No.32 多分これが一番早いと思います
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉめっちゃはえぇぇぇぇぇ!?」
「義経もこんな気分だったのかなぁ!?」
「鹿が降りれるなら馬も行けると言う馬鹿理論、実践するとは思わなかった」
ヌコォの提案通り、課金ポイントまで手を出して幽霊馬車を更に進化させたノート達。3段階目の進化では希少種系の魂やら課金まで貢がせるだけあって、更に調子に乗ったノートがユニークチケットまで使った馬車は、超豪華でビッグかつぶっ壊れ性能の馬車だった。
疲れを知らず、あらゆる悪路も関係なし。アイテムボックスの容量がついに5000までぶっ飛び、極めつけは『完全透過』と『剛力踏破』の能力だ。
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大貴轟幽竜馬車・ユニーク
ランダム追加技能:占星
所持技能
・全悪路走行可能
・完全透過・大(生物不可)
・剛力踏破
・不朽不滅不食
・伝説級御者スケルトン付属(御者のみ可能)
・性質・中立以上のPLは乗車不可
・アンデッド系・ゴースト系・悪魔系以外のNPC乗車不可
・乗車するアンデッド系・悪魔系のHPMP自動回復/性質が悪性に傾いているほど効果上昇
・車内衝撃ダメージ無効
・隠蔽状態・強
・アイテムボックス空き×5000
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『完全透過・大』は木や岩などが馬車全体の幅の99/100(壁とかではない限りほぼ通れる)までの物なら乗員も関係なくすり抜け可能と言う効果。超豪華でビッグな馬車は幅が4mもあるので大体のものはすり抜けていく。
『剛力踏破』は前方に何があろうと余程デカい相手ではない限り轢いて進むと言う暴走機関車のような能力。竜馬のスケルトンは高さ2mもある鎧まで着た馬なので、スピードやパワー、重量の物理演算で考えると、大体の障害物は関係なく突き進む。
なので幽霊馬車はなんの心配もなく、他の敵性MOBが追いつけない程のスピードで急勾配を高速で下りていく。座席に固定されないジェットコースターを図らずも経験する羽目になったノート達は、最初こそ騒いでいたが途中からは開き直って楽しんでいた。
「今これ時速何キロかなぁ!?」
「わかんねえけど、普通のジェットコースターよりぜってえ速い!」
御者台も今までは普通に行き来できたが、馬車がグレードアップしたので御者台と車の部分が分かれていた。その代わりとして前方には前が見えるように大きな窓があるのだが、馬車は躊躇いもなく樹木に突っ込んでいく様は非常に心臓に悪い。
「ヌコォ、これ大丈夫なのか!?」
「わからないけど、凄いことはわかるっ」
その時ガコンッと変な音がして、唐突に襲い来る今まで味わったことのない浮遊感。
「オオオオオオオオオオオオ!?これ飛んでね!?」
「ヌコォが最大速力・最短ルートとか指示したから!!?」
「これは予想外。課金進化は凄い」
これが一番早いと思います、と言わんばかりの大ジャンプ。
ふわっっと浮遊感が身体を襲い、身体が徐々に重力という概念を思い出していくとヒューっと落下していき、ズドンッッッ!と綺麗に馬車は着地を決めた。
何がびっくりって身体は激しく叩きつけられたのに痛みもダメージも全くないところ。車内衝撃ダメージ無効はもちろん落下ダメージにも有効だった。
「数時間かけていた下山が僅か5分。これはなかなか」
「気分的には超人気某レースゲームの虹なロードの裏技ショートカットをガチでやった気分なんだが」
「ふわって、ふわって感覚が身体から離れないよぉ……」
予想外(本人達も)に大幅な時間カットしたノート達。ユリンはグッタリとしておりノートはその背中をさすっているが、ヌコォはそんなことには目もくれない。レッツゴー、と再び指示を出せば幽霊馬車は走り始めたときから全く衰えることのない物凄いスピードで森の中を疾走していく。
「わぁ〜、凄え。森の中通るだけでMOBを轢き殺してくから勝手にドロップが手に入る」
