No.Ex 第二章シナリオボス 潮錘の漂片プルハ 弐
ぼっち・ざ・ろっく 今季最強かもしれん………… みんなも見ようね。見て(ダイマ)
プルハ100人モードは、ヒュディよりもかなりイカれていた。ていうか、今自分が生きてる事自体が奇跡に感じた。
プルハの怖いところは、顔や腕が無いから予備動作が見えないこと。
どこを狙っているのか。何をしようとしているのか。イガグリの表情を読み取ることは人間には不可能だ。100万年睨めっこしても表情なんて分かりっこない。せめて赤くなったり青くなったりしてくれれば…………。
今度は何をする気かと身構えていると、コツンと頭に何かが当たった。
さて、ここで少し思い浮かべて欲しい。空から降ってきた大きな雨粒を人間は避けられると思う?うん、無理だよね。避けられないから人間は傘さしてるんだし。
雹の映像って見たことある?昔は車のガラスとかも割れたらしいね。怖いよね。
【涕涙滅家・赤啼】
少し影が差して空を見上げたら、赤白い何かが渦巻いていた。それが、いきなり高速で落ちてきた。
塩の結晶の塊って見たことある?岩塩とかさ。アレの数十cmくらいの大きさの塊が、一気に降り注いだんだよ。
「ぬぎゃーーー!?」
金属性魔法で肉体を強化しつつ、インベントリから取り出した盾を素早く頭の上で構える。
盾は使えるに越したことはない。なんせALLFOじゃ職業による武器縛りが無いからね。使ったもん勝ちだ。何度も練習したし、金属性魔法強化+盾構えは幾度となく俺の命を救ってきた。
ただ、今回ばかりはその頼れる盾が絶望的に頼りなかった。
いやでもおかしくない?初手の攻撃でフィールド全体攻撃って。しかも平均的なパーティーならおそらくこれだけで詰むレベルの攻撃だ。
——————ごめん千鶴。千鶴んプリンうっかり食うたと、実はおいなんじゃ。自分で食うたん忘れたんじゃなか?とかゆてごめん。そういえばチューハイん肴に昨日おいが食うちょった!さっき思い出した!
結晶の豪雨が降り注ぐ直前、過剰な意識の集中が体感時間を引き延ばし妙な走馬灯めいたものを見せてくる。死にそうって本能的に感じて最後に出てくる言葉がプリン食ってゴメンって、それでいいのか俺。でもほんとにごめんね姉ちゃん!酒飲んで本当に忘れてたんじゃ!
そんなくだらない事を考えた次の瞬間、ゾウに踏んづけられたかと思うほどの負荷が瞬間的にかかった。
ドン!じゃなくて、ズドォン!!って感じの衝撃だった。
身体の芯から丁寧にへし折って粉砕する様な衝撃が、盾を貫通してこのひ弱な身を襲う。
ああ、死ぬ!死ぬぅ!………死ぬ………アレ?生きてる?
思わず目を瞑りかけたけど、リスポンしてない?生きてる!生きてるよ!
盾の上に乗った重みを払い除けるように起き上がると、ドサっと地面に何か落ちた。
「おわぁ!?」
そこにはボロボロになったゾンビが転がっていた。生きてる……?いやこれもう死んでる…………ゾンビだから死んでるのは当然なんだけど…………盾に全く損傷がないところを見るに、このゾンビが全部ダメージを代替わりしたのか。
周囲を見渡せば、全員ゾンビが上に覆い被さることで生き残ったようで、役目を果たしたゾンビは赤いポリゴン片になって消えていった。
こんな芸当ができる人は、1人しかない。
でも、どういう能力なんだ?瞬時にバラバラに逃げてる俺たち全員をマークしてその上にゾンビ召喚したの?召喚の範囲もおかしいけど、全員認識できてたってこと?
