No.173 ギガ・スタンピード/代償
深夜ゲリラの時間だぁ…………(感想、評価、応援ありがとうございます)
「俺たちさっさとキャンプ地行きたいんだけど!いつまで喋ってんのお前らさぁ!!」
唐突に叫んだのは結界周りで野次馬していたプレイヤーの1人である。なんとなくノートと聖女のやりとりを見ていたが、一向に話が進まなくてイライラが限界に達したのだ。
それもそのはず。本来は別の予定があったところを、反船イベント級の騒ぎだからと聞いて慌てて予定を潰してログインしたのだ。
なのに救援部隊は一向にキャンプ地に進まず、挙げ句の果てにNPC同士の謎会話パートを見させられる始末。早く戦わせろと思ったのはそのプレイヤーだけではない。
だが、この静かな状態で会話を遮れるほど叫べるのは彼自身がなかなかのKYだったというのも残念な事実だった。
しかし人間とはキッカケがあると急に動き出すもので、同じくKY指数の高い奴らも続いて不満を叫び出す。
それはやがて伝播し、デモ隊の様に不満を叫びながらノート達を包囲していく。
やがて数分もしないうちに半数のプレイヤーは自己判断でキャンプ地の方に向かい始め、イベントを最後まで見てたい物好き勢や聖女お守り勢、ピエロマスクと戦いたい勢のプレイヤーだけが結界越しにノート達を包囲した。
たった3人に対してプレイヤーの数は千と少し。数で押し切れるとの判断だ。それに彼らは聖女リナの攻撃を見ているので、万が一何かあっても聖女アンビティオなら守ってくれるだろうと都合のいい事を考えていた。
一方で聖女アンビティオといえば勝手に動き出したプレイヤー達にアタフタとしながら必死に止めようとしていた様だが、殆ど効果は無かったようだ。
「(タップリ時間をくれてありがとう)」
野暮なプレイヤーにより会話は中断されたが、どこかで落とし所が必要だとは考えていたのである意味終わらせ方を考える手間が省けたとも言える。
プレイヤー達が勝手に動き出した事でノートへの注目度が下がり、その間にノートは一手打つ。
自分を守らせるように大型の死霊を召喚した様に見せかけて、グレゴリの系列の死霊に幻影で誤魔化してもらいながら死霊の中心で舞う。
「【常、傍らに或る物】」
使うのは2度目の魔法。
「【救い無き衰亡の都へ率いて行こう】」
「【永劫の呵責に遭わんとする者は此の門を潜れ】」
「【全は一、此処に示すは無苦集滅道の理】」
「【冒涜せよ、天を嗤え、地獄は此処に連れて来た】」
新たに現れた死霊共がノートを崇め出す。
フィールド全体に急に黒い影が差す。聖女アンビティオが異常に気づくが少し遅かった。
「【秘到外道魔法:滅虞黄泉魄装】』
ノートの背後に亡者が彫り込まれた巨大な漆黒の門が現れ、ゆっくりと開く。
ノートはキサラギ馬車に止まるポイントを細かく指定していた。
場所は聖女達の進行ルートと思われる地点で、尚且つキャンプ地から続く森の淵。何かあっても簡単に背後へ回り込ませず攻撃の方向を絞る意図があったが、真の目的は違う。この場所が“ギリギリ発動圏内”なのだ。
【秘到外道魔法:滅虞黄泉魄装】は大量の魂と引き換えに自分を死霊化する事で使役する死霊の力を行使する禁呪。
女王蟻戦でノートが使った規格外の魔法で、タナトス、アテナ、ゴヴニュ、メギド、ネモ、グレゴリなどの本召喚の死霊の能力もフル活用していた。
ただ、あの時、使いたくても使えなかった死霊の力が一体だけあった。使用可能なリストに載っていなかったのだ。それに対してノートも特段不自然に思うことは無かった。むしろホイホイ簡単に使えていた方が問題だからだ。
しかし、どんな意図かは読み切れないが今は使える。制限時間が設けられているようではあるが使用が許されていた。
「(少しだけ力を貸してくれ)」
「希望ノ聖典・八ノ母抱――――――!」
危険と判断したのか、ノートの妨害をすべく聖女アンビティオは聖句を唱えて完全戦闘形態へ移ろうとするが、爆音と共に意識の外から飛んできた金属の塊が結界に大きなヒビを入れる。それによって動揺したのか言葉が乱れてノートの詠唱が間に合う。
