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第6話 日常と

「敵意はない。旅の途中で寄らせてもらった。食料と、数日間の寝る場所を貸してもらいたい」

「嘘をつけっ! お前達も村を襲いに来たんだろうっ!」


とても話のできる状態じゃなかった。男はひどく興奮していた。


がなり立てたあと、クシュージャさんの腰に差した剣を見て、小さな悲鳴を上げ、炎を投げつけた。炎はまっすぐとクシュージャさんの顔へ向かった。首を横に倒して交わすと、髪の毛をかすめ、灰が地面に散った。


「落ち着いて下さい。私たちは本当に何もするつもりはっ」

「やめろっ! 来るんじゃねぇっ! 次は当てるぞっ!」


ララメを降ろすと両手を挙げ、無害を示しながらリダが男の方へ歩いた。それが余計に刺激したのか、言い終えるより早く、男は後ずさりながら火の玉を作った。


「やめな、アンタっ」

「止めるなっ! こいつらは襲撃者だぞっ!」

「バカッ! 子供を連れて村を襲う馬鹿がどこにいるってぇんだい!」


乾いた破裂音が響いて、男の頬が赤くなる。それを見てクシュージャさんは、柄から手を離した。


突然現れた恰幅の良い女性は「ごめんね、うちの馬鹿が」と謝りながら近づいて、ララメの頭を撫でて「怖い思いさせちまったね」と言った。


「ううん、だいじょーぶ。おねーちゃんもおじちゃんもいたから! それにボンタにも私が付いていたからっ!」


そういってにっと笑う。強い子だ。ただ、僕が庇護対象に入っていることだけ気になるけど。そんなに頼りないか、僕。


「ほんっとうにごめんねぇ、うちの馬鹿が」

「何すんだってめぇっ! 俺は何も間違ったことしてねぇぞっ!」


女の人が男の頭を強引に押して下げさせると、男は抗議の声を上げる。


「いえ、もうすんだことですから」


そう言うと「あらそう、悪いねぇ」と返す。


「私の名前はヤント、こっちでふてくされてんのはアンク」

「ララメはねっララメ! ろくさいっ!」


ララメがそう自己紹介すると「あらあら」といって、ヤントさんが頭を撫でた。僕たちはララメに続いて自己紹介をして、事情を説明した。


「そうかい……。あんた達、あの町から来たのかい。事情はなんとなくだけど知ってるよ。酷かったんだってねぇ」


リダは俯いて、何も言わなかった。思い出していたんだろ。ララメは何のことだか分からない。そんな様子だった。


「最近はここらも物騒でねぇ、ここ一ヶ月もしないうちに、四人も不審者が現れてねぇ」

「不審者?」

「なんて言ったら良いんだろうねぇ、もっと言うなら襲撃者かね。村に来て、有無を言わさず村人を襲うのさ」


「それって、フードを被ってましたか?」

「いんや、何か心当たりでもあんのかい?」

「やっぱりだっ! こいつらもあんの馬鹿どもの仲間だ!」

「いえ、違うんです。この子、一回襲われてて」


ララメの頭を撫でてそう言うと、ヤントさんは口をグッと結んで辛そうな顔をした。


「悪かったな……気が立ってたんだ」

「仕方ないです」


リダがそう言って笑って見せた。


「よしっ、決めた! あんたら、家に泊っていきなっ」

「おまえっ、また勝手にっ!」

「なんか文句あんのかい」

「かぁーっ、仕方がねぇなぁ。変なことしたらすぐ追い出すからなっ」


ヤントさんに睨み付けられ、アンクさんは頭を掻きながらそう言った。僕らは目を見合わせて「ありがとうございます」とお礼を言った。




「人参とじゃがいも、あとミルクを頼むぜ。たんとオマケしろよな」

「あいよ、ちょっとまってな」 


なし崩し的に二人の家に厄介になることになった僕らを、夕食の買い物を兼ねてアンクさんが案内してくれた。「なんで俺が」と抵抗虚しく「晩飯抜きだよ」と一蹴される。


「はいよ。あんたら、面倒は起こさないでね。」


アンクさんが品を受け取ると怪訝そうな視線が僕たちに向けられた。クシュージャさんが「ああ」と返して背を向ける。リダも「はい」と返し小さく頭を下げるとその後を追った。

周りを見てみれば、ちらほら外に出始めた村の人達が僕たちを遠目に見ていた。アンクさんと一緒にいても、安心はしきれないようだ。それだけ、傷を追っているということだろう。


夜ご飯はシチューだった。久しぶりに、まともな食事を取ったような気がする。ゴロゴロの野菜がいっぱい入ったお皿にスプーンを入れて、口の中にゆっくりと運ぶ。ミルクと野菜の甘み、肉の旨味がじゅわっと広がって文字通りほっぺたが落ちるかと思った。


