No.143 部屋着は囚人服
「どうもー、はじめまして〜」
「え、あ、どうも……」
情報収集組と偵察組にノート達は別れテントから出て人気のない場所でひっそりと再び姿を変える。
情報収集組はリーダーをノートとしてトン2、鎌鼬、ネオンの4人、偵察組はリーダーをヌコォとしてユリンとスピリタスの3人だ。
偵察組は情報収集能力の高いヌコォが音頭を取り、人嫌い人混み嫌いでいざという時は飛んで逃げられるユリンを選抜。
スピリタスは容姿を変えてなお溢れ出る存在感やオーラのせいで偵察組に回ったが、一応年長者の1人として2人のストッパーとしての役割をノートは期待している。
スピリタスが本当にストッパーになるかノートは自信を持って言えないが、いざという時の思い切りの良さがあるし、この中で何気に1番コミュ力も高い。他のプレイヤーに絡まれても軽くいなせるだろうと考えた。
情報収集組は比較的擬態が上手く特徴を消せる連中か、容姿を変えて尚溢れ出る人畜無害感を消せないメンバーで揃えた。
特にトン2は擬態技術がイカれてるので容姿を完璧に変えられるのならば向かうとこ敵無し。中性的な顔立ちで物静かな魔術師の様な振る舞いをしている。
鎌鼬は腰に細剣を佩く軽戦士スタイルだ。メガネをかけてリーダーのノートの後ろについて参謀っぽい空気を醸し出している。コンセプトは出来る秘書なのでよくできていると言える。
ネオンは人の多いところでノートと引き剥がすと問題が起きた時に収拾がつかないという理由で入っているが、容姿を完全に男の子にして童顔にして顔も変装したノートに寄せてるので兄弟にも見えなくは無い。
少しおどおどしてるところも童顔と相まって末っ子らしい雰囲気がうまく出ていた。因みにポジションは弓師だ。背中にちょっと不釣り合いな弓を背負っている。
そしてノートは魔法剣士のコンセプトで衣装をセットし、顔は癖のない大人びた感じに整えた。
前衛2後衛2のバランスの取れたパーティー。装備は中堅より少し上めをコンセプトに、それなり強そうな雰囲気に整える。
そんな出来る雰囲気をちょっと漂わせたプレイヤーに急に声をかけられた2人のプレイヤーはたじろぐ。
多分、予算が足りずテントが買えなかったのだろう。パーティーメンバー2人で敷布の上に座っている。
ただの敷布に思えるがこれも立派なアイテムで、リスポン地点を更新できるのだ。
サッと見て装備は脱ひよっこぐらいだろうか。おとなしめの男女。顔つきが似ているので兄妹かもしれない。
この2人だけではシティからここまで到着するのは難しいとノートは考える。恐らく攻略組にキャリーしてもらったのだろう。
「いきなり話しかけて驚かせてしまいましたね。ごめんなさい。俺達は……そうだな、情報屋の使いっ走りみたいなもんだと思ってください。別に怪しい勧誘とかじゃないから怖がらないでくださいよ」
「情報屋の使いっ走り、ですか?」
「…………」
図々しく、やや馴れ馴れしさを感じさせる態度でノートは敷布の側に腰を下ろしてニカっと憎めない笑みを浮かべる。
まだいきなり話しかけられた事で2人の態度には固さがあったが、ノートが正体を明かした事で少し警戒度が下がったようだ。
「君たちに話しかけたのは、お小遣い稼ぎと情報収集を兼ねてなんですよ。見た感じ、攻略組にキャリーしてもらったニュービーって感じですよね。別にバカにしてるわけじゃないですよ。ここにはそういう人多いと思うし、俺は賢いと思います」
問題は、そのキャリー方法が結構強引だという悲鳴がスレであがっている事だ。
強引、というのは語弊があるかも知れない。
キャリーする攻略組もボス戦という本番が控えているし、あくまでボランティアに近いのだ。キャリーするといっても付いてこれるかは自己責任の割合も大きい。
いざとなれば自分達は逃げると先に宣言してるある意味潔いキャリーもいるし、逆に初心者を肉盾にするあくどいキャリーもいる。人間上から下までいるわけで、キャリーには当たり外れがあるという事だ。
無論、信頼できるフレンドにキャリーしてもらえればリスクは格段に下がる。キャリーする方もフレンドを簡単には見捨てないだろう。
