No.135 疎外感❸
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽AIは空気が読める子
「ユリンさんは、うーん…………」
そして最後まで名前が出てこなかったユリンについて聞いてみると、ネオンは初めて言葉に詰まった。悩んでいるようにも見えるが、マイナスな感情は感じられない。おそらくなんとなく喉元まで言葉が出かかっているが、うまく言語化できないのだろう。
「えっと、正直なところ、会話はあまりなくて…………」
ユリンは普段無愛想だが、これはその態度だけではなくユリンのポジションにも大きな原因がある。
もともと純粋な前衛とは言い難かったが、トン2とスピリタスの加入でユリンのポジションは中衛に落ち着いた。
中衛は個々人によっていろいろな解釈があるが『祭り拍子』に於いては全ポジションのフォロー担当ということになる。ただ戦うだけでなく、ある程度ゲーム慣れした判断が必要となるポジションで高い柔軟性も求められる。場合によっては前衛にも後衛にもなれる応用力が必要になる。
そして、この中衛というポジションはなんらかの特別な事情がない限り、原則として他のポジションからフォローされるようでは中衛としては失格である。
つまり基本的には自分一人の判断である程度動く必要があるし、ましてやネオンなどのヒーラー、バッファーにはあまり頼ってはいけない。
ヒーラーはダメージが集中する前衛組に回復を集中すべきだし、バフも明確な役割を持った者のために残しておく方が普通だ。中衛は存在することでチームが最高効率で機能する歯車であると同時に、必要不可欠になってはいけないのだ。
最悪中衛が居なくてもパーティーが機能する。それがパーティー構成のベストだ。
すべての手札を常にオープンしていては緊急事態の時に対処ができない。これは長年生粋のPKプレイヤーとしてゲームをしてきたが故の立ち回りであり、一般論ではない。
しかし『祭り拍子』では基本的に中衛はこの方針で動いている。
故にユリンは基本的になにかあっても自分で勝手にフォローするし、本当にキツくなるとコミュニケーションなどせずともノートがフォローしてくれる。
中衛が唯一頼っていいのは同じ中衛。中衛陣の連携が機能しているパーティーは隙がなく非常に強い連携力を発揮する。
特に『祭り拍子』は中衛を担うノートが指揮官ポジションなので、ユリンに与えられる指示はそのままパーティー全体にとって意味のある指示となる。よってユリンも迷うことなく動くことができる。
そんな事情があり、ネオンがユリンに指示を仰いでもユリンは特にコメントがない。
もともと教えるのが上手いタイプでもない天才肌なので、特に要望することのない相手から『なにをすればいいですか?』と聞かれても『別になにも』としか言えないのだ。
ノートであれば、中衛から見た視点からネオンの立ち回りについて自分がフォローしやすい立ち位置などを教えるのだが、ユリンにはそういうアドバイスが苦手だ。
これはユリンが後衛ポジションに立ったことが無いことも原因である。
それに加えて元々ノート以外にはぶっきらぼうな反応しかしないので、余計に言葉が少ない、足りない、という事態になる。
結果としてネオンとユリンの間のコミュニケーションが非常に少なくなる。
しかも、ネオンは明言を避けたがノートの近くにいるとユリンが威嚇してくるのでちょっと近寄りがたくなっていた。年齢が近いうえにユリンが年下なのも彼らの関係性を複雑化している。
ただ、どうにも嫌われてるわけでもない気がすると最近思い始めたとネオンは言う。
例えば、ミニホームの壁に設置されているスケジュールボード。
当たり前のことだが、ノート達は色々と特殊ではあるものの、社会人であり、学生だ。毎日同じ時間にゲームにログインして活動するのは不可能である。よってスケジュール調整は当然必要になる。
今回の作戦も周期と全員のスケジュールを合わせることが一番苦労した部分とも言える。
その調整に役立っているスケジュールボードはネオンが加入した後に設置されたもので、各々がログインできる時間帯やイベントを書き込んだり、その下の余白に伝言メモを貼っておいたりする。
これは口下手で自己主張が苦手なネオンにとっては非常に助かる物であり、ゲームのことなどあまり知らなかった当時のネオンは「便利な物だなぁ」としか考えてなかった。
しかし、ある程度ゲームについての知識が増えてきたネオンはふと気づく。
ノートもユリンもヌコォもリアルでの繋がりがある。わざわざスケジュールボードに書かなくてもお互いの予定など伝えたり聞いたりできるはずだ。
つまりこのボードが誰のために用意されたかなど少し考えればわかるのだが、ノートはなにも言ってこないし、ヌコォもノートに言われて初めてその存在に気づき予定を書き込んでいたところをネオンは目撃している。