「あら、ララメちゃん。シチューは苦手?」


ララメは、シチューをすくい上げたスプーンをじっと見つめていた。ヤントさんの問いに答えるように、シチューを口に運ぶと幸せそうな表情で「大好き」と返す。

そのまま勢いついてグーで持ったスプーンで何度もシチューを頬張った。それを見て、負けじと僕もシチューを飲み込んだ。体の奥のほうに優しく火が灯って温かい。


「気持ちのいい食べっぷりだねぇ、まだたんと残ってるからいっぱいおかわりしなね」

「「「おかわり」」」


嬉しい提案にたまらず飛びつく声が重なり、空の皿が三つ掲げられた。弱虫な少年の声。とっても元気一杯な少女の声。ちょっと思い込みが激しいけど、本当はとってもやさしい男の人の声。


ご飯を食べてるときはみんなおんなじで、そんな三人を見てリダとヤントさんが小さく笑った。少し恥ずかしかったのかアンクさんは頭を掻いて、僕とララメは思わず目があって大きな声で笑った。


魔石のランプの、優しげなオレンジ色の光に包まれながら夜は穏やかに過ぎていった。




「よいしょっとっっ」


振り上げた腕を下ろし、土を均等に耕してゆく。なかなかどうして桑というのは重いもので、気がついたらシャツが張り付いて額に汗が吹き出していた。

袖で拭ってまた桑を振り上げる。何度も何度も繰り返して、ヘトヘトになった頃、ちょうど日が落ち始めて綺麗な夕焼けが顔を見せる。


「そろそろあがりにすっぞー」


少し離れたところからアンクさんの声が届いて、ようやく腰を下ろした。見渡すと、凸凹だった地面が整えられ、やわらかそうな土が波状に盛り上がっている。


「たすかったー。もう少しも動けなくなるとこだったよ」


そんなふうに悲鳴を上げると「お疲れ様」と横から声がかかった。少し湿った髪が、夕焼けを反射して青色に光る。見上げれば細い腕に、細い腰、細い足。何と言うか、線の細い体。一体どこにそんな体力が眠っているんだろう。


差し伸べられた手を掴んで、立ち上がると帰路に着いた。


「思ってた以上に、農作業って重労働だよね」

「かーっ、こんぐらいでおめぇさんは情けねぇな。譲ちゃんを見習えってんだ」


ボヤく僕を見てアンクさが呆れた調子で言う。


「ふふふっ。そうだよ、ボンタくん。男の子なんだから女の子を守れるぐらい強くならなくっちゃ」


それにリダが続く。なんとも全くそのとおりだ。これでは男としての面目が立たない。

なにかスポーツでもやっておくんだった。


「ボンター!」


どうしようもないことを考えていると遠くで声が聞こえた。小さな影が手を降りながら近づいてくるのが見える。


「今日はもう終わりなの?」

「うん、もう暗くなるし一緒に帰ろっか」


頭を撫でながら言うとララメは大きく返事を返して友達に「またねー」と手を降った。

すぐに「ばいばいララメちゃーん」といくつかの声が重なって帰ってくる。もう既に、何人も友達がいるようだ。


ララメの小さな手を握ると、歩幅を合わせて帰り道を歩いた。一日遊んで疲れているはずなのに、まだ元気一杯で腕を振りながら、楽しそうに今日何をして遊んだのかを教えてくれた。

子供ってすごい。いつの間にか疲れが吹き飛んで、笑顔になっていた自分に気づく。


「今日のイミクちゃんは一つ結びでとっても可愛かったの」とか「ゴウくんは男の子なのに泣き虫でね、転んで大泣きしちゃったの」とか本当に他愛のないこと。

それがとても幸せで、家につくまでの道のりが一瞬のことのように感じた。


「「「「ただいまー」」」」


家に入ると美味しい匂いが鼻腔を一杯にする。思わずお腹の音がなって、すこし恥ずかしかった。ただ、音が重なって一つじゃなかったことに気がつく。


自分だけじゃないことに安心して、横を見るとヤントさんは首を横に降る。それで反対側を見ると、リダが顔を真っ赤にして俯い。あまりそんな様子を見せなかったけど、案外リダも疲れていたらしい。僕の何倍も働いていたから当然だ。


「たっぷり美味しいご飯ができてるからね。もちろんおかわりもあるよ! でも……その前に、あんたらその体を先に綺麗にしてきなっ! ひどい匂いだよ」


言われて、自分の匂いを意識すると確かに臭い。よく見たら土だらけだし、汗の匂いといろんな匂いが混ぜっている。


「ボンタくさーい」


そんな僕をからかうように鼻をつまんでララメが言った。

本当にくだらなくてどおしようもなく楽しいやり取り。そこにはたしかに日常があって、とても愛おしく思える。


お風呂に入りながら思った。こんな日々がいつまでも続けばいいのに。


「帰らなくちゃ……か」


確認するように、呟いた。そうだ。僕はこの世界の人間じゃない。それなのに平然と暮らしているのには、ひどく違和感を覚える。

この村についてから、数日が立った。光のように過ぎていく日々に、思いを馳せていられる時間はあとどれだけ残っているのだろう。


両手ですくい上げた水面に映る僕は、揺れてその表情を読むことができなかった。

もう、幾日も一緒にはいられない。


こぼれた水滴が浴槽に落ちて、その音が嫌に耳に残った。


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