だが、そんな連中はわざわざこんな場所にいない。キャリーできる連中はもっといい場所に陣取ってるし、その連中に連れてきてもらった連中も大体近くに陣取るからだ。
つまり、この場にいる駆け出し付近のプレイヤーの多くはキャリーされたといっても結構大変な目に遭ってる確率がかなり高い。
その中でもかなり暗い顔をしてるプレイヤーにノートは当たりを付けた。
「ただ、結構大変みたいっすね。スレでも話題になってましたし。ここに来るまでに回復薬を使い切っちゃったプレイヤーも多くて悲鳴が上がってるみたいですし」
そこまで言い切るとノートは注目を集める為にパンッ!と強く手を叩いた。
「そこで、俺たちは皆さんに、いやここに居る人たち全員にちょっとした提案をしたいんですよ!!」
ノートは徐に立ち上がり、声量を一気に上げる。
周囲のプレイヤー達も少なからず「なんだ?」と視線を向ける。
話しかけられた2人のプレイヤーに至っては、回復薬云々で図星と言わんばかりに顔を軽く見合わせたが、いきなりのノートの大声にちょっとビビりのけぞっていた。
それでもなおノートは声量を維持して捲し立てる。
「俺たちは相場の7割で回復薬を君達に売ろうと思うんだ!おっと、同情で値引きはしないぞ。値引き分の3割は情報で支払ってもらう。情報はなんでもいい。NPCと接しての感想とか、使いやすい魔法やスキル、有名なプレイヤー、キャリーされた時の状況でもOKだ。
どんな情報を出すかは君たちの誠意に委ねられているし、情報次第では更なる値引きや別のアイテムの販売を考えてもいいぜ!MAXで半額だ!」
ここに来る前に回復薬を始めとした消費アイテムを使ってしまったプレイヤーは少なくない。シナリオボスという本番を控えている今は、簡単にシティに買いに行けないしそれなりに痛手だろう。
ボス戦前は誰だってできるなら回復薬などは満タンで挑みたいに決まっている。
無論、そんな事は他のプレイヤーも気づいている。故に多めに買ったポーションを暴利で売り捌く奴もいるし、生産組も稼ぎ時だとかなり割高で消費アイテムを売りはじめている。
そんな中で、ノートは相場を大きく上回るどころか、相場の7割、MAXで半額で消費アイテムを売ると宣言した。
大きな声に釣られてノートに注目したプレイヤーにも当然その宣言は聞こえた。
全ては狙い通り。この場所を選んだのも、この2人を選んだのも、全てはこの為だ。
「勿論、周りにいる君たちにも売るぞ!情報は生物、鮮度が大事だ。もちろん此方の在庫には限りあるが、みんな過酷なキャリーで懐が寂しいだろう?しっかりアイテムを揃えて、格上の連中に一矢報いてやりたいよなぁ!?」
ノートが演説する間に鎌鼬達は打ち合わせ通りテキパキと動く。
アテナの作ってくれた簡易組み立ての箱をサッと組み立て、インベントリから取り出したポーション類や研磨剤など消費アイテムを次々と詰め込んで周囲のプレイヤーに見えるように掲げる。
この場にいるプレイヤーにとっては喉から手が出るほど欲しいラインナップ。これが有ればボス戦もある程度安定して戦えるかもしれない。
そしてノートも掴めるだけのポーションを指に挟み、わざわざ半額表記にした商品目録代わりの看板をインベントリから取り出して天に掲げる。
更に周囲の関心を惹くように看板を揺らせば、取り付けられた小さなベルの澄み切った音が周囲に響き渡る。それはみんな大好きなタイムセールの合図だ。
「さぁ、1番賢い取引相手に誰がなる?成り上がりのチャンスをいの1番に掴むのは誰だ!?」
パーティーメンバーと顔を見合わせる。周囲にいるプレイヤーとふと視線が交差する。
思い切って1人が立つと、また1人立つ。
そして、ノートの元にその場にいた多くのプレイヤーが一気に殺到した。
◆
「はいそこ順番で揉めない!ボランティア君たちしっかり捌いてくれよー!でなきゃバイト代出せないぞー!」
人は人を呼ぶ。雪だるま式に増える人員はムーブメントになる。ノートの想定を遥かに超えてプレイヤー達は食いつき、トン2達は在庫管理で手一杯の状態だ。
