No.196 One misfortune rides upon another's back
許してくれ、悪気しかなかったんだ
◆00:08◆
「やられた。定時報告がない。おそらくトンさん達は交戦状態になっている」
「5分ごとに連絡って約束だったが、単純に忘れてるだけじゃねぇのか?」
「ネオンの記憶力はずば抜けている。いくらこの状況と言えどネオンが連絡を忘れるとは思えない。あの子はルールとか守るという点においても非常に律儀で素直な性格をしている」
巨大トマト畑を警戒しつつ歩いていくヌコォ&スピリタスペア。低体温によるスタミナ低下が激しく徐々に体全体に錘を積まれているような嫌な感覚がするが、まだ動ける範疇だ。
「ノート兄さん、というよりグレゴリが機能停止状態に陥っていることが非常に痛手だけど、本来オンラインゲームで通話機能の殆どを潰してるALLFOの方が異常なのかもしれない」
パソコンの前に座ってカチカチやっていた時代からボイスチャットという概念は存在していた。無論、ほとんどはリアルでの接点がないことが多く、ボイスチャットには忌避感を持つ人も多いことからテキストチャットが主流だったのは間違いない。だが、ボイスチャットはテキストチャットよりも利便性が上回っている。
そのオンラインゲームがVRに移行し、オンラインゲームは単純なゲームとしてではなく、セカンドライフとしての世界を徐々に確立した。結果、ユーザー数はPCオンラインゲーム全盛期を圧倒的に超え、リアルの友人関係がそのままヴァーチャルな世界に適応されるようになり、同時に音声による会話に人々が忌避感を覚えることが無くなっていった。
そうなれば当然、人々はテキストチャットよりも音声通話によるコミュニケーションを積極的に利用するようになる。テキストよりも圧倒的なスピードを誇る情報伝達はチーム戦のレベルを別次元へと引き上げたと言っても過言ではない。
問題は、ALLFOではその音声通話を封じていることだ。
ALLFOでは対象のプレイヤーとフレンド関係になる事により、あるいはパーティーを結成することで様々な機能が使えるようになるが、その中の一つがチャットによるコミュニケーションだ。
ノート達はその状況の中でリアルタイムによる音声通話を可能にするグレゴリと言う強力な駒を手に入れた。今、ノート達の動きが大きく制限されているように、グレゴリの音声通話は超少数精鋭による特化型パーティーである【祭り拍子】では必須の存在となっている。
その音声通話に関してだが、実はヒュディ討伐戦以降大きく進展があった。エリアは限定されているが、音声通話機能が解禁されたのだ。エリアはヒュディ討伐前に既に解放されていたエリア。それ以降の【不繋圏外】だったエリア、目下攻略中のエリアに関してはまだ音声通話機能は使えない。実際、ノート達は深霊禁山では音声通話が使えることを確認している。
一方不明な点もある。解禁前から【不繋圏外】ではなかった深霊禁山の一角であるアラクネ・ラミアの巣、腐った森や水晶洞窟、現在攻略のエリアと同じく【不繋圏外】だったエリアも音声通話機能は使えないままだった。アラクネ・ラミアの巣や赤月の都はかなりイレギュラーな突破方法で解放した場所なので例外があってもまだ理解ができる。だが、そのほかはその限りではない。
結局ノート達のメインの狩場では音声通話機能が使えず、グレゴリの戦略的価値はほぼ落ちていない。それは現在攻略中のエリアも同じ。戦闘上一番必要なエリアでは音声通話機能が未開放のままだ。
