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No.132 天運絶好調

༼;´༎ຶ ۝ ༎ຶ༽▄︻┻┳═一





  


 白い腕に引き込まれ、ノートの視界が真っ白に染まる。

 平衡感覚が薄れて全ての感覚が遠く彼方にあるような非現実的な感覚。

 夢うつつと形容したくなる状態の中で、急に身体の感覚が戻ってくる。



「ノート、さん?」


「ああ、ネオンか。て事は無事だった……って訳じゃなさそうだな」


 後ろを振り向くと、其処は見渡す限り深く白い霧に包まれた謎のフィールド。鑑定も機能しないし、メニュー画面のほとんどの機能も死んでいる。その霧の世界の中で、不安気に辺りを見渡し、ノートのローブの裾をちょこんと握り締めたネオンが所在なさげに立っていた。

 まるで幼子のように、安心して頼れる人に縋る様な動きはネオンらしいが、ノートはジッとネオンを見つめる。

 するとネオンは僅かに腰がひけて目はキョロキョロと忙しなく動き、顔がほんのり赤らむ。VR特有の過剰な感情表現によるところも多いだろうが、この表情はネオンの素に近いように感じる。


「ど、どうしたんですか?」


「いや、偽物の可能性もあるからちょっとテストを」


 ALLFOの模倣技術は人形兵器のいた廃村ですでに知っている。故にノートは直ぐに視界が切り替わった後の世界にいる人物はすべて疑う様に周囲に徹底していた。

 ALLFOの模倣技術は並みはずれている。普段の行動パターンからプレイヤーの動きを分析し、普段から接している人ですら欺くだけの幻想を作り出せる。ネオンの姿を写し、声も再現し、動きまで真似ていたなら、ノートもすぐに見抜けるとは断言できない。

 

 一方でネオンは瞬時に青ざめて首を横に振る。


「違います!私は、本物です!」


 動き自体は本物に非常に近い。違和感は感じない。

 しかし確信が持てないので最終手段を取ってみる。


「ネオンの本名は?」


「え?本名ですか?でもノートさんは簡単に話しちゃいけないって……」


「いいから」


 真っ直ぐ向けられた視線にどうしようもなく心拍数が上がるが、ネオンはノートを信じて明かす。


「えっと、霜月朝(シモツキアサ)「OKストップ。わかった。ありがとう」」


 しかし全てを言い切る前にノートが強引に遮り、ネオンはキョトンとする。 一方でノートは何かに納得したようにふむと頷く。そんなノートに思わずネオンは問いかける。


「今のは、えっと、なんですか?」


「AIの制限に対するメタアプローチだ。AIはプレイヤーの個人情報も持っているが、それを勝手に他のプレイヤーに明かしたら重大な規約違反になる。本名を答えようとした時点でネオンが本物であると立証された訳だ。まあ、偽名を咄嗟に言う思考能力がAIにあったらお手上げだけどな」


 ノートの説明を聞き感心した様に頷くネオン。其処でふと疑問が湧く。


「えっと、だとすると、私はノートさんが本当にノートさんなのか、どう判断すればいいんでしょうか?」


 ネオンは本当にただ疑問に思った事を聞いただけなのだろう。其処に一切の邪念は無い。

 一方でノートは痛いところを突かれた様に少々口を噤む。

 いたたまれない沈黙。見つめ合うノートとネオン。小動物のようにネオンは澄み切った目で首を傾げ、ノートは軽く目を逸らす。

 やがて沈黙に耐えきれなくなったようにノートは滔々と語る。


「…………そうだな。今の理論を応用して、AIがプレイヤーの個人情報を抜き出そうとする様な動きはしないだろう、って納得してもらうしか無いな。あとはメニューのメッセージ機能とかを使うのが安パイなんだが、まさかそれを封じてくるとは予想出来なかった」


 其処で初めてネオンもメッセージ機能に思い当たる。実際、廃村でノートがユリンの偽物を見破った時の決め手になったのがメッセージ機能だ。

 それにメタを張るように今はその機能が何故か封じられていた。


「1番はリアル方面で連絡するとか、かな。まあ1番簡単なのは本名とか本人しか知らない事を言うことだろうな。と言っても、相手も其れを知ってないと完全に疑いは晴れないが…………」