なのでノートは序盤に取引した連中にレアアイテムを掴ませて人員の整理と、周囲にこの場所の噂を流すサクラを依頼した。前払いでレアアイテム1つ、後払いでもう2つだ。
話してみてしっかりしてると感じたプレイヤーを次々と即席スタッフに回して混雑を捌く。
同時にノートはプレイヤーから次々と情報を引き出しアイテムを売るし、場合によっては未入手のアイテムを購入する。
トン2と鎌鼬は在庫管理、ネオンは情報整理兼秘書役。ノート以上にALLFOの情報を網羅しているネオンは情報やアイテムの価値や真偽を素早く判断するという意外な才能を発揮した。
ノートもプレイヤーの態度から情報の真偽を素早く見抜き悪質な場合は晒し上げる事で周囲に牽制を行っていく。
消費アイテムの在庫が危うくなれば、キャンプ地郊外に設置したミニホームの自動販売機で幾らでも買える。プレイヤーしか利用できないはずの自販機も代行の能力を持つタナトスなら利用できる。
ノートから指令を受けてタナトスが消費アイテムを購入し、変装して森に紛れ(アグラットの作り出した悪魔の護衛付き)、ノート達の元からひっそりと抜け出したトン2か鎌鼬が消費アイテムと購入したアイテムを交換する。
これにより消費アイテムの安定した供給ができる。
グレゴリが騙し絵で隠し、万が一も考慮してバルバリッチャに護ってもらっているのでプレイヤーにミニホームの存在が露見することもないという念の入れ様だ。
バルバリッチャの腰を上げさせるのは難しかったが、ノートがやろうとしていることを説明すると大層面白がって、ミニホームから動かず外敵を排除するだけならと受諾した。
無論、賢い奴はノート達の供給力を訝しんだが、ノートは変装させた死霊達をチラ見せしてまるで生産組を抱え込んでいる様に誤魔化している。プレイヤーとノートのランク格差により彼等の鑑定はノートの死霊に通じない。タナトス系列の死霊なので実際に生産技能を持っているという徹底振りである。
因みに書記役もグレゴリだ。グレゴリは遠距離でもリアルタイムで意思疎通する能力を有している。その力を使いノートから送られてくる情報を全部筆記してもらう事にした。
これも言葉要らずでやり取りできる死霊術師の強みだろう。画家の能力はこの為のものでは無いとクレームをもらったが今回ばかりはその不満を飲んでもらう。そうでないと捌けないほどに大量の情報がプレイヤーから出てきたからだ。
ノートの作り出した人の流れは新たな人を呼び込む。商売勘のある奴はノート達が取り扱ってないアイテムを近くで売り始め新たな販路が出来る。
そしてノートの予想通り、本当の情報屋の連中もノートの手を真似しだし各地で情報の売買が行われるようになり、アイテムの流通が加速する。
最初は高みの見物をしていた生産組などもノートが安価で消費アイテムを提供し続けるので、暴利で売ろうとしてた連中は周囲から非難の目を浴びせられ値段を下げざるを得なくなる。
そのタイミングを待っていたノートは更なるスタッフを動員し価格の下がった消費アイテムを買い占めさせ、その消費アイテムを自分達にとっては要らないアイテムと物々交換して新たな資産とする。
ノート達には換金せず溜め込んでるアイテムが沢山あった。それを一気に換金してこの場にいるのでMONの貯蓄は圧倒的だ。札束往復ビンタで生産組をノックアウトさせ、剰え靴を舐めさせる事だって出来る。
こうしてムーブメントはお祭りの雰囲気を醸し出し、客の口もどんどん軽くなる。同時にネオンにサインを出して情報の査定値を下げるように指示する。
今列の後ろに居た連中は、後から来た、つまり初心者エリアから遠くで陣取ってた優秀な連中だ。
ノートが本当に欲しい情報を持ったカモは丁重に持て成す。
目立たないようにとかリスク云々とはなんだったのか。最早キャンプ地の雰囲気を1人の男が圧倒的な資産を元手に塗り替えていった。
人の流れは新たな交流を生み、ついでにメンバー交渉なども行われ始める。ボス戦開始前の妙に停滞した空気が軽くなり、熱さを帯びて伝播する。
「はい毎度あり〜!」