あ、そうか。集団指揮何度もやってるせいで、人の動きを追うのに慣れてるのか。それにしても、先読みしてないとこんな芸当………………。一応ヌコォっちには先読み系のスキルがあるらしいけど、ボスの攻撃まで完璧に見えるって感じではないらしいし。
GBHWで顔合わせした時、『祭り拍子』はマジでヤバいメンツだって思った。
ヌコっちは元々桁外れの精確さを持つキリングマシーンって有名ではあったけど、トン2って名乗ってた沖田練華や、鎌鼬と名乗ってた土御門露奈はマジで比較にならんほど有名な人だ。日本のアイドルとも言える。日本人で知らないって人はマジでいないと思う。
ユリンくんやスピ姉さんは、正直ゲーム以外は疎いせいで最初は分からなかったけど、調べてみれば凄い経歴だった。
共に公式戦ではほぼ無敗。スピ姉さんはリアル格闘技系の中でも最も激しい戦闘を行う過酷な競技で、そんな競技で命を削りながら10年近く無敗を貫く絶対王者。ユリンくんは年齢の関係で世界大会には出てないけど、非公式戦では既に世界2位を一度下してる化け物級の新星らしい。世界大会に出場してる日本人は、誰も勝てないらしい。オリンピックに出た瞬間、メダル獲得は堅いだろうし、沖田練華や土御門露奈級の知名度になるだろう。
だから、てっきりネオンちゃんも何かあるのかと思ったけど、普通のJDらしい。確かに普通の女子大生ぽかった。何もなさすぎて逆に怖かった。まあ、持久力に関しては凄かったけど。
何時間戦ってても、全く疲労感が出てこないのは才能だと思う。1人だけ初めから終わりまでペースが変わらなすぎて怖かった。アレだけは逆立ちしても敵わないと思ったね。
その中で、俺のプライベートを掴んで脅してきたファーストコンタクトのせいで、ノートさんの印象は『不気味な人』だった。
確かに、周囲に居るメンツは凄いし、その人たちを引っ張るカリスマもある。人心掌握を呼吸するようにやる。本来、あんな歪んだチームは破綻しかねないのに、ノートさんは彼女達が互いに喧嘩せず、尚且つ自分から離れられなくなる様な言葉を的確に送れる。言葉を選ばなければ、クズ男のスキルが異常に高い人だった。あれは…………意識してやってるのかな?恐らく、半分くらい無意識なのかもしれない。それが無意識になるくらいには、あの人は人間同士の間にあるバランスが見えているんだろう。
けど、プレイヤーとしてはそこまで突出しているようには見えなかった。
よく言えば絶対に足を引っ張ることはないけど、目を見開くようなスーパープレイができるスター選手には決してなれない人。苦手なことが無いのは凄いことだけど、それもある程度練習するすればある程度の人もできるだろう。
反射神経も、運動神経も、空間認識能力も人並み。実際の戦闘中の一部分だけの動きを見れば、器用貧乏…………とまではいかないけど、器用凡人って感じ。
カリスマに裏打ちされた指揮能力もあるけど、その指揮能力も凄い緻密に着実にやるタイプじゃなくて、危険な橋を渡りまくる勢いで指揮しているタイプだ。凄いけど、半分くらいはユリンくんたちの力ありきの指揮、なんて思ってた。もし戦っても、ユリン君たちさえ落とせば、あとは裸の王様だってね。
でも、一緒に遊べば遊ぶほど、知れば知るほど、脅威度は跳ね上がっていった。
凡人指揮タイプで、ノリと勢いで突き進み、時にはユリンくんたちのフォローといった無茶な事もしている。しているのに、なぜか最後に立っているのはノートさんなのだ。
高い生存能力がある様に見えないのに、何故か死なない。むしろ自分が率先して危ない橋を渡ってるはずなのに、死なない。
死なないどころか、最終的に敵に一番の損害を与えているのはノートさんなのだ。