そう、敵はノートだけではない。存在感を消していたが赤甲冑の騎士も堕天使もその場にいる。万が一の時に備えて彼女達は控えていたのだ。
ノートは告げる、自分の死霊の名を。
鎌鼬が作り出した時間の間にその名を呼び終える。
「【バルバリッチャ】」
ノートの使役する死霊の中でも議論の余地など要らぬほどブッチギリで最強の存在。
傍若無人な地獄の獄吏。悪魔を統べる大悪魔。魔王でさえも跪く、赤子も泣き止む恐怖と破壊の権化。
ノートが纏っていた金色のオーラが解けて悍ましい旧バルバリッチャの形状となって出現する。
それと同時に大量に出現するウィンドウ。これらは全てノートが使用可能な技の一覧。バルバリッチャが使用可能な技の一部である。
何か使えそうな技はないか。素早く目を走らせるとふと目に止まる字面。ノートは天に手を掲げて吼えた。
「〈陽星喰ライ〉!」
膨大な量を要求されるMPを魂で肩代わりし、闇魔法の極致にあたる魔法を発動する。
ありとあらゆる光を喰らいつくす空間を作り出す禁呪。天が真っ暗な闇に覆われ、日の光が消える。
本来はグレゴリで代用するつもりだったが、別のやり方ができるならそれに越した事はない。矢継ぎ早にノートは新たな魔法を発動する。
「【秘到外道魔法:集う死者の黒夢饗宴】」
此方も女王蜂戦で使用した魔法。赤い月のエフェクトだけがノート達を照らし、出現した死霊が踊り狂う。
発動条件は『発動する空間が暗所であり、そこで短時間に大量の命が失われ、日光から完全に遮られ、尚且つ“フィールドの属性が闇に傾いている”』という非常に面倒な物。
ノートの立つ場所はギリギリキャンプ地のエリアと同じフィールド判定になっている場所。つまりキャンプ地で大量に死んだ魔物と人の魂が条件を満たし、あとの条件は秘到外道魔法:滅虞黄泉魄装と陽星喰ライで達成できる。
本来は元々夜である事を踏まえてグレゴリの影絵で暗所を作るつもりだったが、バルバリッチャの魔法の方が遥かに効力は高い。
そんな面倒なプロセスを経て発動する魔法の効果は『その場にいる生物に様々な呪いをかけ続け、HPとMPをドレインし続け、闇系と呪系の属性以外の物を弱体化させ、闇系と呪系の属性の攻撃とその場に存在する死霊を大幅に強化する』という凶悪な物。その上、そのフィールドで死んだ生物が多いほどその効果が強まるという機能も付いている。
魔法の範囲は対フィールド級。ノートが意図的に魔法で光を奪わなかったキャンプ地以外のイベントフィールドは全て魔法の効果の対象になる。
つまり、ノート達をスルーしてキャンプ地へ向かい始めたプレイヤーに対してもこの魔法の効果は発動する。
万単位のプレイヤーからHPとMPをドレインする事で、枯渇したMPが一瞬で回復する。バルバリッチャの化身となっているノートは際限なくHPとMPを溜め込み続ける。
ただし、この魔法は対象を選ばない。つまりユリン達やヌコォ達も対象になってしまう。それに対してノートはアグラットが与えてくれた加護を使用する。
効果は自分の仲間の保護。ユリン達の身体を黒い膜が包み、ノートのフレンドリーファイアから保護する。
どんな意図でアグラットがこの加護をノートに寄越したのかは不明だが、ノートはこの加護の効果を確認した段階で締めは集う死者の黒夢饗宴でやってみようと思っていた。
決してあげにくい魔法の熟練度を上げる良い機会などとは考えていない。
「ハァ!!」
もはや完全に邪神か何かの類にしか見えなくなったノートに対して、少女の咆哮と共に白い光線が飛ぶ。
けたたましい音を立て、大きな火花が散る。
バルバリッチャの能力で創造した闇の盾と聖女アンビティオの槍が激突したのだ。
「やはり貴方は悪しき者!!なぜ人を殺めるのですか!!」
「逆になぜ人を殺めてはならぬのでしょうか」
猛る聖女に対し、ノートは冷え切った声音で返す。
翼の生えた光の鎧に身を包んだ聖女アンビティオは翼を羽ばたかせてノートの放った漆黒の光線から身を躱す。