気の良い商売人に擬態した悪魔は暴利を貪り嘲笑する。
ノートが最初に流したポーションはノート達が使うには最早若干性能が足りず死蔵していた代物だ。
原価などほぼゼロ、しかもそれでいてほんの少し生産組が売ってる物より性能が良いとなれば生産組も手を抜けないし、他との差別化ができる。
欲しかった情報を次々と抜き出し、或いは情報屋の顔して情報を売り収支を黒字にし、ついでと言わんばかりに親切なアドバイスの振りして実験台を増やす。
カウンセラーになり得た天性の才能をフル活用してノートは数千という人間を手の上で転がし、情報の価値を自在に操る怪物になる。
バイトの中でも選りすぐりの奴をピックアップし増額報酬。ノートの真似をし始めた他の情報屋にダミー情報の売りつけを指示して情報収集をさせると同時にカウンターパンチを叩き込む。
人間は特別扱いされると一気にそのコミュニティーに傾倒する。奇妙な熱気が普段はさせないことをさせる。選ばれた者という意識が高揚感を齎し非道の片棒を簡単に担いでしまう。
選民意識を植え付け、行動と好感をコントロールしその場で手駒を増やす。情報戦というフィールドで遊ぶ1人のプレイヤーとしてバイト君達を仕立て上げれば新たな戦略シミュレーションゲームの始まりだ。
世界最大最悪の戦争の発端の1人となり、人類史に最悪の男として名を残した者も似たような手を用いて人民をコントロールした。ノートがやっているのはその劣化版に過ぎないが、プレイヤーを動かすのにはそれだけでいいのだ。
他の商人プレイヤーを抱き込み、商売口を増やして市場を拡大する。人員の流れを更に歪めて引き込む。色々なスレに書き込ませて口コミを広げさせる。サクラ万歳だ。
こうして敵の中に自分の味方となる人員を作り出し戦況を掻き乱す。しかも本人達の自覚無しに、だ。
独自の符号を作り連携力向上とスパイの炙り出しができればパーフェクトである。
これがノートの情報戦のやり方だ。
更にバイトに次なる指示を出し、今度は遠くで物欲しそうに見てるPKプレイヤー軍団も強引に引き摺り込ませる。彼等もまた普通では得られない情報を持っている。蚊帳の外に置くのは惜しい。
忠誠心の高そうなバイト達をサクラに仕立て上げて新たな人の流れを作り、PKプレイヤーが混じっても良い空気を作り出す。休憩と宣言して一度場所を離れてノート自身が乗り込み、声をかけて取引を持ち掛ける。
彼等の情報を高値で買い、彼等の持つ情報が有用であることを周囲にも示す。
こうしてまた一つ停滞していた空気が動き出す。
人が少ない場所でも十分その力を発揮できるが、ノートの本領はこの混沌とした空気と熱気に惑う群衆の中で発揮される。
ノートが即席で組織を作り上げて人を操作するのに慣れているのは、敵味方の境界があってないような世紀末バカゲーGBHWで司令塔として常に動いていたからだ。
メインはノートとユリン、スピリタスのトリオだったが、作戦の都合上3人では無理な事は数えきれないほどあった。そんな時に手頃なプレイヤーを巻き込んでデカい作戦を打ち立てるのだ。
当時のノートは中学生。周囲のプレイヤーは性質判定したら全員真っ黒極悪判定、部屋着は囚人服がよく似合いそうなナイスガイだ。しかもゲームの推奨年齢的に当然ほぼ全員が大人である。
そんな奴らを相手にノートは容赦なく「人間様を試したくてしょうがなくて苦行ばかりを強いる神を罵倒しながら無様に死んでこい!」と檄を飛ばして数々の伝説を作り出してきたのだ。
平和ボケしたALLFOのプレイヤーを操る程度などカウンセラーの技術まで身につけた今となっては造作も無い。
そんな環境で会得した技術を最大限利用。ノートは架空の組織を作り上げて、たった1時間で架空の組織を一種のカルト的な存在まで引き上げる。
実態の無いカルトは選民意識を生み、新たな思想を伝播させる。その流れを使ってノートはとある噂をプレイヤー達に広めた。
プレイヤー達の中にまた一つノートの流し込んだ猛毒が回り出したが、そんな事はノートのあまりの威風堂々、豪胆無比、大胆不敵な振る舞いに絶句する管理室の皆さんや爆笑する開発室の皆さん以外知る由もない。
