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足りない僕らが歩む道 ~感覚の共有能力で僕が勇者になるまで~  作者: DTスナギツネ
第3章 にせものの証明
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第25話 感情のために

次に目を覚ましたとき、天国とはなんて素晴らしい場所なんだと感動した。一度開けた瞼を閉じて、布団を被る。


こんなことなら、さっさと死んでおけばよかった。

なんだ、案外良いことをしてたんだな。こりゃあ、きっと顔見知りにあったら手を握ってお礼でも言われるかもしれない。

 暖炉の炎がパチパチと弾ける音が心地よく、オレンジの優しい明かりが綺麗で、うっとりしてもう一度瞼を閉じようとした。


「カイン、きてっ! 目を覚ましたみたい!」


声がして、ベッドの横を見ると、男と女が俺を見ていた。


「天使って人に似てんだな」


俺がそう言うと、二人は顔を見合わせて、笑った。

男の名前はカインといった。黒髪のぼんやりとした人で、とっても優しくて、魔法が下手くそだった。

その割に、自分の身体より大きな剣を振り回して、軽快に動く。熟練の冒険者。


女の方は、ロベ。暖炉と同じ、暖かいオレンジの髪を持つ気が強い人だった。

芯があって、優しくて、とっても強い。器用で、魔法や薬草、様々な武器を使い分ける、雑なカインの良い相棒。


「カインが助けてって、声が聞こえたって言ってね。まさかと思ったんだけど、大きな音のする方に行ったら、もうびっくりしたよ」

「魔物はっ!」

「倒したよ」


カインさんは眠たげな目でそう言った。

まさか。こんな、おっとりとした人が、あの化け物を倒しただと? 冗談を言っちゃいけない。天と地がひっくり返ってもありえない。


ガンと、脳髄を殴られたかのようだ。

あまりの衝撃で、天と地がひっくり返るかと思った。

魔石から取り出された死体。あのデカい体が、半ばまで裂けている。俺はやっぱり死んでいて、夢でも見ているんじゃないだろうか。


初めて人に礼を言った。

まだ、生きていることが心の底から嬉しかった。だから、無理をしないように、最低限のクエストを受けて、暮らした。食べ物は森で取ればいい。人が少ない場所を探して、身体を丸めて寝れば良い。なんて幸せな日々だ。


そんな風に暮らして、度々、二人に冒険者ギルドで会うようになった。何もないところで転んで恥ずかしそうにする、どんくさい男。呆れたような顔をして、手を貸す女。二人は俺の顔を見ると、手を振ってくれた。