加えてスケジュールボードに割り振られた数字や名前。これは最初の筆談の時に見たノートの字ではない。
となれば、誰が主導でスケジュールボードを作ったかネオンにはなんとなく察することができた。できたが、当時はなんだか確信が持てないし、本人はなにも言わないし、ユリンにはとにかく怖いというイメージしかなかったのでお礼も言えないままズルズルと今に至る。
因みにボード自体を作成したアテナにはさりげなく聞いたが、アテナは微笑むだけで答えてくれなかった。
おそらく口止めされているのだろう。ノートはそんなことするわけもなく、となると候補は一つしかない。裏付けもとれているのだが、今更言ってもスルーされそうな気がしてなかなか勇気が出ない。
また、ネオンがノートに質問したくてもできないことがあってまごついていたりすると、偶に伝言メモにネオン宛てと思われるメッセージが貼られたりしていることがある。
ミニホームで勉強しようとしたとき、いい場所がなくてウロウロしていたら先に机で勉強をしていたユリンが静かに立ち去る。
タナトスとキッチンに関して色々相談していたら、次の日誰かが課金してアップグレードしたのかキッチンの配線が改善されていた。
――――――などなど、確信は持てないのだが、まるで見えない妖精がいるかのように度々このようなことが続いていると、割と鈍いしネガティブ思考が強いネオンでも流石に自分が嫌われているのではないか、とは思えない。
もちろん、全部偶然かもしれないし、ゲーム的な効率を求めての行動で別にネオンを気遣ったわけではないかもしれない。だが、ネガティブな一方で人の親切を自分の気のせいかもしれない、で片づけたくはないともネオンは思っていた。
たぶん何を言っても素っ気ない返事が返ってくるだろうけれど、お礼を言いたいと密かに思っていたことを打ち明けた。
するとノートはフッと笑った。
面白がるような、それでいて慈愛に満ちた優しい目つきの笑みだった。
「まぁ、なんだ。ユリンちょっとツンデレ気質っぽいところがあるっていうかな」
ツンデレとは?と小首をかしげたネオンに対して少し補足すると、なるほどとネオンは頷く。
「なんだろうな。意外かもしれないけどさ、ユリンもむやみやたらに人に噛みついたり、攻撃すること自体をいいことだとは考えてないんだよ。アレでいて実は治そうとしてるんだぜ、まだ試行錯誤の途中なんだけどさ」
ただ、周囲に噛みつくことが一番いい選択になってしまっていたユリンの事情と環境に問題があったとしか言えない。
周囲に噛みついて、威嚇して、遠ざけて、傷だらけになりながら自分自身を守ってしまったのだ。それが一番楽だと理解してしまったのだ。
その癖を少しずつ直していこう、ノート以外にも優しくしよう、とノートと頑張っているのだが、それがちょっと迷走して今はなぜかツンデレみたいな態度になっているのだ。
しかも気遣いはしても頑張ってるのに気づかれるのが恥ずかしいので、何も言わずにやり続ける。その一連の動きが座敷童みたいになっているのである。
それが余計に恥ずかしくなっていることにまだ本人だけが気づいていない。
そんなユリンが可愛いのでノートは生温い目でユリンの奮闘を見守っている。こういう黒歴史もまたいつかは役に立つ。こういった当たり前の経験をユリンはしなさ過ぎたのだ。だから敢えて何も言わない。気づくところまで含めてユリンの成長だ。
恐らく気づいた後になんで言ってくれなかったんだと涙目でポカポカ叩かれるだろうと予測できたが、ノートはその反抗は甘んじて受け入れるつもりであった。
「なんだか、そう考えると、急にユリンさんが可愛く見えてきました…………」
「俺に言う分にはいいけど、本人には可愛いとか絶対に言わないでくれよ。たぶん最低でも数日は拗ねちゃうからな」
ノートからでさえ可愛いと言われるとちょっとムスッとするのだ。小動物枠のネオンに可愛いなどと言われたらユリンのプライドが木っ端みじんになることは想像に難くない。ユリンは難しいお年頃なのである。
「で、ネオンさぁ」
「はい、なんですか?」
ノートの手を引っ張りながら後ろ向きにゆっくりと歩いていくネオン。まるでおもちゃコーナーに親を引っ張っていく子供の様で、今はテンションがすごく上がっているらしくノートの手を握っていることにも違和感がないようだ。
勢いとノリとは時として人に力を大きな力を与えるのだ。
「俺は?」
だが、その問いかけを聞き、内容を理解し、口を開こうとした瞬間に顔が真っ赤になり後ろ歩きのまま躓く。危うくそのままころびそうになり、その手をグイっと逆にノートに引っ張られる。
