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第7話 瓦解

昨日投稿するの忘れてた分です

夜にもう一本

「リダとララメを頼みたい」


食事のあと、とうとう船を漕ぎ始めたララメをリダが寝かしつけに行った時だった。クシュージャさんは、そう言って頭を下げる。


「そうかい……あんたら、もう行っちまうのかい」


突然のことだった。僕は自分がどんな顔をしているのかもわからずそれが怖くて顔を上げることができなかった。


きっと、事前に話をしていたんだろう。アンクさんもヤントさんも少し寂しそうな顔を浮かべ、それでも受け入れていた。


「まぁ……その、なんだ。とりあえず飲めや」

「いえ、僕はその……」

「最後なんだ、一杯ぐれぇ付き合ってくれよ」


いつも乱暴なアンクさんが、とても優しい声で言った。机の上に並んだ二つのジョッキに、黄色く半透明の液体がなみなみと注がれてゆく。

クシュージャさんは受けとると、ゴクゴクと喉を鳴らし白い泡を口周りに残す。それを拭うと、今日までのお礼と今後のことをもう一度頼み、深々と頭を下げた。


あとに続くように飲み干した。えらく苦かった。喉に残る苦味が、この村で過ごした日々、二人と過ごした時間を思い出させる。


「ありがとう……ございました」


僕は、必死になってようやくその言葉を絞り出した。別れがより明確になって、胸の中で形になった。


そうだ。まだ旅は終わっちゃいない。目的は果たされちゃいないんだ。




深夜だった。リダに起こされて目を開けると、やけに外がうるさい。びっくりするほどまだ眠いのに、外から明かりが入り込んでいる。


「んんっ……どうしたの」


未だ寝ぼけながら、目をこすり聞くと「何か様子がおかしいの」とリダが言った。


ようやく起き上がると既にみんな起きて、クシュージャさんは剣を持っていた。


そこで、事態の異常さを理解した。外があまりに騒がしい。暗い夜に不自然に揺れる赤い光。心の中で違ってくれとなんども願った。


「行くぞ」


ゆっくりと、大きな唾を飲み込んだ。どこかで、分かっていたんだと思う。


外に出ると、家が燃えていた。不意に、足下にスイカのようなものが転がってきた。人の頭だった。


「うっっっ」


舌を出して、苦しそうで、憎しみの籠もった顔を見て、夕食が喉まで這い上がる。それをなんとか堪えた。駄目だ。僕が弱いところを見せちゃ駄目なんだ。


「ボンタ……」


ララメの、右足を掴む手が小刻みに震えていた。


「大丈夫。大丈夫だよ」


僕の声は震えていないだろうか。ちゃんと、頼りになるお兄ちゃんでいられているだろうか。


「クシュージャさん……剣を」

「いいか、戦おうとするな。生き抜くことだけを考えろ」


そう言って剣を渡された。両手で握った剣は、この前よりも少し軽く感じた。それなのに、どうやっても振れる気がしなくて、前よりずっと怖かった。


「目を瞑ってて。怖い夢はすぐ覚めるから。大丈夫だから」


リダが抱きかかえながら優しくそう言って背中を撫でた。それでもララメは震えていた。守らなきゃ。そう思った。


「じねええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ」


ガラガラの、酷く汚い叫び声が耳に付いた。手にしていたのは簡素な包丁。体中が血まみれで、顔がぐちゃぐちゃに歪んでいた。


男はクシュージャさんに包丁を振り下ろそうとして、胴体と別れることになった。離れた頭はそれでもまだ動いて、最後に睨み付けるとようやく動かなくなる。


地面に横たわる胴体。まっすぐな断面の首からは絶えず血が溢れ土を染め上げる。


「じねっじねっじねっ!!!」


ララメと一緒に遊んでいた子を見つけてしまった。

すでにいくつもの穴が開いているのに、それでも納得いかないのか、女は馬乗りになって、ナタを何度も振り下ろしていた。


あちこちで村人が殺し合っている。


叫び声、悲鳴、笑い声。


血と炎の赤の色。酷く、酷く既視感を覚える。


ああ、すべて知っているぞ。覚えている。

僕が、初めにこの世界で見た光景。リダの故郷の、あの町と全く同じだ。

憎しみと怒りの感情で満たされ、暴力がそれを増幅する。


頭の中に、たくさんの感情が濁流のように流れ込む。汚い泥水のようなそれは、僕の頭の中で広がってると汚していく。怒り、憎しみ、殺意。頭を掻き毟りたくなるほどの、嫌な感情が沸々と湧き上がった。少しずつ、自分と感情が剥離して行く。

