当製品はあなたの人生を薔薇色へと変えるでしょう――AI&ROIDInc.
――選考結果のご通知。
拝啓 ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
このたびは当社の採用試験にお越し戴きまして誠にありがとうございました。
厳正なる選考の結果、まことに残念ながら今回は採用を見送らせていただくことになりました。
ご希望に添えず恐縮ですが、なにとぞご了承くださいますようお願い申し上げます。
なお、お預かりしました応募書類につきましては本状に同封の上ご返却いたします。
狐塚冬樹(仮名)様の今後のご健勝を心よりお祈り申し上げます。
敬具
……なーにがまことに残念ながらだ。お祈り。お祈り。嫌になる。祈って就活が終わるものか。無礼がないための敬語がこういうときには一番煽られてる気がする。思わずスマホをぶん投げた夜。俺はついに実家を追い出された。
中学受験。大学進学。親に敷かれたレールを歩いてきた俺は就職活動にコケて盛大に脱線した。惨め。恥さらし。無様。魚卵からやり直せ。自責しながら段ボールを積んでは開封して、引っ越し作業を進めていく。
引っ越し先は政府が補助金を出してくれる区画のアパートだった。低収入。独身。……言っちゃあ難だが社会の負け組みたいな奴らを支援するための街の、一部屋。二階。特別景色がいいわけじゃない。
目の前の公園は子供がうるさい。けどでかい桜の木が一本だけ植えられていて、春だったらそれなりにいいのかもしれない。部屋も一人暮らしをするには充分過ぎる広さだ。
ソファ、テーブル、ベッド、無線LAN。あらかた設置し終えて最後の手続きに取り掛かる。この区画は試験的な運用もあって、俺の個人情報を公式サイトのネットワークに送れば、俺の性格に合ったアンドロイドを送ってもらえるらしい。(その分家賃はわずかに増えるし、ネットで買った商品などの履歴を提供する等の条件もある)
だがそれでも破格の対応だ。市販のコンシェルジュ用アンドロイドやセクサロイドなんかは下手なサラリーマンの年収より高い。まず等身大サイズのボディパーツもろもろが高価なのだ。
無論、俺は送ってもらうことにした。即決だった。
カタカタと本名を記入。狐塚冬樹。年齢二十五。生物学的性別男性。精神的性別も同様。住所を記入。メールアドレスも。けど普通の個人情報記入と違ってだいぶ時間を喰った。
やれ好きな料理だの、好きな場所だの、好みの女性のタイプ。逆に嫌いなものも聞かれた。希望の仕事。趣味。果てには紙に落ちた水滴がどんな動物に見えるかとかまで。偏見かもしれないが結婚相談所の情報登録みたいだった。
『最後に証明パーツをお選びください』
画像の一覧が開かれる。ゼンマイ、アンテナ、コード、LEDコイル……彼女、彼等が機械であることを証明するために付けなけないといけない人体にはない部品だ。悩んだ末にゼンマイにした。髪飾りみたいなデザインでいくつかカラーバリエーションがあって、金か鋼色で悩んだが金にした。
――――彼女が届いたのはその日の夜だった。しばらく時間がかかるだろうと思っていたものだから少し驚いた。着払いで来た巨大な段ボールに期待を込めつつ開封。梱包材を纏って箱詰めにされていた女性型アンドロイドは一見すると犯罪的だった。
外見は要望させといて好みのタイプとは少しばかり外れていた。茶に染められたショートヘア。顔立ちは整っているが、整いすぎてはいないおかげで不気味の谷を思わせるようなことはない。
普通体型。衣服は部屋着程度のシャツもろもろが最初から着せられていた。腕にはその店のカタログを持っている。スポンサーなんだろうか。
説明書はメールで送られていた。PDFにされた文面。書かれた通りに初期損壊がないことを確認して、側頭部についた起動ボタンを押す。
『システムの確認中です。初期化完了。セットアップの完了。起動中です』
快活な声。感情はなく無機質だった。数分ほど待つと不意に電子音が響いて、ガバリと体を起こした。勢いのまま立ち上がる。髪が揺れる。薬品の臭いがする。瞳のレンズが蛍光すると、後頭部のゼンマイが金に煌めいてゆっくりと時計回りに動き出す。奇妙な光景だった。あまり現実味がない。――不気味に思えないくらい人間そのものなのに、やはり彼女は機械だった。
「初めまして。狐塚冬樹様ですね。ワタシはあなたの専属コンシェルジュとなります。鈴音です。これからしばらくの間よろしくお願いします」
