第31話 足りない僕らが歩んだ道
真っ白で、何もない世界。僕は一人そこに立っていた。きっと、死んでしまったんだと思った。
懐かしい匂いがして、振り向くと父と母が手を握り立っていた。あの頃と変わらない笑顔で、頭をわしわしと撫でると二人は僕に背を向けて歩いていく。
置いて行かないでと、必死に走った。それなのに、二人には届かないで、遠くへ消えていく。
転んでしまって、立ち上がれずに涙を流す僕を抱きしめる人がいた。とても暖かくて、顔を上げると、クシュージャさんは僕の額にキスをした。
離してしまわぬよう、抱きしめようとすると、フッと風のように透き通って消えていく。
「ララメはね、勇者になりたかったの」
声がした。
振り向くと、ララメが後ろで手を組んで、フニャっと蕩けるような笑顔を向けた。
「でもね、もう無理みたい。だからね―――」
真っ白の世界が、光を帯びて、視界を染めていく。
何も見えなくなって、皆がどこにいるのかわからなくなって。
ああ、なんて言ったんだ。聞こえない。なんだ。
「ボンタが、勇者になってよ」
優しい温もりが、体を満たした。それは、まるで誰かに抱きしめてもらっているかのようだった。
「なぜ、立ち上がる」
その声には、確かな苛立ちが聞いて取れた。
カランカランと音を立てて、抜け落ちた剣が地面へと落ちる。
体を、暖かな光が覆っていた。痛みが引いていく、繊維が一本一本つながって、傷口がふさがっていく。
「言っただろ。諦めたくないって」
足が、凍り付いて地面に縫い付けられた。男の背に無数の剣が現れて、僕を目指して射出される。
同時に、僕の後ろの空間に、幾本もの剣が現れて、すべてを打ち落とす。
足を覆っていた氷が弾けた。両手を握りしめると、その手に柄が収まった。光の粒子が寄り集まっていき、二振りの剣となる。
走り出していた。
僕の目の前を、炎が覆い尽くしていく。息を吐いて、呼吸を整えると、グッとお腹に力を込める。目の前に、大きな氷の壁が立ちふさがり、炎を受け止めると、ジュッと音がして炎を打ち消し、蒸発して水蒸気があたりを満たした。
もう一度、氷で体を覆う。あたりに、バチリバチリと電気が走り、水素と酸素に分解し空間を満たす。
耳を劈く轟音が鳴り響き、熱風が吹き荒れる。衝撃が止んだころ、氷の壁が解けて消え、そのまま駆け出した。
あたりは真っ白で、何も見えやしない。
それでも、どこにいるかは分かった。まだ、切れちゃいない。繋がったままだ。
ずっと、間違えていたんだ。感情も、信念もいらないものだと思って生きてきた。だって、そんなものを持っていてもどうしようもないから。
「俺はただっっ! 間違っていないと、お前に言ってほしかっただけだっ!!!」
ブワッと風が吹いて、二人の間の蒸気だけが晴れた。黒焦げの体が、緩やかに再生を始めて、元の肌をのぞかせていた。
ああ、そうだ。
そうだ、分かっている。
おんなじだ。
お前も、僕もずっと認めたくなかったんだ。
だから、否定することで、自分を慰めようとした。
大好きな人を殺させた。そんなものは嘘でしかないんだと。
すべてすべてぶち壊した。そうだ。僕のせいじゃない…俺のせいじゃ
「お前のせいだっっっ!!!」
ああ、そうだ。
僕のせいだ。
逃げたんだ。見たくないものから目を逸らして、誰の言葉も聞こえぬように耳をふさいでいた。
そうやって、空っぽのまま生きあがいた。
でも違った。
「死ぬべきだったんだっ!!! 僕もっ! お前もッッッ!」
後ろへ飛びのいて、必死に剣戟を躱そうとする男を追い、右足を強く踏み込むと軸にして、体を回転させる。
勢いのまま、遠心力を乗せて、両腕の剣を振った。
左腕の剣が、男の剣を弾いて飛ばす。右腕の剣が、男の胴に深々と切り傷をつける。なんとか塞ごうと肉と肉が縫い付けられ始め、その間から血が勢いよく噴き出した。
脳みそが、強く打たれた。止めどなく、男の感情が流れ込んでくる。
嫌だ嫌だ嫌だ。
ずっと、怖かった。死ぬのが怖かった。
なのに、生きることさえできなかった。もはや自分さえも見失ってしまったから。
だから、縋った。何が悪い。俺が何をしたっていうんだ。
哀れで惨めで、悲しい感情だった。
ひどく傷ついていた。その奥で、ずっと残っていた涙が零れ落ちていくのを感じた。
倒れていく男と僕の間に黒い球体が浮き出た。バクンと跳ね、球体は肥大化し人の形をとっていく。
一瞬のうちに、無数の剣が宙に浮かび上がり、黒い人形を取り囲んで串刺しにした。
「なんでっ! お前がそれほどの力をっっっ!!!」
自然と、口が動いた。
「そうだっっっ! 僕がっ、勇者になるんだっ!」
神殿中に声が響き渡る。ずっと、満たしていた暗闇が弾けて、体中を光が満たしていく。耳元で、いくつもの声が重なって、僕の背中を押す。
勘違いしていた。
俺は、お前に俺と同じ道を歩ませて、肯定してほしいものだと思っていた。
「助けて……ほしかったんだな」
男は、肩の荷が下りたかのように穏やかな顔になって言った。
思いっきり引いてため込んだ力を開放して、腕を押し出して剣を突き出した。
男は力なく地面に転がって、首を掠めて地面に剣が穿たれる。
「なぁ、俺はあいつのもとへ行けるだろうか」
男の体を、温かい光が覆っていく。体には、無数の傷が付いていた。いったい、どれだけの苦痛を体験したのだろう。
傷が、見る見るうちに消えていった。髪の毛が黒色に戻っていく。やせ細った体に肉がついて、その表情に子供のような幼さが宿った。
「それが、僕たちの罪だ」
あまりに穏やかな表情を浮かべ、ホールデンの体は金色の塵となって、風に吹かれて空へ消えていく。
「先に行く」
その声さえも、すぐに穏やかな風に吹かれ消えていった。
もう一話続きます