ノートさんは、多分人とは違う何かが見えているタイプなんだ。勢い任せの指揮には後々で考えてみると色々な狙いがあって、ただただ成果を求めるだけでなく、全員ができるだけ楽しめるような指揮ができる。
GBHWでもそうだった。いつの間にか知らない人を援軍に引き込んで、ノリで突撃していくのに大戦果を挙げて帰ってくる。妙な器用さを発揮して、思いもよらないことを仕掛ける。
ユリンくん達の目に見える力に引き寄せられてしまい、皆は真っ先に目立つ大駒から落とそうとする。『祭り拍子』をよく知る前だったら、メンバーの中で誰を一番最初に潰すべきか問われた時、初手は攪乱が強すぎるユリンくんかサポーターとしては最強クラスのヌコっちを優先して倒すように俺も答えただろう。
しかし、『祭り拍子』の実態が少しずつ見えてきた今だと、それはとんだ見当違いな回答だと分かる。一番真っ先に落とすべきは誰なのか、今ならわかる。
幾度も幾度も、一撃で全体を壊滅できるような攻撃を立て続けにプルハは使ってくる。なのに『祭り拍子』は当然として内通者組も未だ脱落無し。
プルハの性能を調べつつ、ユリンくん達に指示を出し、召喚した死霊を操り、同時にフィールド全体を見て俺達が死なないように位置調整などをしたり、かと思えばなぜか死霊に跨りノートさん自身が前線に出ている始末だ。何考えてんだ?と思うような危険な行為だが、全てを首の皮一枚で凌いでいる。
単純なプレイヤースキルでは絶対に勝っている筈なのに、客観的に見て総合パラメータでは上回っている筈なのに、ノートさんだけは何故か勝てるビジョンが浮かばない。目を離すと何をしてくるかわからない怖さというか、だんだん人間のフリをしてる何かと考えた方が分かりやすい思考回路している気がする。
もし『祭り拍子』と遭遇したら、真っ先に仕留めるべきは、間違いなくノートさんだ。
そんなノートさんに速攻で白旗を上げさせるプルハの性能は、普通にバランス調整ミスとしか言えないようなレベルだった。
ヒュディはボスなのに意外と搦手を使ってきた印象だったんだけど、慣れてくれば初戦は余裕だったね。技名を見て、その都度適切な対応を取っていれば難しい敵ではなかった。技として直接攻撃してくるのが泥の弾丸だけだから、それと泥の波さえなんとか対処すればダメージは抑えられたしね。
逆に、弾丸によるダメージが対処できるレベルを上回ると途端に強くなるタイプで、周回を断念した時も、前衛がすぐに弾丸で落とされたからという理由だった。
対して、プルハは技として放ってくる攻撃以外の部分も異常に厄介だった。特に、あのイガグリのボディと、それを覆う塩の鎧、そして周囲を旋回する塩の結晶壁だ。
ユリンくんが空を飛んでプルハの隙を探っているが、そのユリンくんを追うように塩の結晶壁の一つが回転しながら追尾している。もはや戦闘機のドッグファイトだ。空からの襲撃に弱い敵って割と多いんだけど、プルハは360度対応してくる。それに普通に対応して空中戦できてるユリンくんもユリンくんなんだけど、今はアレで手一杯なようだ。
結晶壁が一枚少ない間に隙にトン2さんが距離を詰めていくが、1mくらいの小さいタイプの結晶壁が殺到する。スピードは130㎞/hほど。目で追えないスピードではないが、数十枚もある。普通のプレイヤーならもはや詰みなんだけど…………。
あの人には、何が見えているんだろう。
トン2さんは追尾性能がある結晶壁の性質を読み切り、ヌルリと液体の様に避けながら結晶壁同士を衝突させ、最低限の力で結晶壁をパリィして凌ぎぎった。
結晶壁が追尾してくる前提で動き、追尾性能を逆手に相手の攻撃を無効化するって、化物?
