No.171 ギガ・スタンピード/証明
【お年玉&100万文字記念&200部記念】本日6話目
俺は止まんねぇからよ、お前らが止まんねぇかぎり、その先に俺はいるぞ!だからよ…………
止まるんじゃねぇぞ…………
(おみくじは末吉でした)
ノートの視界の先には驚くほどの数のプレイヤーが続いており、最後尾はもはや見えない。しかし、キャンプ地を囲う森、イベントエリアへ遂に入ろうというところで行列がストップしたことでプレイヤー達は何か異常が起きたことに気づいたらしく、ノートの姿を見てざわめきが伝播する。
かつて対峙したナショナルシティの聖女、12の聖女を統べていた聖女リナは20代前後の絶世の美女であったが、現在対面していファーストシティの聖女アンビティオはどう見ても20才以下の少女に見える。
金髪碧眼、青と白を基調とした僧服、顔つきは美しいというよりは割と素朴なかわいらしさで、高貴な感じは纏いつつも、どことなく庇護欲をそそられる感じもあり、親しみの湧く様な雰囲気もある。普通の服を着て歩いていたら、育ちの良さそうな少女にしか見えないだろう。
それでも、探せばどこにでもいそうな少女は顔をあげて此方を向いていた。その身には銀色の防具を付け、旗上の槍を持ち、戦う者として万を超える人々の先頭に立っていた。
「なんの、ようでしょうか、神敵とその仲間達よ。そもそも、貴方達は何者なのですか」
しかし、その言葉には若干の緊張が滲んでおり硬さがあった。立ち振る舞いは立派ではあるが、中身は年相応な部分も持ち合わせており、NPCとは思えないほど解像度の高い“人間”がそこにはいた。
どうやら聖女リナとは違い聖女アンビティオは自らが対話を試みるようだ。そう、これでいいんだよとノートは仮面の下で思わずにっこりしてしまう。
リナの時は訳の分からん通訳(?)に邪魔をされたがノートの舌鋒はリアルタイムのスピード勝負で真価を発揮するのだから。
「そこまで緊張する必要はございませんよ聖女様。我々に害意は————————」
落ち着いたトーンで話しかけ、そして相手の聞いた言葉に素直に解答しないことで会話の主導権を握らせない。続けてノートが言葉の楔を撃とうとしたところで突如として白光が放たれた。
完全なる不意打ちの光属性の魔法。ノートは回避もできず直撃する。
聖女アンビティオは驚愕の表情を浮かべて急に魔法が飛んできた後方に振り向くが、魔法を撃ったプレイヤー達はなにもしてませんよというような顔で目を逸らし、その直後にバン!という音がなり頭がはじけ飛んで死んだ。
慌てたように前方に振り向きなおす聖女。魔法が直撃したはずの男は全くの無傷で、男の前にいつの間にか割り込んでいた堕天使はナイフを何本も手に持っており、その背後の赤甲冑の騎士が穴から煙を燻らせる鉄塊を構えていて、それを見た周囲のざわめきが一気に大きくなる。
「おやおや、おやおやおやおや、此方が対話を図ろうとしているのに先制攻撃とは、やはりあなた方教会は随分と酷い組織の様ですね」
会話イベントをスキップしたがる連中はどこにでもいる物で、イベントムービー中だろうがALLFOではプレイヤー達は普通に動ける。わざわざ少数の利を生かして襲撃を仕掛けてこなかったノートに対してプレイヤー達が魔法で先制を行ったのは悪い選択ではなかった(といっても攻撃したのは実は【聖女ちゃんを見守り隊】などという集団ストーカー組織の奴らで、聖女と直接会話できる野郎を恨んでの凶行という割合の方が大きいというのが事実ではあったが)。
彼らは聖女を守るために、覚えが良くなるようにと必死で教会で修行して僧侶となり、光や聖属性の魔法を習得した。結局はあまり意味がなかったのだが(聖女にはストーキングがバレていることを彼らは知らない)、少なくとも教会の敵に対して有効な能力を得ることはできたと考えたし、今回のイベントでピエロマスク共が出張ってきたと聞いて彼らは今こそ自分たちの活躍の機会だと勝手に盛り上がっていた。