頭の中がぐっちゃぐちゃの落としたスイカみたいになって、強い強い感情が脳を塗りつぶす。


殺したくない。殺したくない。殺したくない。殺したくない。


ごおっと、熱風で髪が揺れた。当たってもいないのに、火傷しそうなほど肌が熱を持つ。


「殺してやるよおっおめぇら全員殺してやっよぉ」


その男は酷く汚い顔で笑いながらもう一度火の玉を放った。あまりに大きく、早く、躱すことはできなかった。


目の前に氷の膜ができた。じゅうっと音がして炎が消えて地面が濡れる。


「何で死んでねぇんだっっっ! もっがいごろじでやっがらなあっっ!」


憎い。許せない。許せない。殺したい。殺してやりたい。殺したくない。忘れたくない。


「うるさいっうるさいっ! 頭ん中に入ってくんなぁっ!」


自分の頭を殴りつけても、依然として声は止まない。脳の隙間を、無数の虫が這いずり回っているかのようで、耳の中でハエが絶えず飛び続けているみたいで。


目の前の男はそんなことお構いなしに走り、サッカーボールのような何かを放り投げた。えらく時間がゆっくりと動いた。ボールは当たることなく、僕の横を通り過ぎていく。


ゆっくり、ゆっくりと。ボールと目が合った。


黒い瞳が僕を覗き込む。ああ、見覚えがある。とても優しい人だった。苦悶の表情を浮かべていた。脳が理解することを拒絶する。


そんな顔をしていい人じゃないんだ。とっても優しくて温かい人なんだ。


それは、歪んだヤントさんの顔だった。


前に向き直るとアンクさんもう目の前まで走ってきていた。右手に握られた酒瓶がゆっくりと弧を描いて落ちてくる。


やられると、そう理解した。


僕は動かなくちゃいけない。守らなくちゃいけない。漠然とそんな言葉がよぎった。


だいじょーぶだ。やれる。僕が持っているのは剣だ。圧倒的に僕の方が有利だ。この剣は練習の時みたいに刃が丸いわけじゃない。簡単に肉だって切れる。


「ひっっ」


頭に衝撃が走った。体が引っ張られる。じんわりと眉間が熱くなって、口の端が痛くて、拭うと手に血が付いた。切ったみたいだ。


いつの間に切ったんだろう。なんで僕は倒れ伏しているんだろう。


ぐらぐらと揺れる視界で、なんとか立ち上がると、目の前にはアンクさんがいた。


「じねぇっじねぇっじねぇっっっ!!!」


腕も、足も凍り付いていて、もはや動けそうにはない。それでも、立ち上がった僕の顔に唾を吐きかける。


なんなんだ。なんなんだよ。


さっきまで、ほんのついさっきまでは普通だったじゃないか。ちょっと偏屈で、それでもやっぱり優しくて。


クシュージャさんがアンクさんの前に立ち、構えた。


「だめっっっ!」


赤色を反射するその刃がどこまでも鋭く、美しい。


アンクさんの首を覆うように厚い氷が生まれた。ただスッと、それが当然であるように剣はまっすぐ振り下ろされていく。


すこしして、首がずれた。それはやはり僕らを睨み付ける。

未だ憎しみの叫び声はやまず、炎を絶え間なく家々を燃やし続けている。


首から吹き出した赤い汁が目の前を覆って、僕はそのまま意識を手放した。




深く暗い森の闇を背に、木々を赤く照らす炎があった。ゆらゆらと揺れる長い影は男の歪んだ口元の様だ。これでいい。問題にすらならなかった。間違ってなどいないのだ。


僕の口からはするりと言葉が出た。


「まだだ、まだ足りない。」


チッと頬を火の粉が掠めた。冷えた夜を走る熱のこもった空気が、フードを揺らして急かし立てる。


ああ、そうだ。ちょうどいい場所がある。


僕は、そう心の中で呟くと、未だ仰々しく轟々と燃える村に背を向け、森の奥へと歩き出した。




「ぼくはっ……」


目を開けると、ララメが飛びついてきた。


「よかったー! ボンタ死んでなかったっっっー!」


寝起きざまに大きな声は頭に響いた。胸が冷たくなって、ララメは泣いていた。その様子を、ホッとした表情でリダが見ていた。どうやら心配させてしまったみたいだ。


「ここは?」


クシュージャさんが指を指した。まるで村そのものが燃えているようで、赤い炎は大きな一塊となって空へ登ってゆく。


揺れる赤い色のが目に焼き付いて、揺れた。


チリチリと脳を焦がす、嫌な感覚が残っていた。


「夢を、夢を見ました」


思い出そうとすると、鋭い痛みが走った。


「そうだ……僕の魔法は感覚の共有だ」


思い出すな、思い出すんじゃない。頭の中で、がなりたてる声がする。


「あいつとおんなじだ」


自分とは別の感情が、絶えず胸の内側に流れ込む。


「あの村を……みんなを殺したのは」


ああ、本当に、本当に……


「フードの男だ」


最悪の気分だ。


ここまでで第1部完です

引き続きお楽しみ下さいませ

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