そんな神業的曲芸が披露されている一方で、ドンッと花火の様な音がした。ALLFOではないはずの発砲音だ。地獄の国からやってきたような馬車の上から拳銃で鎌鼬さんが狙撃している。反動がヤバいらしいけど、的がデカいのでこのような時は本当に有利だ。ただ、その分ヘイトの貯まり方は酷いようで、かなり離れているのに結晶壁が鎌鼬さん目掛けて飛び始めた。
けど、当たらない。スピ姉さんが凄い勢いで弾いてる。なんで素手であのデカイ塊を凌げるんだろう?単純なスキルの強さだけじゃなく、力をうまく消すリアル方面の技術がおかしい。格闘技のプロとは知ってるけど、怪物相手の戦闘でも通用するもんなの?
うわ!急にプルハが揺らいだ。なんだ?バッドステータス?そういえば、ヌコっちの姿が無い。相手からステータスや耐性まで奪う奇妙な初期限定特典らしいけど…………もしかしてプルハの目を掻い潜って何かをしていた?
そんなプルハに追い打ちをかけるように、紫電の魔法がプルハに直撃した。やっぱ威力がおかしいよあの魔法。
けど、プルハの様子も変だ。なんだ?砂漠が揺れている?
【靆蒐塩劇・黄臆】
初めて見る技だ。次は何だ?
第一章のシナリオボス、雲泥の遺児ヒュディは主に七つの技を使ってくることが判明していた。ヒュディの情報に関しては周回用に詳しく纏められており、わざわざスレで嘘情報に泣かされつつ確かめる必要もない。外部のサイトで知らべれば、それぞれの技の対策方法まで書かれている。
だけど、ノートさん達曰く、最大エントリー人数モードの《天遥理虚》だと、更に強力な技を2種類持っているらしい。加えて、一般で知られている技の上位互換の様な技を使ってくるらしい。名称にも、“色”と感情に類する字が付け足されるとか。
今回の技だと、『黄臆』という部分が、《天遥理虚》モードで付け足された部分かな?黄色い臆病って、なんだ?
ブルブルと怯えるように震えだしたプルハから、一際赤い結晶片が何十、何百と一斉にフィールド全体へ振りまかれた。大きさにして、約20㎝程度の欠片だ。欠片そのものには対して殺傷力はなさそうだが、ノートさんは何かを感じ取ったのか死霊を大量に召喚して砂漠に刺さった結晶片を即座に破壊しようとした。
だが、破壊できたのは全体量から見て1割程度か。
赤い結晶が砂漠に突き刺さると、周囲の塩が集まって棘がたくさん生えた奇妙な生物になっていく。
形状的には、直径2mほどのトケイソウという花のど真ん中に3m程度のラグビーボールを突き刺して、そのラグビーボールに大量の大きな棘を突き刺したような何とも言えない形だった。
そんな奇妙な生物なのか機械なのかよくわからない物はフワフワと浮き上がる。その浮遊する奇妙な姿は、UFOの様にも見えた。
そんな奇妙な棘の回転体は高速で回転し始め、ノート達を群れで追跡し始める。
「うわ!うわわわわ!?」
姿がハッキリと見えないほどの回転速度はもはや兵器。あの棘だらけの形状は触れただけでズタズタになりそうだ。
問題は量とスピード。量は数百、スピードはおそらく15㎞/h。スポーツ自転車がそこそこの勢いで突っ込んできている感じだ。
牽制用に魔法を飛ばしてみたけど、ダメージらしいダメージが入っているように見えない。かなり基礎防御力が高いと見える。
かといって物理で凌ごうにも、回転する物体にぶつかるのはリスキーだ。サイズもサイズだから、下手にぶつかると体が吹っ飛ぶ。
追尾の仕方が凄い独特で軌道も読みにくい。なんて言えばいいのかな?独楽の様な動きをするんだよね。ヌルリと追尾してくるというか。
あああああ、もぉーーー!こちとら後衛だっての!逃げ回るためのパラメータじゃないんだって!
