No.147 天遥理虚
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽お は よ う(超寝坊)
ノート達が転送された場所は霧がかった沼地だった。
規模はかなり大きめだが、ノート達が叩き起こしたヤバい奴らが支配していたフィールドよりはまだ小さい。
印象的だったのは、転送前のフィールドは快晴だったのに対して、今は無数のシャンデリアのように輝く星空が空を成していること。
同時に周囲を見渡せば、割と駆け出し付近のプレイヤー達が少し離れた位置でキョロキョロしているのが分かる。軽く鑑定してみれば、やはり装備の質はそこそこ。
耐久も擦り減っていることから考えるに生産組に修理の依頼ができないレベルなのだろう。
そんな冷静な分析を邪魔するように、フィールドに転送された時から聞こえていた音楽が徐々に大きくなる。
原型はクラシックだろうか。弦楽器とオルゴールのような金属音が聞こえる。まるで赤子をあやすような柔らかな音だが、どことなく不安さを感じさせる曲調。シナリオボスには固有のBGMがあるらしい。
その沼の主は中央で泥にまみれてうずくまり、すすり泣いていた。その泥はなぜか温かさとむせ返るような錆臭さがあり、赤みが混じっていた。
【雲泥の遺児ヒュディ《天遥理虚》】
星の輝きを纏う赤子。名前の横に表示された特殊な表示の《天遥理虚》はおそらく100人フルメンバー参加による特殊強化。ノートの希望通り、1回目から100人すべての枠が埋まったらしい。
【¼ä¤·¤¤¤è¡¢¤ªÊ줵¤ó】
フィールド中に響く泣き声から紡がれたのか、雲泥の遺児ヒュディの頭上の空に謎の文字が浮かび上がる。他のプレイヤーは反応せず、文字を見上げるのはノート達ばかり。しかもなぜか断片的に文字が読めた。
今までに見たことのない演出。それでも構うことなくムービースキップしてやると言わんばかりにノートは攻撃を指示するが、それに合わせてギュルンと人間モデルの体の癖に人間らしからぬ首の動きでボスはいきなりノート達の方を見た。
のっぺりとした顔。縦にした口、赤い色の光に覆われた暗緑色の目が鈍く光る。赤黒く脈打つ血管で結われた体を服のように星の輝きが覆う。
その光が口に収束し、空の文字が書き替えられた。
【Ʊ¤¸Æ÷¤¤¡¢¤ªÁ°Ã£¤Ïï¤À¡¢Êì¤Ï¤É¤³¤À】
【¤ªÁ°Ã£¤ò¿©¤¨¤Ð¤ï¤«¤ë¤Î¤«】
【泥輪撥・紅怨】
気が散る演出。読みたくてもなかなか読めない。しかし最後の文字だけははっきりと読めた。
「B展!」
なぜか雲泥の遺児ヒュディたちはノート達の方向を確実に向いて話しかけてきていた。そして対話するのかと思いきや明らかにそうではなさそうだった。
大量の疑問が湧き上がるがそれを打ち消してノートはパターン指示をして無詠唱召喚。
赤月の都に通い詰めて様々な魂を地道に回収して新たに解放された死霊を召喚する。
簡易中級死霊召喚・疫骸塒堅壁蝨人
反船イベント時に召喚した簡易中級死霊とは違い、この死霊は純正の中級死霊。
捧げられた魂は主に水晶洞窟で無類の防御力を誇った寄生型水晶ヤドカリと赤月の都のスーパーアーマー持ちパワーファイターのダニ寄生型屍人、そしてメギド系列の守護特化半人型死霊。
吸血後の肥大化したダニを原型とした守護特化の半人型クリーチャーであり、かなりエグイ見た目をしている。
アラクネにも近いデザインなのだが、下半身のダニ部分が異常にデカい。サイズにして4m超え。見上げるほどの大きさである。
実はノートは水晶洞窟の崩落時に逃げ遅れた奴らの分まで魂の一部を回収しているので水晶洞窟に生息する生物の魂はかなり余裕があり、赤月の都も何度も通ったり黒騎士の実験時に色々と利用して敵を狩りまくったためこちらも魂に余裕がある。
