盤外編:約束の履行① 鎌鼬のターン
(´・ω・`)リアル側の描写はかなり久しぶり
「お待たせ、待たせたかしら?」
「いや、今来たところ」
待ち合わせのお決まりのやり取り。ノートが顔をあげると、そこにはデート向きというよりは割とスポーティーな格好の鎌鼬、もとい露奈が立っていた。金髪を隠すために黒髪のウィッグをし、スポーツ用のサングラスをかけ、蛍光色のスタイリッシュなスニーカー。ぱっと見ではそれが有名人である土御門露奈だと見抜くことは難しい。
対するノートもユニセックス系の灰色のジャージに、ロングの黒髪のウィッグを付けてポニーテールにしており、こちらもまたぱっと見でノートだと気づくのは難しい。
「有名税なんて勘弁してほしいんだけどな。と言っても俺の方はたかが知れてるけどよ」
「私はもう割り切ってるわよ。というより、私は特に隠す気はないのよ?」
露奈ががっちり変装を固めているのは自分の為ではなくノートの為だ。露奈はノートと交際していると周囲に認識されても困らないが、ノートとしては些かどころではなく困る。それをノートもわかっているのでノートもこくりと小さく頷く。
本当ならその配慮に礼を言うべきなのかもしれないとノートは思うが、それは逆に露奈の気づかいを無下にするような気がして言葉にはしない。露奈もそれがわかっており、変なところで不器用な想い人を見つめて柔らかくほほ笑む。
「でも、正直に言うとあんな勢いだけの言葉で本当に会ってくれるとは思わなかったわ。それもあの時約束を取り付けた錬華達とは別々でなんて」
「まぁ、勢いとはいえ約束したしな」
駅前の喧騒から逃れるように、アイコンタクトするとゆっくりと歩きだすノート。露奈はノートの手を握るわけでもなく、腕を組むわけでもなく、ノートの肘のあたりを小さくつまんでその横を歩きだす。
「こごみさんとは一昨日会ったんでしょ?」
「…………なんで知ってるんだよ」
歩き始めてすぐの事。露奈が知らないはずの出来事を急に言われ思わず動揺し歩調が少々乱れるノート。それを見て露奈は愉快そうにクスクスと笑う。
「別に怒ってないわよ。あなたも色々とスケジュールがあっての順番だと思うし。彼女とはSNSで最近やり取りしているの。随分とあなたの事に関して色々と惚気てくれるわよ。あなた、身内に対してだと本当に甘いわよね」
「ギスギスするよりは仲良くやってくれる方がありがたいっちゃありがたいんだが、素直に喜べないわ」
計算高めコンビが水面下で手を組んだのは間違いない。狙撃手という観点でも気が合うだろうし、ノートもある程度彼女らの動向は予想はしていたが手が早すぎないかと思ってしまう。まるで包囲網が着々と完成していってるような気がしてならないのだ。
因みにヌコォもといこごみと会った理由はデートという名目の進路相談だ。
「そうかしら?争うよりは格段にいいでしょう?というより、本気で争いでもしたら、貴方は何も言わず静かに離れていくでしょう?」
露奈の問いかけに対してノートは特に何も答えないが、それこそがその問いの答えを端的に表していた。
「しないわよ、そんなこと。私だってあなたの周りにいる人とは仲良くしておきたいもの」
「そこまで想われる男じゃないっての」
「私には私の価値観があるから気にしないでちょうだい」
何を言っても柳に風、暖簾に腕押し。ノートは嬉しいような困ったようななんとも言えない感情に苛まれ、ウィッグ越しに頭を掻く。
「それにしても、露奈の方から『スポーツがしたい』なんて言われるとは思わなかったぞ。一応デートコースはこっちで考えてたんだが」
「錬華と別々で会ってくれるっていうから、それなら今回は普段できないことをやろうと思って。たまには体を動かすのもいいでしょ?」
「まあ、最近はALLFOばっかりで寝てる時間が長いからな。気を付けないと腹に肉が付きそうだ。俺も若くないな、もう」
「その年でなにを馬鹿なこと言ってるの。生活習慣を見直せばフォローがきく年齢なんだから言い訳しないの。太っても嫌うことはないけれど、痩せさせるために家に押し掛けるわよ」
露奈が割とまじめな顔してこちらを見ていることに気づき、ノートは肩をすくめる。
「それこそ勘弁してくれ」
「逆に私が太っても正直嫌でしょう?」
「…………確かに、このままでいて欲しいけどよ」
綺麗な物は綺麗なままであってほしい。そう思うのは人間の性だろう。コーディネートをスポーティー路線で固めつつも、しっかりと化粧をしてその美しさをより整えている露奈を見ながらノートはその言葉に同意する。
「けれど、プライベートでいざ体を動かそうとなると腰が重くなるのはわかるわ。昔よりもやっぱりフットワークは軽くなくなってるのよ」
「そりゃ露奈が有名人になったのも大きいだろ。お前高校の時のテンションでしゃべってないか?」
「そうね、それくらいにはテンションが高いわね。あの頃が一番色々と身軽だったわ、お互いにね」
