No.212 へんじがない。ただのしかばねの
ネクロニカ公式シナリオがエグすぎて笑う
「意外と音を出さずに壊すのって大変だったな」
「感知範囲内に結局他の生命反応はなかったけど、慎重に動くに越したことはない」
ここからは長くなりそうだと判断したノート達は、わざわざいったん狭いテントに戻り、押し合いへし合いしながらログアウト。食事やストレッチなどあれこれ個人個人でやるべきことを終えて再集合し、壁の解体を再開した。
檻の中にいる以上、相手はなんらかの罪人か、冤罪か。なににせよ理由もなしに檻の中にいるのは暇を持て余したデばっかーさん達くらいである。しかし檻の中で自力で出られないのならある程度は交渉の余地があるはず。そう判断したノート達はまずは檻越しに話をしてみようという事で纏まっていた。
「本当に生きてるんだよな?」
壁を超えた先には明かりらしい明かりがなく、物の輪郭が朧げに見えるのみ。バルバリッチャコートのお陰で常時【夜目】の効くノートはかなりはっきり見えているものの、檻の奥で膝を抱えて三角座りでうずくまっている人物からは生気を感じられなかった。
「トラップは?」
「感知できない」
『(´・ε・`)みつかんにゃい』
檻の中にいる人物に話しかける前に、もう一度檻周辺を調べるノート達。結局それらしいものは見つけることができず、ノートはコンコンと檻を叩いた。
「もしもし、大丈夫ですか?生きてますか?…………言葉通じてますか?」
「へんじがない。ただのしかばねのよ、いたっ」
今回の交渉担当であるノートが優しい声音で話しかけるも、特に反応がない。顔を膝にうずめているせいで起きているかもわからない。グレゴリは『視られた気がした』というが、ノートが見る限り特にそんな反応もない。無言に耐えられなかったのかヌコォがネタに走るが、スピリタスにべしッと後頭部を叩かれて黙った。
「あの………本当に大丈夫ですか?」
こらえきれずにネオンも声をかける。ノートよりも幾分か心配の色が強い声音だったが、その思いが通じたのか蹲る人物を仄かな赤い光が包み、ひんやりしたこの空間の中で生温い空気と潮の香りが吹き抜けノート達の頬を撫でた。
その風が周囲の空気に溶け、赤い光が小さくなって消えると、ピクッとうずくまっていた人物の肩が動く。それはまるで何かの封印を解いたときの様な演出で、緩慢な動きで膝に顔をうずめていた人物はパキパキと首の関節を鳴らしながらゆっくりと頭をあげた。
「(妙なところまでリアルだな)」
長らく動いていない時に動き出すと起きる反応。それを忠実に反映したように動く檻の人物の中にはNPCらしからぬ生生しさがあり、今まで即身仏か置物に見えたその小さな体が急に生気を帯びたように見える。
「あ………で……………?」
「なんて?すみませんもう一度…………いや、少し待ってください。ユリン、彼女に回復魔法を」
「わかった」
顔をあげたことで性別がほぼ確定したが、推定少女は少々やつれていたものの、目鼻立ちが整っていることがわかる優れた容姿をしている。反面、その喉から紡がれる声は老婆の声と聞き紛うほど掠れて非常に聞き取り辛かった。
そんな彼女に対してユリンに回復魔法をかけるように指示するノート。ユリンの習得している魔法はネオンの回復魔法と違い、対象の属性に関わらず回復できるので多少回復度が低くとも今回はユリンの回復魔法をオーダーした。
同時にノートはインベントリから10フィート棒を2本取り出して絡繰りを弄りジョイントし、その先端に回復薬と体力回復薬をちょうど持っていた釣り糸で括り付け、檻の間から強引に差し込んだ。もっと体を癒しエネルギーを与えることができる飲み物や食料があるのだが、ノート達が持っているものと言えばネモやアグラットが育てた危険な食材ばかりで、悪性の強い存在でなければ逆に劇物に成りかねない代物ばかり。結果として保険として持ち歩いていた街でも買えるようなポーションしか渡せなかった。
無論、あえてそれらの劇物を見て反応を見て属性の判定をしてもよかったのだが、それで死んでも寝覚めが悪いという理由での処置である。
「どうぞ。飲んでください。体にいいはずです」
「あり……ざ…ま…」
ユリンの回復魔法を受けると、電池切れ寸前のロボットから少し錆びついたロボット程度には動きのスピードが上がる檻の少女。ゆっくりとした動きで回復薬に手を伸ばすと、なんとか釣り糸をほどき、瓶を開けてスンスンと香りを嗅ぐと、瓶を両手で抱えクピクピと回復薬を飲み始めた。