「許されざる邪悪は、ここで滅ぼさなくてはならぬのです!!」
「思考停止は結構ですが、背後にいる人々を守りながらそれが可能ですか?」
しかしその光線は急に軌道を変えてガクッと曲がると、聖女同様に何かを使って変身しようとしていた御付きのNPC達に直撃し爆発。死にはしなかったが虫の息になる。
「この卑怯者ッ!!貴方だってきっと守るべき者が「御心配なく、既に手は打ちました」」
バルバリッチャの技能が使えるという事は、転移の技能も使えるという事。ユリン達とヌコォ達にはグレゴリ経由で話しかけて、ミニホームに魔法で直接転移させた。
今現在プランを大幅に変えて暴走し始めた男に対してグレゴリ経由でクレームが殺到しているが、ノートは今はそれを無視する。
思いの外、占星の代償でユリン達が死ぬのを見たのが自分でも精神的にかなりショックだったらしく、ノートはなんとなくユリン達が絶対に死なない様な手段を咄嗟に取ってしまった。
余裕ぶりつつも聖女アンビティオが想定以上に強くてちょっとビビったのも大きい。
—————————どの道、自分が主導して起こした事件だ。そのケツは自分で拭くべきである。だから、今だけは、許してくれ。
ノートはプライドを捨てて真摯に彼女達に訴えかけると、クラブハウス状態だった脳内が静かになり、10倍で借りを返してもらうなどという暴利な取引を押し付けられるが取り敢えず今はウンと頷くしかない。
一々考えてる余裕が無いほど聖女アンビティオが猛攻を仕掛けているのだ。バルバリッチャの力を使えるとはいえあくまで借り物。しかも人間の身で扱える範囲に限定されている。オリジナルとは程遠く、ノートも余裕がある訳ではない。
ノートの声音でそれを理解しながら、余裕がなくても焦りよう的に瀕死でも無いだろうと予想しつつ次々と要求をしているだけに彼女達はかなりタチが悪い。
身から出た錆、類は友を呼ぶ。彼女達はノート同様強かだ。一通りの要求を飲ませられることが決定し、頑張ってーと呑気な声援が届く。
勝手に蚊帳の外に置かれたのでユリン達も開き直って観戦モードになっていた。
『だけどよ、やっぱり相談無しってのはおかしいよな、ノート?オレに報連相がなんだって言ってたのは誰だ?ん?』
『アグちゃんのやっていた中継とかできないのかしら?』
『副参謀として正式に抗議する。それはそれとして戦略分析の為に戦闘が見たい』
『のっくんのカッコいいとこ見たいな〜、とても見たいな〜』
『ノートさん………無茶はしないって言ってたのに…………』
『ノート兄?ボクを除け者にして負けたら許さないよ?』
「(シャラーップ!マジで気が散るから!映像はネオンからアグちゃん経由でよろ!グレゴリ通話切って!)」
『『『『『『あー!』』』』』』
自分に非がほぼ100%あるので甘んじて受け入れていたが、流石に慣れない能力を使いつつ過去最強の敵を相手してる状態で耳元でワーワー言われたら集中力などあってない様な物になる。
命令を受けたグレゴリは容赦なく通話を切り、漸くノートの頭の中が静かになった。
「それだけ傷ついて、まだ死なないのですか…………ッ!」
「むしろこれからが本番ですよ」
集中力を欠いた代償は大きい。ノートの腹には何本も光の剣がブッ刺さっていたが、引っこ抜けば直ぐにHPは回復する。ドレイン地獄はまだ続いているのだ。たちどころにHPもMPも回復し、衣装の耐久値でさえも元通りになる。むしろドレインの対象となったプレイヤーが死んだ分だけノートは強くなる。
そう、今のノートは、ダメージを与えたとしても、一撃で殺さない限り即座に回復する。残基は周囲に転がってるプレイヤーの総HP分。今のノートは下手なボスよりタチが悪い。
グレゴリの接続を切ったことで漸く脳内に心地よい静寂が満ちる。
頭が通常通りに回転を始める。幾通りの策が思い浮かぶ。
その中からノートは一番面白そうなものを選択し、今度はノートから聖女に攻撃を仕掛けた。
俺自身が
クソゲーになることだ…………




