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No.257 ボーラ

本日3倍海王拳



「ネオンもだいぶ撃つのが上手くなったな」


「えへへ、そうですか?戦車で缶詰されてたから、ですかね?」


「スピリタス、ネオンが逞しくなっている。俺泣けてきた」


「いや、ノートが平気で地獄に道連れにするからだろっ!?ネオン、しっかりしろ!コイツ何も言わないと際限なく無茶な事言ってくるからなっ!」


 あみだくじの結果を受けて、ノート達はキサラギ馬車改に乗って東北東に向かっていた。基準点は赤月の都の裏口、深霊禁山へ出る裏口だ。


 偶にある亀裂は何のその。馬力と装甲を更に強化されたキサラギ馬車はフィジカル特化の巨猪と真っ向からぶつかっても跳ね飛ばすほどの力を手に入れていた。そしてその弾かれたところをネオンが馬車に備え付けられた大型銃を使って確実に仕留めてトレインを防いでいた。


 走る以外の運動神経が割と微妙なネオンだったが、そんなネオンにとって射撃時に起きるモーション補正はむしろ馴染んだ。考えすぎて動けなくなるタイプで、体で根気よく覚えるしかないタイプにとって、動きを強制してくれるモーション補正は迷わなくて楽なのだ。今ではネオンもモーション補正ガチガチならかなりの確率で狙撃できるようになっていた。

 無論、それができるくらいGBHWで散々揉まれたというのも大きいのだが。


 GBHWでは主流である近接ハイスピード戦が得意ではないネオンが結局行き着いた一番得意なスタイルは装甲車の銃撃。あるいは戦車の中から一方的に撃ち続けるスタイル。

 だが、装甲車をアビリティで更に強化して防御力をあげても無事である保証はない。そもそも運転がハチャメチャなので車の中でも視界がガタガタ揺れまくる。車ごと20m程度吹っ飛ぶ、ビルから落ちる、落盤に巻き込まれるなど当たり前。戦闘機に括り付けて飛ぶなどという馬鹿みたいなことも経験させられた。

 そんな状況の中で射撃をしろと言われたネオンも、ノートの指示とは言え流石に「そんな無茶な」と最初は思ったが、人間とは慣れる動物である。ポテンシャルはあるのに、自信の無さから最初の一歩を踏み込めないタイプの人間であるネオンにとっては、無茶苦茶でもいいからとりあえず「やるんだ!やればできる!お前ならできるから、俺がケツ持つから兎に角やれ!」と言われた時の方が能力を発揮する。


 特にコツコツと試行するたびに身体で学習するタイプのネオンは、沢山の失敗を繰り返して徐々に、徐々に、一歩ずつ、理想へと修正をかけていく。正方形の木材をやすりで静かに磨き球体を作り出すように、ネオンは丁寧に学習していく。

 普通の人間なら、角を切り落としてザックリと球体に近づけていく。やすりで磨くよりもよほど早い。しかし、そのやり方だとどこかで妥協してとまる。

 ネオンの場合は一からやすりを使うので、初動は人よりも非常に遅い。しかし、その分粗がない。時間さえかければ、より理想形に近づけるのがネオンという人間だった。そして、ノートはそのネオンのやすりをより上質な物にしてやれる人間だった。目指すべき理想を示してやることができる人物だった。


 GBHWで磨きをかけてきたネオンにとって、多少揺れる程度の馬車から十数メートル先の敵を撃つ程度もはや緊張することもなかった。


「もう俺より上手くない?」


「中距離なら確実に負けんだろな」


「そっか………そうか………………」 


「んだよ、落ち込むなって。ネオンは普通に凄いんだってっ!拗ねんなよも~。子供かっ!」


 モーション補正との相性が高いという不思議な才能を持っていたネオンは、既に単純な射撃だけならノートよりもうまかった。常日頃から周囲の女性陣にプレイヤースキルで負けているノートにとって、またしても実力で抜かれるというのは男としてのプライドを傷つけられることだった。


