No.178 インテリヤクザ
今の段階で4章おまけ話が数万文字もあるという事実
ちな5章はアレが出るぞ
「ところでバルちゃん、今ネオンいないんだけど」
ノートとしては課題達成報告をして後日ネオンがログインしてる時に召喚を行うようにスケジュールを組む想定だったのだが、アグラットの姿に呆気に取られているうちに話が進み、おそらくアグラットはもうすでに出発してしまった。だが悪魔召喚を行うネオンが居なくては話しが始まらない。
やる気を出していただいたところほんとに申し訳なんだけど…………という態度で一応バルバリッチャに確認してみたが、バルバリッチャの解答は想定外の物だった。
「あの娘にザガンは扱えん。負担になるだけであろう。それに結局のところザガンに命令を出すのは主人であろう?気づいてないだろうが、あれでもアグラットはかなり要領よくやっているから問題が起きてないだけで、二重の命令系統があるのは悪魔の契約に於いてかなりややこしいことになりかねんのだ。ならば主人が主となった方が手っ取り早い。我としてもその方が直接ザガンに干渉しやすくなる」
「え、俺?」
思わず聞き返すノート。
ノートには死霊召喚の技能はあれど、悪魔召喚の技能はない。ボールもバットもグローブも無しに野球をするくらい訳の分からないことを言いだしたバルバリッチャに対してノートは珍しく完全に困惑していた。
「召喚のシステム自体は実際のところ大きな違いがあるわけではない。要は接続先の問題だ。そこで接続の起点となる召喚主の相性も召喚できる物に関わってくるのだが、死者の領域と悪魔の領域はかなり近い位置にあるのだ。主人は通常通りに召喚を行えばよい。今回は我が接続先の方向性だけ少し干渉する。主人にわかりやすく言えば、召喚のシステムを利用しザガンと主人の間に仮のパスを強制的に作るという事だな。グレゴリの意識接続の超遠距離版だと考えよ」
更に子供にもわかりやすくかみ砕くなら、ミニホーム中庭と地獄在住ザガン宅へのホットラインができるという事である。此方の世界の回線をバルバリッチャが、地獄の回線をアグラットが作ることでできる特殊なホットラインだ。
「つまり、搦手一切なしで、言葉だけで説得しろってことだよな?」
「それができなければ奴を制御することなどできん。奴は知略と創造性で魔王に認められた器なのだ。それに脅迫なども通用せん。奴はプライドが高い。アグラットのように甘くはないし、気に入らない者には決して仕えない。そういう奴だ」
「確かにネオンには向かないか」
アグラットの話を聞くに、悪魔の社会は基本的に脳筋、というか大昔の極道社会みたいなことになっているらしい。その中でもザガンは腕っぷしはそこまで高くないが、知略で成り上がったそうだ。いわゆる稼ぎの上手なインテリヤクザの部類なのだろう。
ノートの中でスーツ姿にシャープなメガネをかけ、オールバックでがっちり固めた細身の男の姿が何となく浮かび上がる。
「ただ、必要以上に気張る必要はないだろう。奴はかなり頭がキレる。そして重度の理屈屋だ。そうだな、主人に似ているところはあるかもしれないな。気も合うだろう」
「なるほど?」
何気ない言葉はあるが、これから交渉するうえでかなり有難い情報だ。交渉をするうえで相手の情報があるかないかでは難易度は大きく変わってくる。これで直接顔が見えたら言うことなしなのだが、流石にそこまでワガママをバルバリッチャに言う気にはならなかった。
待つこと約数分、その間にギガ・スタンピード中にバルバリッチャの力を悪用していた件についてニヤニヤしながらネチネチとバルバリッチャに追及され、ノートがなんとか口八丁で煙に巻こうとしていると、急にバルバリッチャの前髪の一束がピンと立った。
「(アンテナ?)」
表現方法がステレオタイプすぎないかと思いつつも、展開は予想通り。アグラット側との回線が開通したようだ。
あとはノートが本召喚の召喚魔法を発動させると、浮かびあがった陣にバルバリッチャの放った魔法が陣に重なり陣が書き換えられる。同時に視界の中に大量の死体が見え、甲高いノイズ音が走り、脳内に高めのノイズ音が響く。感覚はグレゴリを使って意識接続をした時に感じる感覚にかなり近い。
「一つ言っておこう。これはある種の謎解きでもある。ヒントは既に出してある。よく考えよ」
「え、なに?」
そしてバルバリッチャは唐突にそんなことを言うと、パチンと指を鳴らした。
どうザガンと交渉しようか考えていたノートの思考の中にバルバリッチャの言葉が割り込んできて思考がこんがらがる。
―――――――バルバリッチャの言葉の意図はなんだ。その面白がるような表情はなんだ。自分は何かを見落としているのか?