だが、残念ながらよりによって狙った男は光・聖属性の無効化能力を持つ男。それでも無属性の魔法の核分のダメージが入るはずなのだが、ランク差と圧倒的な精神力の前にカスほどのダメージも与えることができない。
故にノートは何の心配もしていなかった。それが無かったとしても、バルバリッチャとアグラットのかけたバフを貫通できる奴がいるとは考えられなかったからだ。
しかし不意打ちで襲ったのは事実であり、静かにキレた堕天使が投げナイフで、銃士は神技レベルのエイムでしっかりとヘッドショットを決めて不届き物を容赦なく殺す。
たったそれだけで、プレイヤー達は自分たちとピエロマスク達の間に圧倒的な実力差があることを悟る。
何より彼らにインパクトを与えたのは赤甲冑の騎士が構える鉄塊に見まがう大型の銃。ゴリゴリのファンタジー世界に突然現れた近代武器を前に彼らは身を竦ませる。
「て、手出しは無用です!」
対して聖女アンビティオは槍の石突を地面に叩きつける。すると槍が発光し、オーロラのような結界が聖女とその後ろにいたプレイヤー達を阻み、野次馬としてノート達を囲もうとしていたプレイヤー達もそれ以上前に進めなくなる。
いきなり蚊帳の外に置かれたようで面白くないと感じたプレイヤーもそこそこいたが、現状を正しく認識している冷静なプレイヤーには当然わかる、これはプレイヤーを守るための結界なのだと。
「少々邪魔が入ったようですが、我々な寛大な心を以て其方の不手際を水に流しましょう。その代わりとしてお答えいただきたいのですが、なぜあなたのような方がわざわざ安全な教会から外へ出てきたのでしょうか?」
ノートは攻撃を仕掛けたきたのはプレイヤーだと当然気づいている。しかし、彼らは僧服装備だった為に教会関係者にも見えなくはなかった。我が物顔で聖女の周りを固めていたのもそれに拍車をかけていた。
それを利用して今度はノート側が問いかける。しかも安易に黙ることを許さないように恩を売るような形で。
これで回答しなければ、教会は誠意を見せることもできない組織だと扱き下ろすことができるし、答えたら答えたで自分の知りたいことが分かる。どちらの反応をとってもノートに得になる様に会話を進め、仮面の下でニタリと嗤う。
それに対する聖女アンビティオの反応は、素直で真っすぐな物だった。
「理由は貴方が一番ご存じでしょう!あなたが主導して災害を齎し、多くの者たちを苦しめているからです!私はそれを救うために、貴方を止めるためにここに来たのです!!」
NPCに対して真剣に人間の分析方法を用いるのもどうかと思うが、ノートは自分の持つ知識を総動員して聖女アンビティオが嘘をついている素振りがないか一応疑ってみる。少し震えながらも見つめる彼女の眼は真っすぐで、やはりどう見ても素直そうに見える。嘘をついているような様子はない。
だが疑り深い男はもう少し躍らせてみる。
「はて、なんのことでしょうか?全く身に覚えがございませんが」
まるで心当たりがないかのようにすっとぼけて見せる。チープな引っ掛けだ。
「そんなことはあり得ません!私は確かに貴方が攻め入っているという神託を賜ったのですから!」
それに対して聖女アンビティオは疑うようでもなく真っ向から言い返す。その言葉の中に看過できない言葉を見つけノートは目を細める。
「神託?なるほど、神託ですか。神のお告げ、神の御言葉、なるほど、教会が好きそうなものです。ですが、本当に神などいるのでしょうか?」
「居ます!神様は常に我々を見守っていらっしゃるのです!我々を守ってくださるのです!」
挑発すれば彼女は容易く乗ってくる。
「本当に守っているのでしょうか?でしたら我々をさっさと除外すればいい物を、神は何をしているのでしょうか?見ているだけですか?でしたらただの置物ではありませんか」
「神様は、安易に我々に手を差し伸べることはありません。喜びが人を助く一方で、苦難もまた我々人が成長する為に必要な事なのでございます。神様の御意思には我々も計り知れぬお考えがあるのでございます」
神の在り方がバルバリッチャに少し似ているなと思いつつも、ノートは更に畳み掛ける。