これに関しては不満の声も上がったが、最終的にはALLFO側は一切動くこと無く静観を保った。プレイヤー達もそれを受けて色々な説が流れたが、結果的に街での音声通話が可能になったことでプレイヤー同士の交流は活発になり生産力は上昇。ヒュディ討伐戦以降に新しく流れ込んできた新規のプレイヤー達は音声通話機能を積極的に利用し次々と成果を挙げている。それをうけ、ALLFOに於いて度々見受けられる不自然な不親切さは、先行プレイヤーと新規プレイヤーの乖離を防ぎコントロールするために敢えて行われているのではないか、という説が今では一般的な物となっている。
「まあ問題点を挙げて悲観しても仕方ねぇだろ!とにかく今は動くしかねぇ。違うか?」
「そういう割り切りの上手な点は素直に凄いと思う」
「ヌコォやノートはオレ達暴力装置を操作する側だ。その装置が勝手に悲観して動かなくなったら大変だろっ?だからそういう難しいことはそっちに任せる代わり、オレ達はただやるべきことをやる。ノートは中学の時点でそれが理解できていたぜ。だからヌコォにもできるっ!頼りにしてるぜっ!」
ニカッと悪戯小僧の様な無邪気な笑みを浮かべぐしゃぐしゃっと雑にヌコォの頭をなでるスピリタス。その姿にどことなくノートが重なり、スピリタスとノートがなぜ惹かれ合っていたかよくわかった気がした。
「確かに、今はとにかく打開を、あっ」
「どうしたっ!?」
スピリタスの揺らがぬ姿勢を見て、ヌコォも完全に落ち着きを取り戻す。名残惜しく開いていたチャットを閉じヌコォが探索に専念しようとすると、そこでヌコォが反応を見せる。
「ユリンから反応があった!」
「なにっ!?ってちょっと待てなにかいるぞっ!」
不幸はいつだって連なってやってくる。泣きっ面に蜂、前門の虎後門の狼、弱り目に祟り目、One misfortune rides upon another's back。
人が目を逸らしたとき、意識を逸らしたときに限ってやってくる連絡。咄嗟に迫られる選択。いつも通りなら間に合う動きが【低体温】という初めての状態異常により妨害される。
「なんだあれはっ!?」
「ギリー、スーツ?」
ギリースーツ。主に狙撃手などが山間部や草原に於いてカモフラージュの為に着用する特殊な衣装だ。その特徴はスーツ事態に草木や枯れ枝、葉っぱなどを大量に張り付けることで森の中で溶け込みやすくなる工夫を行っていることだ。森の中で寝転がっていればよく見ないと草花の一部にしか見えないだろう。
ヌコォが目撃した奴は確かにギリースーツの様なものに似ていたが、実態は少し違う。枝ではなく、このトマト畑の地面に生えた濃緑色の芝の様な草の様なものを生やしており、腕もない。サイズも人間にしては50㎝以下とかなり小さく、腕も脚もない。どちらかと言えば着ぐるみか草でできたへんてこなモップが直立して動いているみたいで、かわいらしささえ感じる。
だが、頭部らしき部分から直径3㎝程度の6本の筒の様な物が飛び出ており、明らかにヌコォ達に向いていた。それを見てスピリタスは直感的に危険を察知し、その形状から最近ノート達が開発した文明の利器を想起した。
「まさかっ!」
風を切るような音ともに何かが飛び出す。人外の領域に足を踏み入れつつあるスピリタスは無詠唱で〔金剛頑強・滝羽〕を発動し防御力を上昇。ギリギリで籠手を構え急所はガードするが、それ以外の場所に放たれた弾丸はもろに食らってしまう。
それに対しヌコォの反応も早かった。レスポンスは諦めユリンのメッセージだけを一瞬で読み取りつつ一応手に持っていたゴツイ鉄塊をギリー小人に向けていた。
たった一体で近接専門職を圧倒する性能。攻撃速度と攻撃力の打点だけ見ればボス級とも思える攻撃力だが、小人がボス級の敵でないことはわかっている。つまりどのみち生存確率は限りなく低い。となれば、ここは一体でも落として魂を回収すればノートが手の内をある程度暴いてくれる。
戦略的な点を鑑みて自分たちの命を捨てる決断をしたヌコォは音のデメリットを無視して発砲した。