お辞儀された。俺はそれを足から頭の先まで注視する。身長は頭二つ分ぐらい低かった。視線を感じ取れたのか、ジッと鋭い双眸が返される。
「……アンケートってあんまり反映されないんだな?」
「そうなのでしょうか。それでもあらゆるデータ検証からワタシが最善と出ましたのでご了承を」
「鉄火丼を頼んだらサーモンいくら丼が来たみたいな? アメリカンコーヒーが欲しかったのにブラックみたいな?」
「珈琲をお飲みになるならウェルティアーズ食品の珈琲セットがオススメです。ご注文いたしましょうか?」
「……まぁ。じゃあ、頼んだ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
映像を一度止めた。シンと静まり返る会議室。多くの重役が視線を向ける。思わず唾を呑むと、社の製品にして俺のアンドロイドがぎゅっと手を握り締める。思わず視線を向けた。
蛍光するLEDランプ。黒い瞳が見上げていていた。……そうだ、彼女のために俺はここまで来たんだ。覚悟を改めて説明を再開した。
「次週の『運命が変わった! 政府公認アンドロイドコンシェルジュとは!?』に使われる再現映像の一部です」
「随分ユーモラスだが尺のなかに必要な情報は入るのかね?」
「もちろんです。実体験のデータ使用を許可してくれた本人のインタビューは無論、彼女の存在によってだらしない朝は規律正しいものへと変わり、就職活動がうまくいかない原因の診断。彼に合った職業への誘導。そして同じくアンドロイドのサポートを受けた女性と結婚するまでの過程が入っております。番組側がスペシャル企画だからと時間を沢山くれましたからね。彼らの協力もあって最高の番組が作れたと保証しましょう」
ほかにも番組内で商品宣伝も行っている。スポンサーの要求も満たした。まぁ実際、アンドロイドと生活するとスポンサー商品を買うように誘導するように作られているので再現的にも間違いはない。
「アンドロイドのイメージをより良くするためのゴールデン枠だ。これの結果次第でさらに会社の運命が決まると言っていい」
「もちろんです。番組終了後には私のボーナスが跳ね上がることを約束しますよ」
『胃が痛む思いです』
俺と彼女がそれぞれ冗談を口にしたら上司はニヤリと笑った。どこよりも早く人型アンドロイドを大衆に触れる商売に転じた会社なだけはあって、その辺はルーズだ。むしろ彼女がここまでジョークを言えるようになって嬉しいくらいだろう。
「胃があったら穴が開いてるよ。彼女は」
上司が軽く笑い返して、けどすぐに表情を正す。俺達も微笑むのをやめた。
「遺伝子組み換え、ワクチン……偉大なものほど不安を煽って稼ぐ輩が多い。これを機会に彼らが抱く不安を解消する必要がある」
これは事前に掲げられていた。一つは機械が人間に対して人生のレールを作るのはいかがなものかというコンプレイン。だが逆を言えよう。何が起こるかも予測できないうえに不幸な未来へ向かってしまうかもしれない先の見えない道よりは、幸せなほうが測れないほど良いだろう。
アンドロイドを試してくれた人のうち、比喩なしで九割九分以上の人間が、試してよかった。前より幸せになったと言っている。
「アンドロイドはインターネット上の情報はもちろん、機体同士で情報共有を行い所有者の幸福を補助するだけです。そう印象づけられるように人工知能を通して映像を作ってあります」
まぁ補助というにはあまりに強引なのは言わぬが花。契約した会社に就職希望者を回したり、彼女達がオススメする商品は大体スポンサー関連だったりするが、それで問題なく幸せを感じれているのだ。
どこに問題があると言えるか。言えるもんか。資本主義社会の敗北企業がマイナスイメージをばら撒いてるだけだ。
「番組視聴者がアンドロイドコンシェルジュに対して抱く可能性のある疑問も予測ソフトを使いました。尺内に解決できるようにしてあります」
アンドロイドが人格矯正を行うことがあるのではないかとう可能性についてが主だ。答えはYES。実例があった。
被虐趣味の男性がアンドロイドと接した末、嗜虐趣味で同じくアンドロイドのサポートを受けていた女性と結婚のだが何故か立場が逆転している。二人に実際に話を聞いたときのことは嫌になるくらい鮮明に記憶している。曰く新しい世界が見えて二倍楽しくなっただとか。こんなに素敵なことを俺は知らなかったなんて! 人生半分損してた! だとか、気持ち悪い表情で酷い惚気を聞かされたうえにとても放送できるものじゃなかった。……いや、深夜枠で頼めばいけるのか?
