No.276 デゲラ
No.Ex黄金世代、No.270β黄金の夢 参照
『ようやくだな~。ここに漕ぎつけるまで長かったなぁ~。シシシシシ、なんか顔が疲れ切ってねぇか?』
「当たり前だろ。今、4時だぜ?」
『そーいや、昨日は朝の3時からボスと殴り合ってたんだっけ~?よーやるわホント。体だってそろそろムチャできなくなるぜ~』
「逆にお前はなんでそんな元気なんだ」
『こちとら張り込みとかで慣れてんだよ。てかそもそも寝起きのお前と違って、俺の方は寝てねーんだよ。あと、家事とか雑務とかを全部やってくれる人がいるでな~』
ノートは疲れ切った顔で、端末の前で熱いほうじ茶をすすりながらため息を吐く。
一方、ビデオ通話の相手はノートと同い年のはずなのにやけにピンピンしていた。
髪を脱色しており、銀色に染めていた。如何にもチャラチャラした感じの見た目である。軽薄な感じを更に増すように、ピアスやチェーンネックレスをつけっぱなしで、よく見れば到底寝起きとは思えない姿だった。
「この状態で、お前、『デゲラ』の続きをしながら喋ろうは頭おかしいって」
『シシシシシ、お互いこっからが一番忙しいからな。ここぐらいしかまともに長時間話す時間ねーだろ?』
『デゲラ』とは、将棋にフィールド効果や駒数、天候などの要素を大量に取り入れたような1対1の戦略ゲームだ。昔、軍師たちが戦略を学ぶためにやっていたゲームを原型としており、できることは非常に多い。
その手のストラテジー系のゲームは漁れば大量に見つかるのだが、『デゲラ』はその中でもとある理由で有名だった。
それはルールのシビアさと、推奨プレイ時間、それでありながら、性格が悪い奴が勝つと言うとことん友情破壊に特化したゲーム性だ。
『ルールブックが六法全書級で、最終的にはルールブックの角で殴り合うリアルファイトになるゲーム』
このキャッチコピーだけで知っている人はそれがデゲラの事だと分かる。
狂っているのが公式の出している推奨ゲーム時間。その時間、なんと120時間。
買い切り型の大作ソロゲームを全ての実績を回収する勢いでやり込めば、100時間くらいは軽く超す。
だが、デゲラはあくまで将棋などと同じ1対1のゲームだ。単なるゲームのたった1戦で、推奨120時間という狂った時間を提示してきたこのストラテジーゲームは一部界隈で有名になり、ゲームが出た当時、有名な実況者たちが話題性欲しさにこのゲームに手を出しては敗れ去り、ついに最後の勝敗が着くまでしっかりとやり切った実況者が現れた時にはネットニュースになるレベルだった。
間違っても、報告会のついでに手慰みにやるゲームではない。
「新田原はさぁ、デゲラ好きすぎなんだよ。お前との会話っていつもセットでデゲラやってる記憶あるんだけど」
『だってさぁ、お前ぐらいしか付き合ってくれねぇんだもん。例えゲームできる程度にルールを覚えても、決着つく前に険悪な空気になって大体逃げ出すし。ルナもデゲラだけは無理、って言い切ったし。付き合いきれないって初めて言われた』
「いや、それは当然だろ。リントも『これだけはヤダ』ってハッキリ言ったし。乗ってきたのはジアくらいだな。は~~~~、どこまで前回やったっけ?」
『俺がお前のH1の要塞を『内通者』使って落として、代わりに俺の領地でお前がプロパガンダ撃った』
「あ~、だんだん思い出してきた。どさくさに紛れて指導者暗殺したな」
ノートは眠そうにあくびをしながら端末を操作して、デゲラを起動する。すると、目がちかちかするほどのパラメータがズラリと表示された。
ノートはプロパガンダを撃った都市に潜伏させていたミュータントに敵研究所の破壊を命じると、眠気覚ましに非常に硬いガムを噛み始める。
『あん?おまっ、いつの間にミュータントを!』
「んで?進捗は?」
『どっちだ?ゲームか?それともカウンセラーとしての依頼の方か?』
「…………カウンセラーの方を先で」
『はいよ。まぁ後で報告書は別途送るけど、取り急ぎ伝えた方がいいことは先に伝えとくぞ』
「助かる…………って、おい、お前もミュータント使ってんじゃん」
ノートと新田原と呼ばれた男は、非常に難解で1手進めるにも5分以上欲しくなる盤面を動かしつつ、情報を共有し始めた。
『―――――――――てな感じで、お前の予想は概ね当たってた。あれはネグレクトだな。しかもかなり酷い。親はAIのチェッカーに引っかからないように上手く誤魔化してる分尚更タチが悪い。実際覗いてみたが、家の状態も酷いもんだった』
「…………そうか。次はそれを念頭に話を進めるか」
『一先ず、これで調査依頼を受けていた子たちの報告は終わりだな』
「ん。サンキューベリーマッチ。金はいつも通り振り込んでおく」
『へいへい』
新田原新は、ノートの中学生時代からの付き合いである。実際に親友と言えるほど仲良くなったのは高校生になってからではあるのだが、どのみち長い付き合いなのは間違いない。
その付き合いは大人になっても続いており、仕事の面でも2人は強い結びつきがあった。
そして、それはゲームでも。
ノートは初期限定特典に当選した時、新田原にはそれをすぐに話していた。初期ロットでは落選したものの、新田原はノートの話を喜んで聞いていた。また、面白いことやってんな、と。
そして、第二期の抽選で当選した新田原は自分の方からノートに持ち掛けたのだ。俺がお前の内通者になってやろうか、と。