 運転席の隣から次々と獲物を仕留めて道を切り開くネオンに対して、軽く落ち込んでいたノートをスピリタスがあやすようにハグする。


 そんな感じでノート達はキサラギ馬車に乗って、アラクネ・ラミアの巣の北側をノート達は移動していく。

 深霊禁山は杉系の木が多く生える起伏の激しい山だ。その中には小さな川や池などがあり、縮尺の狂ったような生物にさえ目を瞑れば、葉が光を遮り暗さが覆う中で僅かに光が差し込む様は、静謐で神気の満ちる森に感じることだろう。


「深霊禁山をメインで支配しているのは、主に猪、狼、鹿、猿だな。そこに加えてまばらに動物がいる。アホみたいに早い兎とか、鳥とか、蝙蝠とか、イタチとか、狸とか……………全部魔物だが」


「基本的に山にいる生き物だが、熊ってみえねぇよな。2の森では見たって聞いたが」


 1の森は主に昆虫や小動物が統べる森。あるいは、ゴブリンや野盗などの人型練習用の敵性MOBが多く確認される。

 対して、2の森は大型の魔物がチラホラと確認できるようになり、野盗の中でも強力な野盗も拠点を構えている。PKプレイヤーの多くがこの野盗たちと協力関係を築き街から離れたところで勢力を広げている現状で、実はこれも日本サーバーの裏ルート攻略が進んでいない一因であり、そうなるように裏で糸を引いたのもノート達だ。


 野盗たちが悪性の強いプレイヤーと手を組むことは、野盗討伐戦で既に示されていた。それを利用し、ノートはPKプレイヤーと野盗が手を組めるように必要な情報をばら撒き、防波堤を築いたのだ。

 そしてPKプレイヤー達はそれぞれ手を結んだ野盗たちを後ろ盾に、各々で勢力を広げ合い潰し合い、勝手に蟲毒の壺をやっていた。その影響力の強さは今は多くのプレイヤーが無視できないレベルに到達し、第二シナリオボスであるプラハの討伐戦跡地、その新しい街の一画をPKプレイヤー連合が牛耳るレベルとなっていた。


 ナンバーズシティとは違い、シナリオボス討伐後にキャンプ地を元に築かれる街はNPCの影響度が非常に低い。そのため、幾ら教会が中心として成立している街とは言っても悪性プレイヤーも簡単に立ち入りができる(流石にノート達のレベルは弾かれるが)。悪性プレイヤーにとって跡地の街は拠点にするのに“もってこい”なのだ。


 そうなるように、ノートは今までPKプレイヤーに塩を送り続けていた。情報を与え、環境を整え、PKプレイヤーを本格的に潰せるだけの勢力が生まれないように手を出し、トップ層を入れ替えて引っ掻き回した。反PK団体の主導権を取れるプレイヤーを徹底して叩き潰してきた。

 用意は着々と整えられている。ゆっくり、悟られないように、ノートは裏で画を描き続けていた。


 しかし、それも海外勢が流れ込んでくるのなら話は別だ。そのレベルになってくるとノート達でも流石に情報収集して制御できるレベルを超えてくる。勢力図の入れ替わりは今後激しさを増すことは明らかだった。

 故に、決着を付けるのなら、もうそれほど時間は残されていなかった。


 一方で、緊急脱出経路の確保は急務だった。ノートとて、プレイヤーに100%勝てるなど自惚れた考えはしていない。むしろ警戒しているからこそ七面倒なやり方で大きな画を描いてきた。

 

 黒騎士は強い。ヒュディもプラハも強かった。文字化けの怪物などどう倒せばいいのかわからない。

 それでも、ノートは心から怖いとは思わなかった。それ以上に、人間を何よりも恐れていた。傑物の誕生を恐れ、同時に望んでいた。



「深山禁山はおそらく屋久島をモデルとしたエリアだが、その中にもアラクネやラミアと言った例外的な存在もいる。探すべきは、その例外的な魔物か、それとも霧や『感覚惑乱』とかの認識阻害系か…………」


「ってもよ、簡単にそう見つかるもんか?」


「そこは、ネオンのリアルラックと、上に張り付いているグレゴリを信じるしかないな」


 ドン!と再び馬体を揺らす微かな振動と共に弾丸が撃ちだされる。

 驚異的な集中力、揺れて照準を定めるのも難しい状況で、既に数十分以上狙撃をし続けて尚、ネオンは一度も弾を外さない。

 元々、超広域魔法をフレンドリーファイアを出さずに攻撃するという高難度なことをネオンはやり続けていたのだ。球技はポンコツだが、空間認識能力が0ではないのだ。その眠っていたネオンの才覚が、射撃で開花していた。

