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第3話 力

「行くぞ」


簡単な朝ご飯、テントもみんな片づけ終わった時、声が掛かった。


今までと同じように、クシュージャさんがナタで飛び出した枝や背の高い草を切りながら、先頭を歩く。それに続いてリダ、ララメ、僕。途中でララメが疲れて、歩けなくなっておぶった。次は僕が歩けなくなった。


それを見たリダがララメを背負って最後尾につく。殿はまだ早すぎたみたいだ。我ながら情けない。


すこし歩いていると、道がだんだんと歩きやすくなってきたことに気がついた。慣れてきたのかと思ったけど違った。ようやくちゃんとした道に出た。

草がハゲて土が見える。凹凸が少なくて、遮る物がほとんどない。それだけでずいぶんとありがたいことか。


「どこへ行くんですか」


僕は聞いた。今まで頑なにまともな道を行こうとしなかったのに、今さらどうしてだと疑問に思ったから。返答は短く「村だ」とだけ。振り返ることもなくそのまま歩き続ける。続いて「どうしてですか」と聞いた。


実際、変なことを聞いていると思う。でも、今まで寄る素振りさえ見せなかったのに。返事は帰ってこなかった。ふと、ララメの身を考えてのことかと思った。そうだ。ちゃんとしたところで休んだ方がいいに決まっている。


「置いていくためだ」


一瞬、頭が空っぽになった。「誰を」と馬鹿なことを聞いた。答えはどれだけ待っても返ってこなかった。当たり前だ。一人しかいないのだから。


勝手にずっとついてくるものだと思っていた。そんなわけはないのに。ずっと一緒にはいれない。そもそもこんなに小さい子を旅に連れて行こうだなんて無理に決まっている。誰も聞いちゃいない言い訳を胸の内で重ねた。


その時、嫌らしい男の笑みが思考を横切った。


「また、襲われるんじゃ……」


聞かなければいいのに。それでも聞かずにはいられなかった。少しの間も置かず「だろうな」とクシュージャさんは言った。


「なんでっっ」


僕はたまらずに大声を上げていた。声が木霊して響くと、驚いた鳥が飛んで羽音を鳴らした。クシュージャさんは立ち止まり、僕をじっと見据えた。二人の間だけ空気が消えてしまったみたいに、シンとして息が苦しくなった。


「そう思うなら、残ればいい」


睨み付ける僕に、それだけ言うと、彼はまた歩き出す。僕はすぐに後を追うことができなかった。ただ地面を見下ろして、奥歯を噛んだ。涙が出そうになって、堪えるように強く瞼を結んだ。


追いついてきたリダとララメが心配そうに顔を覗き込んできた。


「ボンタいじめられたの?」


上手く答えられなくて、黙ってるとララメは「いいこ、いいこ」といって頭を優しく撫でてくれた。ララメの手は、とっても暖かかった。ひどく情けない気持ちになった。


「ううん、ちょっと疲れちゃっただけ。ボンタはだいじょーぶ!」


そう言って僕は少し小走りでクシュージャさんを追った。僕が後ろに付くと「誰かを守るなんて、できやしない」そう言うと、彼は遠くを見つめた。その言葉にどんな意味が込められているのだろう。僕には到底わかり得ない。


歩きながらいろいろ考えた。自分がどうしたいのか分からなかった。一緒に村に残る?僕が残ってもララメを守ることなんてできっこない。そもそも日本に帰るんじゃなかったのか。じゃあ一緒に連れて行く? 無責任にもほどがある。自分じゃ守れもしないくせに。それに、便乗して連れて来てもらってる僕がそんな我儘を言うのか。何て図々しい奴だ。


ただ、強くなりたいと思った。力があればきっとみんな守れるから。


「大丈夫?」


考え事をしてたせいか、気づかないうちにリダ達に追いつかれていた。


「ねぇリダ、魔法って一人一個なんだよね?」


不思議そうにしてリダは「うん」と首を振った。


「僕にも……使えるかな?」


リダは僕の顔を見た。そうしてうれしそうに「きっとね」と笑った。

強くなる。なってみせる。心の奥でなんどもなんども繰り返した。



 