軽い足取りでノートの横を歩く露奈。普段クールで大人びている彼女にしては柔らかで少し幼げな表情で笑みを浮かべており、ノートもわからなくはないと頷く。
「ぶっちゃけ、出会った時はここまで付き合いが長くなるとは思ってなかった」
「それはお互い様よ。大人になっても連絡をやり取りをしている相手なんて、本当に限られてる。ましてや異性との繋がりなんて皆無だし、あなたに会うまで男性に対して興味を持つこともなかったから。私は恋なんてしらないまま死んでいくと思ってたし、それを不幸だと思ってもなかったわ」
「マジで?幼稚園とか小学校とかで好きなやつとかいなかったの?」
別にいてもおかしくないしそっちのほうが普通だと思うが、とノートが言っても、露奈はいまいちピンと来てないような顔をする。
「確かに学年で人気の男子はいたけれど、特になにかを感じることもなかったわね。人並みにカッコいい子だな、とは思ってもそれが恋愛感情になることは皆無だったわ。それ以上にもう私は射撃の事で頭がいっぱいだったような子だったから」
「幼稚園からの英才教育だもんな~」
花より団子、団子より射撃。そんな女の子が幼きの日の露奈だった。もともと容姿も日本人離れしていて同年代より落ち着いてたので周囲から浮きがちであり、錬華がいなければ友達と呼べる存在すらいたかどうか怪しいくらいだった。
「貴方の初恋は、リントさんのお母さんだったわよね?」
「そうだな。でも今はそんな気持ちなんて全くないな」
露奈の問いかけにあっけらかんと答えるノート。ただアレが明確に初恋だったのかはノートも正直よくわかっていない。
リントの母親がやたらノートの母親を慕っていて、だからその息子のノートに対しても距離感がバグっていて、ユリンが生まれるまでは特にかなり可愛がられた記憶がある。綺麗で明るくて自分の事を甘やかしてくれるリントの母親に対し、幼いノートは恋心めいたものを抱いていた気がしなくもないのだ。
ただ、そんな想いはとっくに消え去っているので、ノートも言われたところであっけらかんとしている。なんなら自分の母親にもリントの母親本人にもバレているのだから今更恥ずかしがることもなにもない。
「だったら…………私は?」
そんなノートに奇襲を仕掛ける露奈。肘の部分をつかむだけだった手はスルリと肘の部分を握り、露奈はノートの顔を覗き込む。
サングラスの隙間より見つめる青い瞳。ノートはざわめく心臓をなだめ、歩くペースを上げながらつぶやく。
「ただの友人相手にここまで労力を使ってスケジュール調整したり貴重な休日を割いたりしないっての」
その想いに今は応えることはできない。自分から踏み込めば受けて入れてくれることがわかっていても踏み込まない。しかし突き放すこともできない優柔不断な自分自身にあきれるノートが口にできるギリギリのライン。
率直ではないもののノートの気持ちは露奈も理解しており、その言葉の意味は伝わった。
それにより抱くのは喜びか、あるいは安堵か。
最初は遠慮しがちだったが、今はノートの腕にしっかりと自分の腕を組み露奈は上機嫌な様子で歩きだす。
◆
周囲から見れば明らかにいちゃついてるようにしか見えない状態で歩くこと10分、ノートと露奈は目的の場所に到着した。
「最新鋭の高級スポーツアミューズメントパーク【VAEL】ってこれか。でもこれって会員制とかじゃねぇの?今更聞くのもなんだけど」
22世紀になり、職業の多くがAIとロボットに取って代わられ娯楽の価値は上がり続けている。そんな時代には娯楽施設も様々な進化を遂げたが、【VAEL】はその中でも非常に先進的なスポーツアミューズメントパークとして有名である。
主に徹底したAIとロボットによる施設管理、AR(拡張現実)と豊富な機材を利用した多種多様なゲームが楽しめるのが売りであり、富裕層をターゲットとしたアミューズメントパークという点でもほかの追随を許さない。
そんな【VAEL】はプレミアム感を出すためにも会員制を採用しており、一見さんお断りだったりもする。芸能人やスポーツ選手なども数多くの人がプライベートで利用するだけあってセキュリティも厳しい。
まあ会員登録すればいいだけかとノートは考えるが、露奈はクスッと笑う。
「そこのところは安心していいわよ。私、これでも日本有数のVREスポーツ選手なのよ。スポンサーもついてるわ。そして【VAEL】を経営している会社も私のスポンサーをしている縁もあって、最上級のフリーパスを戴いてるの。今まで使ったことがなかったのだけれどね」
「へー…………さすが世界7位」
「このフリーパスだと同行者がいても無料にしてくれるから、会員登録とかする必要はないわよ」
クールで自分の成果を滅多に誇ることがない露奈が少し自慢げに話しているのがノートにはなんだか新鮮で、ノートに見られていることに気づくと露奈はハッとし、少し恥ずかし気な表情を浮かべる。
「本当に今日テンション高いのな」
「い、以前から気になってはいたのだけれど…………はじめていくなら、その…………」