そしてこれらの生物を捧げられて召喚できる死霊は殆ど中級、採算度外視なら上級にすら届きかねない状態だ。
だが、ノートは滅多に中級を召喚しない。中級死霊を使わずとも自分には頼れる仲間がいるし、中級に頼っていては自分たちの成長が見込めないからだ。初期限定特典持ち4人にリアルチート3人の現状で既に楽をしている気がしてるのでノートは楽をしすぎないように常々注意している。
そんなノートは自分の直感を信じて迷いなく中級死霊の中でも防御特化の選りすぐりを召喚した。
女王蟻戦で召喚した物理反射持ちの人面芋虫とも迷ったが、今回は自分だけでなくパーティーが巻き込まれるので博打はできなかった。
雲泥の遺児ヒュディが何かを吸い込むモーションをすると同時にノートの召喚が間に合う。
トン2がノート、スピリタスがネオンの前に付き防御態勢に移る。ネオンが無詠唱で瞬時に発動させた闇属性の防御バフ魔法が中級死霊を覆う。
ユリンたちは万が一に備えて手に回復薬を持つ。
この間僅か5秒の出来ごと。周囲のプレイヤーは完全に置いてけぼりである。
「ガード!」
ノートの指示と同時に雲泥の遺児ヒュディの攻撃が発動する。
ボボボボボボボ!と空気を割りヒュディの口から赤黒い大量の泥の弾丸が放たれた。それはまるで泥の重機関銃。
問題は弾丸の大きさと速度。直径1mオーバー。スピードは体感時速150㎞クラス。弾丸の数もあり得ない量だ。
しかも赤い光が纏まりついているので泥以上の何かのバフがかかっているのは間違いない。その攻撃に対してダニ屍人は吼えると両手をクロスしてガード態勢に入り防御力を引き上げるスキルを自動で発動。真っ向から弾丸を受けた。
ドン!という衝撃波はダニ屍人を通じて足にも伝わってきたような気がした。沼という特殊なフィールド、踏ん張りも効かない。ズルズルと押される巨体。それでもなお、ダニ屍人は死霊特有の愚直さで耐える。
本来、雲泥の遺児ヒュディの攻撃はここまで桁外れではない。
泥輪撥はあくまで牽制用の技。その技が《天遥理虚》により最大強化されたうえで発動する【泥輪撥・紅怨】。
その泥に更に呪詛を付与することで被弾した対象に呪いを与える厄介極まりない技である。《天遥理虚》化はそれほどまでにボスを別次元の領域にまで引き上げるのだ。
だが、不幸中の幸いなことにダニ屍人、いや、死霊全般にとってそれは相性が良かった。死霊は呪いに対して非常に強い。ダニ屍人はその中でも鈍重な代わりに防御力・各種耐性に特化している。ボスの強化個体の呪いでさえ完全にレジストして見せた。
そして泥輪撥の攻撃を全て受けきると、今度はダニ屍人が雲泥の遺児ヒュディに向けて目を真っ赤に染め上げて咆哮した。
その口から解き放たれるのは黒紫色のビーム。それが着弾するとヒュディは大きな悲鳴をあげた。
ダニ屍人を形作る水晶ヤドカリはもともと超防御とカウンター自爆が極めて厄介な敵であった。加えてメギド系列の死霊は復讐者としての性質を持つ。ヒュディの攻撃全てを着弾したダニ屍人はガードすると同時に常時発動スキルが発動し、その攻撃分だけ自分の攻撃を強化していた。その状態から放たれる最高の一撃はボスでさえ怯ませられる。
とんでもない攻撃の応酬にざわめく一般プレイヤー達。
ノートとヌコォの視線が交差し、ノートは親指で首を掻っ切るモーションをして頷いた。
ノートが今回わざわざランダムマッチングエントリーにエントリーしたのは100人フルメンバーによる強化個体のボーナス目当てだけでなく、自分たちのイメージ操作も目的の一つにあった。しかし、今回のボスの初撃を受けてノートは様子見をすべきという判断を下した。