「魔法ってね、イメージは魔力っていう筋肉で、いろんな現象を起こす! って感じなんだけど」

「魔力?」

「そっか、魔力もなかったんだ。えっと、なんて言ったらいいんだろ」

「ボンタ魔法使えないの?」


プププと、ララメに小馬鹿にされた。


「ララメは使えるの?」

「もっちろん!」

「うーん。説明するとなると難しいなー。私もね、子供の時に遊んでて、気がついたらできてたから。大体みんなそうなんだ」


「簡単だよっ! むむむっってやるとパーって魔法が使えるの!」


なるほど、これは難しいかも。なんとなく分かったけど、感覚的に使ってるんだ。僕だって、歩き方を的確に説明しろって言われたら、上手くできる気がしない。 


リダは首を傾けて目をつぶり「んー」と唸りながら少し考える。「あ、そうだ」と何か思いついたようで、ポーチから黄色く、透明の鉱石を取り出した。

「見てて」と言って、ゴツゴツとしたそれを握りしめると、指と指の隙間からオレンジの暖かい光が漏れ出す。魔石というやつだろうか。クシュージャさんが使っているのを何度か目にした。


「やってみて」


何の説明もなしに渡された。聞くよりも実践というやつか。同じように握りしめて力を込める。少し暖かい。魔石に変化はない。もっと強く握る。やっぱり変化はない。


「違うよボンタっ、もっとふわって感じ!」


なるほど……ふわって感じか……。つまり、どういう感じだ。とりあえず力を抜いて光れと念じる。光れ、光れ光れ光れ光れっっっ


駄目だこりゃ。豆電球ほども光る気配がない。


「もっとぐぐぐっとしてぱぁっって感じだよ!」


アドバイスが変わった。これもまた感覚的。ぐぐぐっ……ぱぁっ。だめだ。これじゃあ、ただ握って開いてをしているだけ。ぐぐぐっってのはまだ分かる。力を込めるようなイメージだろう。ぱぁっって何だ。どういうことなんだ。今の僕の頭か。


「ボンタ下手くそー」


うっ、十以上も年下の子に貶されるとは。地味に傷つく。リダもなんか楽しそうだし。


「貸して貸してー」


おぶられているララメに魔石を渡す。さぁ、見せてもらおうか。異世界人の子供の実力とやらを……




私、非常に傷つきました。


そうです。私など虫けら以下の存在なのです。もう構わないでほうっておいて下さい。


「お兄ちゃん下手くそねー」

「ねー」


ぐぅの音もでない。めちゃくちゃに発光していました。くそぅ、そもそも先生が問題なんだ! グググってなんだ! パァッってなんだ! 後出しじゃんけんじゃないんだぞ!


「そもそも異世界人って魔力、あるのかなぁ……」

「んー、あるといいね」


なるほど。魔法が使えるの、少し楽しみにしていたんだけどな。これは望み薄かもしれない。


その日、ずっと魔石を握りしめながら歩いた。明るくて見えないだけで、ほんの僅かに光っているかもしれない。そんな淡い希望も、夜になれば消えた。魔石は真っ暗闇の中でも、ちっとも明るくなかった。いくら何でも淡すぎるぞ、希望。


ちょうどいいスペースを見つけたら、クシュージャさんがポーチを漁って、白色の魔石を取り出す。握りしめると、白く発光し肥大化を始める。手から溢れ、握りしめていた位置が結び目に、大きな風呂敷のようになる。


地面に置き、広げるとテントやら様々な道具が収められていた。必要なものだけを取り出して、また真っ白の風呂敷を占めるとみるみるうちに収縮を始めもとの魔石の形へと戻る。なんとも便利な道具だ。


取り出したテントを組み立てた後、薪を集め一箇所に集め小さな山を組んだ。クシュージャさんは革の手袋をして、赤い魔石を握る。赤い炎が暗闇に浮かび上がって枝に移った。元の世界で、科学で何事も済ませていた様、この世界では、魔法で何事も済ませてしまう。


