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No.203 私の方は植物です

コロナ陽性だよチクショウめゲリラ


 ボコボコとノートの周りの地面が動き出す。

 

 如何にも『私の方は植物です』という顔していた地面に残された葉が動き出し、根っこを足の様にして地面から這い出てきた。その形になぜかノートは見覚えがあったが、一々思い出している余裕が今はありそうもない。

 条件反射でスクショしたが、ノートとヌコォが後々調べたところ、そのやたら南国感漂わせる腰蓑をつけた植物はキャッサバという芋系の植物であると判明した。

 芋と言ってもじゃがいもというより長芋の様な長い形状の芋を蛸足の様に茎から生やしている。熱帯で主に生産される事が多いが品種改良された物が日本の南海人工島郡でも栽培されており、燃料やタピオカの原料と知ってノートも既視感の謎に合点がいった。


 そんなキャッサバ擬きは葉を腕のように、根を脚のように動かし、ヨイショと地面から這い出ると徐にブチっと自分の葉っぱのうちの1束分を千切り何故か腰(厳密には茎と根の境)に巻きつけた。見た感じはフラダンサーか何かをモデルにしていると思われる感じだ。


 キャッサバフラダンサーは地面から這い出るとノートに飛びかかるわけでもなく、根と葉を巧みに使い踊り始めた。その踊りを盛り上げる様に空の炎が強くなり、渦は幾つかのグループに分かれて一纏めになる。

 

「(…………なんだこの甘い臭い)」


 同時に甘い香りが周囲を漂う。ノートは自分の周囲に召喚した動物モデルの死霊たちを見るが特に反応を示していない。


「(ユリン達の分析では、各フィールドで共通する状態異常の他に固有の状態異常が発生するギミックとなっているんじゃないかって話だが)」


 ノートの観測する限り、今のところ豪雨のフィールドも此方のフィールドも特に状態異常になった感覚はない。なくてもフィールドギミックだけで十分な脅威だった。これ以上追い打ちしたら本当にただのイジメである。

 なおついぞノートにはわからなかったが、この炎のフィールドは【昏睡】の状態異常を引き起こす極めて凶悪なフィールドとなっていた。

 ALLFOに於ける昏睡は、端的に言ってしまえば『蘇生可能な死亡状態』である。【昏睡】になった存在はその場で意識を失った状態で倒れ、周囲からの刺激などで目を覚さない限り基本的には自力で回復できない。更に一定時間誰からも起こしてもらえなければ、状態が昏睡より起きる条件が緩い【睡眠】か更に深刻な【仮死】に変化する。

 【昏睡】に陥ったプレイヤーにできることはチャットとログアウトだけ。メタ的にも凶悪なこの状態異常は悪戯にプレイヤーの楽しみを奪ってしまうという非常にメタっぽい理由で他のゲームでもあまり見受けられない状態の表現だが、明らかに危険な場所に勝手に踏み込んだ奴らにはALLFOは容赦なく牙を剥く。

 しかし、ノートのバルバリッチャコートは昏睡を完全レジストする効果があった。昏睡などに普段なった事がないせいで忘れがちだが、バルバリッチャコートは状態異常に対して異常な耐性を持っているのだ。


 結果、ノートは昏睡に陥る事なく、昏睡を誘発する香りを嗅いでも甘い香りとしか感じなかった。


「(他勢に無勢もいいところだが、何か利益をもぎ取れそうな手もパッと思いつかない)」


 魔法もダメ、メインの死霊達はダウン中で他の死霊は心許ない。

 空に幾つか渦巻くハイビスカス鳥はどんどん融合を繰り返しやがて一つの大きな炎の渦の繭となる。その繭がブワッと膨らむ様に解けると、巨大なハイビスカス鳥がバサリと翼をはためかせノートをジッと見つめていた。





 巨大ハイビスカス鳥の誕生を祝う様に地面で踊るキャッサバフラダンサー。周囲の香りが甘い香りからピリ付く臭いに変化したが、これもまたノートに意味を成さない。

 

「(なんらかの状態異常環境を下の奴らが作って、メインは鳥の方ってか?)」


 ハイビスカス鳥は大きくなった事でより鳥らしい形をしていた。巨大な翼、頭には鶏冠のような炎が棚引き、長い尾羽が幾筋も揺蕩う。

 