 ノートが恐れ、同時に望んだ傑物の領域に、知らず知らず、徐々にネオンは足を踏み入れ始めていた。


「グレゴリ、面白い物はあったか?」


『(´・ω・`)今んとこなにも』


「結構移動はしたよな?」


『(。-`ω-)キサラギめちゃはや』


「では質問を変えてみよう。もしかして長らく代わり映えしない光景が続いてないか?」


『(´・ω・`)そうかな………そうかも…………』


 メタ的に考えて、イベントエリアが隣接するケースはないだろう。中立エリアにせよ、エリアボスにせよ、アラクネ・ラミアの巣の様な特殊エリアにせよ、それぞれが大体似たような感覚で配置されていた。

 故に、似たような光景がずっと続くというのは、そろそろ変わった立地が発見できる可能性があるということでもあった。


『Σ(@益@ .:;)』

『ヽ( ;゜;ж;゜;)ノヤ゛バ イ゛』


 その知らせは唐突だった。グレゴリが急に馬車の中に転移してきてジタバタとアピールし始めた。


「どうした?」


『((( ;゜Д゜)))猿の親玉おる………猿の反応も沢山………………たぶん気づかれた…………』


「おい嘘だろ!」


 1の森にも、2の森にも、エリアボスというものがいる。ヌコォやネオンの試金石に倒された樹木型のボスも、1の森のエリアボスだ。

 しかし、1の森や2の森よりも更に広大でありながら、深霊禁山にはエリアボスらしいエリアボスがいない。代わりに、この森を統べる4種族――――――巨狼、巨猪、猩々、そして人頭霊鹿の親玉、レイドボスが深霊禁山を徘徊しており、ノート達はその存在と遭遇することを避けてきた。

 特に、人頭霊鹿のボスに至ってはバルバリッチャのリアクションから見てもバルバリッチャですら勝てるか怪しいというレベル。いくら警戒しても損はない。


 その中でも、フィジカルで圧倒してくる巨狼や巨猪、ゴーストという特異な属性で翻弄してくる人頭霊鹿に対し、猩々は投擲能力と知能が並外れて発達していた。その猩々の親玉だけは、極まれにグレゴリが察知しても、すぐにいなくなってしまうので実態がつかめていない存在だった。


 そんな存在が、明確にノート達をマークした。今までは察知されても何故か単独で、他のボスと違って取り巻きを連れていないのも猿のボスの特徴だった。その猿のボスが、今回に限ってはたくさんの取り巻きを周りに控えさせてるという。


「もしかして、巣でもあるのか?」


 それは単なる予想だった。ゲームの中の生物に、一々リアルな生態を求めるのは馬鹿らしいことだ。ただ、ALLFOはそれ馬鹿らしいとせず、できるだけ無駄に細かい設定を積んでよりリアルに近い状態に仕上げていた。


 徘徊型のレイドボスと言っても四六時中動くわけではない。一応カテゴリー上は生き物なのだから、食事もするし睡眠も取る。けれど、ボスは大きい。そのまま適当な場所で寝るわけにもいくまい。それに、ゲームとしても運でしか遭遇できないレイドボスというのは面倒だ。なんらかの条件で必ず戦える状態になる、とした方がゲームとしては都合がいい。

 それが、巣、だとしたら。


「どうすんだノートッ!?」


「ノートさん、確かに、先ほどから、猿が多くなってます」


 レイドボスの感知範囲は非常に広い。下手に完全に交戦状態に陥ったらそう簡単に逃げられない。だからと言って迂回しようと考えれば、かなりの遠回りを強いられる。

 高速で頭を回転させる。今まで蓄積した情報がグルグルと混ざり合う。何かが引っ掛かる。


「そもそも移動するレイドボスってなんだ?」


 フィールドを周回しているなら、プレイヤーも逃げられるが、同時にボスもいつでも逃げられるということ。下手に強いボスよりも余程倒すのに手こずるだろう。


「もしかして、何か巣以外の仕掛けもあるのか?」

 