必死で頭を回転させるノートを他所に、頭の中のノイズが徐々に小さくなり、まるでラジオの周波数を合わせるように音が鮮明になっていき、続いて意味不明な言葉の羅列が小さく聞こえはじめる。その声が聞き取りやすい大きさになったところで、ハッキリと声が聞こえた。
『『初めまして、興味深き人間さん。当方の名はザガンと申します。其方の名をお聞かせ頂けますか?』』
聞こえてきたのは男と老婆、それとなぜか水がチャプチャプと揺れるような音が混じった不思議な声。
想像していたインテリヤクザ系の声色とは違い、かなり柔らかめの声音。言葉遣いも非常に丁寧だ。格下の人間相手に対する言葉遣いではない。
「初めまして、私の名前はノートです。今回は急な交渉に応じてくださりありがとうございます」
相手がやたら丁寧なので、なんとなくノートの受け答えも普段仕事で使うような言葉遣いに寄ってしまう。これはこれでペースが掴みづらいぞ、と思いながら、ノートは遂にザガンとの交渉を開始した。
◆
「最初に前提の擦り合わせを行いたいのですが、よろしいでしょうか」
『『此方としてもそうしていただけると助かります』』
ゲームの中で仕事モードよりの口調になるのはちょっと気が滅入るのだが、相手の対応に対してはどうしてもこっちの方が自然な気がしてノートは口調を改めることを諦める。そんなことに思考を割くくらいならもっと別の事に思考を割く必要があるからだ。
「まず、其方に向かったアグちゃ……アグラットからは何を聞きましたか?」
『『それが殆どなにも。いきなり私の根城を破壊しながら押しかけてきて、『これからとある人間が私と交渉をしようとするので対応しろ』と頭ごなしに言われただけなので、相手がどのような人間か、どんな交渉を持ちかけられるのかもわからないのです。それに、この『枝』。これもただ渡されて困惑していたところでして』』
「それは、本当に申し訳ございません(アグちゃん…………ッ!)」
嫌い嫌いとは言っていたが本当にザガンの事が嫌いらしい。それは仕方がない。人間だれしも合う合わないはある。万人と仲良くなどあり得ない夢物語だ。
ただ、それはそれとして、メッセンジャーとしては最悪の行動をとっているアグラットにノートは思わず皺が寄った目頭を手で押さえる。
心象最悪じゃないか?と頭を抱えたくなるも、思考停止に陥ってはいけない。ノートは思考をフル回転させ打開策を探る。その中でふと気になる点を見つけた。
「ザガン、さん、でよろしいですかね?先にお伝えいたしますと、その枝は贈り物です。急な対応をしていただいた事への謝礼でもあります。それと、急で誠に申し訳ないのですが、ほんの少しだけお待ちいただけますか?」
『『構いませんよ。その間に贈り物を拝見させていただきます』』
どうしても気になることがあって、考えを纏めたいのだが時間が足りない。
そこでノートが取った手は時間稼ぎ。バルバリッチャがなぜ例の枝をアグラットにもっていかせたかは不明だが、ノートはそれを贈り物という事にして執り成し、暫しの猶予を貰う。
バルバリッチャは言った、これはある種の謎解きであると。
バルバリッチャはこの交渉に於いて何かを仕込んだのだ。それは間違いない。
今自分が有する様々な情報をピースにして組み合わせる。何か不自然な点はないか。おかしな点はないか。
そして自分が覚えた違和感の正体に気づく。
「(なぜ、ザガンの対応はここまで丁寧なんだ?)」
バルバリッチャはザガンは脅迫にも屈しないプライドの高い人物だと言っていた。それに賢いとも言っていた。バルバリッチャがほめるという事は本当に切れ者なのだろう。アグラットは悪魔としては変わり者と言っていたが、この手の人種は確かに周囲に対して悪戯に上手に出たりはしない。
しかしザガンの対応は単純に丁寧さがあるというよりは明らかにこちらに対する配慮が見受けられた。まるでこちらを同格、下手をすると上に見ているような雰囲気さえ感じる。プライドの高い人物の行動とは思えない。
それに、ザガンは交渉相手についてなにも聞いていないと言った。例えば、アグラットが交渉相手の人間が仮にもバルバリッチャの主人であるという事前情報を与えていたら、バルバリッチャの部下であるらしいザガンが多少丁寧な対応になるのも納得できる。しかしザガンの言葉を信じるならその重要な情報は共有されていない。
むしろいきなり人んちぶっ壊して事前説明も無しに推定犬猿の仲の存在から人間と交渉しろ、と命じられて素直に応じてるザガンが大人すぎる。そう、大人すぎるのだ。普通だったら怒りのあまり突っぱねる方が自然だ。本来、魔王が人間と直接交渉することなどあるはずもないのだから。
なのになぜザガンは応じた?
