスキーだった。これにはコメ欄の反応も更に変わる。
だが、皆と違って生産組組合の幹部陣は決闘の裏事情をかなり深い所まで既に掴んでいた。誰が敵についているか分かっており、何を考えてどんな手を打つかも双方想定できている。確かに女性僧侶組がカるタに利用されていた感は否めない。しかしそれは無自覚で何の悪気もないことだったのだ。カるタも推定黒と見た時点でその周囲も警戒していたが、最終的に出た結論はシロだった。故に、生産組組合はかなり強気な発言ができるのだ。
「そんじゃ、本題にはいるのだ!」
女性僧侶組がカメラから外れてる間に行われた生産組組合の補足。それが終わると再びカメラワークが変わり、近くに備え付けられたステージに移る。カイチョーはステージまで組体操の様に屈んで階段を作ったプレイヤー達を軽やかに踏んづけてステージにひらりを移ると、パチンと指を鳴らす。
同時にステージ脇に居た音楽隊がポップな曲を演奏し始める。演奏するのは元々リアルで楽器を嗜んでいた者達で、検証勢に協力して音楽家系の職業などを見つけようとしているグループだ。だが、演奏しようにも楽器が無ければ話にならず、生産組の協力が必須。故に音楽隊と生産組組合の仲はかなり良く、楽器を作る代わりにこのような催しに協力することが多いのだ。
魔法や錬金術の反応時の光を利用しステージを色鮮やかに照らしながら、カイチョーはホイッスル吹く。そのホイッスルに合わせて舞台袖から学校の制服を魔改造したような可愛らしい衣装を着た女性僧侶組達が登場した。
よく見れば、原型は生産組組合の広報担当が来ている制服になっているのが分かるが、それよりもかなり派手でアイドルっぽさが前面に押し出た格好をしていた。
「え~、このたび~、生産組組合広報担当総括であるわたしカイチョーが、女性僧侶組のケツモチ、なに?その言葉はヨクナイ?失礼。プロデューサーとして、女性僧侶組を生産組組合宣伝アイドル大使に任命するのだ~~~!喜べ男ども~~~!!それに合わせて、女性僧侶組の名称を悪役と治癒から取り~ロゴはH×H、え、これダメ?マジ?ごめん嘘!あとで変更するのだ!とにかく、正式名称を『2×H』とし、正式に組織として確立するのだ!我こそはというガール、応募を待っているのだ!2×Hにはまだまだ君の座れる席があるぞ!詳しい募集要項はコメントの概要に載せるから、興味のある人はぜひ来てほしいぞ!あっ、安心しておくれ。2×Hはあくまで生産組組合の広報アイドルを兼ねるだけであって、今まで通り派遣業務はやってくれるのだ!今度は生産組組合広報が窓口になるから、マッチングしたい奴は広報までよろしく!てなわけでさっそく彼女達の特技とかを聞いてこっか~!?」
若干エロ親父めいた感じを出しながらも、カイチョーは簡単なインタビューをしながら2×Hのメンバーの魅力を的確に引き出す。はじめはかなり殺伐としていたコメ欄も、配信の雰囲気がガラリと変わったことでコメの性質も変わり始める。決闘関連の話がひと段落したことで同接こそだいぶ減ったが、それでも10万人以上はこの配信を見ていて、配信を楽しんでいた。
「はいっ。てわけで、今いるメンバー全員紹介終わったのだな!実は今日どうしても予定が合わなくて来れなかった子もいるんだけど、それは後の配信で紹介するのだ!ということで今日の配信はここで終わり!長い間お付き合いいただきサンキューなのだぞ!できたらチャンネル登録してほしいのだ!いいねも欲しいのだ!ALLFOやっている友人にも今日知ったことはしぇあしてほしいのだ!それでは次の配信まで~ごきげんよ~~~!!」
斯くして、悪い話題はもっとインパクトのある話題で吹っ飛ばそう作戦は概ね上手くいくのであった。
◆
ログアウトしてフルフェイスヘルメットの様なVR機器を外して枕元に置く。
小柄な体に対しては殊更このVR機器は大きく、重く、体が軽く凝ってしまう。実年齢よりかなり若く見られることが多くても、体の回復力や柔軟性も若いままではないのだ。
自分の会社で抱えている動画制作者に今回の配信の切り抜きを依頼し、SNSでは複数のアカウントを駆使して追い打ちの宣伝も欠かさない。
情報も人材もナマモノだ。鮮度が良く見栄えのいいうちに美しく飾り立てることで最大限の客寄せを可能とする。
研究されつくしたマーケティング論の王道を抑えつつ、そこにどれだけの+αを積めるか。あらゆるものが研究されつくしたこの時勢に芸能関係の経営者が生き抜くいていくには、自分の命まで売り物にするくらいの破釜沈船の心構えが必要だ。時に自分を偶像の様に扱っても、それが最適解なら自分ですら売り物にする。まるで愛玩の為に寿命を度外視して作り出された豆しばのように、人のエゴや欲望を一身に引き受け、自分という存在を溶かし、自分を皆が望む偶像の型に流し込んで、求められたキャラを成型する。
そんなロールプレイをリアルでもゲームでもしてると、本来の自分を見失いそうにもなる。特にALLFOというゲームは、演じた役割を補強するように称号や力を得ることが多い。それは単にゲームとして剣士や魔術師としてアバターがカスタマイズされていくというだけでなく、もっと本人の人柄や言動まで見られてアバターが作り変えられていくような、そんな奇妙な感覚。
民衆の敵を担う者には超常の力が与えられ、掲示板の管理者にはそれを支えるための力を与えられ、検証勢には更なる深淵に踏み込むための力が、人を救うものをにはより大きな物を支え世界に挑むための力が、みんなの望む偶像を演じる者には周囲からの好感を得る力が、奇妙な思い付きをしては実行する者の周りでは奇妙な出来事が、何も考えずただただ周囲に振り回されてるだけの者にはそれ相応の結果が、ALLFOでは与えられる。
役作りする役者を支えるデザイナーが演じるキャラに合った衣装や化粧を施すように、ALLFOは人のロールプレイを重んじているように感じた。
しかし、ゲームとリアルは別だ。いつまでもそれに引きずられている場合ではない。ゲームは遊ぶものだ。暇を慰める物だ。ゲームに支配されて遊ばれては本末転倒である。
思考を切り替えるために目を閉じて、右手を左手で脈を測る様に掴む。そのまま左手の親指で右手首の太い血管に少し痛いくらいに爪を立てる。意識を脈拍に集中し、浮ついた心を脈のリズムに暗く深く落とし込んでいく。昔からやっているルーティーンだ。
落ち着いたところで、プライベート用のアカウントに切り替え電話帳から親族の番号へかける。今回は自分にとってもそれなりにメリットがあるから動いたが、元は依頼されてもの。そうでなければあそこまで強気な発言は普段しない。
数コールの内に相手は電話に出た。
「叔父様、目論見通りに終わりましたよ」
『そうか。流石にこの手のことを任せたら君以上の者はいないな』
「本業ですので。ただ、少し歯ごたえが無いですね。あの子みたいに振り回される感じはないです」
『敵に回った分、普段とは違う面白さがあるだろう?』
「そうですね。大変面白いネタを提供してくれるので助かります」
舞台は目に見えている物が全てではない。むしろ舞台裏こそ大忙しで、舞台全体ですらいつでもゴッソリ変えてしまうのだ。
ALLFOの日本サーバーの舞台は更に動く。表裏で暗躍する怪人共によってより面白く、愉快に。
クリスマスゲリラ終了!