いつも、誰もこなさないような依頼ばかり受けていた。割に合わない報酬、あまりに危険すぎる依頼。

気がつけば、二人を探すようになっていた。ギルドで、町で、依頼先で、何日も見ないようなら不安になって、その姿を見つけると心底ホッとして。

自分でさえ理解できない、奇妙な感情を抱いた。

不思議と、嫌ではなかった。


そんな風に、毎日を過ごして、いつの間にか冬がやってきた。森にも雪が積もって、あまり良い成果をあげられない日々が続く。

当然、金の使い方も溜め方も知らなかった。泊まる場所も、暖を取るために道具を買う金も持っていない。

昔のように、必死にゴミを探した。それで身を包めば多少暖かかったから。しかし、綺麗な町では多くはなかった。


しかたなく、いつもより町の中心で眠った。明かりを見ると安心できた。このまま、死んでしまうようなことはないだろうと。

指先が赤くなって、息を吐くと白くなる。吸い込むたびに、肺がきゅっと痛くなって、身体が小さく震えていた。

でも、昔よりよっぽど肉がついた。これなら大丈夫だ。そう思って、ゆっくりと目を閉じる。


寒くて、眠れるだろうか。そう思ったけど、以外とすぐに意識が薄れていく。いつの間にか、身体が横に倒れていて、頬が冷たくなった。ものすごく眠かった。

誰かが俺の名前を何度も呼んで、身体を揺すった。眠いのに、静かに寝かせてくれ。うっすらと開いた瞼の隙間から、黒い色が見える。何度も目で追った、あの色だ。


「なんでこんなとこで寝てるんだよっ、死んじゃうだろっっっ」


誰よりも強いその人の目は、ひどく悲しそうだった。

何で泣いてるのか、俺じゃあ理解できない。

ただ、抱きしめてくれて、その身体が暖かくて、また奇妙な感情が胸を満たしていくのを感じていた。


それから、俺はカインさんとロベと暮らしはじめた。やっぱり俺は死んでいたんだと、そう思った。

暖かい家の中で、文字を教えてもらった。ぐにゃぐにゃの、ミミズみたいな文字を見て、笑わず、根気よく、丁寧に教えてくれた。

手づかみで飯を食う姿を見て、スプーンの使い方を教えてくれた。食材を全部一緒に焼くのは、料理じゃないと教えてくれた。

全部全部、不器用で。うまくできない俺を決して馬鹿にせず、優しく見守ってくれた。きっと、兄や姉がいたら、こんな風だったんだろうと思った。


「右、左、上、そこ飛んでッ!」


ただ乱暴に剣を振るって、投げて、それを見かねてロベが指導してくれた。

最初は、カインさんが教えてくれようとしたんだが、調整のできない身体強化の魔法に加え、力任せに振る大剣。一切参考にならない。というか、あやうく殺されるかけた。

ロベさんは、木刀を振るって、どうすれば良いか指示をしてくれる。考えるより先に動けと身体に教え込まれた。剣が弾かれ、首を、胸を、頭をトンと叩かれる。


「また死んだ。頑張りたまえ、少年」


そう言って笑う。綺麗な剣じゃなくて、冒険者らしい何でも使う戦い方。毎度違う方法で殺し、幾千、幾万と繰り返す。そのうち、戦いながら次を予測して、どんな攻撃にも考えるより先に対処できるようになった。

汗を掻いて、風呂にも入った。お湯を被るなんて未知の体験だった。石鹸というのは実に恐ろしい。あまりに汚れが落ちるものだから、体ごと跡形も消えてしまうんじゃないかと思った。


体を吹いて、髪を乾かして、布団で眠る。

幸せだった。

だから、夜が来るたびに、不安になった。


なぜ、この人達は、俺にこんな優しくしてくれるんだろう。理解でききずにいた。誰かに対してここまで優しくできるなんて、そんな感情を俺は知らない。

暖かい家の中で、俺はいつの間にか弱くなっていた。


溢れ出す涙を止めることができなかった。カインは、そんな俺を見て、大丈夫だって行ってくれた。眠りにつくまで傍にいてくれた。

髪を優しく掻き上げると「愛してる」そう言って額にキスをしてくれた。


答えの見つからない感情に、すっと言葉が収まって、俺はようやく安心して眠れた。深い、深い眠りだった。気持ちが良かった。ふわふわと浮いているみたいで、どこかに飛んで行ってしまいそうで、少し怖くて、それでもとても暖かい。




何日、何月、何年も過ぎた。いつの間にか、俺の身長はロベと同じぐらいにまでなっていた。呆れたことに、まだ、カインはロベに告白していなかった。どう見たって両思いだというのに、相変わらず臆病だ。


