第9話 第一印象はバイオレンス・アンサー 3分の2
……一時間後、将来の妻は机にふせっていました。
消しゴムなしで挑んだ国語の試験、開始直後は順調に解いていたのですが……五分後、将来の妻は何時もなら解けているはずの漢字問題で、早くも書き損じてしまいます。間違えられないというプレッシャーが、彼女の筆を滑らせたのかもしれません。
将来の妻は、悪足掻きで間違えた漢字に縦で二重線を引き、その隣に新しく漢字を書き直しますが、緊張のためかそれすらも書き間違ってしまいます。
もうこうなると、身体は自分の意図したように動いてはくれません。額に汗をかき、呼吸は乱れ、頭では正答は解っていても、鉛筆を握った震えた手は、誤答を導きだしてしまいます。
終わってみれば、将来の妻の回答用紙は二重線と、悪足掻きで書いた誤答で真っ黒になっていました。
「……散々だったわ……」
将来の妻は、顔をあげ両腕を伸ばすと力無く立ち上がります。そして、意気消沈しながら御手洗いに向かおうとした……その時でした。
「すみません……」
将来の妻の背に、声をかける人がいました。
「すみません」
将来の妻は反応して後ろを振り返ってしまいます。
声の正体は、先程きつい言葉で突き放した将来の夫でした。将来の夫は、参考書を読みながら話を続けます。
「あなた……今、消しゴムを落とされましたよ」
その言葉に将来の妻は、困惑してしまいます。それもそのはず、持ってもいない消しゴムを落とす事は出来ないからです。
「……え……? でも私、消しゴム持って来て無い……」
「でも、そこに落ちてますよ……ほら」
将来の夫は参考書から顔を反らし、目線で床のある場所を示します。
……そこには一個の消しゴムが放置されたかの様に落ちていました。
「あなたの机から落ちたみたいですよ? 拾わなくて良いんですか?」
将来の夫は参考書を読みながら、将来の妻に消しゴムを拾うように促します。
「でででも……私、消しゴム忘れちゃったから……多分あれは私のじゃ……」
しかし困惑している将来の妻は、真実を、有りの侭に口にしてしまいます。それを耳にした将来の夫は、重い腰を上げてこう言います。
「じゃあ、あれは前の席の人が落とされたんですね。拾って届けなきゃ」
将来の夫はそう言うと、床に落ちている消しゴムを拾うためゆっくりと席を立ちます。
……その時、将来の妻の頭はその日一番の高速回転をみせます。
「そ……それ、やっぱり私の! 私のです!!」
全てを悟った将来の妻は、消しゴムを拾いに行く将来の夫を追い越し、先にその消しゴムを拾います。
その突拍子の無い行動に、将来の夫は少し呆れ気味に話しかけてしまいます。
「……今日は消しゴムを持って来て無かったんじゃないんですか?」
「あれは……勘違いでした……」
拾った消しゴムを両手で宝物の様に胸元に添え、赤面する将来の妻。その赤面させた顔を隠す様に将来の夫に背を向けると、囁く様にお礼を述べます。
「……ありがとう……ございます……」
「今度は落とさない様にしてくださいね」
将来の夫はそう言うと、何事も無かったかの様に自分の席に戻り、再び参考書を読み始めました。
「……今度は気をつけます……」
将来の妻も、火照った顔を両手でぱたぱたと冷やしながら自分の席に戻り、拾った消しゴムをそっと机の上に置きます。
「……本当に、ありがとう……」
もう一度、囁く様にお礼を口にする将来の妻。
そこへ、将来の夫が話しかけて来ます。
「……ところで、あなたトイレに行く所じゃなかったんですか?」
「……忘れてた!」
将来の妻は思い出したかの様に席を立つと、急いで御手洗いに向かいます。
……そして御手洗いから戻って来た将来の妻は、消しゴムを手にした安心感からか、残りの四科目を普段通りの実力で乗りきり、見事桜咲かせる事が出来たのでした。
次回は明日、5月3日(日)更新予定です。