 ALLFOは困難に挑んでこそ更なる成長が得られる様になっている。普通に考えたら、巣に無策で突撃するなどアホのする事。それでも、虎穴に入らずんば虎子を得ず、と言うのなら。


「グレゴリ、キサラギに完全に猿の親玉の射程圏に入らない様なコースを伝えてくれ。その上で、探せ、違和感を。巣が無駄にデカいのが気になる」


『(´;ω;`)むちゃだお』


「上等だ。スピリタス、本気で迎撃体勢を取るぞ。ネオンは進路を塞がれない様に狙撃を徹底してくれ」


「任せろっ!」

「が、がんばります!あ、シルクちゃんは……」


「ジッとしてろ」

『S°yyy!』


「じゃあ一緒に外出るか?」

『M°…………』


「だよな」


 ノートの指示には取り敢えず歯向かうスタイルのシルクは、家に居ろと言われたのにビビりながらネオンの背中に掴まってキサラギ馬車に乗り込んできていた。

 と言っても、本当に逆らったらマズイ指示は理解しているらしく、ノートにポンポンと頭を撫でられると虚勢を張りきれなくなったのか小さく縮こまった。


「お前をまだ表に出す気は無い。能力自体は強いんだが、どう考えても鍛錬が足りないからな。今は大人しくしてろ」


 ノートは装甲車になった事で天井についた扉を開けた。そこからノートとスピリタスは車体の上に上がる。


「さて出番だ」


 ノートはメギドと3バカを召喚した。普段はフルメンバーで起用しないのだが、今は人手が足りない。ここの所戦闘組は出ずっぱりだったが、むしろ願ったり叶ったり。メギド達は待ってましたと言わんばかりに召喚と同時に自己強化スキルを発動する。


「メギドとアシュラはこのままキサラギに追走。シロコウは分身をばら撒いてヘイトを散らせ。クロキュウは車上で俺達のフォローだ。猿はトリッキーだが耐久力が高い訳じゃない。上手くやればいいカモだぞ」


 推定巣のエリアに突入すると、空気が少し変わった。杉科の植物が多い中で、蔦毛の植物が木と木を結び俄かにジャングルめいた空気も感じさせる。エリアの名前も切り替わる。同時に木に隠れていた猩々共

が一斉に姿を現した。


「チッ、ノート、気をつけろ!モブ共もなんか様子がおかしいぞっ!」


 ヒュンヒュンと今までで聞いた事のない空気を切る音がする。それが木の間で反響して不気味な音波が闇に滲む。


『༼;´༎ຶ ۝ ༎ຶ༽ここ罠だらけ!怖い!』

『\(^p^)/罠の反応だらけで頭おかしなるで』


 同時にグレゴリが悲鳴混じりの報告をする。人間は、強いフィジカルの代わりに知恵を使う様に進化した。

 爪で引っ掻くよりその辺の石でぶん殴った方が強いし、獲物を追いかけ回すよりも落とし穴に落とした方が手っ取り早し、落下ダメージはどんな動物にも効く事に気づいた。

 知恵は特にどんな武器よりも恐ろしい。人間こそが、それを1番よく知っている。そしてそれが自分に向けられた時の恐ろしさも。


 だが、例外はある。

 猪や狼のフィジカルや、鹿の種族的強さも手放した。代わりに猿は知恵に秀でていた、が。


 ドドドドドドドドドドッ。

 土が捲り上がる。

 キサラギ馬車は軽い地鳴りを起こしながら地面を力強く駆け抜ける。罠?そんな物、関係無い。

 全てを、真正面から、粉砕する。


 圧倒的なパワー。単純な突破力だけにパラメータを全振りした様な脳筋の極みに近いキサラギ馬車の馬力が、知恵の尽くを暴力で蹂躙する。

 力は知恵の前に崩れ去ったが、同時に知恵が最も恐るのも理屈の通じないパワーなのだ。


 石が降ってこようが、木が倒れてこようが、落とし穴があろうが、キサラギ馬車は強引に駆け抜けて全てを突破する。どんな悪路だろうと強引に突き進む。道なき道を己で切り開く。

