No.197 ヌリヌリマシン
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◆00:05◆
「(い、生きてる?生きてる……ボク生きてる!!)」
目をうっすらと開くと、そこはミニホームのベッドではなく、目を見開きガバッと起き上がるユリン。
最後に見たのは視界が真っ白に染め上げらた絶望的な光景。大きなポップコーンみたいな形をした何かが魔法を一斉に放ち吹き飛ばされたのだ。
視界の隅に映る簡易ステータスを見ると残り体力はミリ残り。本当にギリギリでユリンは生き残っていた。
「(直前に使用した金属性魔法のお陰か、それとも咄嗟に使った〔一閃・天開キ〕が少なからず効果をもたらしたのか…………とにかくラッキーだったぁ)」
ひとまず吹き飛ばされる直前に一閃・天開キの為に取り出して使った長剣をインベントリにしまい、メイン武器の双剣と回復薬を取り出す。サブのサブ武器として控えてある長剣は使っている素材が素材なだけに非常に丈夫でサブのサブにするのは勿体ないくらいの性能がある。その長剣が、たった一度の使用で耐久値限界まで追い込まれていることから、先ほどの魔法の弾幕がどれほどの威力を持っていたかは一目瞭然だった。
長剣用スキル〔一閃・天開キ〕はユリンが黒騎士から会得した極めて強力なスキルであり、取得条件が難しい反面、シンプルな強さが売りだ。その中でも『魔法切断』の能力は対魔法戦に於いて圧倒的なアドバンテージを持つ。
ユリンは魔法の弾幕を見た瞬間、咄嗟にインベントリから長剣を取り出し一か八か振り向きざまに一閃・天開キを使用した。最近ネオンと手合わせする際、初手で大火力の魔法で攻められた際にどうダメージを抑えるかという対策を練った結果ユリンがたどり着いた魔法迎撃用の技の一つだ。それが今回は役に立ったようである。
無論、あの強烈な量の弾幕相手では全てを切断できたわけではない。しかし一閃・天開キには斬撃延長の効果もあるので、自分の真正面から来た魔法だけはなんとか切断しきったといった感じだろう。周囲の巻き添えだけで瀕死まで追い込んでくる威力を考えると、直撃などしていたら一たまりもなかったことは間違いない。
「(あとはネオンの自動HP回復の効果に頼りたいところだけど…………鎌鼬はどこ行っちゃったのかなぁ?)」
ひとまず落ち着いたのであたりをキョロキョロ見渡すと、そこは先ほどの暴風が吹きすさぶ平地ではなく、連続した小山の様な物が連なる『巨人の農園』と名付けたくなるような場所だった。地面はふかふかの土で、視界は昼間のように明るいが、空を見上げると何故か満天の星空が広がっており、6つの緑色の月の様な物がクルクル回っている。
「(どうやってきたかはよくわかんないけどぉ、とりあえず別エリアにいるのは間違いないよね。そんでもって、パーティーログを見る限り鎌鼬は生きてるっぽいと)」
ユリンが魔法を使った瞬間、まるでセンサーかなにかに引っかかったかのようにトウモロコシ擬きが爆発してユリンたちは吹っ飛ばされた。その後、爆発共に狙っていたポップコーン共は魔法を発動しようとしており、明らかにユリンと鎌鼬を狙っていたが、更にユリンが魔法を使うと照準を完全にユリン側に向けてきた。
「(おそらく魔法を使用した敵を優先して狙うように設定されてる感じかな?そのお陰で鎌鼬は逆に助かったのか、それとも何かのスキルでも使ったのかな?あっ、魔法がダメならノート兄ヤバいじゃん。だから全然連絡がこないのかな?)」
ノートの場合、メインの攻撃方法は召喚と闇魔法になるわけだが、そのどちらもが魔法である。最近は昔の様に盾を使うことも視野に入れているようだが、あれはどちらかと言えば攻撃ではなく防御用、加えて対人用なので攻撃手段の一つにはカウントできない。となれば、一人になったノートはおそらくメギドかなにかしらの近接用の死霊を召喚し自分を守ろうとするのは想像に難くない。物心つく前から行動を共にしているのだ。ユリンにはノートの思考回路が手に取るようにわかる。
そういう予想も含めて状況を整理したい。なのでパーティーチャットで今すぐ連絡を取りたいところだが、今は鎌鼬とはぐれてしまったせいで一人きりだ。その状態でパーティーチャットに意識を逸らすのはかなりリスキーな選択。もう少し周囲の状況を確かめてからの方が良い。
幸い、このエリアは小山が連続しているので隠れる場所には事欠かない。小山の影に隠れてそろりそろりと移動しつつ偵察していると、視界の端が一瞬揺らいだ気がした。
「(ん?なにかいる?)」
双剣を構えて息を殺しジッとゆらぎの方向を見据える。すると、その揺らぎはまるで壁の様に面状に発生していることにユリンは気が付いた。
「(…………もしかして)」
魔法の弾幕で吹っ飛ばされた時視界がホワイトアウトしたせいでよくわからなかったが、別エリアに来たにも関わらず何かの演出が有ったり通知があったわけでもなかった。しかし実際にユリンは初期のスポーン地点とは別のエリアにいる。
