No.85 大悪魔の宿題
グレゴリの召喚を終えた後は死霊たちにタスクを与え各々の作業に戻ってもらい、ノート達は中庭でグレゴリの性能実験を行った。
グレゴリはノートが狙ったように、索敵・探知特化で、ヒーラーとしての力もきちんと持っていた。ただ、一部謎の技能もあったのでその性能をノート達は確かめたのだ。
まず、『思念表示』に関しては大まかな能力は分かっている。この能力はグレゴリの意思を他者に伝える能力であり、複数人に同時に伝えることも可能である。因みに、視界内に浮かぶ“パネル”の位置が邪魔な場合、自分の意思である程度表示する場所を変えることが可能なことも分かっている。
加えてこの能力に極めて強い距離制限があるわけでもないことが判明した。どうもノートから10m圏内なら幾らでも、それ以降は10m離れるごとにノートとグレゴリの双方のMPが消費される不思議なシステムを取っており、理論上100m圏内なら戦闘しながらでも情報を得られる程度の余裕がありそうだった。
またノートだけに限り、グレゴリがマッピング済みのエリアに関してはそのエリア上に居る仲間と敵の位置を俯瞰して把握可能な隠し機能があることも分かった。これはアテナのギフトの性質を受け継いだことによる追加機能である。
次に『意識接続』。字面は『思念表示』に似ているが、これはアテナのギフトの能力を一部切り取り強化したような能力だった。
分かりやすく言えば、発信者はノート、仲介者がグレゴリに固定された電話。ノートとグレゴリ、そして受信側もMPを消費することでノートと受信側で遂に音声通信が可能になったのだ。
これもノートとグレゴリ、グレゴリと受信者の距離により消費MPは変動するが、極めて便利な能力に違いはなかった。
『死命護』、これはゴヴニュのギフトの性質を受け継いだ能力で、グレゴリがこの能力を行使した相手(味方に限る)はHPとMPが大きく削られる代わりにデスペナルティを大きく軽減するという奇妙な機能があった。
ある意味、非常にリターンが大きくなった自爆技。しかもこの能力はグレゴリ自身が死にかけた時も自動で発動する。なのでグレゴリが万が一死んでもその強力な性能に対しては比較的楽に再召喚が可能という性質の獲得に至っていた。
『ホーム通信』、これはタナトスのギフトの能力をそのままそっくりコピーした能力で、この能力をグレゴリに使ってもらえばいつでもどんな時でもミニホームの状態を確認できる様になっていた。
今までアイテムに入れていた物の能力がただグレゴリに移りインベントリが一枠開いただけ、なんてことはない。タナトスのギフトは非常に便利だったが、アイテムとして持ち歩くということは死んだときにデスペナでロストする可能性も0ではなかったのだ。
その可能性が0になる。これは非常に大きなメリットだ。
次にメギドのギフトの性質を受け継いだ『感覚共有』。これは字面通りで、グレゴリの感覚を他者と共有可能にする能力だ。
グレゴリは飛行型なので、今まではユリンに任せていた上空からの索敵やマッピングも感覚を共有することで簡単にできるようになった。索敵と情報共有の面では有用な能力だ。
『強制同調』、これもメギドのギフトの性質が元になっている厄介な能力だ。これは唯一、能力の対象が“敵”になる。ランクの低い相手がメインとなるが、この能力がうまく作動すれば対象に意識は混濁し、視界を掻き乱すことも可能だ。
一度干渉されたら最後、もう満足には動けない。
そしてグレゴリの持つ最もぶっ壊れ能力『影渡り』。これは事前に登録した『物の影』に自由に出入りする、というアニメや漫画でありがちな能力だ。
しかしそれは異能力バトル物の世界だから受け入れられる話であって、ALLFOという世界でこの能力を持っているとその脅威度が全く異なる。
重要なのは、この対象が『人』や『生物』に限定されていないところにある。危険な状態に陥った場合、緊急離脱が可能になるのは当然として、視界に入っておりその影を登録対象に認識できれば転移じみた芸当も可能なのだ。
しかし、この『影』という定義が正確な物なのか調べたところ、ノート達も呆れる様な実態が明かされる。
ここでいう『影』という概念は、簡単に言えば周囲との明るさを比較し暗くなっている場所を指したものだ。なので、全体が暗いフィールド、例えば月の出てない夜間などなら、グレゴリは視界内のほぼ全てに自由に移動を可能とするのだ。
これらの能力を兼ね備えた上で、グレゴリは霊型なので単純な物理攻撃を無効化し、特定の物を探し出す『捜索』の能力も持ち、探知も感知も看破も鑑定も味方の治癒もできるのだ。