ともかく今回はゴールデン。そんなこと言えるはずがないので、所有者にも分からない心理学的な精神を読み取ることができ、メンタル面もサポートするという印象をつけられるようにした。献身的、自己犠牲的なものに日本国民気持ち悪いくらい弱い。
『ほかには人間が神様みたいに信じる傾向がある円グラフ、折れ線グラフを用いて、政府によるアンドロイドコンシェルジュの試験運用がもたらしたプラスの効果を紹介しております』
俺のアンドロイドが機械とは思えない凛とした声で説明をし始める。アンドロイドを試験運用してまだ四年程度だが、明らかに経済効果、結婚した人の数、出生率は鰻登りだ。当然といえば当然。
消費社会に貢献させようとするし、勝手に運命のパートナーを見つけてくっつけようとする。いわば政府公認のお見合い装置だ。本当のデータを見せると洗脳と思われかねないくらい離婚率も少なく、元々あった結婚相談所は壊滅状態。ネガキャンされてしまうのも仕方ない。
「あ、あの……すみません」
声をあげたのは新卒で入った男性社員だ。分からないことがあれば声をあげる。上司だのなんだのはただの役職であって階級じゃない。この会社ではそういうことになっている。
『大丈夫ですよ。気張らずとも。思ったことをおっしゃってください』
「その、経済発展、少子化防止などを項目として政府に公認されているわけじゃないですか。私の友人も、試していたのですが……正直、人格矯正でどうにかなるものではないというか。結婚に本当に興味がない方や同性愛者などの例はあるのでしょうか。LGBT関連を敵に回すとコンプレインが大変なことになるような……気がして」
「よく聞いてくださいました。結婚制度はいまだに異性としか認められていませんが、重要なことは利益を得ることです。会社が、社会が。初期診断と観察診断を経て、同性同士で結ばせたり、恋愛等に対して本当に関心がない方や、極めて適正がない……高い確率で離婚の原因になるような方を結ばせることはありません」
ぎゅっと、見せつけるように俺のアンドロイドが腕を掴む。ピコピコとご機嫌に点滅するランプ。穏やかな笑みを向けられて、俺は笑い返した。質問をした男性がわずかに顔を引き攣らせていた。
「私はその結婚適正が極めてない人間の一例です。どうしても潔癖症が治らないですし、仕事が好きなので。そういう面で診断されたのでしょう。番組でも説明するつもりです。彼女達の開発者の一人として」
政府公認になるための誘導は果たす。だがアンドロイドは人を幸せのレールに導く存在であるべきだ。とりあえず大学に進学しろ――――みたいな、曖昧で旧時代的な人生のレールよりはるかに優れた道を歩かせるための――。
『まもなくお昼の休憩の時間になります。皆様もお疲れでしょう。バッテリーが少ない方もいらっしゃいますので一度会議を区切ることを提案いたします』
彼女の発言を機に会議室の緊張の糸は緩み切って見えなくなった。では休憩にしようかと、笑いながら賛同してスリープモードに入る重役。今頃操作とイヤホンマイクを外して運命の相手と食事を共にするだろう。生身の人たちも自信のコンツェルジュアンドロイドと共に部屋を出て行った。
部屋に残されたのが俺と彼女の二人きりになると、彼女は他の誰にも見せない笑みを浮かべてくれた。
『連絡。注文してくださった衣類が届いたようです。……ワタシのためにここまでしてくださり感謝極まりです。涙が出そう。出ませんけど。泣く機能があったら……です』
「いいんだ。君が嬉しいって思えるなら幾らでもお金をかけるし、いくらでも時間を使いたいし、それが運命の相手ってことだろう」
俺は幸せだ。洗脳だと言われようと、機械の思惑通りだと言われようと、人形劇だと揶揄されようと、俺の最高はここにある。彼女を正規購入できたときは一日転げまわったものだ。
『ワタシは本当に……いいのでしょうか。この国ではアンドロイドとの結婚も認められていませんい』
「結婚なんて所詮、式場を整える輩とドレスを売る奴が儲かるための場所だ。けど二人で思い出になる日が欲しいってのは分かるな……。どこだっけ、結婚できる国」
『オランダがいいと思われます。アムステルダムの運河で情緒ある夜の街を一緒に見たり、キューケンホフのチューリップ畑を二人で歩いたり……してみたいですね』
オランダか。彼女を席に座らせるとなると旅費は馬鹿にならないが、だが金あんんて使わなきゃ無価値。俺は彼女の手を握り返した。冷たい手。血の通ってない手。設定でそうした。人の熱が苦手だったから。
「約束する。一緒に行こう」
『……はい!』
花のように笑ってくれる。この消費が仕組まれたものだとしても関係ない。俺にとって彼女は――――――。そういう風に。