第23話 にせものの証明
そして、たどり着く。そこは、今までの村と呼ぶようなものとは違う。町だ。
今までとは違う、石畳の整備された道が続いている。一歩進めば、踵に力が帰ってくる。ずっと、沈み込んでゆく泥の上を歩いてきたから、かえって気持ち悪い。
やはり、その日の空も紫色の不気味な雲で満たされていた。おそらく、昼頃だろう。朝起きて、それなりに時間が立っていた。
町を歩きながら、気づくまでにかかった時間はそう長くはなかった。この空気感は、知っている。
胸にピリピリと小さな電流が走るような感覚。小さな苛立ちが誘起される。今まで不鮮明に感じていた、小さな不快感が浮き立ってわかった。
既に、始まっている。
理解したと同時に、走り出していた。ここにたどり着くまで、地図を何度も見た。リダとクシュージャさんが後に続いて走った。
町の中心へ。効率的に、魔法を行使しなければいけない。僕はそうなんども感覚の共有を行えない。
視界の端に、殴り合う人々が映る。嗤う女の手にはレンガが握られていた。その傍で、頭皮が剥げた頭から血を垂れ流す男が転がっていた。
救えなかった。
でも、大丈夫。
まだこんなにいる。
ようやく、たどり着いた場所は広場のようだった。円上に空間が開けられていて、倒壊した小さな屋台の跡のようなものがいくつも見えた。
多くの人が、集まっていた。
目を閉じた。胸に手を当てて、静かに魔法を行使する。
簡単だ。やり方なら知っている。
一人と繋いで、塗り替える。真っ黒は僕だけじゃなくて二人分になる。もう一人と繋いでもっと大きくする。大きな大きな黒色をどんどん広げて、全部飲み込んでしまえばいい。ああ、そうだ。怒りも憎悪もない、真っ暗な世界へ。
怒りの感情が沸いて、憎しみの感情が沸いて、殺してやろうと考えた。
ジワリジワリと黒色が染み込み、侵食して塗りつぶす。そんなもの、すぐになくなる。
大丈夫だ。だいじょうぶ。問題ない。きっと、救うことができる。
「………?」
小さな小さな不純物。
黒色の中に混ざった点だ。赤色でもない。
夜の空に浮かぶ一等星のように、塗りつぶそうとすればするほど光を増してゆく。
違う、違う。
やめろやめろやめろ。
間違っちゃなんかいない。
あと少しで、救えるんだ。
その光を、塗りつぶそうと何度も何度も筆で上から色を重ねた。
もっとだ。
もっと黒く……。
バクンッッッッッッッッ
全身がブレて、何十にも重なったかのような錯覚に陥る。心臓が大きく跳ね、体ごと震わせた。
全身から、力が抜けて汗が吹き出した。
突如、激しい疲労感に襲われて動機が早まった。
答えを探すように、瞼を開けた。
それなのに、依然として暗い。
穴、真っ黒な穴だ。
底の見えない巨大な穴が広がっていた。それは決して光を返さず、そこに佇んでいる。
心臓が更に早まっていく。背中に絶えず冷たい汗が流れる。
ただ漠然と、それが良くないものであることを理解する。
まるで時が止まってしまったかのように、全くの同時に人々の動かなくなった。
ネバついた風が肌を舐める。
背筋に悪寒が走った。
穴からフシュルフシュルと、蛇のようにウネリながら、無数の黒い腕が溢れ出した。
腕は、止まった人々を目指してゆっくりと動き出す。
一本の腕が、近くにいた少年の胸へとたどり着いた。なんの抵抗もなく、腕が沈み込んでゆく。
ピタリと止まり、間を置かずにまた動き出した。興味を失ったように、少年の胸から離れるとまた近くの人のもとへ向かう。
その瞬間、少年の時が動き出す。まるで剥製かマネキンかのような色のない目。脱力しきった体はやがて地面へ無抵抗に倒れる。受け身も取らない体は、受けた力を反射して小さく跳ねた。
「ち、ちがう」
グリン首が折れ曲がり、顔だけがこちらを向いている。体は微動だにする様子さえ見せない。それなのに、灰色の虚ろな瞳が僕を見つめていた。
「あ、あああっ……」
思わずに、後ずさっていた。恐ろしかった。足が震えてもつれ、力なく地面へ尻をついた。もはや立ち上がることは叶わなかった。
違う違う違う。
僕はこんなことをしたかったわけじゃない。
胸の中で、叫んだ悲鳴は暗闇の中へ飲み込まれていく。声は発すると同時に消えて、耳に届くことさえない。苦しい。息ができない。苦しい。
そうだ。
僕はただ……誰かを救おうとして……。
こんなはずじゃなかったんだ。
ただ……ただ……誰か救いたくて。
胸の奥で、小さな点がまだ光り続けていた。
暗闇の中で、鼓動するように、大きく光って僕を飲み込んでいく。
そうだ。僕は……おれは……
ブックマークありがとうございます!
励みになります!