 3段階目の進化を遂げたキサラギ馬車は、単純なパワーだけはもはや完全に怪物の領域に到達していた。


 しかし、無敵に思えるキサラギ馬車も弱点はある。突破力に極振りしているので、一度車体に取り付かれると強引に振り落とすしかないが、それでも無理な場合自力で対処できないのだ。

 だからこそノート達が外に出て強引に車体へ飛び移ろうとしてくる猿共を迎撃する。


「このボーラがウゼェ!!」


 珍しく盾を持って対処していたノートだが、状況はそれほど悪いと言えた。


 ボーラ。投擲武器の一種で、縄の端と端に石や金属球などを結びつけたシンプルな武器だ。これを回転する様に投げると、遠心力で敵に絡まって敵の攻撃を制限できるし、石や金属自体も威力があるのでかなりダメージが入る。

 今までは単に石を投げただけだったが、巣にいる猿共は武器まで使ってきた。その上厄介なスキルも持っているのか、妙に威力が高かったり、ボーラが追尾する様に動いてヒットするのだ。ただでさえ避けづらい攻撃が尚更避け辛くなる。

 憎たらしい事に猿の使うボーラには棘の様な物が付いており、当たれば更にダメージを与えてしっかりと拘束してくるという素敵仕様だ。


 加えて猿共は鎧様な物を着込んだりして、小賢しく防御力も上げていた。


 そしてトドメの様に猿共は木と石から作り出したと思われる槍を投擲する。ただでさえ腕力が発達しているのに、よく見ると槍投げを補助するスピアスロアーまで使って威力を上乗せしており、弾いた石の穂先が何かの液体でテラテラと不気味に光っていた。


「毒まで使うかクソが!」


 種族人間が農耕民族以前、野蛮な狩猟民族をしていた頃に使っていた散々な技術がノート達に牙を向く。

 一撃一撃は脅威では無い。けれど、猿からすれば一撃で倒す必要も無いのだ。一度倒してしまえば一方的に槍の雨を降らせ、ボーラで雁字搦めにし、身動きが取れなくなったところで甚ぶりながら殺せばいいだけの話なのだ。


 力ではなく、知恵で殺す。

 そのやり方は獣ではなく、まさしく人だった。

 そして、それはノートが今までやり続けてきた事だった。


「なるほど、なるほどなるほど」


 召喚した守護兵型の死霊にボーラを弾かせながら、たまに魔法を撃って猿共を木から落とす。その木から落ちた猿が落下ダメージに苦しんでいる間にシロコウの分身が群がり寄生する。

 猿は耐久度が高いタイプではなく、移動場所も木の上に限られる。シロコウにとってみれば苗床にはいい相手だ。


 しかし、これでは今ひとつペースが悪かった。ボーラが雨の様に飛び続ける空間は、シロコウの分身でも中々全てを避けるのは難しい。分身は増えては減りを繰り返しているが、猿は増え続けていた。


「ロールプレイ、ね」


 強力な力を使うにはそれ相応の準備が必要になるのもALLFOの基本的な原理だった。

 ネオンの魔法には例外的に触媒を消費するし、キサラギ馬車の占星も時間と大量の生贄を要求してくる。


 特殊な力ほど、特殊な作法を強いてくる。


 悪魔に成りきれ。覇王を謳え。生まれついての支配者たれ。恐怖で全てを弾圧し、禽獣草木を鬼気森然にして覆地翻天の力で支配しろ。

 活路は常に前にある。


 荒くれ吼える魑魅魍魎を、一撃で跼天蹐地に堕とすのだ。


 グレゴリの下位互換死霊を召喚し、自分に纏わせる。馬体の上に取り付けられたガトリングと自分の腰を縄で縛る。


「ちょっくら派手に暴れるぞ」


「おう、行ってこいっ!」


 類希なる動体視力と運動神経で飛んできたボーラをキャッチし、そのまま投げ返しながらスピリタスはノートを見送る。何をするのかなど一々聞かない。ノートがやろうとする事などいつも想像の斜め上だし、きっと何かをしてくれるだろうという強い信頼があった。