運営は声を大きくしてプレイヤー達に言ってやりたい。
現在祭りの中心にいる男は悪魔も霞む奸佞邪智に長けすぎた極悪非道のクズだと。
その口から紡がれる猛毒を嬉しそうに飲み干すなと。
毒に酔い踊り狂っている場合では無いと。
お前達の天敵は目の前に居て、人の良さそうな柔和な笑みの下でお前達を嘲笑っているのだと。
しかし、彼等のその願いは叶わない。血涙流しながら情報の悪魔の快進撃を見てるしかないのだ。
キャンプ地の中心を一気に変えてみせたムーブメントの立役者、ボス戦に強い熱気を齎した男が日本サーバーをひっくり返しかけた悪魔などと誰も気づかない。
巨悪はいつだって近くにある。だが、それがいつでも悪人の姿をしているわけでは無い。悪魔が天使の服を着て微笑むこともあると知らない。
シェイクスピアは著書ヴェヌスの商人にてこう記した。
『悪魔も手前勝手な目的のために聖書を引用する』
正しく言葉を使えば人を救うカウンセラーになり、歪めて言葉を用いればその影には悪魔が現れる。
善悪は表裏一体ではなく同居しており、気分と見方次第でその割合が変わるならば、紡いだ言葉の功罪は幾らでも変わる。故にその本質を見抜く事は極めて困難だ。
一掴みの嘘にたった一つの真実。しかしその真実に吐き出したくなる苦みをつける事で嘘は相対的に甘くなり、人は喜んで嘘を受け入れてしまう事をノートは熟知している。
斯くして、ノートは日本サーバーの多くのプレイヤーに『情報には価値がある』という意識を浸透させる。あまり情報の価値を分かってないプレイヤーの意識に変革を齎す。
何故か。ノート達が普段情報収集をしているのは裏スレが多い。誰もが自分の持つ情報を素直に打ち明かす空気ができたら裏スレは閑古鳥が大騒ぎだ。
なら逆転の発想だ。裏スレをより発展させ、排出される情報の価値を上げるにはどうすればいいか。
答えはシンプル。
情報の価値を周知するのだ。秘匿する事のメリットを提示する。メリットが生まれやすい仕組みを提示する。
それを踏まえた上で更にノートは情報に値段を付けた。これだけ大きなイベントの中の取引は強力な知名度を持つ。
となると今後の取引で『あの商人はこの値段でこの情報を買ってくれたから、自分の今持ってる情報はこれぐらいの価値がある』とプレイヤー側も認識できる。
これにより情報屋の一人勝ちを防ぎ、悪質な奴は淘汰できる。情報屋からすれば大迷惑だろう。
なんせ情報の共通価格を自分の都合の良い様に付けてられる立場は情報戦において最強の存在だ。
情報戦に於ける王座、神の腰掛ける虚像の椅子。
その椅子にノートは一瞬で座り、瞬く間に消えた。
空座の王座のせいで今後彼らは易々と価格にケチをつけられなくなる。
彼らにとっては空座でも、皆の意識の中にはノートが依然として玉座に腰掛け続けているからだ。
ノートの御言葉、ノートが如何にも中立サイドの顔して勝手に定めた価値が彼等を潜在的に支配し続ける。みんなの為にアイテムを格安で売ってくれたいい人、というイメージのせいでノートが付けた価格もまるで多くのプレイヤーにとってメリットがある価格であると勝手に勘違いする訳だ。
よって多くのプレイヤーはその価格の査定基準を理解しないまま価値観だけを鵜呑みにしてしまう。
実に面倒なのは、その査定が悪質な訳ではない事だろう。故に表立って否定もできない。そうなる様にノートは調整したのだ。
いきなりフラリと現れて痕跡残さず消える事でその存在は勝手に伝説に至る。見えない事が逆に彼等の瞳の奥深く、脳裏に至るまでその存在感を焼き付ける。
集合意識から生み出されたこの巨大な虚像の化物を玉座から追い出すには、これ以上のインパクトを多くのプレイヤーに与える必要がある。それが如何に厄介な猛毒となるかはまだ誰も気付いてない。
たった一手で最高効率を。効率厨は自らに一切損失を出さずに最短最高効率で利益を上げてみせる。
そして最後まで誰一人疑わせる事なくノートは架空の人物になりきり日本サーバーを手のひらで転がし切ってみせたのだった。