「今計測が終わった。馬車の総重量2t弱、平均時速60kmくらい。幽霊竜馬のタフネスはメギド級。そこそこスピードのある丈夫なトラックに轢き殺されるのと一緒だから、この森のMOBだと『剛力踏破』の能力と相まって一瞬で御陀仏」
「下手な奴より強いって感じか?」
「応用力がないのが欠点。普通の戦闘には当然ながら使えない。遥かに格下を轢き殺すのはOK」
その時、ふと窓からノートが見たのは、ヌコォの因縁の相手であり、エリアボスでもある例の巨木が馬車と衝突し、赤いポリゴン片になって爆散し消えていく様であり「遥かに格下……ねぇ…………」と乾いた声が漏れるのだった。
◆
「もう嫌ーーー!どうすればいいのーーーーー!?」
そのプレイヤーは今日も今日とてただただログインしてから休むことなく走っていた。
束縛のキツ目な親から大学進学を機に離れ、今まで使ってこなかったお小遣いで初めて買った娯楽用品、それと人気があるので応募したら当選したALLFO。
ゲーム初心者だけど、色々とよくわからない言葉が並んでいて迷いはしたが、知り合いより最初なんて全部はいかYes押しときゃどうにでもなる、と言われたのでYesボタンを押し続けたのだが…………話と違いいきなり街の外で目を覚ました。
初心者なりに人がたくさんいそうな街に行った方がいいのでは、と思い街へ向かったのだが、そこで何故か『第1級の大罪人だ!』と叫ばれ衛兵のようなものに追いかけ回され、他のモンスターにも追いかけ回され、何度も何度も死んではリスポーンし、追いかけ回されて死んでリスポーン。
知り合いにどうすればいいの?と助けを求めるも、そんなわけない、とばっさり切り捨てられてしまい意気消沈。何か自分が間違ったプレイをしているのだろうか、と自分に自信がない故に何度も同じことを繰り返す。
誰が悪いとははっきりは言えない。
初心者なのによくよく用語を理解してなかったとか、わからない時にすぐに調べなかったとか、知人があまりに適当なアドバイスを寄越した、その後のフォローもクソ適当だとか、色々な要因があった。
だが助けを求めても、後ろに引き連れたモンスターの大群のせいで人が離れていく。初心者にはGMコールだとかそういったことすら思い浮かばない。ゲーム自体が初めてという超級初心者には、初期限定特典は最悪の特典といっても過言ではなかった。
だがその原因すらよくわかっていないので、そのプレイヤーは逃げるしかなかった。
自信がない故に、知り合いができると言った以上自分がおかしいのだと信じて疑わず、何度も何度も何度も何度も何度も死に続ける。そして街の外で1人寂しくリスポーンすることを繰り返す毎日。
そしてそのプレイヤーは今まで一番最悪のパターンに遭遇した。初心者でも明らかにわかるほどに周囲と感じの違う半透明のなにかが、自分を追いかけていたモンスターをポリゴン片に変えながら高速で近づいてくるのだ。赤いポリゴン片が星屑のように煌めき思わず見とれそうになるが、その何かは確実に自分に接近してきており『また死んじゃうう!』と目をぎゅっと瞑る。
だが次の瞬間、そのプレイヤーには死亡時の変な浮遊感と寒気ではなく、ひょいっと何かに拘束されて持ち運ばれているような感覚を覚える。
「あれ?あれえええええええ!?」
他のプレイヤーもあまりに呆気にとられてスクショすら忘れる中、そのプレイヤーを拉致した半透明の何かは、そのプレイヤーの悲鳴をドップラー効果で響かせながら高速で森の方角へと消えていくのだった。
◆
「馬車は、森の中で60km……平地だと80km?計測完了。それと、暫定目標を確認した」
トレインプレイヤーが高速拉致されたことが他プレイヤーに目撃され、とあるスレが湧いていた時から少し時を遡ること30分前。イベントに参加してない稀有なPL達をほぼ不可視化(光学迷彩のように透明化していて、輪郭自体は目を凝らせば平地ならわかる分怖い)した馬車で轢き殺しながらサードシティ、フォースシティの周りを通過(ここでアイテム自販機にフォースシティの商品が追加された)、予想以上のスピードでファイブシティまでやってきたノート達は、あり得ない量のモンスター、ざっと見ても既に200体以上を引き連れて走り回るプレイヤーを発見していた。
