No.Ex 第五章補完話/あおパン&みどピヨちゃんねる・海戦実況! 煌
その時不思議な事が起こった
海から浮き出てきた船は、戦艦ほど巨大な船ではない。しかしプレイヤー達の帆船ほど小さくもない。サイズにして約15m程度とそこそこ立派だ。その上船足もかなり速い。正面衝突しただけでも普通の帆船ならただでは済まないだろう。
船に乗るのは独特の形状をしたアンデッド。ゾンビか、あるいはスケルトンか、海洋系の生物とアンデッドをダメな感じにミックスして腐らせたみたいな異形の者どもが、ボロボロの黒を基調とした海兵の格好をして錆びついた武器を担ぎながらやってくる。
平均身長約2m。体格はラグビー選手も斯くやというがっしりとした体つき。アンデッドであることと敵でないことを考えれば非常に心強い体格だが、そうではないので不安しかない。
アンデッド達の船は誰かに指揮されているかのようにグループ単位で散開した。迎撃をしようとしたプレイヤー達は決断を迫られる。見るからに近接戦闘特化。近づかなければ有利か。
撤退しつつ戦闘しようにも後ろはつっかえている。ならばここで耐えるしか。
だが、そんなプレイヤー達の覚悟をせせら笑うように、アンデッド達は背中に引っ掛けていた物を腰に構えた。
「大砲…………!?」
それは火縄銃というには大きくて、大砲というには小さかった。直径20㎝ほどの筒を腰に構えたアンデッドが筒の先をプレイヤー達に向けた。
「全員しゃがんでー--!!」
戦艦に最も近いプレイヤーの一人が叫んだ。次の瞬間、バン!という騒々しい音がして炸裂音がし、反応が遅れたプレイヤー達が船から吹っ飛ばされて赤いポリゴン片を散らす。
「ショットガン!あれはたぶんショットガンだ!しゃがんでもあまり意味がない!!」
広範囲に攻撃をまき散らすことだけを目的としたような攻撃。プレイヤー達が焦りのあまり船同士をぶつけていしまい転覆させていると、いよいよ海兵アンデッド達が近づいてくる。
プレイヤー達でも賢い連中はすぐに魔術師を集ってタンクを前に並べて守りを固め、魔法の一斉掃射による迎撃を試みる。各ブロックで見られた反応だが、それに対する海兵アンデッド達の対応はそれぞれのグループで異なった。
再び海に潜り姿をくらますグループ、ノーガードでそのままスピードを上げて突撃するグループ、大ショットガンで対抗するグループなどなど。
一番厄介なのは海に潜ってしまったグループだろう。プレイヤー達は想定しておくべきだったのだ。海から出てこられるということは、逆もまた然りということに。
突如として殿を勤めようとしてプレイヤー達の背後でいきなり爆発が起きて船が吹っ飛ばされ、見失った幽霊帆船が浮き上がってきた。
「おいシーフ!感知は!?」
「できなかった!こいつらランクが違いすぎる!!」
プレイヤー達が知る由もないが、幽霊戦艦などのゴーストシップ系統は基本的に潜伏やアンチ感知探知の能力を持っている事が多い。といっても同ランク帯なら普通に貫通できる程度なので格下避け程度の力しかないのだが、プレイヤー達はどう頑張っても格下なのでその効果がガッツリ刺さっていた。
またも始まる無告知大規模イベント恒例の上位陣ジェノサイド。沖の方にいたプレイヤー達はランクの高い上位層であるが故に、真っ先に戦艦の餌食になったのも上位プレイヤーだった。上位プレイヤーに何かの恨みがあるのか。それでもほんの一握りだけは生存に全振りしてなんとか海兵アンデッド達からの攻撃から逃げ回るが、海兵アンデッド達も執拗に強いプレイヤーを追いかけまわし周囲で悲鳴が上がる。
