No.236 ゾンビゲー総本家
アリエンナー
「これ正規じゃないよな?」
追い立てるように雷鳴が背後で轟く。雨が降り出した。
館は外から見れば二階建て。西洋様式の屋敷とは違い、基本的に白を基調とした石材を多用しているため独特の雰囲気を醸し出す。厳密には城と言った方が正しいのだろうか。ある種要塞的な特徴も有しており、中東のクラック・デ・シュバリエという要塞がデザインのモデルの一つに在りそうなのは確かだとノートは感じる。
そんな館の大きな出入り口から吹き出た生温い空気が挑発するようにノート達の頬を撫でた。
「牢にいたルジェ本体と接触したことでシナリオの進行が繰り上がった?」
「のっくんと色々ゲームやったけど、こういうイベント系のボス戦って初めてかもね~」
「というか、このシナリオはバッドエンドが規定路線な気がする」
「なにか重要な情報取り逃しちゃった~?のかな~?」
身を打つ雨から逃れるようにノート達は戦闘の用意を整えると館に足を踏み入れた。
エントランスは少し広めだが、壁の灯りは消されており薄暗い。そこから上に続く階段と左右に続く通路が見える。
館襲撃計画を立てていた際、エインが書き上げた館内部に関する地図。それをスクショした物はノート達も持っているが、それを信じるなら、この屋敷の基本的な構造を為すのはロの字型の通路だ。この左右に広がっている通路は真四角をなぞるようにして展開し繋がっている。そしてこの通路の内側にそれぞれの部屋がある。
2階部分はこれよりも一回り小さいものの殆ど同じ構造のようだ。
また、この内部にある部屋同士も扉で繋がっており、行き来しようと思えば結構自由に動き回れる。
問題は、この館は地上2階部分だけでなく、地下にももう一回り大きな空間を持っていることだ。
屋敷の出入り口のある面を南とすると、屋敷には南と北側に点対象で2階に行く階段があり、東と西側には地下へと続く階段がある。更に頭が痛いことに、地下以外のそれぞれの部屋には扉でとじてはいるが四角形の穴が床に開いており、万が一の時にはそれぞれの部屋から上へ下へと移動できてしまう。鬼ごっこするのには色々と適しすぎた構造になっているのだ。
「さて、どう追いつめて」
ノート達が完全に館に足を踏み入れ鬼ごっこを開始しようとすると、まるでスタートを合図するように館の扉が一人でにバタンッと閉じ、どこかで鐘のような音が聞こえた。
反射的に後ろを向きそうになるところだが、トン2は咄嗟にノートに接近し上から放たれた矢を刀で弾く。全身黒づくめで、黒い覆いのような物で顔を隠して潜伏していた者が階段の隅から飛び出し2階の奥へと逃げていった。
「双方狩人か」
ノートは見もせずにエントランスの一角に無詠唱で闇魔法を放つ。すると隠れていた黒づくめアサシンがバッと飛び出て避けようとし、それを読んでいたヌコォの放った矢に穿たれて煙のように消える。
「なんだろうなぁ…………使い魔で攻められるってこんなにもめんどくさいことだったのか」
ノートは対抗するように死霊術を使う。召喚するのは反船でため込んだ獣系の死霊。強さよりも物量優先で次々と死霊を召喚し屋敷の探索を命ずる。
3対2の鬼ごっこは、スタート直後時点で既に攻守が自在に入れ替わる多対多の屋敷マップPvPに切り替わっていた。
◆
「うーん、めんどくさいなぁ~」
「同感だ」
調度品の陰に隠れて飛び掛かってきた数人のアサシン使い魔を般若阿修羅が軽くいなす。咄嗟にアサシン使い魔たちは後ろへ飛びのき距離を取ろうとするが、ノートから命令を受けた死霊達にアタックされ、その隙に般若阿修羅に首を落とされて煙のように消える。
「まるで忍者屋敷」
「アサシンの大きさも結構マチマチなのがな。天井に張り付いてたり、壺ン中に入ってたり、偽物の柱の中に数人隠れてたりとか、子供サイズのアサシンが飛んでくると対処がめんどくさい」