視点を変えて考え直す。ザガンの視点で物事を捉えなおす。
ノートの勝手なイメージだが、ザガンが塒で自分の研究の真っ最中だったとしよう。そんな時に急に騒ぎが。原因は犬猿の仲のアグラット。家をぶち壊して直接乗り込み急に訳の分からんことを言いだした。
もし、通常であれば、アグラットから聞いた悪魔たちであれば殺し合いの喧嘩になっている方が自然だ。人の家を徐にぶっ壊してあまつさえ訳の分からん命令を嫌いな奴からされたら人間だって滅茶苦茶腹が立つに決まってる。
だがしかし、それでも尚ザガンがアグラットの命令に従う理由があったとしたら?
もう一度全部一から考え直し、そして二つ目の引っ掛かりを見つける。
ザガンは最初にノートに対してこう言った、『興味深い人間さん』と。この言葉は『ザガンがノートの事前情報を持っていなかった』という前提から考えると少々不自然な言葉だ。つまりザガンがなんらかの理由でノートに興味を持つ理由があったか、『事前情報を持っていなかった』というのが嘘だったかのどちらかになる。
——————興味を引いた理由は『枝』か?アレはバルバリッチャお墨付きの一品だ。ザガンの興味も引けるだろう。しかしアグラットは何の説明もなしに押し付けたようだし、それだけでここまで丁寧な対応になるとは思えない。下手すりゃ家の修繕費と急なアポなし交渉引き受けのお礼でトントンだ。
それに、先ほどの物言いだと、まるでノートに言われてようやく詳しく見始めたようである。冷静に考えてみるとあの枝はかなりの危険物なので、それを嫌いな奴が渡して来たら普通は贈り物ではなく嫌がらせと考える方が自然な気がしてくる。
となると、おそらくザガンが興味を持ったのは別のポイント。
ザガン視点で得ている情報はおそらく、アグラット、枝、アグラットの命令。この三点。これしかザガンが持ってる情報はない。枝も命令も違うとするなら残るはアグラットだけだ。
そこで今までバラバラだった歯車がカチリと合わさったような感覚をノートは感じた。
そもそも、ザガンとの会話を行うのにアグラット自身がザガンの元へ行く必要は無いはずだ。回線をつなぐ程度なら悪魔創造の能力を持つアグラットであれば適当な悪魔をでっち上げて代役を務めさせれば良い。それなら嫌いな奴と直接顔を合わせずに済む。
それに、あの時は全く違和感を感じずに見ていたが、バルバリッチャがアグラットに命令を出す際にわざわざ呼び出す必要は無い。バルバリッチャの能力を閲覧した時にも確認したがバルバリッチャはグレゴリの意識接続の上位互換みたいな能力を持っており、直接声をかけずともアグラットに命令ができるのだ。
なのになぜあのやり取りをノートの前で行ったのか?これも不自然に思える。考えすぎかもしれないが、バルバリッチャが謎解きといった以上全てを疑った方がいい。
そこから導きだされる答えは、『アグラットが直接ザガンの元へ向かったことをノートにも認識させることに意味があった』だ。
改めて考えても、アグラット自身が行く必要性は無かった、までは言い過ぎでも、必要性はおそらく低かったはずだ。地獄とのパスの形成がどれくらい難しいかはわからないが、魔女之女王の異名を持つ魔法のエキスパートがわざわざ動く必要があるとは思えない。魔王が動く必要が無い。
そう、魔王が使いっ走りみたいなことをしている方が変なのだ。
アグラットとザガンは犬猿の仲に当たるようだが、アグラット曰く2人ともバルバリッチャの直属の部下に当たる。ザガンがアグラットの事を詳しく知っていてもおかしくはない。
それに、今までアグラットや他の悪魔の事に関してもほとんど何も言うことがなかったバルバリッチャが、今回は聞いてもないのに色々と話してくれていた。その情報の中に重要な意味が込められていたとするなら?