「上げろ!」


 ネオンに一度どデカい魔法を使ってもらい隙を作ったところで、ノートは馬車から飛び降りた。そのノートの体を一気にグレゴリの下位互換死霊が上へと持ち上げる。枝を避けてより上へ上へと限界まで持ち上げる。腰に巻きつけた縄が凄まじい勢いで引かれていく。


「いっくぞーーー!こい!イザナミ!!!」


 ノートの召喚魔法の現在の射程は他のスキルや魔法のバフ込み込みで25m。そして召喚する時には召喚場所とオブジェクトが重なっていないという条件がある。本来ならこの森では100mもあるイザナミ戦艦を召喚するのは不可能だ。

 だが、『上』は別だ。


 鬱蒼と生い茂る枝葉が屋根の様に森に蓋をしているが、その上には空が広がっている。オブジェクトがないゾーンがある。


 100mに達するイザナミ戦艦は実際の戦艦とは違うので少々リアルのそれとはかけ離れているが、金属の塊という事実は代わりない。

 その重量は、1000トンなどを優に越す莫大な重量である。それが落ちてくるのだ。イザナミはそれ自体が質量兵器として使える恐ろしい存在なのだ。


 バキバキバキバキとイザナミの船体が枝を、幹を、圧し折る。木が莫大な重量を支えきれずに倒れていく。いきなり1000㎡規模の木々が押し潰されたのだ。今まで統制が取れた様に襲ってきていた猿共は途端に大パニックに陥る。

 同時に、森に散っていたシロコウの分身達が恐怖と混乱を呼び寄せる絶叫を森に響かせる。


「さあ堕ちろ猿共!《蝕理慄(The Great)恐の( Order)大号令(of Fear)》!《拡大化(エクスパンド)狂災虜のテラストルディザスター大恐慌相(フィアステラーホール)》!!」

 

 そこにトドメを刺す様にノートは凶悪なスキルを解き放った。


 《蝕理慄(The Great)恐の( Order)大号令(of Fear)》はノートの第三職業である『滅魎軍師』に由来する能力だ。悪性が極めて強く、アンデッドや悪魔などを従え、尚且つ指揮系のスキル、称号を複数持っており、万に達する軍勢を率いたプレイヤーのみ選べる『滅魎軍師』は、直接的な攻撃はできない代わり、指揮と支配と支援に特化した職業だった。


 パニックに陥り、そしてそれがシロコウによって助長される。そんな場で恐怖を誘引するスキルを重ねがけするとどうなるか。

 ギガスタンピードで暴れ回った化け物共を支配下に引き込んだテラーホールは再度猛威を振るう。


 だが、恐怖だけでは支配できない。オリジナルスキルの【悪意に満ち満ちたアナクリティス・デイモス・恐怖の尋問官(バルバリッチャ)】と【汝、我の奴隷なりやティトラカワンティーチ】が噛み合って仕上げとなる。

 けれど簡単にいつでも発動する訳ではない。そのオリジナルスキルを発動させるには、『ロールプレイ遂行値』などという意味不明な物を達成しなければならないのだ。


 悪魔の様に高笑いをするノートの声が森に響き渡る。演じる事などいつだってやってきた。悪を演じる程度さほど苦労しない。破壊衝動に身を任せれば自然と普段押さえ込んだ物が出てくる。


 ガチャガチャガチャッと一斉にイザナミ戦艦の側面から砲身が突き出した。

 アンデッドは基本的にアホで衝動的だ。生き物といよりは破壊衝動をインプットされた機械に近い。逆を返せば、アンデッドはどんなに急に呼び出されても、機械的に目標を優先して動いてくれるという事であった。


「さあ逃げろ逃げろ!お前らの生命力が消し飛ぶ前に!」


 世界には作用反作用の法則という法則がある。与えた衝撃分、それは衝撃を与えた物体そのものにも返ってくる。スピリタスが本気で殴っても一撃ではへし折れない大木を纏めて圧し折るだけのエネルギーが発生するということは、船体にもそれ相応のダメージが反射する。