 困ったな、スレでも建てて変則メッセージ機能にするか?などとノートが考えていると、ネオンがとんでもない事を言い出した。


「えっと、その、私、ノートさんの本名、知ってるかもしれないです」


「ん?」


 嘘だろ、と視線を向けると、ネオンは後ろめたさゼロで経緯を説明する。

 どうやらノートの年齢や国家公認カウンセラーという情報、容姿からそれらしき人物をネットで絞り込んだらしい。

 確かにアバターの見た目はガッツリコスプレして特殊メイクまで施しているような状態だが、何度も顔を合わせれば特徴は掴める。

 あとは年齢と、国家公認カウンセラーという情報。ネオンを落ち着けるため、確実に自分の元に引き込むために明かした情報。ネットリテラシー0だったネオンだったので話してもいいかと思ったその情報からネオンはノートの正体を特定していた。


 確かに、ネオンの調べ方を聞いてノートもそれなら出来なくはないと納得できるとともに自分の迂闊さを反省する。ネットリテラシーだなんだとネオンに散々言っておいて自分がこの始末では笑えない。


 そして普通、わかってしまってもそれを本人に言えば普通は引かれるとか考えるはずなのだが、まだネットリテラシーが甘いというか人間として純粋過ぎるネオンは悪びれもなくそれをカミングアウトする。


 ノートはまずその点について一応注意した上で、物凄い落ち込んで今更自分の言った事のヤバさに気づいたネオンをフォローする。

 流石にこの隙だらけのムーブはネオンしかできないだろう。カウンセラーをしているノートとしてもネオンの動きはそのパーソナリティから推測するに違和感はない。

 この時点でノートは目の前でグズってるまだまだか弱い少女が本物のネオンである事を確信していた。


 そして、どうしたものかと頭を掻く。

 今更誤魔化しても誤魔化しきれる領分をかなり超えている。スピリタスやトン2と鎌鼬の実態も把握しているし、ノートとの関係もネオンは知っている。

 本人が気づいていないだけでネオンはノートを破滅に追い込むだけの情報を抱えていた。

 抱えていて、どうとでもできるはずなのに、それを全く悪用しようなどと思いもしないネオンが非常に可愛く見えてしまう。

 周囲の女性陣のクセが強すぎるせいか、この素直さになんとなく癒される。


「(…………どうしようかなぁ)」


 いや、ある程度答えなど限られている。その中で1番簡単なのは本当に身内に引き込む事。完全にプライベートな情報を開示し一蓮托生、相互確証破壊の状態に持ち込む事。

 ネオンのような人間を操ることなどノートにとって容易いのだが、なけなしの良心が其れはダメだろうと諌め出来るだけ穏便なところに落ち着けようと考える。


 何れ処理を迫られる爆弾を今処理するか、後に処理するか。

 信じるか、疑い続けるか。


 ノートが選んだのは――――――――


 他に人がいない事は承知。それでも大声で言うのはなんとなく嫌で、徐にネオンの顔に顔を近づける。

 急なノートの動きに動揺し過ぎて固まるネオン。先端まで真っ赤に染まった耳元でノート自身の本名を囁くと、ネオンは目を見開きコクリと頷く。


 どうやら予想は当たっていたらしい。

 

 これで後に引けなくなった。自分でまた一つ退路を断った。その背中をさらに自分で押すように告げる。ネオンを縛り付ける様な言葉を囁く。


 それにネオンは同意する様に再び小さく頷き、今度はネオンがノートに耳打ちをする。別に耳打ちする意味はないのだが、空気がそうさせた。


 これでノートとネオンは互いに互いの重要な情報を握る事となる。


 ネオンは本来話してはいけないことまで馬鹿正直に全部喋った。

 今まで学んだネットリテラシーが、理性が危険だと囁いていても、自分の事を明かしてくれたノートに応えたくて、それが誘導されていることだとも実はうっすら気づいていても、ネオンは話した。

 誰よりも信頼していたから恐れはなかった。もっと信頼が欲しかった。だから、自分の差し出せるものの中で1番の物を差し出した。

 