そのまま約10分ほど追い込み漁をするようにプレイヤー達を海兵アンデッド達が動き続けたが、状況が再び大きく動いたのはいつの間にかプレイヤー達の船団の中心に海兵アンデッド達が出現するとまるで誰かが的確な指示を出しているかのようにプレイヤー達の船に侵入し、船を渡り歩き続々とプレイヤー達を葬り去っていく。
「海兵アンデッド一人でも推定ランク20オーバー!?そんな馬鹿な!?」
錯綜する情報。荒れる海。次々と移り変わる状況にも臨機応変に対応し、突発的なイベントでも最初から実況を続けていたあおパン&みどピヨちゃんねるの同時接続人数が15万人を突破した。それだけ人数が始まると視聴者層の幅も広く、有志で情報をリークしてくる層もでてくる。そこであおパンたちにもたらされた情報は信じがたい情報だった。
ガチャの特典である使用回数制限アリの鑑定強化系アイテムを使ってわざわざ幽霊戦艦を調べようとしたらしい。しかし戦艦自体は調べれば逆にカウンターの様に呪いがかかり、ランク20まで見れるはずの鑑定すら海兵アンデッド達は弾いたというのだ。
「何考えてんの運営は…………?日本サーバーに何を求めてるの?」
もはや実況を放棄したみどピヨの呟き。しかしそれはなによりも率直で生の反応で、コメント欄も呼応するように長文の自説が大量に流れとてもではないが人間で読めるスピードではなくなる。
ただ、運営からすればとばっちりもいいところ。仕様が許す範囲で徹底して暴れてる連中を開発が直々に野放しにしろと言っているのだ。それを運営のせいにされてはたまったものではないが、再三釘を刺された運営にすでに語る口は無し。
しかし一部の察しのいいプレイヤー達はもっと別の所に脅威を覚えていた。確かに海兵アンデッド達は強い。強いがサイズ感と攻撃規模のお陰でヒュディほど強くは感じない。問題は――――――
「(一部のアンデットの動きが的確すぎる!!)」
一対一で勝つのはほぼ不可能だが、海兵アンデッド達は巨人の様に大きいわけでも圧倒的なスピードを誇るわけでもないので、今のプレイヤー達でも囲んで高度な連携を続ければ理論上完全な負け戦にはならない。むしろ海兵アンデッド達の数を考えたらプレイヤー達の方が総力では圧倒的。例え1人1人が一騎当千の実力を持っていたとしてもHPは無限ではないのだ。
だが、なんとか混乱の最中で一部のプレイヤー達が纏まり反撃に出ようとした瞬間、それを見計らったように船をひっくり返されたり、有力なプレイヤーを挟み撃ちに仕留めたりと、着実に指揮系統をズタズタにしてパニックになってしまったところを各個撃破しているのだ。
見た目から考えるに海兵アンデッド達の力に個体差はないはず。なのに、一部の海兵アンデッド達だけはまるで特殊作戦軍の様に明確な意思を以て組織的にプレイヤーを屠っていた。
「(まるでこれじゃぁ、誰か指揮してるような……………!?)」
アンデッドというのは基本的にタフだがその代わり知能が低く、罠にも嵌めやすい。一体一体が強くともうまく連携させ出来れば格上だろうと倒せる可能性も高いのがアンデッドというモンスターの特徴のはずだった。
しかしその連携して倒すべきアンデッド達が、自分たちよりも高度な連携を取って襲い掛かってきたらもはや太刀打ちできるわけがない。一部のグループだけがまるで別のCPUで動いているかのように暴れ回り、プレイヤー達に深い絶望を齎す。
例え自分がその場にいなくても俯瞰で見たからプレイヤーが如何に動くかを計算し、ストラテジーゲームの様に捌いていく。このアンデッド達を率いる男にとって、自分の指示に忠実に従ってくれるアンデッド達は下手な人間相手よりも非常に使い勝手がよく、アンデッド達のポテンシャルを100%引き出すことができるのだ。