魔法が使えない僕が、元の世界に帰る方法を探すというのがひどく無謀に思えた。


「クシュージャさん、僕に剣を教えてください」


せかせかと夕飯の準備を進める手を止めて僕を見た。なにも言わなかった。立ち上がると自分の胸の前に右手を構える。キラキラと光の粒子が浮かび、集まって剣の形になる。光の粒子はどんどん増え、密集し、ふっと簡素な剣になった。


鍔から伸びる丸い刃を持って、柄を差し出す。片手で取ると、思っていたよりも重くて、落としそうになる。


今度はグッと両手で握りしめる。うん、やっぱり重い。


クシュージャさんはポーチからいくつから魔石を取り出すとリダに渡した。


「頼めるか」

「……? ああっ! 任せて下さい」


首を傾げて不思議そうにした後、リダはすぐに納得したように返事を返した。


「行くぞ」

「えっ、あっ、はい」


何のことかと疑問を抱く僕を背に、突如どこかに歩き出したクシュージャさんの後を追った。少し歩いて、辿った道へと出た。


「打ってこい。殺すつもりでな」

「えっと、素振りとかじゃ?」


クシュージャさんは何も言わず、暗闇の中でじっとこちらを見ていた。


「じゃあ、行きますっ!」


勝手が分からないまま、剣を振り上げ、打ち込んだ。クシュージャさんは即座に剣を作り握った。カッと光って、金属と金属がぶつかり合う高い音が響き、腕が軽くなった。剣を弾かれ、勢いのまま体制を崩すと腹に衝撃が走った。


浮遊感。人は飛べるんだと知った。


「うえっっっ」


喉が熱くなって、胃液を吐き出した。クシュージャさんは剣を拾うと僕の前まで歩いてきて柄を向ける。


「立て」


もうやめたいと、気持ちを抑え込みながら剣を握った。立ち上がろうとして、足が震えて顔から地面に倒れた。クシュージャさんが僕を見下ろしていた。何も言わなかった。

剣を杖にして、なんとか立ち上がった。剣道すらやったことないのにいきなり剣術だなんて。ただ、見様見真似で剣を両手で握り、前に構えると、剣の先を目の前の相手に向けた。


息を吸って、止めた。思い切り剣を振った。今度は手を離さないよう、グッと力を込め、逆に吹き飛ばしてやると意気込んだ。

キンッと高い音が耳に響く。止まった剣に力を込めると震えた。クシュージャさんの剣はピクリともしなかった。


「ぐっっっ」


背中に衝撃が走った。ハンマーを振り下ろされたみたいな、鈍く重い痛みだった。そのまま前のめりに倒れ込む。風景がグワンと落ちて行き、なんとか腕をつこうとして間に合わず突っ伏した。土の味は血の味とよく似ていた。


