第7話 消し去りたい黒歴史 3分の3
将来の妻は、鼓笛ちゃんの背中に優しく手を添えながら、くぐもった声を聞き取る様に顔を近づけます。
「……何が解ったの? 鼓笛ちゃん?」
「もう一度、ここで告白すればいいんだにゃ」
その言葉の意味を確認するかの様にお互いの顔を見合わせる将来、夫婦になるふたり。一拍の間を置いてから同時に鼓笛ちゃんの方を振り向くと……それは生ける屍のように、呪詛を吐くように口から音を出し始めます。
「……バイオレンス先輩があの時の返事を頑なに拒むのであれば、黒歴史先輩がもう一度告白するしかないんだにゃ……」
「なっ何を言い出すの!? 鼓笛ちゃん!?」
「強引だなあ」
鼓笛ちゃんのとんでも発言に、驚き方が二分するふたり。一方は素直に慌てふためき、もう一方は感情が面に出ないよう平常心を装います。
「強引でも何でも、バイオレンス先輩からあの時の返事をもらうには、それしか無いんだにゃー!」
生気を取り戻した様に元気良く頭を上げる鼓笛ちゃん。将来の夫に向かって勇ましく指を差し、苛立ちをぶつけるように騒ぎ立てます。
「黒歴史先輩! 今こそバイオレンス先輩に、黒歴史告白をお見舞いしてやる時にゃ!! 覚悟を決めるんだにゃー!!」
「……え、でも……急にそんな事言われても……」
ただ、あわあわするばかりの将来の妻。その視線は鼓笛ちゃんと将来の夫を行き来します。その時、将来の夫は小説を空気を抜くように大きな音を立てて閉じ、重い腰を上げたかと思うと、無言のまま将来の妻に近づいていきます。
「……ひっ……!」
顔を隠す様に両腕を上げ、怯えてしまう将来の妻。
「……え?」
しかし、将来の夫は将来の妻を素通りし、そのまま直進すると、空いている窓を力を込めて閉めようとします。
「にゃにゃー!? バイオレンス先輩、何してるにゃー!?」
それは鼓笛ちゃんがぶら下がっている窓でした。将来の夫は鼓笛ちゃんを平然と閉め出そうとします。
「本当危! 本当危!! 落ちたら死ぬにゃー!?」
必死に抵抗する鼓笛ちゃん。ですが、将来の夫は心無い機械のように窓を閉めていきます。
「にゃー! 鼓笛ちゃん、もう駄目にゃー!! バイオレンス先輩! 覚えているにゃー!」
映画よろしく、ぎりぎりの所で雨樋に跳び移る鼓笛ちゃん。結構余裕があったようで、閉め出される直前に捨て台詞を吐いていきました。
窓の鍵をかけ、念を押すようにカーテンを締める将来の夫。その背中に向かって将来の妻は声をかけます。
「よ……良かったの……?」
「鼓笛ちゃんなら、あのぐらいでへこたれたりはしないよ。……それに……」
将来の夫はそう答えると、将来の妻の方へゆっくりと振り向き、言葉を続けます。
「……それに、また誰かが見ている所で告白なんてしたくないでしょ?」
「そ、それは古傷がえぐられます……」
心臓の辺りを両手で抑えながら、将来の妻は詰まった様な声を出してしまいます。その姿を見た将来の夫。
「それよりもさ……」
優しく声をかけます。そして、そのまま将来の妻の目の前まで歩いていき、そっと手を差し出すと更に言葉を続けます。
「今回は僕……の方から告白しても良いかな?」
「ふぇ!? ひゃっ? ひゃい!!」
まさかの提案に、泡を食ってしまう将来の妻。思わず上擦った声で答えてしまいます。
「じゃあ……こほん……」
将来の夫は頬を赤く染めながら、気持ちを落ち着けるように咳払いをします。
「ずっと、貴女の事が好き……でした。僕と付き合ってくれますか?」
将来の妻は顔を真っ赤にしながら俯いてしまいます。
「……返事は?」
将来の夫が答えを求めると、将来の妻は将来の夫の袖をそっと掴み、ほんのちょっぴり、意地悪そうにこう言いました。
「答えは……言わなくても……解ってるでしょ……?」
それを聞いた将来の夫は、ほんの少し、嬉しそうに笑みを浮かべると、ちょっとだけからかうように言葉を返します。
「ずるいなぁ君は。他人には真実を求めておいて、自分は言葉を濁すなんて」
「五月蝿い!」
思わず将来の夫の右脇腹を小突いてしまう将来の妻。
「私の想いは……十分……伝わったでしょ……」
「十二分にね……」
右脇腹を擦りながら答える将来の夫。
部室に、ふたりの間に笑い声が木霊します。
こうして、将来夫婦になるふたりの告白合戦は幕を閉じません。
「……にゃはー♪ 中々良いものを拝聴させて頂きましたにゃー♪」
将来の夫に閉め出された鼓笛ちゃん。いなくなったかと思いきや、しっかりと雨樋にしがみつき、将来夫婦になるふたりの告白を一部始終盗み聞いていました。
「でも先輩達、鼓笛ちゃんが入学する前にこんなんじゃ……っと」
鼓笛ちゃんはそう語りながら雨樋をずるずると下りて行き、両足で地面に着地します。
「まだまだ先が思いやられるんだにゃー♪」
そして、夕陽で照らされた校門に向かって走り去って行くのでした。
次回更新は5月1日(金)に予定しております。
かなり間が空いてしまい、申し訳ありません。