自分たちの味方にも関わらず、ノート達は思わずグレゴリはナーフした方が賢明なのでは?と思うほどに壊れた性能をしていた。
勿論、カタログスペックは凄まじいが完全無敵な訳でもない。
まず知能と特殊能力の方面にリソースのほとんど全て注いでいるので基礎ステータスが驚くほどに低い。
それに何をするにしてもMPは消費する。ぶっ壊れ能力ほど当然要求MPは大きくなる。調子に乗ってあれこれやらせたら一瞬でガス欠を起こすことは見えていた。
ノート達はグレゴリをどう運用するか、改めて額を突き合わせて話し合うことになった。
◆
グレゴリに関する話がある程度まとまると、元々の予定通りトン2と鎌鼬はさっそく闘技場でランク上げをする事になった。
万が一に備えてユリン達も同伴することになり、悪魔が必要なのでアグちゃんもネオンに頼まれて闘技場へ向かう。
広い中庭に残ったのはノートとバルバリッチャの2人きりだ。
「それで、話とはなんだ?」
バルバリッチャは(どこから入手したのか不明な)グラスに入った血のように紅いワインを眺め、不敵に笑いながらノートに問いかけた。
バルバリッチャはグレゴリの召喚が済んだ時には既に立ち去ろうとしていたが、ノートが「後で少し話したいことがある」と引き留めていたのだ。
それ以降、バルバリッチャは非常に楽し気にノートの話を待っていた。
表情は良いが、目は真剣だ。これは一切おふざけなんてしてられないと思い、ノートは気を引き締めると慎重に切り出した。
「怒らないで聞いてほしいんだが、あまり回りくどいことを言ってもバルちゃんは嫌だろうから先に結論から言う。ネオンに新しい悪魔を召喚させたい。それにバルちゃんの知恵、或いは手を貸してもらいたい」
一度言いよどめばそれだけ不利になる様な気がして、ノートは一息で言いたいことを述べる。
さあ、どうくる。言い終えた直後、バルバリッチャに対してノートの身体は咄嗟に身構えていた。
しかし、バルバリッチャはワインを一口呷りニヤニヤと笑うのみ。『地雷を踏み抜いて大噴火』という最悪の事態にはならなかったが、バルちゃんはYESともNOとも言わない。
話を続けろ、と言わんばかりにノートに視線を送ると椅子に深く、そして尊大に腰掛けた。
これは最初にして最も難度の高い瞬間だった。なにを話すにせよ、まずバルバリッチャが聞く気になってくれなければ議論も交渉もできない。少なくともノートの話を聞いて、バルバリッチャは頭ごなしに否定する気は無いようだった。
「ネモの進化の時にも少し話したんだが、ネモはキャパ限界を起こしている。皆の為に農場を管理してくれるが、調薬関係のほうまでは完全に手が回ってない。元々彼女は農業特化だったし、調薬まで押し付けるのには無理があったんだ」
「それで?進化したのならキャパも増えたのではないか?であれば、調薬関係にもまた手が回るであろう?」
バルバリッチャがニヤニヤとしながら指摘した点は、ノートにとって突かれると弱い部分だ。しかしノートは動揺することなく答える。
「確かに、進化してネモの能力は上昇した。けど俺が言っているのは、仕事の量ではなく質だ。今回の進化で、ネモは様々な物が強化されたが調薬関係はあまり成長が無い」
「なるほど、それで?」
ニヤニヤというかニタニタというか、少しあくどい感じの笑みを浮かべるバルバリッチャ。ここまで話してノートが何を言いたいかわからないほど、バルバリッチャという存在は愚かでは無いとノートは知っている。
寧ろ、最初からある程度察していたのかもしれない。では何故こうして聞いてくるのか。それは彼女の表情を見れば一目瞭然。
何時になく慎重で下手に出てきたノートを揶揄っているのだ。
「だから、悪魔を召喚してそいつに調薬関係を任せたいと考えている」
「そうか、なら好きにするといい」
これだけ引き延ばしておきながらあっさりとした答え。しかしその表情を見ればわかる、バルバリッチャはまだノートを揶揄っているに過ぎないことに。
「悪魔は基本的に破壊行動をするばかりで、調薬なんてするのは『一握りの変わり者』だそうだな。普通に召喚しても、決して召喚することはできないはずだ」
好きにするといい、と許可している様に見えて、肝心の助力に関しては全く言及しない。ともすれば突き放すような答えだったが、ノートが続けていった言葉で漸く真面にノートと視線を合わせた。
「アグラットから聞き出したか。我の手を借りるというのはアグラットが勧めたのか?」
「いや、可能であるとは言っていたがそれを勧められたわけじゃない。俺の判断だ」