カランと、何かが落ちた音がして、確かめるように見ると刃の無い剣が僕の後ろに転がっていた。やっぱり、見えない位置から魔法で突かれたんだろう

砂利を口から吐き出すと、一緒に胃液が出た。喉が焼けるようだった。


「無形の魔法との戦いで、有形の型は意味を成さない。代わりに、何度でも殺してやる」


やめたい、やめたい、やめたい。


「行きますっっ」


僕は立って剣を構えていた。頭の中で何度も浮かぶやめたいという思いとは裏腹に、自然と体が動いた。必死になって、不安が見えなくなるのはありがたかった。


「後は自分で考えて、考えて、体を動かせ」


体のあちこちが痛い。腕が棒のようで感覚がない。握った手を開けなくって、上手く剣を離せなかった。


フッと剣が溶けて、手を握りしめた。光の粒子が宙に舞って夜の星に混じって光った。


握りしめた手に力が籠もった。守りたい。


帰りたい。


ぐちゃぐちゃの頭に、いろんな感情が湧き上がって、どうすればいいんだろう。どうすればいいんだろう。頭の中で反芻した。




「おかえっっ……お疲れさま、ご飯できてるよ」


先に戻ったクシュージャさんを追ってテントまで帰るとリダが迎えてくれた。僕の顔を見て、驚いた顔をして、優しく微笑んだ。とても暖かかった。


「ボンタどうしたの! 痛い? 大丈夫?」

「ただいま。えっとちょっと転んじゃって。大丈夫。ボンタはじょーぶなのです」


ララメの優しさが傷にしみた。ちょっと泣きそうになる。うれしかった。だから強がった。かっこいいお兄ちゃんになりたかった。


ララメが足に抱きついてきた「んー」と唸りながらギュッと目をつぶった。抱きしめる力がどんどん強くなっていく。


「いたっいたたっ! ララメいたいっ! いたいってっ! ちょっとリダ! 助けてっ!」

「ララメちゃん!? ほらっ! お兄ちゃん疲れてるみたいだからねっっ!」

「んーーーーーーー!」

「いたいいたいっ! もげっ、もげるっ! 右足がもげちゃうって! ほんとやばっ いたっいたっ……痛くない……?」


咄嗟のことに驚いて気がつかなかったけど、右足から痛みが引いていた。じんわりとした暖かさが全身に広がって行くのを感じる。両腕を見ると擦り傷が消えていて、土汚れだけが残っていた。


「ってて。あれ。タコって、こんなすぐできるものだっけ?」


さっきまでなんともなかったのに急に筋肉痛に襲われた。手のひらには皮が厚くなってタコができていた。


「ふー ボンタもうだいじょーぶ?」


ララメは一仕事終えたと、汗を拭うと聞いてきた。


「うん。おかげさまで。ありがとうララメ」


お礼を言って頭を撫でるとにへらと顔が溶けた。その後でエッヘンと胸を張って「どういたしまして」といった。


「ララメッ、回復魔法が……使えるのか?」


焚き火の横で座って、道具の整備をしていたクシュージャさんが突然立ち上がった。鬼気迫る表情で聞かれ、たじろぎながらララメは「うん」と答えた。

少し、緊張が走った。その時だった。


グーーーー


僕とララメのお腹が同時になった。プツンと緊張の糸が切れて、空腹感が一気に襲いかかってきた。


「おなかすいたー」

「ふふっ、ご飯にしよっか」


ぐったりと疲れた様子でお腹を撫でるララメに、リダは優しく微笑んだ。


「あっ、おいしい。」

「当然。私が作ったんだもん」


シチューを一口飲み込むと、じんわりと体が温かくなった。ミルクと野菜の甘さが体に溶けてゆく。鶏肉の塩っ気が疲れを吹き飛ばしてくれる。


「また、来るでしょうか……」


スプーンを持つ手を止め、リダが聞いた。風が吹いて、木の葉が擦れる音がやけに耳に付く。


「ああ。間違いなく」


静寂の後、クシュージャさんが答えた。ララメは落っこちないように、ほっぺを両手で押さえていた。リダはすごくつらそうだった。


「どういうこと?」

「回復魔法は……ひどく貴重なの。大体の子が攫われるか、売られちゃう」

「そんなっ!」

「だから親が必死に隠すんだがな、今じゃそれも」


噛みしめた鶏肉から苦い苦い汁がしみ出して、喉を落ちて行く。最悪の気分だ。胃がえらく重くて、辛い。


「守ってあげなくちゃ……」

「どうやってだ」

「それはっ、村に残って……」

「いつまでだ。永遠にか」

「じゃ、じゃあ一緒に連れて行けばっ」


「お前は、帰るんだろう」


「でもっっっ!」

「分かってるだろ」


クシュージャさんは淡々と僕に返した。やっぱりだ、僕なんかじゃ何もできない。自分のことだってままならないのに。


リダのスプーンを握る手が震えていた。俯いて、陰がかかった顔は表情が見えなかった。それなのに、ひどく辛そうに見えた。


「お前が残れ。それが一番良い答えだ」

クシュージャさんが、スプーンを向けていった。リダは何も言わなかった。ララメが「お姉ちゃんだいじょーぶ?」って心配そうに顔を覗き込んだ。リダは笑って「うん、だいじょーぶ」っていって頭を撫でた。


ただ、ただ何もできないことが悔しかった。


強くなりたかった。目の前の女の子を守ってあげることができるぐらい。目を瞑ると瞼に両親がうつった。魔石を手に自然と力が籠もった。きっときっと帰ってみせる。ゆっくりと薄れてる意識の中、僕は何度も繰り返した。

小さな、本当に小さな光がテントに灯っていた。


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