 ネット上の虚構の関係に信頼を置くなんて危険だ。

 何度もそんな文面は見ていた。でも、それでも、自分を掬い上げてくれた人物に裏切られるなら、ノートに裏切られるなら、それでもいい。ネオンはそう思えた。


 ネオンが現在目指している国家公務員は、枠の少ない花形エリート職。狭き門を潜る上で国家公認カウンセラーの様に人格査定も行われる。

 その時、今世界中で話題でニュースにまで報道されるALLFOというゲームの中で、日本サーバーを大混乱に陥れた凶悪パーティーの一員だとバレたら人格査定には多大な影響が出る事は間違いない。


 ノートは実力でまだリカバリーできる線が残っているが、ネオンの場合はこの査定で弾かれると潰しが効かなくなる。故に個人情報の開示は身を滅ぼす可能性もあった。

 其れをノートに軽く説明されて尚、ノートの提案に乗り自分の個人情報を詳らかに明かした。


 これで完全に共犯者。本当に後戻りができなくなった。

 核爆弾のスイッチをお互いが握り合った。


 ノートのやってることは結婚詐欺師とかその類の外道な真似だが、ノートも生活とかその他諸々がかかっているのでこればかりは妥協できなかった。

 本人は平気な顔してるが実は冷や汗だくだくの状態だった。それほどまでに危険な状態を今まで見落としていたのだ。


 フェアではないが、これでようやく対等な関係を築けた。1人だけちょっと疎外感を感じていたが、これで本当に、真の意味でパーティーに入れたような気がネオンはした。

 今までノート達から漏れ聞こえるリアルでの出来事を聞いて「いいなぁ」と思うばかりだったが、これで少し距離を詰めることができた。

 ネオンにとっては小さな一歩。しかしそれは本人が思う以上に非常に大きな一歩だと本人ばかりが気づいていない。

 普段のノートを知る者なら、ノートがここまで容易く接近を許す存在ではないと知っているからだ。



「ありがとうございました、信じてくれて。とっても嬉しかったです。これからも、その、まだまだ未熟ですが、よろしくお願いします―――さん」


 何も見えない深い霧に包まれた世界で2人きり。胸一杯の幸せを抱いて、ネオンは少し顔を赤らめて屈託のない笑みを浮かべる。

 見たことのない表情だが、それが本来のネオンの表情であるかのようにその笑みは自然で、ノートは思わず両手で顔を覆いたくなる。

 

 この溢れ出る庇護欲は何処へ捨てればいいのか。

 この欠陥品ではないかと思う脳の錯覚をどう誤魔化したものか。

 いい加減ユリン達に刺されるんじゃないか。

 自分の男としての大事な何かが今すごい勢いでまた喪失してないだろうか。


 色々な思いが脳裏に過るが、その笑顔と差し出された手を見て跳ね除けられる意志の強さはノートになかった。

 

「ああ、よろしくな」


 差し出される手をノートが優しく握り返すと、手の中でネオンの握り方が変わり手を繋ぐような状態に。


「とりあえず、進んでみましょう!」


 快晴御機嫌天運絶好調。見たこともない軽い足取りで、見惚れるような可愛らしい幸せそうな笑みを浮かべて、ネオンはノートの手を引いた。

 

 恐らく心に影を落とす後天的なコンプレックスを削ぎ落とした本来のネオンの姿がこれなのだろう。

 明るく眩しいほどに純粋で、実はここぞという時は非常に大胆な、そんな魅力的な女性もまた、ネオンの持つ一面であった。


 ノートの心臓はその顔を見て早鐘を打ち始め、いよいよごちゃごちゃしだした心の棚を前にノートは頭を抱えたくなった。

 

 


༼;´༎ຶ ۝ ༎ຶ༽ネオンのターン!


༼;´༎ຶ ۝ ༎ຶ༽ネオンがノートの正体を詳しく知った経緯はシリーズの中の設定厨隔離施設の『番外編 霜月家の似た物親子』にて収録済みです


\(´・ω・`)またつまらぬゲリラをしてしまった………

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― 新着の感想 ―
[一言] >>ノートは実力でまだリカバリーできる線が残っているが、ネオンの場合はこの査定で弾かれると潰しが効かなくなる。 >>これで完全に共犯者。本当に後戻りができなくなった。 核爆弾のスイッチをお互…
[一言] AIが空気を読んで邪魔しなかったと、、、 ???▄︻┻┳═一 「覚悟はできてるんだろうな?」
[良い点] なるほどね
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