しかし、泣いても喚いても手加減されるわけではないので、ひぃひぃ悲鳴を漏らしながらもなんとか躱す。躱しつつ回転体の機動を誘導して、回転体同士がぶつかる様に調整する。
幸い、プルハが作り出したこの回転体たちはアホだった。味方同士でぶつからないようにはしてるみたいだけど、第一優先はプレイヤーをすり潰すこと。うまく避ければ回転体同士が激突して双方ダメージを負う。
ただ、独楽同士がぶつかった時の様に、回転体同士が激突すると凄い勢いで反発して動くんだよね。それに巻きまれたら一発アウト。回転体同士をただただぶつけるだけじゃ対処はできない。
ヒュディの時にも思ったけど、従来のVRMMORPGと違ってALLFOは魔物ごとに独自の思考回路で動いている様に見える。ヘイトを集めて盾役となるタンクだけを攻撃するだけじゃなくて、後衛を積極的に殺そうとしにきたり、ヒュディやプラハの様にヘイトを無視して全体に向けて攻撃したり。
パッと見た感じ、プルハも回転体も1番危険な存在を理解しているのか、『祭り拍子』の面々を集中攻撃している様に見える。俺なんかの比じゃない。俺が死の危険を感じてる攻撃は、ちょうど近くにいたのでついでに攻撃したくらいの攻撃でしかないのだ。
ただ…………『祭り拍子』ってみんな化け物すぎるんだよね。
なんかのスキルを使ってるのか、回転体に動じず木刀や徒手空拳で纏めて回転体を吹き飛ばし、回転体同士をぶつけて後衛を守るスピ姉さん。こう、何て言えばいいんだろう?動きの中に恐怖心が一切ない。VRだから現実ほど痛みなんて感じないし、死にはしないんだけど、本能的に感じる危機感だけはどうにも出来ない。なのに、笑いながら回転体をブン殴ってる。ガサツに見えて、回転体に身体を引きずられることもない。完璧なタイミングで接触して効率よく衝撃を回転体に与えている。
鎌鼬さんは激しく動く馬車の上から1発撃つだけで数体一括で仕留めている。
あの拳銃にはスコープが無い。反動も酷くて思った方向に飛ばない時もある試作段階に近い代物と聞いている。けど、鎌鼬さんがそんなジャジャ馬拳銃を使えば、忽ちジャジャ馬も従順なG1馬だ。回転体は一点集中の攻撃に弱いらしく、鎌鼬さんは一番の天敵に見える。
多少はスキルや魔法で補正がかかってるだろうし、モーション補正もあるだろう。けど、補正に操られている様な動きの違和感が無い。VRで銃器を使うとありがちなんだけど、最初はみんなモーション補正に慣れなくて凄い不自然な動きになるんだよね。サイズが超小さいシャツを着て、その上に超ブカブカのコートを着せられているみたいな感じ。
その不自然さが感じられないという事は、鎌鼬さんの狙撃はモーション補正が理想としている動きを素でできているという事。一体どれほど撃てばあの領域に至るのか…………。もはや年齢詐称を疑いたくなる。銃の癖まで含めて完璧に体で覚えているんだ。
一方で、一際目立つというか、曲芸じみた事をしてる人もいる。トンットンッとスキップする様に回転体を足場にして空中をスキップし、時に槍で刺しつつ、時に盾で衝撃を凌いで、逆にその衝撃を利用して大きく移動する。
トン2さんには、何が見えているんだ?俺が泥臭く地面を転がりながら逃げて回転体同士をぶつけてたのに、あの人は単独で数十の回転体を相手にしていた。誘導が自然すぎて、まるで回転体がワザと他の回転体に激突している様に見える。
破壊神——————オリンピックの時、そういう見出しで彼女は記事になっていた。
ゲームばかりで世間一般というものにあまり敏感じゃなかった当時の俺でも、流石にオリンピックの花形競技くらいは視聴した。競技人口が多い為に、自然と世代の移り変わりも激しいVR殺陣。フィールドも特殊ながら使う近接系武器もなんでもありという自由度の高さは、競技者のオールラウンドな実力が試される。
試合によってはかなり地味な展開にもなりかねない競技だが、上位陣が堅実な守りを主流としていた当時、彼女だけは非常に攻撃的なスタイルで対峙する者の悉くを心と共に破壊した。
史上初の2連覇がかかってるから注目度が高かったのは当然なんだけど、それ以上に彼女の試合は見ていて爽快で、その分対峙した者は彼女の恐ろしさを知る。