ユリンは10フィート棒をインベントリから取り出し、その揺らぎに恐る恐る差し込む。すると、ゆらぎの先から10フィート棒の先端が見えなくなった。すぐに10フィート棒を引き抜いてみたが、特になにか変化した様子もない。
ユリンは棒をしまい、今度は手を入れる。するとゆらぎの先からは強烈な風を感じる。まさかと思って顔を突っ込んでみると、ユリンの顔をいきなり暴風と共に砂塵が襲った。
「うじぇ!?」
変な声がでてしまい一人で羞恥に悶えながらすぐに顔を引き抜くユリン。だが恥ずかしい目にあった分の成果はあった。
「(なるほど、このダンジョンはいろんなフィールドが隣接して存在しているタイプで、だけどその境界は隠されていて接近しないとわからないってわけかぁ。…………え、このダンジョン、脱出させる気が微塵もかんじられないんだけど)」
この境界は余程近くから見ていないと全く見えない。イメージとしてはフィールドが巨大な鏡に囲まれているみたいで、周囲の風景もシンプルな為に違和感を感じることは難しい。
もし空間認識系の能力に特化している鎌鼬などがいれば違った反応を見せたのかもしれないが、その頼みの綱も離れ離れだ。
ユリンは畝の凹んでいる部分を軽く掘ってその小さい体をできるだけ隠して身体を出さないようにスクショする。こんな時はコンプレックスの小さな体は役に立つ。脱出が困難な以上、一つでも多くの情報を持ち帰る事だとユリンは考え、リスク評価を改めチャットを開く。
パーティーチャットを見ればそこにはヌコォ、スピリタス、トン2、ネオンの書き込みがあり、情報が無いなりに情報共有を行おうとした痕跡があるが、やはりノートの書き込みがない。
「(ソロという観点では今のノート兄が1番生存能力が高いからある意味順当な振り分けなのかもしれないけど、厄介だなぁ)」
祭り拍子はノートがいないと完全に機能停止してしまうほどやわなパーティーではない。いないならいないなりの行動は可能だ。ただいるならそれに越したことはない。単純な指揮能力に加えてALLFOに於ける使える能力の多さ、そしてギミックに対する理解。ノートがいればメンバーはより積極的に動くことができる。
「(しかも【感覚惑乱】と【不繋圏外】の超嫌な状態異常に加えてフィールドごとに固有の状態異常が発生する可能性がありって…………)」
例えば、他のゲームでもフィールドごとに専用の装備やポーションが必要な場合がある。暑い砂漠のフィールドでは熱を防ぐ工夫を、体の芯から凍りつくような寒いフィールドでは暖かい飲み物などを用意する。これ自体はゲーム史に於いて遥か昔からあるギミックだ。アラクネ・ラミアの巣で経験した沼地もその例に当たる。
問題はこれらの特殊なフィールドが隣接している可能性が高いこと。沼地や灼熱、暴風に豪雨、極寒に過重力など、各フィールドギミック一つ一つは対応可能かもしれないが、全てを網羅しようとなると難易度は一気に上がる。インベントリを使うか使わないかわからないアイテムが圧迫し、魔法やスキルで対処しようとすればその分MPを消費する。
「(となるとこのフィールドギミックは…………)」
チャットに書き込んでもネオン達の反応がない。つまりそれは戦闘状態に入ったと考えていい。それならばチャットをただ眺めている時間は無駄だ。なのでユリンはとりあえずチャットを閉じてステータス画面に表示を切り替える。
この日のユリンはある意味ツイていた。定期テストが終わり精神的にも解放状態にあり、勘が冴えていた。
ステータスを表すホログラム越しに感じた僅かな違和感。最初はホログラム越しに見た背景がブレただけに見えたが、ユリンは明確な違和感を覚え、次の瞬間にはサクリと土を踏む微かな音を耳で捉える。
反射的に双剣を取りピタリと動きを止める。天敵に狙われた時に草の影に隠れる昆虫の気分でユリンは危機に備える。
すると、違和感を感じた部分が揺らぎ、白い何かが姿を現した。
その存在に使うのは間違っている語彙なのはわかるのだが、ユリンはひと目見て綺麗なプロポーションだと感じた。
美白に命をかけて日焼け止めヌリヌリマシンと化している女性を嘲笑うかのような透き通る美白。出るところは出て引っ込むところは薄らと、痩せすぎて逆に不健康に見える人とは対照的に美麗だと生き生きとした感じを極めて高い領域で両立していた。
とある教えによると、人は神が自分の姿を真似て作ったものらしい。当然心を込めて綺麗に作ろうとしただろう。被創造物には創造者の心意気が如実に現れる。そのような観点では現れたその人物はよほど創造者に愛情を目一杯注がれてデザインされたのであろうというこだわりを感じられた。
しかしソイツは厳密には人ではなかった。
何処からどう見ても大根だったのだ。
美の女神と見紛うプロポーションと背中に広がる翼。だがその翼はよくよく見ると大根を桂剥きしたものを飾り切りしたような物であるとわかる。
ユリンの視線の先、畝の天辺にセクシー大根の女神様が突如として降臨した。