顔を微かに赤らめて言いよどむ露奈。露奈の言わんとすることを察し、そのいじらしい気持ちと態度にノートの方までなんだか顔が熱くなってくる。
なんだか気まずくなり黙り込む二人。ノートは歩くペースを上げ、巨大なショッピングモールのような施設を擁する【VAEL】の中に露奈と一緒に入っていくのであった。
◆
最初こそ色々気まずいところもあったが、実際に遊びはじめるとそんな空気はいつの間にか消えていた。
アスレチックとジャングルの映像を組み合わせ、映画のトレジャーハンターさながらゴールの宝を目指す【ジャングルエクスプローラー】。果実のようなデザインがなされたボールを怪物の口にシュートし続ける【ハングリーシューター】。ペダルをこいだ分だけ巨大なアームを動かすことができそのアームで景品を集める【ボルトUFOキャッチャー】。ロボット相手にボールを投げつけて雪合戦のように旗を取りあう【SPガーディアン】。ドラゴンの映像を組み合わせバッティングしたボールでドラゴンを倒す【キャノンドラゴンズ】。
ARの映像により演出を豪華にし体もしっかりと動かせる遊びは十分に大人といえるノートも露奈も童心に帰りガッツリと楽しんでいた。
特にノートが楽しんでいたのがゾンビが襲い来る【ブロークンロード】。実際の武器より若干軽い程度の武器を装備し、迷路のように入り組み遮蔽物のある通路を進みながら出現するゾンビを倒すゲームだ。武器を持ちながらそこそこ長い入り組んだ通路や階段を上るのはかなりいい運動になり、ゾンビのクオリティも高かったのでノートも大満足だ。
体に疲労感こそあるものの、VR内の疑似的に与えられる疲労(物理的な体への重さ)や、頭が疲弊しきって気だるくなるような疲労感とは違う、体を動かしたことによる疲労は爽やかさを感じる。
射撃という事もあり露奈も大活躍し、二人で最終ステージまで突破できたので達成感も大きかった。しかもクリアタイムも好成績で、今月のスコアで1位を取ることができた。
その後もローラースケートやボウリングなど普通のスポーツを楽しみ、最後にシャワー室で汗を流す。高性能の洗濯機も付属しており、シャワールームを出るころには清潔な服が用意されている。
個室タイプのシャワー室を出た後は急ぎ足で帰るのも勿体ないので、ノートと露奈はメインホールのソファに腰かけてジュースを飲みながらくつろぐ。
「いや~金かかってるだけあって本当に面白かったわ。【ブロークンロード】とかもう一回やってみたいな」
「楽しんでくれてなによりよ」
心地よい疲労感と軽く火照った体に冷たいジュースが染み渡る。満足そうなノートに露奈も嬉しそうにほほ笑んだ。
「ありがとな、連れてきてくれて。すごい楽しかった。露奈も楽しかったか?」
「ええ、もちろん」
それはよかった、露奈の言葉にそう返事しようとすると、ノートの肩にポスンと軽い衝撃がくる。
「あなたと来れて、本当に楽しかったわ」
ノートの肩に頭を乗せ、静かにつぶやく露奈。普段なら決してここまで無防備になることはない露奈が自分だけには甘えていることをわかりつつも、ノートはそれにこたえようとする気持ちをグッと抑える。
せめぎ合う自分の気持ちと闘うばかりに思わず無言になったノートに、露奈は言葉を重ねる。
「別に………焦るような時でもないということは、私もわかっているのよ。年齢的にもまだまだ余裕なのは客観的にみても事実であり、自分の選手生命がまだ長いこともね」
それは今の露奈のありのままの気持ち。体を預けながら無言のノートに構わず言葉を続ける。
「私から迫っておいて責任を取れとか言う気もないし、結論を急がせる気もないの。ただ、離れてほしくない。願わくば、もう少し先に進みたい。それだけなの。あなたの周りに誰がいても、私は構わないわ」
「…………それってさ、都合のいい女であり続ける、って言ってるのと同じだよな?」
この状況を作り出しているのが自分であることをわかりつつも、そう指摘するノート。露奈は薄くほほ笑み、姿勢を正してノートを見つめる。
「気にしないで頂戴。私だって色々と考えたうえで出した結論よ。それに自分でやりたいことをしているだけなのだから。あと、私だってまるっきりの都合のいい女ではないわよ?
貴方って一度懐に入れた人はなかなか突き返せないし、むしろグイグイ迫られるよりこうして恩を売られた方が余計に突っ返しにくくなるでしょ?貴方、変に律儀なところがあるもの」
自分の気持ちを正確に言い当てられ、何とも言えない表情を浮かべるノート。露奈はジュースを飲み切って立ちあがると、ターンしてノートの前に立つ。
「また一緒に来ましょうね」
ノートが今は自分の想いに応えられないことをしりつつも、露奈なりの精いっぱいのアピール。露奈の言葉にノートがコクリと頷くと、露奈は非常に嬉しそうに笑った。
(´・ω・`)VRも進歩しておるけどAR技術だって負けてない
(´・ω・`)露奈はノートの周りいる女性陣の中では1番精神的な繋がりを重要視してるタイプ。