第1話 バイオレンス・バレンタイン 2分の1
むかしむかし……具体的に言うと、十年一昔として二昔とちょっと前……ある高校に将来の夫と、将来の妻が通っていました。
それはある冬の日……まだ一年生のふたりは、部室で普通ではない放課後を過ごしていました……。
「ねえ……」
「ん? どうしたの?」
ふたつの机を向かい合わせるように並べ、将来の夫と向かい合うように座っている、将来の妻。その将来の妻が少し不機嫌そうに口を開きます。
「今日、何の日か知ってる?」
将来の夫は、将来の妻がご機嫌斜めなのにも関わらず、小説を読みながら聞かれた事に答えます。
「バレンタインデーだよね? それがどうかしたの?」
将来の夫の素っ気ない態度に苛立ちつつも、将来の妻は話を続けます。
「……あなた、チョコ貰ってたみたいね。随分と沢山。それもいろんな人から。……何かその中には男の人もいたような気がしたけど」
「あー……あれね……」
将来の夫は読んでいた小説を片手でぱたりと閉じると、将来の妻の眼を見つめながらこう言いました。
「全部返したよ」
「……は?」
将来の夫の言葉にしばし目を白黒させる将来の妻。チョコを返した訳を聞きます。
「な……何で……?」
「その理由は、君が一番理解してるんじゃない? でも……あえて言うなら……」
「敢えて言うなら……?」
将来の夫の顔をまじまじと見る将来の妻に、将来の夫はちょっと照れる様に顔をそむけ、こう答えました。
「……君以外のチョコは受け取れないって事かな……」
それを聞いた瞬間、妻の顔が茹で蛸の様に赤くなります。
「……ななな何言ってるのよ!! そんな事言ったって私、あんたにチョコ何かあげないんだからね!!」
「良いよ別に」
「……え?」
将来の夫の素っ気無い態度に、将来の妻は困惑します。
「ところでさ、知ってる?」
「な……何を?」
「女性の方から好きな人にチョコを送るのは日本独自の風習なんだって。逆に海外では、男の人が好きな人に贈り物をするそうだよ」
「……だ、だから何よ……」
「だからさ……はい」
将来の夫はそう言って、将来の妻の目の前に長方形の、何かを差し出しました。
「な……なによ、これ……」
「だからさ、言ったでしょ? さっき海外では男の人が好きな人に贈り物をするんだって。……受け取ってくれる?」
それは正にバレンタインデーに炸裂したバイオレンス・アンサー。将来の妻はその長方形の……一枚の板チョコを、声を詰まらせて両手で受けとります。
「……そういう所なのよ……」
顔をふせ、将来の夫に聞こえない様に囁く将来の妻。将来の夫から貰ったチョコを、どこか、負けた気持ちで鞄にしまいます。
「……チョコレート……ありがとう……凄く嬉しい……」
「良かった、受け取ってもらえて。ところでさ……」
「……なに?」
「僕の分のチョコは無いの?」
その瞬間、将来の妻は机の中に隠していたハート型の手作りチョコを、将来の夫の顔目掛けて投げつけました。