人間の動きとは思えないほどの曲芸じみた回避、手脚以上に柔軟に動く様に錯覚するほど多彩な動きを見せる武器、力の流れを完璧に支配していると思うほど敵が面白い様に吹っ飛んだり転がったりする。
チーターだ!そう叫んだ選手がいた為にその場で検査が行われた事もあったが、彼女から異常は一切検知出来ず。むしろチーターと叫んだ選手の方が色々と小細工をしている事が発覚し、本来不利な状況にあって尚対戦者を粉砕した彼女が如何に化物かを裏付けるだけのエピソードになった。自分がチートじみた事をして戦っているのに、全く勝てない。だから敵もチートを使っている。そう思ってしまっても仕方が無い。
けど、ALLFOの沖田練華は試合で見た時よりもさらにノビノビと動いている様に見えた。いくらスキルの補正があると言っても、ある程度のレベルを超えた瞬間の動きは本人の才能据え置きになる。
二次元で戦うと処理がキツイから、空中まで使って処理する。言葉にするのは楽だけど、実際にそれがぶっつけ本番でできる人が果たして何人いるのか。サーカスでもあんな曲芸見たことない。
ユリンくんは………………なんか、1人だけ別ゲーやっている様に見える。ぶっちゃけで目で追うのが精一杯のスピードで飛んでおり、回転体が全く追尾できておらず無理にコースを変えようとして回転体同士で激突している。素で立体機動できるユリンくんにとってみれば、回転体は大した脅威にならないのだろう。
ただ、空を飛べるのは特典の効果だと言っても、それを使いこなせるかは使用者次第だ。人間は空を飛ぶ為に進化した生き物じゃないし、レバーやハンドルで操作している訳でもない。全て自分の頭の中で機動を描いて動きをコントロールしている。速さのパラメータが上がれば認識性能はある程度上がるけど、あの速さは人間が制御できる速度なの?しかもその上で回転体の間を縫う様に高速で移動して撹乱しているのを見ると、高速で動きながら回転体の動き全てを見切って、更に適切な飛行ルートを瞬時に選んでいることになる。運動神経、反射神経、情報認識能力、情報処理能力、計算能力が全て人間離れしてないと、あんな芸当不可能だ。
堕天使というか、小さな戦闘機だよね。
インベントリから投げつけたと思われる爆弾がプルハにぶつかる直前で回転体に阻まれたけど、爆弾を投げ出すと本当に戦闘機に見えてきた。
ヤバい。GBHWでも銃まで滅茶苦茶上手かったし、弱点が無さすぎる。
ところで相変わらずヌコっちが見えない…………と思ったら、急に回転体の動きがおかしくなった。まるで何かに絡まったかの様に回転体の動きが鈍くなって地面に落ちる。
一体何が?…………んん?縄?回転できずに鈍くもがく回転体の方へ避難する様に逃げていくと、何が回転体を落としたかわかった。透明な縄だ。
それを回転体に引っ掛けて、無秩序に回転する回転体同士に絡める事で互いに解けなくしている。回転体の動きを読み切って、緻密に計算し、空間を見事に支配した。透明になれるとは聞いていたけど、それを最大限に活かしたムーブ。ヌコっちの仕業か。
過去の試合映像を見た時も思ったけど、ヌコっちは俺と似ているタイプだ。割と自分自身で得点を上げにいく様に見せかけて、全体のフォローをする。裏方でチマチマ布石を打って、一気に捲り上げていく。
サポーターとして既にプロでもトップクラスな実力を持つ、正確無比な司令塔。そこに目をつけてウチの事務所もヌコっちをスカウトした。近接の撃ち合いから狙撃まで苦手分野もなく、鉄砲玉にも司令塔にもなれる射撃のオールラウンダー。たまに突拍子も無い策で意表を突く事でも有名だったんだけど…………戦略の師匠らしい師匠が一切知られていないのもヌコっちのミステリアスさを大きく上げていたんだけど…………多分、ノートさんのやり方に着想を得ているんだろう。
ヌコっち本来の緻密さに、ノートさんの勢いで全てを破壊する様なパワー指揮が組み合わさる事で敵は翻弄されてしまう。
恐らく当人が火力を出せるようになれば化けるんだろうけど、裏方に徹する方を優先している様だ。ヘイトの変動率も計算しての動きだろう。自分を徹底して殺せるというのも特異な才能だ。なんて思ってたら、急に自分にバフがかかった。一体誰が?いつの間に?しかも見たことのないバフだ。譲渡?どういうこと?