「〔ハウンドトリックショット〕」
バンッ!と鳴り響く銃声。異常な状況に置かれることで逆に集中力が増したヌコォはじゃじゃ馬と名高いモーション補正を完璧に飼いならしギリー小人の頭部中心を正確に撃ちぬいた。それと同時にギリー小人へ全く恐れず肉薄するスピリタス。初撃でヌコォをかばった分大ダメージこそ受けたが急所を守り切ったことでダウン判定は免れていたが故に即座に動くことができた。
グラリとのけぞるギリー小人。ダメージを受けたようでありながらも筒の小銃は相変わらずこちらを向いている。
「ハァァアア!!」
しかし来るとわかっているなら対処もできる。振りかぶった拳はフェイント。それが届くよりも早く放たれようとしている弾丸に対し、スピリタスは声をトリガーに物理衝撃波を発生させる〔鬼覇咆哮〕を無詠唱発動。更にダメ押しされたギリー小人は完全にのけぞり筒の照準がブレる。
完全なノーガード状態。普通ならここで仕留めきれる。
だが、それをあざ笑うかのように草のモップの様な体からニョキッと顔の部分にあった筒が一斉に生える。その姿はまるで仙人掌のようで、一転してスピリタス側が窮地に立たされる。しかしスピリタスは強力なオリジナルスキル〔戦覇真拳勝負〕を発動し突撃。
敵のメイン武器が飛び道具特化だというのならば、それらを封じる〔戦覇真拳勝負〕の相性は最高だ。
「〔ヘビィドゥーム〕」
そこに追い打ちをかけるようにヌコォは発砲。一時的に自分に制約を掛ける代わりに一撃を最大限強化する博打の様なスキルをここで使い追撃する。普段ならここまで部の悪い賭けはしないが、ここは完全に自分たちより遥か格上の敵がうろつく場所。自分の首を賭けてようやくモブに刃が届く。
今まではランクもわからない様なエリアでもとりあえずどうにかなっていた。そんな【祭り拍子】の慢心を真っ向から叩き潰すようにこのエリアの敵は次元の違う強さを誇っている。対ボス戦の動きをしなければモブ一匹落とせないのだ。
「〔波濤威獅穿チ〕ッ!」
表面防御無視の内部破壊系スキル。リアル格闘能力で人類に於ける最高到達点にいると認定されたレベルのプレイヤーのみに使用が許可される極拳シリーズの中でもとりわけ複雑だが、状況次第では最大のダメージを叩きだす技だ。
しかし、このスキルは失敗すると自分にダメージが跳ね返る恐ろしい性質を持つ。特に特性を掴めてない初見の敵に使うことは非常に危険で、形状や実態がよくわからない敵、例えばギリー小人に使うのはあまりにも危険な行動だ。普通は安全な手を打つ所ではあるが、ここで迷わずこの選択ができるセンスを持つからこそ極拳を使うに値する人物であるともいえる。
ヌコォが拳銃でキレイに2回撃ちぬいた頭部の中心に掌底を添えると、抉り込むように全体重を乗せて衝撃を放つ。ヒットと同時に表示されるCriticalの知らせ。赤いポリゴン片が舞いギリー小人は崩れ落ちバラバラになる。
『クケケケケケッ!』
『ウケケ!』
『キャッキャッキャッキャ!』
『ウケキャー!』
非常に危険な敵を早期の内に何とか倒した。そのはずだった。
ざわざわと揺れるトマト畑。人の頭ほどあるトマトがバクリと割れて口の様になり、ゲタゲタと下品な笑い声をあげる。同時にざわざわと何かがこすれるような音。いつの間にか数え切れないほどのギリー小人たちがヌコォとスピリタスを包囲していた。
「これは…………詰みかっ」
「一応スクショは取っておいた」
「余裕だな」
「これは悲観の領域を超えている」
圧倒的不利な状況の中で、ヌコォは拳銃を構え、スピリタスは拳を構える。
勝てないことなど百も承知。それでも彼女たちは最後の一瞬まで抗おうとしていた。
Without lies humanity would perish of despair and boredom