「そういって考えることから逃げてるだけでは?それとも神本人がそういったのですか?私はお前らでは考えも及ばないほど頭がいいから、私のやることには黙って従えと?随分と傲慢ですね」
「そんなことは仰っていません!神様を侮辱しないでください!」
激昂して猛り叫ぶ彼女に対して、ノートは狙い通りと思いつつも冷たく突き放す。
「では、勝手に貴方方がそう解釈しているだけで、神の真意など本当はわかっていないという事でよろしいですか?」
「そう、では…………」
自分自身の言葉によって神の意志が否定されるという状態に陥り、聖女アンビティオは動揺したように瞳を震わす。神が自らそう言っていると主張すれば、ノートのような悪い解釈の仕方もできてしまう。言っていないと主張するならば、教会が勝手に神の言葉を解釈しているという事になってしまう。
どちらを回答しても詰み。自分自身の言葉で聖女の首は締めあげられる。
「お答えください。どちらですか?」
見守るプレイヤー達の中にはあまりの気まずさに目を背ける者さえもいた。だが、この男は冷徹に容赦なく攻め立てる。
「…………神様が、傲慢であるという事は何があろうとも否定致します。神様が我々に恩恵を与えてくださっているのは純然たる事実であり、そして未熟で蒙昧たる我々では神様の御意思の全てを理解できていないというのも事実であります。しかし!「では!」」
それでもなお、彼女は真っすぐにノートを見つめて言葉を紡ぐ。震えながらも心は折れず、ある程度の否を認めつつも誠実に答えようとしている。その点に関してはノートはとても高く評価したかった。言葉ガン無視の超ゴリ押しスタイルで殴りかかってきたどこぞの暴力聖女とは大違いである。こちらの方がよほど聖女らしい。
だが、ご高説を聞きたくてわざわざノートも会話をしてるわけではないのだ。
「だとすれば、一つお聞きしたい。神は、神は、と先ほどからおっしゃられていますが、貴方方は何を以て信奉するその神とやらが『真面な存在』だと判断しているのでしょうか?」
急に言葉を遮られ、その上なされた問いかけに聖女アンビティオは訝し気に少し首をひねる。何を言っているのかわからないというような表情を浮かべる。純真な彼女ではそもそもその様な考えが思い浮かばないのだろう。そういう“設定”なのだろう。ならばその固定観念をぶっ壊す。
「利益をもたらすから神は自分たちにとっていい存在であるとあなた方は考えているのですか?でしたら…………」
ノートはパチンと指を鳴らし、飛行型の死霊を多数召喚する。そしてインベントリから適当にとりだしたアイテム群を取り出して死霊達に結界付近にばら撒かせた。
「私どもも与えようと思えばこの様に貴方方に利益を与えることは可能ですよ?実際、以前に私が皆さまに与えた物は大層喜ばれていたように私は見えましたが」
更に訝し気な表情をした聖女ではあったが、ノートの言葉の真意に気づき、訝しむ様に少し細められていた目が徐々に見開かれていく。
「利益を与えるからと言って、心の奥底ではなにを考えているかはわからない。相手にメリットを見せて騙し討ちをするのは詐欺師の常套手段なのですが、高潔な聖女様はそんな当たり前の事をご存じではありませんか?おやおや、そう言えば先ほどこう言っていらっしゃいましたね。我々には『神の御意思はわからない』と。では問い直しましょう——————」
身振りを手振りを加えて大袈裟に振る舞い、周囲の関心を更に集める。暫しの静寂の後、ノートはいきなり動きを止めて静かながらも力強い声で問いかけた。
「貴方方の信奉する神が本当に善なる存在か、貴方は確信をもって肯定できますか?」
聖女の論法は全て神を善なるもの故に信じるべきという前提有ってのもの。しかし、神が善なるものと証明できなければ前提は破綻し、他の主張まで破綻する。
動揺したように後ずさった聖女アンビティオに対して、ノートは仮面の下で獲物を前にした獣のような目つきになり、カウンセラー失格の笑みを浮かべて嗤っていた。