つまりあまり出し惜しみができない。一般プレイヤーの前で見せてもいい技と見せてもダメな技があるので今生きてるプレイヤーは邪魔だ。故にノートはヌコォにプレイヤーの排除を許可した。
ヌコォは周囲のプレイヤーから見えない場所に移動すると仮面の機能を発動し潜伏状態になって移動を開始した。
無論、一般プレイヤーもノート達がいきなり標的になり猛攻を受けたのを棒立ちで見ていたわけではない。センスのある奴や血気盛んな奴は隙のあるうちに距離を詰めて雲泥の遺児に攻撃を開始した。
だがヒュディは立ちあがるまでもなく、腕と思しき部分を地面に滑らせるようにぶんぶん振り回すだけで近づいたプレイヤーはぶっ飛ばされた。しかも攻撃は続く。
【¼ÙËâ¤À¼ÙËâ¤À¼ÙËâ¤À¡¢¿Ð¤Ï¿Ð¤Ë¤Ê¤ì¡ª】
【¤ß¤ó¤Ê»¦¤¹¡£Ê줵¤ó¤Ï¤É¤³¤À】
【泥瑞海嘯・藍憎】
藍色に手を発光させ、駄々っ子のようにバンバンと地面に手を叩きつける。動きは幼さがあるが、その威力が凄まじすぎて振動だけで近場にいた者は立っているのも辛くなるレベルだ。
だが、それはただの前兆。
ゴゴゴゴゴゴゴという轟音が響くと共に、雲泥の遺児ヒュディを中心に一気に泥の大津波が出現する。
「なんだアレ!?逃げろ!」
「ヤバいヤバいヤバい!」
藍色に発光する泥の大津波。近くにいて強制的に体勢を崩された者は問答無用で波にのまれ、遠くにいた者はなんとか逃げようとするがこの沼地は遮蔽物が無い。魔法が使える者は半泣きで土系の魔法で壁を構築するが当然気休め程度でしかない。
大胆な奴、ノート達の事をよく知らない奴や正体に気づいてない奴は恥も外聞もなくダニ屍人バリケードでガードされているノート達の元へ走る。だが、彼らがノート達の元へたどり着くよりも早く彼らの視界が急にぐちゃぐちゃに回る。体の感覚が消え、混乱していると、頭を失った自分の体が見えた。
「なん………!」
彼らが残した最後の言葉はそれだけ。死ぬ最後の瞬間まで自分の頭を切り落としたヌコォの存在に気づけない。
飛んで火にいる夏の虫。ノート達が直接動くまでもなくプレイヤー達が死んでいき、残り物はヌコォが処分する。そして大津波が押し寄せた段階で姿を隠していたグレゴリがギリギリでヌコォを回収して逃げる。
【ƨ¤¬¤µ¤º】
【静和平濘・翠噛】
大津波に呑まれども、全てのプレイヤーが即死したわけではなかった。泥に巻き込まれただけだ。
だが、雲泥の遺児ヒュディは容赦がない。グレゴリに吊り下げられて上空から見ていたヌコォにはその変化がよく見えた。
大津波に揺らぐ沼地が不自然なレベルで勢いが急速に消えていき、そしてピタリと止まった。
ほとんどのプレイヤーは泥の津波に呑まれて脱出できてない。それに追い打ちをかけるように泥が黒くなると共に固まりプレイヤーを捕らえる。
プレイヤーは必死にもがくが動かない。加えてプレイヤー達に呪いが発動し、同時にHPが減っていく。
「た、助けて」
「なんだよコレ!」
「い、い、嫌だー!」
赤いポリゴン片が舞い、次々とプレイヤーが死んでいく。
声を出せたプレイヤーはまだいい方で、頭まで飲まれた奴は窒息状態も加算され何も言えず死んでいった。
ボス戦開始からわずか1分足らず、ノート達以外のプレイヤーが全滅した。
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽No.145のヒュディは一般的なプレイヤーから見たヒュディ、今回はノート達から見たヒュディなので見え方がちょっと違うのは仕様です
(´・ω・`)いきなり設定ゲロのコーナー
通貨(本編では非常に影が薄い)であるMONが具現化できないというわけわからん仕組みにはかなり重要な意味があるんだぜ。しかも本当に具現化できないわけじゃないんだぜ(みんな知ってるぜ)