「(不死鳥(フェニックス)?)」


 ふとノートの脳裏にハイビスカス鳥のモデルらしき物が過る。

 燃え盛る不死の鳥。不老というわけではなく、生と死を繰り返すタイプの不死の鳥で、一般的には燃える鳥と描かれる事が多くゲームでもメジャーな存在だ。

 メジャーという事はその属性も大体似たり寄ったりという事で、やはり水が弱点になるのだが。


「(あの火の塊を打ち消すだけの水なんてねぇぞオイ)」


 ネオンがいれば一羽ならどうにかなったかもしれないが、巨大ハイビスカス鳥はノートの視界の中だけでも10羽以上。遮蔽物もないこのフィールドで、両翼5mオーバーのボス級の敵共相手に何ができるのか。


「(水?)」


 普通に考えたら詰みだ。ノートは大量の水を生み出す魔法を使えないし、死霊をかき集めて実行しようとしても効率が悪過ぎる。

 だが、この窮地でふと一つの閃きが生まれる。


「《クライオブヘル》!」


 ノートが発動したのは巨大ハイビスカス鳥を直接攻撃する闇属性の魔法ではなく、スタンを起こす呪属性の魔法。呪属性は扱いが難しく、状態異常誘発に特化しているが、一方で格上に効きづらいという弱点も抱えている。よってここでの発動が悪手に分類されるはずの魔法だ。いくら消費MP1の魔法であろうと、その魔法を一つ使う間に別のもっと使える魔法が使えただろう。

 

 しかもこの魔法は破格の消費MPの代償の様に、使用すると周囲のヘイトを一気に引き上げるというとんでもないオマケまで付いている。使い所を間違えたら非常に危険で、まかり間違っても周囲を格上に包囲されて使う代物ではない。


 だが、それでいい。ノートの狙いはスタンではなく、付随して発生する急激なヘイト上昇だ。

 《クライオブヘル》のヘイト上昇は対象者に対してのスタン発生の成功失敗に関わらず必ず発生する。これも破格の消費MPの代償の一つでもあるのだが、この仕様は逆に利用もできる。


 ヘイトの上昇により魔物達からの敵意が膨れ上がる。キャッサバフラダンサーのダンスはフラダンスからブレイクダンスの様な激しいダンスへ。巨大ハイビスカス鳥から溢れ出る炎は激しさを増す。

 

 キャッサバフラダンサーのダンスは激しいながらも秩序的で、徐々に溢れ出した金の光の粒子が巨大ハイビスカス鳥の更に上で寄り集まってキャッサバを原型とした鬼の様な何かの化身がズズズッと姿を表そうとしていた。


「(おっとこれはやり過ぎたか?)」


 ヘイト上昇は仕様として逆利用はできるが、どれほどヘイトが上昇するのかはノートにもよくわかってない。そもそもヘイト自体がマスクデータの塊の様な概念なのだ。

 

 軽率な思いつきは身を滅ぼす。浅慮は暗愚に似て、しかし後悔先に立たず。

 いつだって出たとこ勝負だ。これはもう誤差と考えるしかない。

 そう判断したノートは召喚した盾役の死霊たちを一気にキャッサバフラダンサー達に突撃させ、ノート本人は立ち向かうどころか盾を背負いつつ全力ダッシュする。


「(……間に合え、間に合えっ!)」

 

 味方を使い捨てにする事を欠片も躊躇わない男故にできる戦法。そこに正義もクソもない。


 背後を振り返ってる暇はないが、背中に押し寄せる熱気が一気に上がる。背中が燃え上がったかの様な熱気がノートの脚を絡め取ろうとする。振り向かせようとしてくる。

 

「(フィールド間移動は、魔物にとってなんらかの制約を設けてる可能性が高い!)」


 思い出すのはまだユリンと2人きりだった頃。

 中立域に魔物が侵入してこないという仕様を悪用した狩りを行なっていた時の記憶。かなり生物としてのリアルな動きを見せる事が多いALLFOの魔物の動きの中でも、中立域に関して魔物達は明らかに不自然な動きをする。

 それをゲームの仕様と片づけることもできるが、もしそこになんらかの設定が組み込んであるとしたら。


「(そうでなくともこの先は!)」


 どぷんっと水の中に入る時の様な感覚。燃え盛る様な熱気の世界からから体の芯まで冷え切りそうな豪雨が荒れ狂う世界へ。

 背中が燃える。痛さを感じない事に一瞬脳が混乱しそうになるほどの衝撃が背中を押す。


『GyeeeeeeAaaa!!』


 激しく水飛沫を上げながら、格好良さも欠片もなく不恰好に地面を転がるノート。そのノートを追う様に押し寄せて勢いのまま境界を越えた巨大ハイビスカス鳥が絶叫する。

 