 イザナミは海上と縛りを以てして強大な力を振るう存在。陸上では被ダメージが増える分、余計に大きなダメージが入る。


「パンドラの箱は怖いぞ!」


 だが、それでいい。

 進化を遂げたパンドラの箱の『自動HP・MPドレイン効果付与』はノートの死霊も対象になっている。と言っても本来は最大HP以上をドレインする事はないし、ドレインの対象範囲も限定される。されるが。

 もし、これが大量のHPゲージを持ち、尚且つ対象が非常に大きな場合はどうなるのか。


 パニックを起こした猿達が悲鳴を上げる。問答無用で自分の命を吸い上げられる恐怖に生き物は抗えない。

 イザナミ戦艦は大きな落下ダメージを受けたが、それはその分大量のHPを吸えるという事。1000㎡という広大な範囲からよしんば逃れたとしても、その外周はドレイン圏内になる。

 無論、一瞬で周囲の生物からHPを吸い上げるほどドレインは強力ではないが、猿は個体数が多いためドレイン対象に事欠かない。


『ッテーーーー!!』


 ドドドドドドドドドンッと大量の砲が一斉に火を噴く。

 照準を定めない砲であり、海でないために威力も半減している。それでも、猿を屠る程度、木を大きく揺らす程度の威力はある。砲弾である死霊を召喚するMPも普段より大きく目減りするが、自動MPドレイン能力が際限なくMPを吸い上げていく。


 破壊の限りを尽くし、多くの猿を恐怖に陥れた。

 悪の首領に恥じない叫びが森に響き渡り、世界はノートは認めた。


「猿共~~~!周りの猿を殺せ~~!!ボーラを投げるんだよ~~~!!」


 恐怖に堕ちた猿共はノートの命令に駆り立てられるように応じた。

 ノート達に投げていたボーラが、今度は新たに増員としてやってきた猿共に襲いかかる。猿共の混乱は一気に広がり、泥仕合と化す。

 人手が足りないなら増やせばいい。寝返らせればいい。寝返らせたらそれは単純な+1ではなく、相手の人員を-1できるので実質+2だ。


 いつだってノートはこうして人数的なハンデをひっくり返してきた。


 人間の知恵が最も人間に対して牙を剥くように、猿の使うポーラは猿自身に最も牙を剥く。木の上で移動する猿にとって、腕の動きの阻害は落下のリスクを一気に引き上げる。恐怖と混乱に飲まれた猿共が腕もうまく使えなければ、猿も木から落ちる。

 

 そして落ちてまともに動けなくなったところをシロコウが美味しくいただく。放置すれば放置するほど、憑りつく対象が多ければ多いほど、シロコウは一気に手勢を増やす。

 シロコウは木から落ちた猿を狙うだけでいいので地面の近くを飛べばいい。木に向けて砲撃を始めたイザナミ戦艦の砲撃とぶつかることはない。

 木の上を主戦場とする猿共は強烈な弾幕の前にボーラも槍も届かない。投擲武器さえ封じてしまえば、猿はさほど脅威ではない―――――


「わけねぇよなぁ!」


 幾度目のウェーブか分からないが、やってくる猿のタイプが変わった。ゴリラの様に体格が良く、鎧に身を包んだ重戦士タイプ、そして毛皮や骨に身を包んだシャーマンタイプの猿たちがゾロゾロとやってくる。


 ここは猿の本拠地。猿の惑星、ならぬ猿の森。雑兵以上の兵隊がいても不思議ではない。猿共とシロコウが群れを成し、後続の上位猿共にイザナミ戦艦の一斉掃射が襲い掛かる。


『提督殿、ご無事ですかな?殿は吾輩達に任せるのである!!』

『海でなくとも、イザナミ戦艦は戦えるのでア~ル!』

『回復と結界での足止めならばお任せを』


「ナイスだダゴン!ヒュドラ!エイン!このまま引き付けてくれ!」

 

 ノートはイザナミ戦艦をそのまま残し、腰に付けた縄を手繰り寄せながら従えた猿共を引き連れて進軍を再開した。


 キサラギ馬車と巨大にして圧倒的な攻撃性能を誇るイザナミ戦艦の果たしてどちらが脅威か。猿共のヘイトが大きく割れて、その多くがイザナミ戦艦に集中する。


 しかし猿のボーラや、槍は、対生物には向いていても、対戦艦を想定してはいない。威力では搦手に特化しているからこそ、それはもはや梨のつぶてだ。

 かといって直接飛び乗ろうとすると、圧倒的なマンパワーと斉射能力を持つイザナミ戦艦の前には攻めあぐね、本気で攻めようとした途端にエインがイザナミ戦艦の代理で操る結界魔法で跳ね飛ばされる。