バルバリッチャは視線をワインに戻すと、その透明なグラスを爪で弾く。キーンッと爪で弾いただけなのにやたら響く甲高い音。これはバルバリッチャのどんな気分を表しているのか、顔こそ笑っているが目は笑ってないバルバリッチャからはノートも読み切ることはできなかった。
「となれば、主人が求めるは“奴”か」
「魔王の一柱、その頭脳で魔王として認められた変わり者、創慧の魔王『ザガン』。バルバリッチャの直属の部下だ」
それがアグちゃんが教えてくれた魔王の名。その時にアグちゃんが少しゲロっていたが、悪魔などは真名がありこれは“通り名”に近い物だそうだ。しかし悪魔で『ザガン』となれば、そのモデルがソロモンの悪魔であることぐらいはわかる人にはわかる。
つまりかなりのビッグネームだ。
「つまり、主人はこう言いたいのか。我が地獄に戻り奴を塒から引きずり出してここまで連れて来いと」
「いや、そういうわけではない」
「ほう?」
今まではどこか交渉すること自体を拒否するような姿勢だったが、ノートの答えを聞いてバルバリッチャは強く興味を惹かれたように再びノートの目を見つめる。
「確かに、バルバリッチャにはそれが出来るのだと思う。だが俺は悪魔たちとは協調路線をできるだけ取りたい。バルバリッチャを扱き使いたいわけでもないし、嫌がることもあまり無理強いさせたくない。まあ、最悪失敗したら別の手を考えるさ。何をするにしても、まずは交渉のテーブルに着いてもらわなきゃ話は始まらないんだ」
だから、バルバリッチャにはせめて『ザガン』と対話する機会を作る方法を教えてほしいんだ。
ノートがそう言うと、バルバリッチャは少し考え込むような顔つきになる。
「勿論、ザガンが俺たちに対してはあまりに強力な能力を持っている可能性もある。そん時は、バルバリッチャがどれくらいまではザガンの力を借りていいかも決めてほしい。俺達は自分たちの成長を妨げない範囲で手を借りるつもりだ。その力を悪用する気はない」
「…………ふむ」
暫くお互い無言になり、ノートがじっと見つめる一方でバルバリッチャは焦らすように再びワインを呷る。
それを見てノートは切り札をここで切る事にした。
「もしザガンを仲間として迎え入れることができたなら、バルバリッチャにもメリットはある。アグちゃんが言うには、薬でもなんでも作ることに興味があるらしいな。バルバリッチャがよく試している『カクテル』。あれもある種、複数の液体を比率を計算して作られる『薬』みたいな物でもある。だとすれば…………」
酒を何より好むバルバリッチャだからこそ通じるザガンの利点。バルバリッチャはそれを聞いて非常に楽し気に笑った。
「最初から我の手を直接借りる気であったら無視していたが、考えなしというわけではないようだな。むしろよく考えてきたといっておこう。それに『カクテル』、確かに奴に任せてみるのも一興であろう」
バルバリッチャの反応は良好。やはり酒関連のメリットはバルバリッチャにとって重要であるらしい。しかし期待するようなノートの顔を見てバルバリッチャは首を横に振る。
「だが、それでも奴の力は今の主人達とは釣り合わぬ。奴は完璧主義で無駄を嫌うところがあってな、例え最低限の力を振るっても些か過剰となる」
「そんなに凄いのか…………」
「当たり前だ。アグラットに蟲共の飼育を任せているのとはわけが違う。主人が頼ろうとしているのはアグラットの同格の存在が“専門”とする分野であることを忘れるでない」
そう言われてしまっては、現段階で強引に頼み込むことはできない。ノートとしてもそう判断せざるを得なかったが、冷静に判断は下してもノートはタダで転ぶような男ではない。
「だったら、ザガン召喚に必要な最低限度を教えてくれないか?いや、バルバリッチャが課題を出して、それを全てクリアしたら召喚に取り掛かりたい。元々、ザガンとの交渉の為に色々と用意するつもりだったんだ。俺達が力をつけるのと、交渉材料の用意。この二つの為にバルバリッチャから俺達に課題を与えてほしい」
「カカカカカカッ!これは愉快な事を言いだしたものだ。確かに理には適っている。よかろう!我がより美味なる酒を味わうためにも奴を召喚するための『課題』を与えてやろうではないか!」
これにより、ノート達『祭り拍子』に大悪魔プロデュースの課題が与えられることになるのだった。
(´・ω・`)いきなり設定ゲロっちゃうコーナー
通常にエリアに置かれたオブジェクトが一定時間で消えるシステムと、ランクアップというシステムは、シナリオ的にいうと根本的なシステムは同じだったりする。