ノートさんからは、ある程度『祭り拍子』のメンバーについては聞いているし、実力もGBHWで間近に見ることができた。故にプレイヤースキルについては把握できているけど、ALLFOではどんな能力があるかどうかはザックリとしか聞けていない。
無論、隠せない部分はある程度聞けている。ノートさんの死霊術、ユリンくんの堕天使、ネオンちゃんの大火力魔法。これは見ればわかる。あと、ヌコッちが姿を消せる力があることは聞いている。これもスレで詳しく情報を漁っていれば、推察可能だからだろう。
スピリタスさんは格闘、トン2さんは化物じみた近接戦闘能力、鎌鼬さんは射撃。これも身元がわかれば簡単に予測できる。GBHWでも散々見たし。
ノートさん、情報を開示しているように見えて、少し知恵と捜査力があればわかることしか開示してないんだよね。たぶん、万が一俺が裏切った時のことを想定しているんだろう。そしてそれを隠す気もない。下手すると、俺が裏切った時の為に幾つか嘘を付いていても不思議じゃない。
喜び勇んで俺が『祭り拍子』の情報をばら撒く。その中に致命的な嘘が紛れていて、ノートさんはそれを利用してカウンターを行う。その時起きた大損害に関して、誰が問い詰められるのか。俺だ。
あの時、身元もすんなり明かしていたけど………それも疑わしく思えてきた。
考えれば考えるほどノートさんの術中に嵌められているようで、ちょっと癪に障る。嘘と真実を平気な顔をして織り交ぜてくるから、余計に何を信じればいいかわからない。
だけど、今はノートさんを疑っている場合じゃない。魔力と防御力向上に、移動補正のバフ。正直スピードバフが欲しかったけど、VRはスピード系を軽率に上げるとプレイヤーがついていけなくなるから滅多にない。諦めよう。
…………そう考えると、やっぱりGBHWの技術力っておかしい気がするけど、気にしない気にしない。
けど、このメンバーが揃っても、プルハ本体にダメージらしいダメージを与えることができていない。
これ、本当に倒せるの?
初期限定特典➓
【クヌム】
杖型の初期特典。一定の指定した領域にルールを作成する。領域に入ったものは敵味方関係なく適用される。最大の強みは安全地帯を作成出来ること。フィールドの属性に限定的ながら干渉をすることも可能で、うまく干渉すればそれだけで敵を大きく弱体化できることも。能力の強化次第では指定領域と干渉力が上昇し、音声の伝播なども可能になる。
直接的な攻撃としては、泥や土石流の扱いに長け、魔法として使うことも、泥人形を作りだして使役することも可能。少しヒュディに似た要素がある。ただし、汎用性は高くないのでやはり味方がいた方が強い。
簡単に言えば、魔術、付与術、タンク、指揮の全てをこなすことが出来る特典。