『アレでも、海で使うよりかなり弱いんだよなぁ……………?』

「カタログスペックだと6、7割方スペックダウンしてるはずなんだけどな」

『嘘だぁ』


 あまりの戦いぶりに、スピリタスも本当にイザナミ戦艦が弱体化してるのか首をかしげてしまう。猿が躍起になってイザナミ戦艦に群がるほど、ドレイン効果の対象は増えていく。猿は自分の攻撃で減らしたHPを自分から補填され、大量に消費されるMPも猿共から搾り取ることで猿共は徐々にイザナミ戦艦に有効打を与える術を失っていく。

 ネオンのパンドラの箱の自動HPMPドレイン効果付与と、ボディがけた外れに大きいイザナミ戦艦と相性が良すぎた…………バランスブレイカーになり得るほどに。


 むしろ弱くなって被ダメージが上がりMP消費が大きくなっていること自体が、ドレイン効果の効果を最大限まで引き出していた。フィジカルではなく、知力と頭数で対処しようとする猿達は、ドレイン効果を持つイザナミ戦艦に対して絶望的に相性が悪かった。相性が悪くて、脅威度が高いから、ヘイトを向けてしまう。真に屠るべき巨悪の逃走を許してしまう。


「やっぱり猿は猿だな~~~~!アハハハハハハッ!!」


 少しずつ縄を手繰り寄せ、ノートは遂にキサラギ馬車に戻ってくる。悪に身をゆだねる必要などない。自分が今まで積み重ねてきた直感が答えを指し示してくれる。何度否定しても、生まれついての才覚は、ノートを振り回した。

 過去にノートは才能に食われ、振り回されている存在を『化物』と呼んだ。劣等感で打ちのめされそうになるほど周囲に化物ばかりがなぜか集まってきたノートは、化物と呼ばれた者達が周囲から思われているほど自由でもないし、時にその才能に苦しめられていることをよく知っていた。


 無自覚ではあったが、最もその才能に蝕まれているのはノート自身だった。策略の才能。画を描く才能。傑物を引き寄せる才能。

 そして、”巨悪”の才能。


 まともにやろうとしても、いつの間にか卑怯な手を思いついて実行している。人の心を忘れてきたような判断が下せる。下せてしまう。

 しかし人間社会に生きていくには危険な才能だから、無意識に蓋をした。避けてしまった。今でこそカウンセラーを勤められるほどになったが、小学生から中学生にかけてのノートは癖の塊であるユリン達よりも不安定だった。それが大人になって押さえつけられるようになっただけなのだ。


 だから、寝不足で理性の鎖が緩んだりすると本性が顔を出す。

 GBHWの様に轢き殺しても一切心の痛まない連中ばかりだと、悪の才が最大限まで引き出される。

 追いつめられるほど頭が回り真価が、普段蓋をしてある才能が暴れだす。


 今日のノートは、やはり寝不足だった。


 寝不足で、追いつめられるほど輝く男は、今日も元気に哄笑をあげていた。


 

カタログスペックより落ちるのは、攻撃力、防御力、速度、消費魔力量や召喚できる死霊の量、死霊の種類、戦艦の機能ですが、イザナミ戦艦自体が元々おかしな攻撃力と防御力を持っているのでなんとかなる


むしろ防御力が低くてもドレイン効果でトントンというお化け

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― 新着の感想 ―
シャンフロ…好き早く…でて
[良い点] 誤字?報告です [気になる点] 過去にノートは才能に食われ、振り回されている存在を『天才』と呼んだ 才能に食われている(使われている)のが化物で才能を正しく使えているのが天才なのでは? …
2023/10/29 08:41 初めまして
[一言] 寝不足になったり、追い詰められると枷とか蓋がぶっ壊れて本性を発揮するんですかね?女の敵どころか人類の敵にもなり得る人だったんじゃねぇかな
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