第5話 小さな光
「光ってる……やったね! ボンタ君!」
「ほんとだー! ボンタすごい!」
目が覚め、朝の支度を済ませると、村へ向けて歩き出していた。その道中、魔力を使う練習で、また魔石を握って何度も光れと唱えていた。
やっぱりだめか、そう落胆しかけて今一度魔石を見たときに気がついた。魔石の奥の奥で、光が見える。弱々しくて、見落としてしまいそうなほどに小さな光。光はすぐに消えていってしまい、確かめるように何度も握りしめて魔力を流した。そのたびに光は大きくなっていく。
体中を巡っている血液のような、ふわふわとした温もり。なんとも形容し難いそれを手に収まる魔石に伝わるように、流し込むように。
オレンジの暖かい光が指の隙間から溢れ出た。もう目の錯覚だなんて言えないぐらい、確かに光っていた。
「ララメのおかげ。ありがとね。」
昨日、傷を治してくれたとき、何かが流れてくるような感覚があった。今こうしてそれが魔力だったんだと分かる。僕はララメのおかげで、魔力を実感して動かせるようになった。
ララメは何のことだろうとちょっと考えて「どういたしまして~」と満足げな顔をした。たぶん何のことか分かっていない。
「ボンタ君……もう一人、お礼を言うべき人がいるんじゃないかな?」
そんなララメの頭をわしわしと撫でると、リダが催促気味に聞いてきた。
「他に誰かいたっけなー」
とぼけて見せる。ひどく衝撃を受けたといった表情が帰ってくる。「なんですと」と今にも聞こえてきそうだ。その顔も十分衝撃的だ。
「あははっ、ありがとう。リダ」
お礼を言うと「ムフー」として満足げにしている。それでいいのか、十四歳児。本当に僕と同じ年齢だよな。
「これで魔法も使えるようになるんだよね?」
「もっちろん!」
任せておきなさいと言った表情でリダは言った。
「で、どうやって使うの?」
「え?」
「ご教授のほどをお願いいたしまする、リダ先生!」
「つ、使えないの?」
「うん。だから使い方を教えてほしいなあって」
リダの顔に、汗が滝のように垂れ始めた。嫌な予感がする。この先はどうにも聞きたくない。なんとなく想像できる。最悪の答えが。でも、聞かなくちゃいけない。
「使い方を、ご存じでない?」
バッと目をそらしてリダは何も言わなかった。歩幅が広くなって、歩く速度が増していく。
「あの、リダ先生。もしかしてもしかして、ご存じでない?」
さらにスピードが増した。というかもはや小走りである。なんてことだ。これはまずい。魔力が使えると思ったらまた問題か。思わぬところで魔法使用計画が頓挫した。
「えっとね、前も言った通り魔法って遊びながら気づいたら身についててね」
「うん」
ようやく観念したリダが、歩くスピードを落とすと、魔法のことについて説明する。
「だからね、なんとなくどんな魔法が使えるんだって身についててね」
「つまり?」
「つまり……」
唾を飲み込むと喉が鳴った。現場に緊張が走る。
「魔力が使えるなら魔法も雰囲気で使えるかなと……」
思わずため息がこぼれそうになった。なんとも、納得するしかなかったから。筋肉が使えるようになったので、歩き方を教えて下さい。
そんなことを聞くやつが一体どこの世界にいる。いないだろう。いや、僕か。
生まれて、育つ過程で自然と身につくもの。僕にはその過程がない。育ち終わった後に、過程をすっ飛ばして今ここにいる。
「それにね、魔法ってほら、個人個人で違うから感覚も違うっぽくて……」
問題がより深刻な方向に傾いて行く。追い打ち。というか死体蹴り。諦めかけているところにトドメを刺しに来るとは。なかなかえげつない女よ。心の中で、リダのことをユダと呼ぼうと、密かに決意した。
「じゃあ、リダはどんな感じで魔法使ってるの?」
「私はピッキーンって感じで」
なるほど。
「じゃ、じゃあララメは?」
「ララメはね、なおれなおれーって思うの!」
なるほどなるほど、よーくわかった。これは……
「無理かもしれない……」
「あ、アハハ。ほら、えっと、小さい子とかなら、寝てる時とか、無意識のうちに発動させることとかもよくあるし……諦めるのは早いぞっ!」
無意識のうちじゃ意味がないんだけど……。
「クシュージャさんはどn」
「頭の中で目的、それに伴う剣の形状、魔法を発動させたことによって起こる結果、それらを明確にイメージする」
「そっか……イメージ……」
「相手を殺す、それをなしえる鋭い刃、そして分かれた頭と胴体。それをより明確に、瞬時に、そして魔力を発散する」
思っていた以上に事細かに教えてくれた。少し怖い人だけど、やっぱり親切な人ではあるんだと……思う。剣の訓練も何も言わずに引き受けてくれたし。少しやり方が乱暴なのが玉に瑕だけど。
「ありがとうございます! やってみます」
強く感謝の言葉を言うと、クシュージャさんの顔が少し緩んで優しくなったような気がした。気のせいかもしれないけど、そうあってくれたならうれしいと思った。
村を目指しながら、ひたすら魔法を思い描いた。何度も何度も、目に映る景色に、氷が、剣が浮かぶのを、傷が治るのを。そのどれもがやっぱり上手くいかない。
思いつく限りの魔法を試した。漫画や小説で出てくるような、水を操って、炎を生み出して、雷を走らせ、風を吹かせる。何も起こらない。
「そんなに気落ちしなくても、きっとすぐに見つかるよ。自分の魔法。ね、ララメちゃん」
「うん、頑張れボンタ!」
「そうかなぁ……うん、そうだよね」
落ち込んでいても仕方がない。きっと上手くいく。自分に言い聞かせた。それに、小さな子に励まされて、落ち込んだままはかっこ悪い。
「あとほら、わかりにくい魔法とかもあるからさ。運が良くなる魔法とか、頭が良くなる魔法とか、あとは……そうだ、感覚を共有できる魔法とか」
「感覚を共有できるかぁ……いいね、なんかそれ。」
「そうかなぁ。感覚の共有ってことはさ、自分の考えてることとか、気持ちとかも伝わっちゃうってことだよ? なんかいやだなぁ。全部見られちゃうのは、怖いや」
そういって「あはは」と苦笑した。きっと、なにか思うところでもあるのだろう。
「そういうもんかー」
「うん、そういうもん。ねっ、ララメちゃん」
「ボンタは女心が分かってないなー」
ララメはそう言って、やれやれと首を振った。まさか六歳の女児に呆れられるとは思ってもみなかった。
なるほど。モテないわけだ。納得しかけて、いやいや、ただの冗談だと必死に否定した。納得してたまるか。
そんな風に馬鹿な話をして、思いつく魔法を試して、太陽がちょうど真上に登った頃、森を抜け、道の先に建物が見えてきた。近づくにつれて建ち並ぶ家が見えて。僕たちはようやく村へたどり着いた。
「誰もいない……?」
家はある。荒れている様子もなく人がいないというわけでもなさそう。それなのに外を歩いている人が一人もいなかった。
不思議に思いながらも前に進もうとすると、クシュージャさんに腕で止められた。立ち止まった瞬間、目の前を火の玉が通過し鼻先を掠めた。
「何をしに来たんだっおまえらっっっっ!」
横から怒鳴り声がして、次の火の玉を構える男が立っていた。