「なんか食料とかなかったか?」
「えーっと…………」
「食べれそうなのは~あったかな~?」
「残念だけれど、水程度しかないわね」
「私もない」
「わりぃがねぇっ!」
「うーんとねぇ、あっ」
長らく牢に入れられたまま放置されたのか、彼女の憔悴度合いは想定以上だった。そのためノートはなにか腹の足しになりそうな物も持ってないか問いかけるが、反応は芳しくない。【祭り拍子】は属性が偏った奴らしかいないので、本来は毒となる悪魔素材やネモの育てた危険な植物を使った食べ物でもダメージを受けるどころかバフを得られる。反面、こうした状況になると途端にあげられそうな食べ物がないという問題を抱えていた、が、ユリンだけは違う反応を見せた。
「タナトスに教えた時にそのままもらったクッキーとかの残り。お菓子ばっかだけど、これはたぶん食べても大丈夫。あと、戦闘糧食が…………」
「まだアレ持ってたのか!?」
「な、なにかに使えるかなって。あとゲームの罰ゲーム用に」
開発陣が何を考えていたのかわからないが、何度食べても恐ろしくマズイ戦闘糧食。空腹値の回復には非常に効率の良い食べ物なのだが、全サーバーで満場一致でマズイ!と言われてる奇跡の代物なので、腹持ち以上に不味さは筋金入りだ。
「あの、菓子と、あと絶対にお口には合わないと思いますが腹持ちの良い食べ物があるのですが、食べます?」
ただ、人間追いつめられれば泥水も啜る。明らかに弱り切った今なら戦闘糧食でも食べるのではないかと取り敢えず聞いてみる。
「御厚意の、ほど、感謝、致します。…………今は、なんでもいいので、少しでも腹の足しになりそうなものがあれば、いただけると…………」
「ハッキリいいますと、非常に不味いです。それでもいいですか?」
「はい。今は、与えていただけるだけ、とても、有難いです」
回復薬のお陰か、それとも回復薬に含まれた水分のお陰か、しわがれていた牢の少女の声も幾分かマシになり普通に聞き取れる程度の声になる。
それでも立ちあがるほどの力はまだないらしく、弱弱しく手を伸ばす。
どうやら少女の動きを見る限り、かなり暗いこの空間の中でもノート達や10フィート棒がハッキリと見えている様で、ノートは頭の片隅に気づいた事を記しておく。
「忠告はしましたよ」
食べて激昂されてもかなわん、と一応予防線は張った。戦闘糧食は本当に心構え無しに食べればえずく代物なので人の心がないとされるノートも与えるかどうか迷ったが、本人が欲しいというなら与えることにした。
清潔な布にインベントリから取り出した菓子の残りや戦闘糧食をユリンが包み、再び10フィート棒に結び牢の少女に差し出す。少女はそれを有難そうに受け取ると、スンスンと嗅いで再び香りを確認し、まずいきなり戦闘糧食を頬張った。見れば見るほど小動物めいた庇護欲を刺激する動きだ。
【祭り拍子】では特に戦闘糧食が活躍する事態がないのだが、自動販売機で簡単に買えるので、『悪魔生ゲーム』の様なゲームをしたときの罰ゲームとして戦闘糧食は役立っていた。そのせいで【祭り拍子】のメンバー全員が戦闘糧食の身の毛もよだつ不味さを知っている。故に牢の少女が戦闘糧食を口にした瞬間、自然とノート達の顔がしかめっ面になったが、牢の少女は一瞬口を止めたものの、立ち止まったら死ぬと言わんばかりに表情一つ変えずにそのままサクサクと全てを口にし、回復薬の残りで飲み下した。
「本当に食べちゃった」
「すごい、全部食べ切った」
「味だけはどうにかならなかったのかな~アレ」
「罰ゲームでも、もう食べたくないわね」
「だ、大丈夫ですか?」
「おい、菓子でも食って口直しするといいぞっ。あれマジで不味いからな」
スピリタスのアドバイスを聞き入れたのか、牢の少女はクッキーをゆっくりとした動きで手に取るとパクリと小動物の様に頬張る。途端、今まで生気の薄かった少女の顔色が幾分か明るくなり、戦闘糧食を頬張った時以上のスピードでクッキーを食べた。
どうやら顔色こそ変えなかったが、戦闘糧食を食べて平気だったわけではないらしい。クッキーを食べた時の方が明らかに反応が良かった。
人の心がないような心意気で取り敢えず少女に声をかけてみたが、少女の弱り切った反応にノート達は予想外に毒気が抜かれていた。
川のヤバい奴相手だろうが腐らなかった実績を持つ戦闘糧食くん