悪魔は個人主義。指揮系統も人間のソレとは異なるようだ。そんな悪魔が使いっ走りに甘んじる状況とは、魔王ほどの悪魔が、バルバリッチャに最も忠実に仕えていたというアグラットがパシリの真似事をするようなシチュエーションが発生する条件とは。
答えは唯一つ。『バルバリッチャに直接命令された時』だ。
もし、もしもバルバリッチャの言う通り、ザガンが切れ者だとしたら、アグラットが雑用をやってる時点でその裏にいる人物の存在をかぎ取れる可能性は0ではない。だとすると、ザガンのやたら丁寧な対応にも合点がいく。
ザガンは最初からバックにバルバリッチャが居ることを察したから、温文爾雅の対極みたいな態度で乗り込んできたアグラットの命令にも応じた。ノートに対しても非常に丁寧な対応を行った。
一つ問題があるとすれば、これはザガンが限りなく人間に近い思考回路を有していた時のみ通用する仮定なだけで、AIがそこまでチャート化できるような思考の模倣をしているかどうかが一切不明になってくる。実は千里眼の魔法や読心の魔法で全部力技で見抜いてました、なんて面白みのない答えである可能性もゼロではないのだ。
だが、ノートはほんの少し迷っただけでALLFOの技術力に賭ける方を選んだ。聖女アンビティオのようなNPCが作り出せるのだ。こんな高度な思考ができるNPCが存在するという方にノートは賭けてみたかった。
それに、これは単なる邪推だが、ノートはアグラットがわざと非常に相手を怒らせるような態度でザガンの根城に乗り込んだのではないかと考えた。
恐らくアグラットはノートの交渉の邪魔をしたかったのではなく、嫌いな奴に自分と同じような恐怖を味わせたかったのだろう。
実際、アグラットは召喚時にノートを馬鹿にしたせいでバルバリッチャにキレられて危うく殺されかけている。もしアグラットのやり方にキレて、怒りのままノートと交渉してザガンがノートを訳もなく罵倒した場合、もしかするとバルバリッチャがキレてまた割り込んでくる可能性は無きにしも非ず。0とは言い切れない。
ただ、そもそも怒らせた時点で普通はアグラットの命令を聞かない確率の方が高く、そうなると交渉の場さえ設けられない。となるとバルバリッチャに大目玉をくらうのはアグラット自身になってしまう。
冷静に考えればそんなことをしないのだが、アグラットだとその可能性が捨てきれないな、とどうしても考えてしまうのだ。
おっちょこちょいというか、とっかかりは悪くないのに詰めが甘いというか、失敗の仕方が非常にノートの想像するアグラットらしいのである。
兎に角、恐らくだがザガンはノートのバックにバルバリッチャが居ることを察している。
となると交渉もかなり楽になる。ノートとしても三下みたいで交渉の時にバルバリッチャの名前は出さないようにしたい、出すとしても最後の切り札くらいに考えとこうと思っていたのだが、バルバリッチャのお陰で手間が省けた。
もしすべてがノートの想像通りなら、交渉の場を設けるだけと言いつつ、バルバリッチャは交渉がスムーズになる様にも動いてくれている。だとするととんでもなくわかりにくいツンデレムーブをしていることになる。
久しぶりのバルバリッチャのツンデレムーブに思わずノートはフッと表情を緩め、図らずもリラックスできた。
「大変お待たせ致しました。交渉を再開してもよろしいですか?」
『『ええ、此方も枝の解析の大部分が完了したので問題ありません。それで、何のための待ち時間だったか一応教えていただいても?』』
「はい、少し考え事をしていまして。とある”人物”からこの交渉に纏わる問題を出されていたのですが、その答えがようやく解ったところです。貴方もご存じの人物かと思われます」
話の流れから少し逸れる不自然な言葉。鎌かけ以下の言葉でノートはザガンを試す。お前は既に気付いているのだろうと先制する。
『『ある人物、ですか。なるほど。”人”、ですか』』
非常に含みのある言い方。ノートはここで確信する。
「大悪魔、と言った方が正しいですかね?」
『『よろしい、腹を割って話すと致しましょう』』
お互いの事情を見抜いたところで伏せられたカードをオープン。どうやらノートがザガンの考えを見抜いたことが重要だったらしく、ザガンの声音が第三者的な物から真剣な物に切り替わる。
こうしてようやく、ノートは本格的に魔王との交渉を開始した。
設定とか面白い物もメモしておくアイデアメモがあるんだけど、思いついても凄い圧縮してメモるから極稀に自分でも解析不能のアイデアメモを見つける時がある
今のところ圧倒的トップの意味不明メモが「硫酸ジャンケン」
私は何をどう考えてこのイカれた字面をメモしたのか永久に思い出せない………………