「《暗凍恐蝕(ミエドエラド)》ッ!」


 追い打ちをかけるようにノートは地面に転がったまま魔法を放つ。吹き飛ばされはしたが、ノートが狙っていた中でもほぼベストな状態。

 大量の水に炎でできた体を蝕まれ、更にその体を氷結させる魔法による攻撃。甲高い悲鳴が響く。


「(なるほどこの隣接するフィールドは悪用できるわけだ!)」


 地面に落下しジタバタする巨大ハイビスカス鳥は徐々に小さくなっており、周囲に蒸気が立ち込め始める。

 

「さっきはよくもビビらせ、て……」


 これで漸く攻略の糸口が見えた。このまま一体ぐらいは道連れにしてやる。

 そう思いノートが更なる攻撃魔法を放とうとすると、ズズズズッと境界より黄金鬼キャッサバ化身が阿吽の様なポーズを取りながら豪雨フィールドに侵入してきた。


「(それは聞いてないヤツ!)」


 片手を前に、もう片方は後ろに構え、その後ろの手を弓を引き絞る様に引く。


「ぱー!?」


 そして強烈な張り手がノートの体を張り飛ばし、今日何度目かの吹っ飛びを経験するかと思いきやその背に凄まじい衝撃が走りノートの心臓を薄緑色の細剣が貫いていた。


「クソ玉ねぎ!」


 吹き飛ばされたノートの背中を背後より刺し貫いた下手人は玉ねぎ隕石でノートを吹き飛ばしたスーパー玉ねぎ戦士。先ほどの奴とは別個体の可能性もあったが、ノートはとある魔法の発動条件が揃っていることで同一個体だと判断した。


「死なせてくれないなら、連れてくまでだ!《秘到外道魔法:死奈場諸共(シナバモロトモ)》!」


 発動条件は魔法の対象から一定以上のダメージを受けていて、自分自身も相手に一定以上ダメージを与えていて、尚且つ自分自身が瀕死であり、尚且つ自分が最もヘイトを集めている状態である事。

 対象を道連れにするイカサマクラスの自爆魔法。シナリオボスでさえ脅かしたチート魔法だ。


 これでノートはシステム上は死亡判定となる。

 自分の死と引き換えに格上さえ屠るこの魔法は一見極めて強力だが、とあるデメリットを隠し持っている。それは自爆が不発した時。《秘到外道魔法:死奈場諸共(シナバモロトモ)》はトドメの攻撃を受けて初めて成立する。スーパー玉ねぎ戦士の様になぜかトドメを刺さない奴が敵となるとノートはこの魔法を使うことができない。そう、スーパー玉ねぎ戦士はまるでノートにメタを張るような行動をずっと続けていた。


 だが、ここにはヘイトを大量に引き付けていた魔物共を引き連れてきてある。

 

 そう、《秘到外道魔法:死奈場諸共(シナバモロトモ)》の最後のトリガーを引くのは、魔法対象である必要は無いのだ。この魔法もそこを突けば悪用できる。

 ノートはこの魔法を使った時点で死亡判定になっているので他のスキルも魔法も一切使えない。ノート自身はトリガーを引けない。スーパー玉ねぎ戦士も引かない。なら第三者が引けばいい。


 ダウン状態から復活した巨大ハイビスカス鳥が羽ばたき、他の巨大ハイビスカス鳥までこちらのフィールドに侵入し、黄金鬼キャッサバ化身は再度手を引き絞る。


 スーパー玉ねぎ戦士が何かに反応したのか動き出す。しかしもう遅い。


「一緒にオニオンフライになるぞー!」


 次の瞬間、ノートの視界一杯に黄金の張り手と薔薇色の火炎が広がり、ノートは勝利の哄笑をあげながら華々しく散った。


なお味覚は普通にある模様

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― 新着の感想 ―
[気になる点] このキャッサバフラダンサーたちを死霊化させたら儀式系魔法の補助要員に使える死霊になりそうですなぁ 玉ねぎとかと違い複数出るみたいなのである程度一体一体の能力を抑えられてそう(ただし厄介…
[一言] 貴様も仲間か教区長よ
[一言] 無事の帰還を切に祈る。
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