新田原以外にも既にノートは情報を流してくれるメンバーを見つけていたが、情報収集能力と信頼性、両方を満たし、ノートの密命を完璧に任せられるほどの人はいなかった。内通者と言っても、それを束ねられるヤツがいなかった。ノートにとってはそれが長らく課題だったのだが、その愚痴を聞いていた新田原がまとめ役に名乗り出た。
『スレの火消しぐらいはいくらでもできるんだが、本格的に激突するとなると俺もそろそろ海外とかに移ろうかな。今回で派手に動いたし、先生にも流石に俺が潜り込んでるってバレるだろうし』
「決闘が終われば開通するから、どさくさに紛れて逃げることは可能だろうな。手引きはいるか?」
『いや、独力で行ってみようと思ってる。お前ら裏ルートでアメリカ目指すんだろ?俺は正規で中国の方でも行ってみようかなって。ちょっとした旅行気分だな』
「あ~、もしかして、お前予行演習のつもりで、あっ」
『おっ?』
ノートが人影に気づき言葉を途切れさせると、新田原も異変に気付き後ろを振り返る。すると、いかにも清楚な感じの美女が湯呑を持って奥の部屋から出てくるところだった。
「ルナさん、おはようございます」
『どうも』
一応ノートはビデオ通話越しに挨拶したが、清楚系美女は新田原の前に湯呑を置いてペコリと軽く頭を下げると、特に話すこともなくすぐに奥の部屋へ戻っていった。
清楚系美女が奥の部屋に行くまで何とも言えない無言の時間がノートと新田原の間に流れ、扉が閉じる音がした瞬間新田原は画面に顔を近づけて囁く。
『ルナが起きてるから其れに関して大きな声で言うなよ。まだ隠してんだから。俺と生活スケジュール合わせるためにこんな時間でも起きてんだよ』
「それ先に言ってくれ。俺もヒヤッとしたぞ」
お互い、中学生の時からの付き合いだ。思い出したら悶絶するようなことをも双方知っており、親兄弟相手でもなかなかしにくい話まで打ち明け合っているし、互いが良き相談相手だった。
「で、どうなの?指輪は結局どうしたの?」
『婚約指輪の方はもう注文した』
「…………何度も言うけど、生き急いでないか?」
『いや、高校からずーっと付き合って、表に裏にと生活まで支えてもらって、お互いの親にも面識がある状態で、何年も保留にする方が変じゃねーか?むしろハッキリせずに放置する方が不義理だと思う。お互いする気があるならそれでよくねーか?』
「うっ、やめてくれ新田原。その言葉は俺に効く」
『そうでしたね、断定できるだけも6股のクソ野郎。でも遂にジアさんに折れたんだろ?あの人、ガッツリ外堀埋めにきてるぞ』
まるで日の光を浴びた吸血鬼の様に、新田原の言葉と真剣な目にノートが悶える。
ノートの事は一番の親友だと新田原だとは思っているし、例えピンチになれば全財産投げうってもいいくらいには信頼している。それはそれとして女関係だけは一切擁護の出来ないクソだと思っていた。
頭を抱えて身悶えする親友に、新田原はジト目を向ける。
「こう、こういういい方は絶対に良くないんだけど、確実にお前の空気にあてられた。婚約しようと思うけどどうアプローチした方がいいと思う?なんて相談されたら、どうしてもさぁ、俺の意識にも刷り込まれるって」
『いや、言い訳でしょ。きっかけにはなっただろうけど、それで揺らぐくらいならそこまでこじれてないだろうし。自分で思ってるより覚悟決まってきたんじゃんねーの?』
「自分の事は自分が一番よくわからん。でも、一時の気の迷いで頷いたつもりはないんだ。けど、それはそれとして、どうすんだ俺、って感じで」
『土下座して殴られてこい。ダメなら駆け落ちだ。それで大方解決するだろ。駆け落ちなら手伝ってやれるし、喝が欲しいなら俺が本気で殴ってやるよ』
「…………冗談じゃなくて、マジで殴ってくれと頼むかもしれない」
『シシシシシ、そん時は女の子達の親がドン引きする程度にはボコボコにしてやるよ。…………お前がさ、その、家族の件で余計に拗らせてるのはよく知ってる。それでも俺は、お前が周りを不幸にして勝手に完結しようとしたら、ぶん殴って目を覚まさせてやっからよ。雲類鷲もにこにこしながら一緒にやってくれるぞ多分』
普段の様子とは一転、自信なさげにうだうだして弱り切った親友の姿を見て、新田原は揶揄うように笑う。
ノートもそんな親友の表情を見て、微かに脱力する様に笑みを溢した。
「そんじゃ、割と蛇行したけどALLFOの方の話聞こうか」
『逃げたな?』
「今日はもう勘弁してくれ」
『はいよ。と言ってもよ、あんまりガチガチにやると先生に察知されるからアドリブだらけでやろうっていう無茶苦茶なプランだけどさ~。やるべき事は大半終わってるよな。検証勢の焚きつけも完了してるし、PKの中でもこっちについてくれそうなヤツは見つけることができた。ただ、先生は取り巻きが多すぎて本当に動きが読めん。最大限警戒をしてくれ…………なんて、弟子に言うまでもないか』
「いや、新田原レベルでも足跡を追えないのは一定の基準になる。で、当日の動きなんだが、決闘時にプレイヤーに表示される陣営マーカーの誤魔化し方が見つかった。俺達は例の姿を変えるブレスレットを使って―――――――――――」
湿った話から一転、2人は意識をシフトする。今まで組み立ててきた物が、遂に真価を発揮するのだ。
そして、また、裏でこそこそと陰謀は進んでいく。
一番の親友だけど、パラノイアすると双方真っ先に殺し合うタイプ。