黒づくめアサシン使い魔の単純な強さ自体は使い魔としての特性を存分に生かしたものとなっている。
防御を捨てたスピード・筋力全振り型で、使用武器は弓か短剣。武器には毒が使われており、掠るだけでも絶妙にめんどうなスリップダメージを発生させる。屋敷の内部構造を知り尽くしており、擬態の潜伏から大掛かりな罠までお手の物。使い捨てのアサシンとは斯くもここまで厄介かと思わせる動きを見せる。
すでにエインの作ってくれた地図は本当に大まかな構造を把握するだけの道具にしかならず、実際は常に警戒心を高めて僅かな違和感にも対応していかなければならない。
「まだ本体は見つけられない?」
「アンデッドの脆弱性がでちゃってるな」
今回、ルジェが使う使い魔とノートの死霊による物量戦となったわけだが、使い魔バトルでは圧倒的にノートが不利だった。アンデットは基本的にラジコンだ。その中でも例外的にノート達の死霊の知能は高いが、賢い獣の域を出ない。人間が全力で潜伏しようと考えたら誤魔化されてしまう。
その点、ルジェの使う使い魔は非人間的ではあるが知能が低いわけではなく、アンドロイド兵のような冷徹さを持ち合わせている。そのCPUは人間のそれとそん色ない。むしろ人間的な感情を持たず、自己犠牲すら厭わないので兵という視点で見れば人間の上位互換かもしれない。
「(なにかヒントになるものがないか………………)」
そこでノート達は闇雲に動いても勝てないギミックボスと予想し、館内で情報収集をすることにした。ルジェは勝負を持ちかけた時、わざわざ館の中で調べ物ができますよと示唆していた。これは一見無駄に見えるが、ゲーマーは逆に【ヒントがあるから調べなさい】と脳内で翻訳される。
重要な時に際してキャラクターのする発言には無駄な物はない。ゲーム脳が極まっていたノート達は、ALLFOのリアルさで忘れかけていた原則を思い出していた。
ノート達が現在いるのは地下の書庫エリア。小学校の図書館1つ分くらいという絶妙な大きさで、隠れられる場所がかなり多い。本棚の高さも170㎝前後と絶妙に飛び越えにくく向こう側を確認できる感じとなっているのもいじらしい。
ノート達が今回の戦いがギミックを利用した物と考えたのは、実質無限湧きのアサシン使い魔にへきえきしただけでなく、いくつかの部屋は鍵がかかっていたことにもよる。
ではそのカギはどこにあるのかと思えば、まるで遊びのように他の部屋の机に隠してあったり、偶に出没する妙に強いアサシン使い魔が持っていたりする。ノート達からすれば真剣勝負だが、ルジェにとっては本当に遊びでしかないのだろう。
書庫も鍵のかかっていた部屋の一つで、特にやたら広く部屋の広い地下エリアは鍵のかかっていた部屋も多かった。鍵も単純に通路から入れる扉だけではなく上下階で繋がる床扉の鍵だったりもするので、単純な構造に思えたこの館もまるで迷路だ。
「いつの間にかこちらが狩られる側になってる」
「シロコウちゃんたちがんば~」
狩っても狩っても無限湧きするアサシン使い魔に対し、ノート達が最終的に採用した策は籠城。書庫を拠点としてシロコウとクロキュウに周囲を警戒させ、アシュラを護衛に、アテナに罠を解除させて書庫の調査を進めていた。
「ここにある本って自動生成なのかな?」
「一部読めない文字ではあるが、ある程度ルールがあって言語として成立してそうなのがなんともな」
基本的に、プレイヤーはこの世界の文字を読むことができる。ただし日本語ではなく、この世界の独自の言語を勝手に頭の中で翻訳している感じだ。つまり、プレイヤーの頭には架空の言語がインプットされているのではないかとノートは睨んでいる。