一山いくらのプレイヤーなど、全く脅威に感じない。むしろ番狂わせが無くて拍子抜けしたほどだ。だが、当事者であるプレイヤーにとってはそんなことなどわかるはずもない。
いよいよプレイヤー達が萎えて本格的に撤退をしようとし始めたところで、それを見計らったように海兵アンデッド達が海中に沈んでいき、代わりに再び砲撃が始まる。また始まった蹂躙に思わず怯えたように目を瞑ってしまうプレイヤーもいる。しかし予想した衝撃は来なかった。
「うわっ!?なんだ!?」
代わりに降り注ぐのは謎のアイテムや魚。空中でなぜか炸裂したカプセルからアイテムがプレイヤー達に向けて降り注ぐ。それをキャッチしたプレイヤーの一人がそれをすぐに鑑定し、そのアイテムとしてのレベルを確認したプレイヤーは叫んだ。
「きたー---!ボ―――――ナスタイムだーー--------!!」
それがきっかけだった。プレイヤー達は我先にと今度は海に飛び込んでばら撒かれたアイテムを拾おうとする。それを見て撤退しようとしていたプレイヤー達も思わず顔を見合わせて引き返してしまう。
そう、ゲーム脳とは厄介なもので。倒せない敵が急にアイテムをばら撒き始めても、それは敵の襲撃を乗り切ったプレイヤー達に対するご褒美タイムなのだと勝手に脳内変換されるのだ。
急激に海上は一方的なジェノサイドから大規模なお祭り騒ぎになる。
その中に急に普通の砲弾が落ちてきてももはやライバルが減ってラッキーぐらいにしかとらえず、一度上がった熱は更なるゲーム要素に逆に燃え上がるばかりだ。
それは人間が如何にアホかをしっかりと知らしめるような貴重な映像記録で、プレゼント取り合い合戦に巻き込まれたあおパン&みどピヨちゃんねるももはや実況してる暇もなく、普段は意外ときゃいきゃいいいながらもしっかりしてるあおパンもクールなみどピヨもキャーキャーと可愛らしい悲鳴をあげながら必死に状況を説明しようとしており、その健気さに惹かれてかガチ恋コメントや大量の投げ銭がされ始める。
「お、お気持ちはわかりますが慌てないで!船が壊れてしまいますよ!」
「既にプレイヤー同士でも争いが起こっていますが、カッとなってもゲームだからといって安易に攻撃をしないように。相手はNPCではありません、プレイヤーです。お互いにリスペクトを忘れないよう心がけましょう」
誰かが魔法を撃った。周囲のプレイヤーが邪魔だったのだろう。それに呼応してまた誰かが魔法を撃った。憎しみは連鎖する。我欲は不和を呼び込む。際限なく混乱は伝播する。
一度やっていいという空気になると、人間は一気に醜くなる。赤信号はみんなで渡れば怖くない。水は低きに流れ、決壊した倫理観は容易く元に戻らない。
ゲームだからという免罪符はなによりも怖く、なんでもありの争奪戦が始まる。
それを見て主催者の男や大悪魔がケラケラと笑っていたのだが、当のプレイヤー達をそれを知るすべもない。
熱は更に高まっていく。プレイヤー達の歓喜と怒声と悲鳴が入り混じる。
またピタリと砲撃が止まった。一瞬正気に戻ったプレイヤー達がざわざわし始め、元のメンバーとなんとか合流しようとする。
運のいい連中は自分の船に辿り着くが、戻ろうにも戻れない。配信や掲示板を見て続々とやってきた船が押し寄せ、もはや海を船が覆い夢の島ができ、せっかちな者達はその船の上を走って先へ先へと向かう。
これで終わりか?それともなにかの前触れか?