握るのは良かったが、逆に握られるのはダメだったらしい。今まで行方不明になっていた羞恥心が一気に戻ってきたネオンはノートの顔がまともに見られなくなる。
「(本当に初心でかわいいよなぁ)」
急に手を握られたことはノートもちょっとびっくりしたが、どうやら完全にフィーバータイムでしかなかったらしい。素に戻ればやはりネオンはネオンだ。
完全にクズ男ムーブだと思いつつも、いい反応を見せるネオンをつい揶揄ってしまう。
「俺はどう?」
「ぇっ、えっと、その……う、うぅ……」
腰は完全に引けて、困り切って目は泳ぎまくり、もはや涙目だ。片手で口を押え、動揺を抑えようとしているがどう見ても抑えきれていない。穴があったら入りたいを体現した様な感じだが、ノートに片手を握られているせいで逃げられない。
かくなるうえはログアウトだが、ここまできて後戻りなど出来るはずもないし、動揺しすぎてその選択肢はネオンの頭から吹っ飛んでいた。
「OK、わかった。ごめん。質問を変えよう。俺に対してなにか要望はある?みんなにでもいいけどさ」
しかしネオンの羞恥心が本当に限界に達してしまったのか、涙目から完全に涙に変わりかけて、VRのオーバーな表現でもこうはなるまいと思うほど顔から手まで赤く染まり始めていた。
ノートは慌てて手を離し優しく宥める。予想以上の反応にやり過ぎてしまったと目が覚めたのだ。
そして本当に聞きたかったことを聞くと、ネオンは消えいる様な声でぽつりと呟いた。
「えっと、『祭り拍子』には本当に不満はないんですけど、一つだけ、その…………」
「なにかあったか?」
先程聞いた時は何かを胸に抱えてる様子はなかった。恐らく聞かれて思い出したのだろう。その時点で深刻ではない事が察せられた。
だが、普段は自己主張の無いネオンがわざわざ言うと言う事は、それなりに気にしていたことでもあるのだろう。
モジモジとして髪をせわしなく弄る。恥ずかしがるような態度、一体何を言おうとしているのかまったく予想がつかなかったが、ネオンの言葉は意外な物だった。
「私以外は、ノートさんと、リアルでの繋がりがあるのかなぁ、って思ってしまって、少し寂しいと思うときは、その、やっぱりあって………あぅ、そ、そんなにジッと見なくても……………」
ノートとユリン達がリアルでも接点があることはネオンも聞いている。それに憧れを抱くと同時に、やはりちょっと疎外感を感じてしまう。
いつもは思っても言い出せなかったが、テンションが変になっている今はあれだけ言えなかった言葉がすんなりとネオンの口から出てきた。
「それは、つまり、リアルで会ってみたいと」
一体誰と?と揶揄うような目をノートが向けると、ネオンは動揺したように目を逸らし、しばらく逡巡した後に「みなさんと…………」とか細い声でつぶやいた。
それに対するノートの反応は、ネオンの予想よりもはるかに前向きだった。
「そうだなぁ、全員のスケジュールをそろえるのと、アイツらの事情が事情だけに場所が少し問題になるけど、それさえクリアできたら大丈夫だと思うぞ。どうする?本気で会いたいなら根回しするけど?」
二人きりなどと言い出せば確実にヌコォ達につるし上げられるし、海の向こうの悪友()が本気で刺しにくる気がしたが、皆で会う分には問題ないのではないかとノートは呑気なことを考える。
実際、パーティーメンバー同士がリアルでの繋がりがあるなかで一人だけないというのはかなり疎外感を感じる要因だ。
また、ヌコォもスピリタスも、トン2、鎌鼬もリアルで顔を合わせたことが無かったので一回顔合わせはしたいとは元々考えていたのだ。ネオンの要望は渡りに船だったともいえる。
「お、お願いします!」
そんなことは知る由もないが、無理だと思っていた物が意外と実現しそうとなればネオンも一二もなく飛びついてしまう。
斯くして『祭り拍子』のオフ会計画が立てられ始めたのだが、まるで話がひと段落するのを待っていたようにいきなり異変が訪れた。
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽ネタバラシすると、このイベントはプレイヤー達が行動をストップするまで続く悪辣な仕様になってます。
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽出れなくて、メニュー機能の一部が死んであたふたして、ログアウトしようとしたりすると急にドーン!とくる意地の悪いタイプです。なのにいつまでものんびりイチャイチャしてるからAIがなかなか動けなかったのです
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽ちな、すっごい今更言うけど、No.9に出てくる運営側の人物の名前って結構ネタに走ってるんだけど誰も触れてくれなかった(泣)