この書庫にある書籍の中でも、普通に日本語として読める本はある。その多くはこの島についての非常に当たりさわりのない内容で、大人が読むというよりは子供相手に教えるための本のようにも思える。また、この島に纏わる物資の内訳などがデータとしてまとめられていたり、島の状況などを軽くまとめたものが確認できた。
それらの読める物に共通して言えるのが、素人目で見てもかなり新しめの本であるということ。少なくとも作られて5年は経ってない。しかしそれ以上、20年以上くらい前の物になってくるとだんだん読めない本が増えてくる。
そして更に古い物、古文書のような物になってくると完全に独自の言語になってしまっており、僅かに読めそうな部分を時たま見る限りだ。
問題は、おそらくノートの知りたい情報が書かれている本の大部分が読めないタイプの本であるということ。今のところ文字を無視して内容が予想できそうな挿絵のある本を漁ってはスクショをしているが、はたしてルジェの示唆していたものがこれだったのか考えると疑問ではある。確かに見たことのない魔物のイラストやアイテムらしきイラストがあるのだが、このクエストにはあまり関係がなさそうだ。
「アテナ」
『はい、いかがしまシタカ?』
「この書庫ってなんか仕掛けとかありそう?」
アラクネレイスはトラップのプロフェッショナルであり、アグラットの許可を得ているのをいいことにアグラットの自室をトラップハウスに魔改造しているとのことである。この手の屋敷に仕掛けるタイプの罠に関してはエキスパートに近い。
『そもそも、ここの屋敷自体がかなり奇妙な設計をしてイマス。何かを仕込むにしては絶好の場所でショウ。一から仕掛けの全てを見つけるとなると……………ああ、ただ、この中央の本棚のこの部分ガ……………』
アテナはキョロキョロとあたりを見渡し、本棚をペタペタと触ったり指で縮尺を測る。そして徐に歩き出した。
書庫の中央、六角形の柱。それすらも本を立てかける棚として利用していたのだが、そこの棚をアテナがいじり始める。
『地下の時点で余りにも大掛かりな仕掛けは負担がかかりマス。ですので、やるとしたら逆に怪しいのはこの中央部デス』
よく見れば棚の仕切りの部分には記号が刻まれていた。
それをまるで一定の規則があるかのようにアテナが動かしていると、ガチン、ガチンという音を立てて柱自体が動きだす。
「鍵開けた時も思ったけど、アテナすごくな~い?」
「知能が人間の領域から離れている」
はたしてこれでよかったのか?有能NPCに頼りきりの謎解きであるが、途中からはヌコォもなんとなくどういう手順で動かしているか察したようで、本をどかすなどして協力しガチンガチンと仕切りをスライドさせていく。
「お、開いた?」
「動いた動いた!」
ズズズズズっと回転する柱。なんどか柱が回ると、金属の扉とその扉に嵌められた金属の本が出てきた。そしてその本にはルジェの左目に刻まれていた入れ墨と酷似したシンボルが刻まれていた。
「当たりか~。このギミックキッツいなぁ」
「単純な鬼ごっこだと勘違いしたままだったら今も無駄にアイテムをすり減らすところだった」
「ん?というかまだやることあるんじゃない?ほら、扉になんか嵌められそうなクボミがあるよ~?」
『そうデスネ。このままだと恐らく開かないデスネ』
ノートの脳裏にふと過ったのは、ゲーム界のゾンビゲー総本家ともいえる某シリーズ。VRでもリメイクされて好評を博したのだが、そのシリーズは毎回癖のあるギミックを用意してくることでも有名だ。絵を並び替えると開く扉、コインを嵌めると動く警察署の石像などなど………………なんでそんなギミックを作ったんだ設計者と突っ込みたくなる凝ったギミックがあるのだ。そしてプレイヤー達はそのギミックを解くためにフィールドを駆けずり回ることになるのだが………………
明らかにそれに似た空気をノートは感じ取り、思わず顔を顰めた。
おっ○いのペラペラソース!