ざわめきが最高潮に達するころ、それは唐突に始まった。
スターマイン。まるでそれは花火のフィナーレの様に今までの砲撃がショボク感じるほどの一斉掃射がプレイヤー達に降り注ぐ。
「うわー!?さっきはここまで来てなかったのに!?」
あまりの醜い争いにドン引きして遠巻きにみていたプレイヤー達も一定数いた。実況に徹したり仲間の為に船を守るほうに従事したプレイヤーも居た。比較的後方に行ったプレイヤーはそのお陰で全体像が良く見えており、戦艦が一定ライン以上までは攻撃してこないことをなんとなく理解していた。
だからは自分たちは安全。そう思っていたのに。その油断を突くようにスターマインは船の夢の島全域に降り注いだ。
かと思いきや、急に船上に魚人たちが現れプレイヤーを襲い始めた。後方にいたプレイヤー達は慌てて迎撃し始めるが、なぜか違和感を感じる。出現した魚人は妙に倒した感がなかったり、逆にやたらと戦いごたえのある感じなのだ。
「ちがう、これ幻覚だ![混乱]のバステだ!迂闊に攻撃するな!!」
一部の察しのいいプレイヤーはなにが起きているかに気づく。しかしそれは少数派で、真実に気づいていても周囲が攻撃をしてくるのでどうしても迎撃せざるを得ない。結局なぞに広がった集団混乱のせいで海にいたほとんどすべてのプレイヤーが騒乱に巻き込まれ、そのうちに戦艦はひっそりと沈んでいき姿をくらますのだった。
◆
「たぶんこれはノート君の仕業だろう。反船、ギガ・スタ、そして今回の海上戦。アンデッドと報酬の配布。やり口があまりに似ている。ノート君の能力はネクロマンス、だろうか」
「それにしては一部のアンデッドの動きはお粗末だったし、今回は表に出てきてないみたいだけど?」
「ふむ。おそらく派遣したアンデッドのグループのうち、一つのグループだけを自分で指揮してあとは囮に使ったのだろう。ただ、囮にされていたアンデッドのグループにも人為的な動きがあったように思える。ブラフか?いや、遊んでいたのか?」
「人為的な動きをしていたのは見ていれば何となくわかった。まるでコマンド操作でもされていたかのように一部のアンデッドの動きが急に変わっていたりした時があったし」
「表に出てこなかったのは、おそらく自分たちに対するヘイトを下げるか、プレイヤーに混乱を植え付けようとしたのだろう。彼ならそう考える。見たまえ。あれだけの人的被害は出たが、無事な船が案外多い。最初の砲撃からして船への直接攻撃を避けていたように思えた。それはアンデッドの思考ルーチンとは異なるイレギュラーな動きだ。確実にその様な攻撃をするように指示した第三者がいる。しかし状況証拠が揃っていても、彼の事を知っている私達であっても、畢竟これは推論にしか過ぎない。彼が今まで通り直接表に出てきたら確定だろうが、それを避けた。パターン化された行動の中にイレギュラーを入れて周囲の推測をあやふやにさせるのは私が教えたやり口だ」
「やだなぁこの師弟。お互いのやり口を熟知し合ってて」
「正直生き別れの息子かクローンの様に思ったことは何回かあるからな。思考をトレースしやすい。ただ、いま私の持ち駒は貴方を除き彼らとどうこうできるレベルにはない。いくら同等の思考能力があるとしても、自分はクイーン無しで彼は全てクイーンみたいなものだ。とりあえずポーンを無駄に散らせるよりは、プロモーションでクイーンになるまで地道に力を付けよう」
「はいはい。まだ表に出るなってことでしょう?」
「貴方が表に出ると彼らも確実に何らかのアクションを取る。貴方の実力は十分承知だが、これはリアルでなくゲームだ。遠距離から避けようのない広範囲攻撃を放たれたらどうしようもない」
「君に言われなくてもわかってるよ。だからこそゲームは楽しいんじゃないか」
「ひとまずはランク上げだ。今回彼が齎してくれたアイテムも十分有効活用させてもらおう。圧倒的有利な状況で起きる慢心、わかっていても敵に塩を送るやり方は彼の弱点だ」
「ゲームするのに難しいことばっか考えてんの疲れないの?」
「いや、むしろ弟子と直接対決ができることに心が躍っているよ」
そんな謎めいた海戦の真実をかなり高い精度で見抜き、着実と準備を整えている人物が居たことを、彼もまた見抜いていた。
お互いにお互いの手の内は理解している。
今回、彼は敢えて隙を作り、集団戦を持ち掛け、誰がトップに立とうとするのか冷静に見ていた。ここで予想通りの人物が出てくるなら要警戒、もしでてこないのなら恐らくまだ力を貯める方に重きを置いているということ。これはある種の宣戦布告。表に出なくても、師匠なら自分の仕業であると見抜くと予想しての力の見せつけ。
非常に厄介な師弟は静かに火花を散らし始めていた。
一刀両断のユニスキをゲットした人