「なぁ、これで本当に大丈夫かな?」

「もう何度も話し合ったろ」


朝出たというのに、既に夕刻が迫っている。意気地なしのカインは、何度も俺に確認をした。女との縁なんて、蟻のクソほどもない俺にどうしろてんだ。


「あとは、このリーフ・カインと同じリーフを名乗ってくれって言うだけだろ」

「ううぅ、そうか……」


想像しただけで緊張したのか、カインの顔は既に赤く、汗を吹き出して、動きがカチカチになっていた。


「じゃ、じゃあいってくる」


オレンジと白色をした、ハート型の花びらを持つ可愛らしい花束を持って、歩き方を忘れてしまった、というような様子で腕と足をまっすぐ前に出しながら歩いていく。

ひらひらと手を降って、俺もまた町へ足を向けた。


せっかくの休日だ。ほとんどカインのせいで潰れてしまったものの、やりたいことはいくつかあった。冒険者たるもの、道具の整備を欠かすなというのはロベの口癖だ。

魔石商を見て回ったり、小道具の整備していれば、時間は驚くほど早く過ぎ去っていった。気がつけば、既に夕日も落ちかけ一番星が顔をのぞかせていた。

ずいぶんと、長かった。ここまで来るのにあまりに時間がかかった。自然と、口角が上がっていることに気がついた。


「きしょくわりぃ……」


似合わないな、そう思った。ふと、昔を思い出してもう一度笑う。あの頃から、今の姿を想像するのは到底不可能だろう。

そんなことを考えながら、あまり早く帰って変なことしてるのに鉢合わせてもバツは悪いので、適当に食って帰ろうと考えてぶらつきはじめたころだった。


嫌な……匂いがした。ツンと鼻につく、嗅ぎなれた匂い。

俺がこうなるより、ずっと前から知っていた匂いだ。

途端に、あちこちから声が上がった。叫び声が何十にも重なって、地獄の主の轟のようにどこまでも響いていく。

胸がざわついた。


「大丈夫だ……あの二人がそう簡単に」


言い聞かせるように呟いて、走った。妙に、いやな汗が背中を伝ってゆくのがわかった。何度も、助けを求めるように祈っていた。

勢い良く、木の扉を開ける。部屋に大きな音が響き、二つの視線が俺に向いた。


「ああああああああアアアアアアアアアッッッッッッッ」


瞬間、振りかぶる。

反応する間もなく、首がずれ、ゴトリという音が足元で鈍く響く。

剣を放り投げ、倒れていくロベさんの体を抱いて支えた。

その顔は、青白くあまりに弱々しい。


「ほんと……私には似合わないな」

腕の中で、地面で散らばった花束を見つめてそう言った。腹に突き刺さった剣を伝って、血がこぼれ落ち、白色の花びらを赤く染め上げていく。


「辛いこと……させちゃってごめんね」

「そんなこと……」


必死に、首を降った。

そんな俺の頬に、手を這わせて涙を拭ってくれる。力なく持ち上げられた腕は、小刻みに震え、余計に涙が溢れた。

駄々をこねる子供のように、なんども祈った。


助けてくれ。

誰か。誰でもいいんだ。

助けてくれ。

涙の粒が茶色の地面に染み込んで焦がしてゆく。


「私達の分まで……幸せにっ」


口から大量の血が吹き出した。

ああ、そうか。

その時、理解した。もう、助からない。俺は小さく頷くと、そっとロベを地面に置いて、剣を抜いた。

ズブズブと音を立て、同時にロベがおびただしい量の血を吐き出した。それでも、まだ生きている。


「ありがっ……」


最後に、とても穏やかな表情を浮かべ、消え入りそうな声で言った。

言い終わる前に、新たに作った剣を握り、振った。

ゴトリと音を立て、二つのボールが部屋に転がった。


カインの剣だけを持ち、血を払うと腰に鞘をつけ、収める。

二つの死体を並べると、ただ一瞥だけして家を出る。

最後に、家に赤い魔石を放り投げて背を向けた。

透き通った拳大のその石は、弧を描いて玄関へとぶつかった。


「「おかえり、クシュージャ」」


声が重なって、幻影が映る。

ボウっと火がつくと、すぐに炎は大きくなりすべてを燃やしていく。

暖かな風が舞い上がり、赤色の花びらが宙を舞い散ってゆく。

暗闇の下で、赤く光り輝く炎の奥に、思い出を見た。この家で過ごした数年間が、まるで走馬灯のように流れていくのだ。


背を向けて、歩き出す。

もはや、溢れ出す感情を抑えることなどできなかった。二本の剣を生み出し、握りしめた。


なぜ、忘れていた。


そうだ、俺はあの人たちとは違う。

誰かを助けることのできるような、崇高な人間じゃない。



もっと下劣な、ドブで生まれたクソネズミだった。




何日が過ぎただろうか。激しい雨が体を打った。

ようやく、町を満たしていた炎が鎮火し、虚しく残った炭が細い煙を吐き出している。

振り返っても、綺麗だった町はもうどこにも残っていない。


「いかねぇと」


瓦礫と煤のみが残ったわびしい町を背に、歩きだしていた。そうだ。俺は進まなくちゃいけない。あの人たちの分まで生き抜くために。

死なないために。




また、幾年もの時が過ぎ去っていった。

地獄の沸油にでも浸かっているかのようだった。一秒さえもが、永遠に思えた。それでも俺は、生きていた。

体中を傷跡だらけにして、全身を血で染めて、生き足掻いていた。あちこちを転々として暮らした。


ようやくだ。


内側から湧き上がる、ドロドロとした感情に歓喜した。

ああ、知っているぞ。この声も、町を焦がすこの炎さえも。

腰にさした剣を見た。一度も振ることのなかった剣だ。


「こいつはさ、守るための剣なんだ。もしも、俺が魔力を使えなくなったときも、こいつがあれば戦える。大切なものぐらい、守ってみせるよ」


無邪気に笑う、カインの面影を見た。なぜ、いつも二本の剣を持っているのか聞いたとき、そういった。

ああ、俺がこの剣を振るう日はとうとうこないだろう。

結局、変われない。俺を助けてくれたあの人たちさえ、殺すことしかできなかった。だけど、今はそれでいい。

ようやくこの怒りを晴らすことができる。


これは精算だ。

そうだ、この復讐を終えて、やっと俺は生きることができるのだ。

これで、また幸せだって探せるはずだ。

だから俺は……ぼくは……



「「信念なんて」」

この作品の中ではクシュージャさんが一番好きです

ただ、クシャージャとよく書き間違えるのでもっと簡単な名前だったらもっと好きだったのに

とりあえず切ない・・・

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