「スタンピードは少し大袈裟だが、確かに初心者エリアでこの群体を引き連れて走り回ってりゃ目につくな。というか狩りの邪魔だ」
馬車を一旦止めて、隠蔽状態のノートは馬車から降りてその様子を眺める。
「ヌコォ、お前って盗賊系だから相手の装備品とかは俺以上に鑑定できるよな?あのプレイヤーの装備から職業を逆算できるか?」
「了解…………装備が一部初期特典のボーナスだから完全にはわからない。けど…………どう見ても後衛向きに思える」
「んな馬鹿な。後衛職があんなスピードでロングランできるか?杖も持ってねえぞ?」
「ノート兄さん、後半は思いっきりブーメラン。ネクロノミコンは耐久値無限……ノート兄さんのアバターと同化しているから、ノート兄さんは杖を装備しなくて済んでいる。あのプレイヤーも同じ。武器スロットが鑑定できない。でも装備は格闘士系にしてはMP上昇など効果があるから不自然。明らかに後衛職向き」
「後衛職なのにモンスタートレインしてるのか?そんなん追いつかれればすぐ死んじまう……あ、死んだ。まるで成長してないのか1発で死んだぞ」
「ゲーム開始から本当にトレインしかやってないのか…………あれ、リスポーンした」
ノート達が潜んでいるのは森の中で、ランクの低いPL達や敵性MOB達は馬車の隠蔽状態を全く見抜けない。故に余裕の態度で見学していたのだが、そのプレイヤーを見極めようと何度も追っかけられては死ぬプレイヤーを観察していると、幽霊馬車から10mくらいのところにそのプレイヤーは偶然リスポーンした。
「うぅううう、どうしたらいいのかな?街にも入れないし、モンスターはおっかけてくるし…………」
「GUGYAAAAA!」
「ヒッ、もういやああああああああ!」
草むらから飛び出たゴブリンにビビり再び走り出すそのプレイヤー。ノート達は顔を見合わせる。
「コイツは予想外だった。あれ、ゲームをよく理解できてない感じな発言だったぞ」
「プレイヤーの性質、スキルで鑑定したらブラックだった。つまり極悪。初期限定特典組完全確定」
「ていうか、まず戦闘方法すら分かっていなかったような………ゴブリン、後衛職でも頑張れば蹴り殺せるよねぇ?」
ゴブリンは一時期ライトノベルの影響などで強キャラにのし上がることもあったがALLFOでは人型練習用のクソ雑魚モンスターとして登場する。言うなれば、毛のない緑色のニホンザルをもう少し二本足歩き用に骨格を整え、顔面をカエルと猿をごちゃ混ぜにしたブッサイクな面のモンスター。大きさは80cm程度で力も子供程度しかない。
知能もお馬鹿なので叫びながら突撃してくるので不意打ちを食らうことは滅多にない。森をもう少し進めば集団で出てくるので少しは警戒が必要だが、初心者エリアのゴブリンは一体ずつしかいないただのチュートリアルモンスター。逃げる必要は全くない。なんならユリンレベルとまではいかずとも、そこそこのプレイヤースキルがあれば集団相手だろうとソロで問題ないレベルの敵だ。
なのに迷いなく逃走を選択したあたりでノート達は激しく違和感を覚える。
「…………とりあえず、愉快犯ではないな。誰かが手を差し伸べてやれば助かったかも知れんが……ま、数百のモンスターに追われてるプレイヤーに接触したがるプレイヤーなんているわけねえよな」
「ノート兄は、どうする気なの?」
「話をする価値はある、と思うぞ。と言うか、ユリンにしては珍しい言い方だな?」
「なんかあそこまでダメダメだと毒気が抜かれるというか、情けなくて見てらんなぁい」
ヌコォの中では既に確保が確定しているのか、捕獲用ロープを片手にノートのコートの裾をぐいぐい引っ張っており『早く行こう!』という目をしている……筈だ。そんな感じにノートからは見える。表情は変わっていないが。
「よし、ではファイブシティ周辺をグルッと一周して運の悪い哀れな皆さんを轢き殺した後、あのプレイヤーを捕獲するということで」
ノートは最後にサラッと第三管理室にSAN値チェックを要求するようなことを述べ、新規プレイヤー勧誘作戦を実行するのだった。